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第四話 ある不幸な男と暴走少女

諸々の事情により更新が遅れたことをお詫び申し上げます。

 俺は廃工場に入ると佐久間の姿を探し、辺りを見回す。廃工場の中は昼間にもかかわらず薄暗い。勿論電気など通っているはずもなく窓を塞ぐ板の間から漏れる日光が唯一の明かりだった。壁からは鉄骨が飛び出し、老朽化しているのが素人目に見てもわかる。恐らく、取り壊しは決まったものの随分長い間決行されずに放置されているのではないだろうか。床には元々工場にあった工具類だけでなく不良やホームレスが残していったのであろう空き缶なども散乱していた。だが、至る所に積もる埃を見る限り今は誰も出入りしていないようだ。埃の上にひとつ残る真新しい足跡を辿り、奥に進めばうずくまる佐久間の姿を見つけることができた。


「……佐久間。」


 俺に背を向ける佐久間は小刻みに震え、時折嗚咽を漏らす。


「こっちに、ぐすっ、来ないで。」


 佐久間は今にも消えてしまいそうな小さな声で言った。


「私普通じゃないから、ぐすっ。千秋君も近づいたら傷つけちゃうかもしれない……。」

「そんなこと言われてもよ、こんな遠くからじゃ佐久間の言ってることも聞こえづらいって。」


 そう言って俺は一歩踏み出す。


「来ないでってば!!」


カンッ


 佐久間が振り返ると同時にそのそばにあった空き缶が俺の足元に飛んでくる。こりゃあ、確かにちょっと危ないな。


「あっ……。」


 それを見た佐久間が悲しそうに顔を歪め、再度俺に背を向ける。泣き疲れたのだろうか、いつの間にか佐久間の嗚咽は聞こえなくなっていた。


「私ね、もともとこういう力があったのはわかってたの。サイコキネシスっていうのかな。あの物を浮かせられるっていうの。でも、昔はそんなに強かったわけじゃなくて、せいぜい鉛筆とか消しゴムとか持ち上げられる程度だったんだ。だけど、この前の事故のときは車に轢かれるって思ったら急に体が熱くなって。気付いたら車がぺしゃんこになってた。私がやったんだって思うと急に自分が怖くなってきて……。」


 そう話す佐久間の背中はとても寂しそうで悲しそうで。元々小さいその背中はさらに小さく見えて、重力にさえ押しつぶされてしまいそうなくらい儚かった。


「力は事故の前に比べると格段に強くなってた。それだけだったらまだよかったんだけど、私が意識しなくても力が出てくるようになり始めたの。気付いたら物が浮かんでるって感じで。今日だってあんなことするつもりはなかったんだよ? あんなふうに傷付けるつもりは……。」


 佐久間の声だけが存在していたこの空間に静寂が訪れる。

 事故のときに顔が異様に青ざめていたのも路地から飛び出してきたときに涙を流してたのも自分がやったということを自覚していたからか。


カラン、カラン


 佐久間が俺の方に飛ばしてきた空き缶が不意に転がり始める。佐久間は立ち上がり、ゆっくりとこちらを振り向く。その頬には涙の跡。


「千秋君……。私、もうどうしたらいいかわからないよ……。」


 疲れきったような悲しみにくれるようなそんな力のない微笑みを見せる。


ゴォォォ


 突如、佐久間を中心につむじ風が吹き荒れ、その風に俺は吹き飛ばされた。


「のわっ」


 俺はそのまま転がり続け、何かの機械に頭をぶつけてようやく止まった。痛む頭をさすりながら佐久間の方を見遣る。


「いって。何すんだよ、佐久間!」

「……。」


 風圧に耐えながら佐久間に叫ぶも返事はない。不審に思い、佐久間をよく見るとトランス状態というのだろうか、目は焦点があっていなく髪は逆立っている。


「ちっ。」


 どうやら混乱して力が暴走しているようだ。つむじ風は治まってきたが、佐久間の体が地面から数十センチ浮いているのを見るとまだ暴走は終わっていないようだ。


「とにかく、あいつを止めねーと。」


 とりあえず、俺は佐久間の能力の把握を試みることにした。能力の有効範囲や威力は勿論だが、佐久間がサイコキネシスと言っていただけで本当に話に聞くような能力なのかすらもわからない。

 俺はそばに転がっていた空き缶を手に取り、佐久間に向かって投げてみる。俺の手から離れた空き缶はしばらくは順調に佐久間に向かって飛んでいくも佐久間の十数メートル手前で急激に勢いを失うと向きを変え、俺が投げた数倍のスピードでかえってきた。俺はその空き缶に拳を振るい、殴り潰すと呟いた。


「有効距離は捕捉完了っと。」


 次に俺が投げた空き缶に続いて俺のほうに飛んできた物をいなしながら飛んでくるものを見極める。


「空き缶、ペンチ、ペンキ缶に鉄パイプ。釘、金槌……。」


 不意に嫌なものが視界に入る。佐久間の近くの柱から飛び出ていた鉄骨が少しずつ動き始め、そのまま捻じ切られる。


「……マジかよ。」


 捻じ切られた鉄骨は捻じ切られて尖ったほうを俺に向け飛んでくる。とっさに飛んでくる物の中から鉄パイプをキャッチすると衝撃により腕に走るしびれを無理やり無視し、鉄骨に横から当て方向を僅かに逸らす。


ギッギギギギッギギギッ


 方向を逸らされた鉄骨はそのまま俺の後ろの機械に突き刺さった。


「んなの当たったら死ぬっての。」


 俺は冷や汗を流して言う。だが、これでとりあえず大体は威力も把握できた。あとは、能力がどのようなところまで働くかだな。

 俺はくの字に曲がった鉄パイプを捨てて機械や柱に身を隠しながら佐久間の能力の有効範囲内まで近づいていく。十数メートルまで近づくと、大きく丈夫そうな機械に身を隠し、機械の陰で佐久間とは反対の方を向いて身構えた。しばらく機械に物がぶつかる音を背後に聞いていたが急にその音が鳴り止む。


「やっぱりか。」


 突風が巻き起こりそれに伴い色々な物が飛んでくる。そのことを確認すると飛んでくるものを避けつつ場所の移動を再開する。

 佐久間の能力の有効範囲外に出ると気配と足音を極力消し、俺の移動が視界でも確認できないように遮蔽物の陰から陰へと移動する。物がぶつかる音はしばらく追ってきたがだんだん的外れな方へと移っていく。完全に後を追ってこなくなったことを確認すると遮蔽物から顔を覗かせる。佐久間の体は向こう側を向いているのを見て取ると途中で拾ったスパナを佐久間に向かって投げる。佐久間の能力の有効範囲と想定される辺りまでスパナが飛ぶと佐久間は急にこちらを振り返った。向きを変えたスパナを柱の陰でやり過ごし佐久間の能力について頭の中で整理する。


「こんなもんかな。」


 佐久間の能力は話に聞くサイコキネシスと大して相違はないようだ。力が働く有効範囲は約十五メートル。その力は鉄骨を捻じ切るほどで、視界に入っていないものを動かすことも可能。だが、見えないものを動かすときは大体でしか動かせない。だから、俺が能力の範囲内で姿を隠していた時は物を直接飛ばしはせずに空気を動かして風を起こし、それによって物を動かした。あと、佐久間の能力の有効範囲内では全てがあいつの手足と化す。これにより能力の有効範囲であれば物の動きを感知することができる。しかしさすがに静止したものまで居場所を感知することはできないらしい。俺が佐久間の能力の有効範囲内でも無事でいられたのもそのおかげだろう。

 俺は能力について整理し終えると対策を練り始める。勿論この間物陰から物陰に移動したり、飛んでくるものをいなしたりすることも平行して行っている。しばらく佐久間の攻撃を眺めながら考えていると漸く対策を思いついた。


「ふぅっ。」


 物陰に隠れ少しの間気持ちを落ち着かせる。顔を両手でパンッと叩き、気合を入れた。


「よし、やるか!」


 この闘いでへまをすることは許されない。俺が大怪我をすれば、佐久間が我に返ったときあいつが傷付くだろう。俺が怪我することと佐久間を傷付けることは同じ意味を成す。そのことを頭の中で再確認し、準備に移る。


「オラ、佐久間。来いよ、コラ!」


 俺は佐久間の能力の有効範囲から近過ぎず、かといって佐久間が近寄ってくるほどは遠くない位置に立つと佐久間を挑発する。その挑発が効いたのか、はたまたただ攻撃してきたのか、佐久間は色々な物を飛ばしてくる。その飛んでくる物をかわしたり、いなしたりして壁のコンクリートを削り、地面や機械に積もった埃を舞い上がらせる。


「オラオラ!どんどん来いやァ!」


 俺は佐久間の攻撃をかわし、いなし続ける。充分に埃や塵が舞い上がっているところで俺は有効範囲のちょうど境目にある二台の機械の間に滑りこむ。ここで取り出したるは中に入ったガスを気化させ着火することによって火を(おこ)す不思議な道具、その名も『ライター』×2。一本目のライターを先程まで俺がいた(向こう側が見えないほど埃や塵が舞い上がっている)ところに投げつけると割れたライターからは液化石油ガスが流れ出す。


「このくらいで足りるかなっと」


 二本目のライターを着火した状態で先程一本目のライターを投げた場所に(ほう)る。ライターの火は気化したガスに引火し、火力を上げる。その火が佐久間が攻撃したことによって舞い上がった埃やコンクリートが削れた塵に引火する。連鎖的に埃や塵に引火することに小さなライターの火は大きな爆発へと化した。


「喰らえぃ、粉塵爆発(ダスト・エクスプロージョン)!!」


 当然佐久間はその身を守るためその能力を行使して爆風の無力化を図る。そう、俺はその『無力化』が狙いだったのだ。俺は身を隠すこの二台の機械が飛ばないことを願いつつ、爆風と暴風を耐える。そして、何とか立てるくらいには風が弱くなった頃合を見計らって走り出す。

 転がるものを踏みつけ、前を阻む機械を飛び越える。とにかく、まっすぐ。飛んでくるものを殴り弾き、ぶつかる衝撃に耐え凌ぐ。とにかく、まっすぐ。我武者羅(がむしゃら)に走りやっと掴んだ佐久間の手。


「失礼すんぜ!!」


 掴んだ佐久間の手を引っ張り、体を引き寄せ掬い上げる。横抱き、俗に言うお姫様抱っこの状態に佐久間を抱き上げる。そして、……回った。


「オラオラオラオラオラオラオラ」


 回る回る。爆風を無力化しきり、俺を引き剥がすことに標的を変えた佐久間の能力が起こすつむじ風をも味方にし、回る回る。


「オラオラオラオラオラ、うっぷ……。」


 俺が完全に目を回し、吐き気に負けて回転するのを止めたころには佐久間の起こすつむじ風は吹き止み、俺の腕の中の佐久間も元に戻っていた。


「う~ん。は、吐きそう……。」


 意識を取り戻した佐久間はそう言い、口元を押さえる。


「馬鹿、俺に向かって吐くなよ。」


 佐久間が吐く前に急いで佐久間を降ろす。降ろされた佐久間はそばにしゃがみながら俺に問いかけた。


「……どうやって、私を止めたの?」


 佐久間が向ける背中にまだ壁を感じながらも俺は答える。


「大したことじゃねーよ。人間の脳から指令を出す以上サイコキネシスだって手足とそう変わらないからな。回して三半規管を狂わせれば平衡感覚を失う。そしたら、サイコキネシスもうまく使えないじゃねーかと思ってよ。」


 しゃがむ佐久間の頭に手を置き、続ける。


「ほらな? サイコキネシスが使えるからってほかの人間と大して変わらねーだろ?」


 佐久間は俺の手を払い落としこちらを振り向くと悲痛な面持ちで叫ぶ。


「でも、私は……!」


パラパラ


 天井から何かが落ちてくるのに気づき、俺は上を見上げる。天井を見ればそこには大きな(ひび)。周りを見渡すと壁にも(ひび)が入り、今にも崩れ落ちそうだ。


「くそっ! マズい!」


 老朽化した建物、佐久間の暴走、俺の起こした爆発。想定はできていたことだった。だから爆発も最小限に抑えたつもりだったが、粉塵爆発など勿論起こしたこともなく加減ができなかったのも事実。脱出路を探すもここはこの廃工場のちょうどど真ん中。窓も入ってきた入り口も遠すぎる。

 とにかく、佐久間の手をとり近くの窓に向かって走り出す。だが、無情にも建物は崩壊を始める。走る二人の上にも瓦礫が落ちてきた……。




 柔らかな感触。温かなぬくもり。それらを頬で感じながら俺の意識は覚醒し始める。少し冷たい風と仄かに香る草の匂いに疑問を感じ目を開けた。目の前に広がるのは薄暗くなった公園。首を回すと少し大きめな胸の膨らみの向こうに見える佐久間の顔。


「起きた? 千秋君。」

「うわっ」


 覚醒しきった頭は瞬時に状況を把握し、俺は起き上がった。そんな俺に驚きながらも佐久間は微笑みかける。


「大変だったんだよ? 集まってくる人に見つからないように千秋君をここまで運んでくるの。結構軽かったからよかったけどね。」


 その言葉に廃工場でのことを思い出す。そうか、俺は気絶したのか。情けない。


「佐久間がサイコキネシスで助けてくれたのか?」


 俺がそう問いかけると佐久間の顔に影が差す。


「……うん。ごめんね、千秋君。私、人を傷付けてばっかりだよ。」


 静かな公園には日が暮れた公園に俺たち以外に人影はなく、虫が鳴くのみだった。


「そんなことないだろ? 実際に俺は助けられたばっかりじゃねーか。」

「でも……。」

「でももくそもない!」


 俺は立ち上がると佐久間の頭をわしゃわしゃとかき回す。


「そんなに気にすんなよ。もし、暴走しても俺がまた止めてやるって。な?」


 佐久間を安心させるようにニカッと俺は笑う。


「千秋君……。」


 佐久間は俺の顔を見上げ、またすぐに俯く。


「うん、わかった。ありがとう。」


 お礼を言う佐久間が再度上げた顔はこれ以上ないほどの笑顔だった。その笑顔に安心した俺は佐久間に手を差し伸べる。


「んじゃ、帰るか!」

「うん!」


 明るい月が照らす夜道に伸びる二人の影はどことなく以前より少し近づいているようだった。

悲しかな

データも消え去り

通り雨


遅れた理由はこれだけではありませんが……。

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