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第三話 ある不幸な男の休日

 住宅地や繁華街から少し離れた一軒の小さな家。それは家というよりは小屋に近い形をしていた。人の動く気配のないそこで早朝のまだ薄暗い闇の中に光る二つの目。その下には猛禽類を彷彿させる鋭利な嘴がついていた。その生物はそっと家の窓に近寄りその嘴を開いた。


コケコッコー!!


 こうして、神代家の一日が始まる。


「のわーっ!! っと。」


 俺は布団から上半身を起こし、大きな伸びとともに声をだす。そのまま布団から這い出すと再度全身を伸ばす。そして、窓に近寄り少しひんやりとした外気を室内に入れた。


「オハヨー、ポチ太。」


 外で鳴いていた鶏に声をかけると、そいつは少しこちらの方を向いて主が起きたのを確認したかのように鳴くのを止めた。俺は鳴き終えた鶏にパンの耳を投げ与え、窓を閉める。

 この鶏は例の鳥インフルエンザの際に処分されるのを免れた生き残りである。俺が去年の夏に泊り込みのバイトをしていた養鶏場にいた鶏で、逃げていたのを捕まえたところ、処分しそびれたのが見つかるとまずいということで俺に譲ってくれた。俺と一緒に暮らす以上は幸運の持ち主である必要があるため、こちらとしても処分を免れたその運は好都合だったのだ。

 俺は欠伸を噛み殺しながら台所に向かい顔を洗う。神代家には洗面所などという大層な代物は無く、勿論シャワーなんて物も無い。

 そんなこのボロ小屋も第二次世界大戦の戦火の中を切り抜けた強運の持ち主である。多少の不便は仕方がないだろう。築百年以上のため勿論トイレもポットン便所だったがさすがに水洗トイレに変えてもらった。

 俺は朝食を簡単に済ませて家を出た。今日は休日のため学校に行くわけではない。ともすれば、貧乏人の俺が休日にやることといえばバイトしかない。

 ここでまた問題なのがやはり俺の不運。下手にバイトをすると俺の勤務時間だけ客が全く来ないなんてことに成りかねない。ということで、智春との待ち合わせである。


「よお、待ったか?」


 駅の柱にもたれ掛かる智春に声をかける。


「全然。おはよう、ちーちゃん。」


 智春が欠伸をしながら返事をする。

 俺達が働いているのは駅の近くのファーストフード店だ。智春には付き合ってもらう形になるが、本人曰く『せめて、娯楽に使う分くらいは自分で稼ぎたいよね』とのこと。ちなみに、智春は株もやっており、規模は小さいが娯楽に使うには十二分過ぎるほど成功しているのでバイトする必要はやっぱりない。




 ここでのバイトは午前中までのため、あと30分で終わる。とはいえ、駅前の昼の書き入れ時である。俺達は当然ギリギリまでレジに立つことになる。


「いらっしゃいませ~、ご注文をどうぞ」


 効率良く回すためマニュアル通りの台詞を棒読みしつつ、レジに顔を向けてスタンバイ。うん、我ながら態度の悪い店員だ。


「えっと、ハンバーガー二つとポテトと、あとは……」


 この忙しい時にチンタラした話し方だ。そんなことを考えながら、確認を取るためにレジから顔をあげる。


「ご注文は以上でよろしいでしょうか? って佐久間さんじゃあないですか。」


 本当に最近縁がある。というか、もしかしたら、今まで意識していなかったからわからなかっただけで俺と佐久間は行動範囲が大分被っているのかもしれない。


「え? 千秋君? ここでバイトしていたんだね。」


 あちらも今初めて店員の顔を目を向けたらしく驚きの声をあげる。


「まぁな。んな事より注文の続きどうぞ。つっかえているから、早くな。」


 こちらから声をかけておいてこんな事を言うのもどうかと思ったが、実際につっかえていたためやむを得ない。


「あ、うん。え~っと、あとはシェイクお願いします。以上です。」


 後ろの行列を見てそのことをわかってくれたらしく佐久間は素直に続けた。が、そこで少し意地悪がしたくなってくる。


「チキンナゲットがお勧めですよ。」


 めったにやらないスマイル(¥0)を佐久間に向けながら勧めてみる。


「え? いや、えと、いいです。」

「チキンナゲットがお勧めですよ。」


 いらないと言う佐久間に再度勧める。


「じゃ、じゃあチキンナゲット一つ……。」


 俺につっかえていると言われたことを気にする優しい佐久間はすぐに折れた。


「……毎度あり。」


 俺はやってから少しその馬鹿らしさに後悔した。ゴメンよ、佐久間。

 佐久間に商品を渡し、その後も客を数人捌くといつの間にか30分が過ぎていた。入り口の方を見ると佐久間がちょうど出ていくところ。この前の約束を果たすべく(ついでに今日の詫びも)何か奢ろうと思い、声をかけようとする。しかし、制服を着ているのを思い出し、着替えてから追いかけても間に合うかな、と思い直す。


「俺と智春上がります!」

「上がりま~す。」


 俺は急いで奥に引っ込み、智春もあとに続く。


「なんで、急いでいるの? ちーちゃん。」


 着替えながら智春が尋ねる。


「佐久間にこの前の奢る約束を果たそうと思ってな。お前も行くだろ?」

「うん、勿論。」


 俺たちは急いで着替えると店を出る。


「さてと、佐久間はまだ近くにいるかな~っと。」


 辺りを見回すと遠くに佐久間が見えた。だが、休日の駅前ということで人が多く、すぐに見失ってしまいそうだ。ちなみに、俺の視力は両方とも2.0だ。これも日々大して勉強をしなかったおかげだな。


「ギリギリ、だね。」

「だな。だけど、急がないと見失いそうだ。」


 俺たちは見失わないうちに佐久間の元へ向かうことにした。そういえば、佐久間は駅前に一人で何をしにきていたのだろうか。このあと、何か予定があるなら奢る計画が台なしだ。まぁ、直接確認をしたらすぐわかることか。

 俺たちが見失わないように早歩きで追いかけていると、歩く佐久間の前に路地裏から数人の男が出てきた。その男たちは佐久間の前をふさぐように立つと何か佐久間に話し掛け始める。

 その様子を見て、俺は歩調を速めながら智春に尋ねた。


「アイツら、佐久間の友達だと思うか?」

「あの風貌からしてそれはないと思うよ。それにあのバンダナの人どこかで見たことない?」

「ん~……。あ! アイツ、ゲーセンにいた!?」


 男たちの中にいたバンダナの男は確かにゲームセンターで俺がぶちのめした奴だった。仕返しをしようなんて考えるとは、どうも手加減し過ぎたようだ。ということは、差し詰め俺たちにやられた仕返しをしようと俺たちの居場所を探していたというところだろうか。それで、偶然見付けた佐久間に居場所を聞き出そうとしているのだろう。

 そうこうしているうちに男たちが動きをみせた。男たちは周りの通行人から隠すように佐久間を囲むと路地裏に連れこもうとする。


「んの野郎共っ!」


 俺と智春は駆け出そうとするが、人が多いためなかなかスピードがだせない。そうこうしているうちに佐久間はその抵抗も虚しく、男たちと共に路地裏に姿を消した。


「ちーちゃん!!」


 智春がそれを見て叫ぶがこちらとて進みづらいのは同じこと。やっと、佐久間たちが消えた路地の前に辿り着くと、佐久間の姿を探すべく覗き込む。


ブォォォ


 突如、路地から吹き出る突風に俺たちは中の様子を把握する前に弾き飛ばされた。


「のわっ」「うわっ」


 その突風と弾き飛ばされた俺たちにさすがに通行人もこちらを気にし始める。

 体勢を立て直し、再度路地裏に近づこうとすると今度は何かが飛び出してきた。佐久間だ。


「おい、佐久間!」


 突然出てきた佐久間に驚きつつも声をかける。佐久間は一瞬立ち止まり振り向きかけたがすぐに走り出す。俺はすぐに追いかけようとしたがに智春が呼び止められた。


「ちょっと、ちーちゃん! こっち来て!」


 路地を覗く智春の傍に行き、路地を覗きこむ。


「なっ!?」


 路地では信じられない光景が広かっていた。壁に飛び散る血。倒れる男たち。何人かは意識があるようで呻き声をあげている。俺はそのうちの一人の胸倉を掴みあげる。


「何があった!?」


 男は呻きながら答える。


「うぐっ。お、女をここに引きづりこんで、それである奴らの居場所を吐かせようとしたんだ。そしたら、急に何かに、引っ張られるような感じがして、気付いたら、こ、こうなってたんだ……。」


 俺は舌打ちをしながら胸倉を掴む手を離す。地面に落ちグエッと悲鳴をあげる男を無視して智春に声をかける。


「智春、ちょっと俺は佐久間を探してくる。ここは任せていいか?」

「うん。全員息はしているみたいだから救急車呼んだら僕も佐久間さんを探すよ。」

「わかった。」


 佐久間が飛び出していってからまだそんなに時間は経っていない。そう遠くまでは行っていないはず。そう思い俺は駆け出そうとする。


「なんだ、これは!?」


 声をあげたのは路地の入り口に立つ柄の悪そうな集団の一人。集団の数は十人いないくらいか。恐らく、ここに転がっているコイツらの仲間だろう。


「ったく。何人いやがんだ。」


 小声で悪態をつく。どうにか絡まれずに通れないものか。


「!? てめぇら、ニヤつく薄気味悪い野郎とガンたれてる馬鹿面!! てめぇらがやったのか!?」


 やっぱり、無理か。仕方がない。強行突破するしかないようだ。


「誰が馬鹿面だ、コラ。てか、やったのは俺らじゃねーよ。」


 そう言いながら一番突破しやすそうなルートを考える。


「この状況で誰がんな事信じるかよ。覚悟しろよ、てめぇら。」


 男たちは路地に入ってこようとする。マズイな。あの数をこんな狭い所で捌くとなると少し時間がか

かり過ぎる。


「ガッ!?」


 俺の横を何かが通り抜けたかと思うと、智春がリーダーらしき男に飛び蹴りを喰らわせていた。


「こっちは任せてって言ったでしょ。」


 相変わらずいつもの笑顔で智春が言う。頼りになる奴だ。


「おう。んじゃ、任せたぞ。」


 智春と拳を軽くぶつけ走り出す。


「おい、お前ら追え!」


 リーダーらしき男に言われ、一人が俺のあとを追いかけようとする。が、横から正確に顎を狙ったパンチを受けて昏倒する。


「悪いけど、君たちは僕の相手をしてもらうよ。」


 味方から見たら頼もしく、敵から見たら不気味な笑顔がその前に立ち塞がった。




「はぁッ、はあッ」


 俺は通行人に聞き込むことでなんとか佐久間を追跡することができていた。女子の足だからすぐに追いつけると思ったが甘かった。


 今日のあの光景を見て確信した。佐久間は特殊な力を持っている。科学ではまだ証明できない超能力のようなそんな力を。

 にわかには信じがたいではある。しかし、数日前の事故。佐久間がいた手前(てまえ)気にしていないような素振りを見せたが、あの車を止めた現象のことをずっと考えていた。目の前で信じられないようなことが起こったのだ。誰でも考えずにはいられないだろう。

 まず、あの何かにぶつかったかのような車の潰れ方から目に見えない壁のようなものにぶつかったと考えた。だが、運転手の安否を確認するために俺は車に近づいたがその際に普通に通れたためそれはないだろう。となれば次は何らかの力が一時的に働いたのだと考えた。この場合、その力を働かせたものがあるということになる。そうすると、車を止めたかったのは俺と佐久間。運転手も止めたかったはずだが怪我をしてまで止めようとは考えないだろう。この時点では、佐久間が原因だとは言い切れなかった。俺がもしかしたら無意識に、なんてことも考えられるからだ。しかし、今日の路地の前でのあの突風。今度は俺は危険な状態にいたわけでもないし、どちらかというと突風により被害を受けていた。そこで、佐久間があの力を使っていることを確信するに至った。


「ちっ。アイツ泣いていたな……。」


 こちらを少し振り向いた時に見えた佐久間の涙を思い出し、こぶしを強く握り締める。


「佐久間優しいからな……。自分が人を傷付けることに耐えられなかったんだろうな。」




 俺は人に聞きながら佐久間を追いかけていった結果とうとう佐久間の背中らしきものが角を曲がるのが目に入った。


「佐久間!」


 俺は角を曲がり佐久間の名を呼ぶ。その小さな背中はびくっと小さく震えると再び走り出す。


「おい、佐久間! ちょっと待てって!」


 佐久間は廃工場がある突当りに差し掛かるとその廃工場に駆け込んでいった。


「ったく。」


 俺は入り口の横にある『取り壊し予定 立ち入り禁止』と書いてある看板を横目に見つつその廃工場に入っていった。

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