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第二話 ある不幸な男の放課後


「あ~、ねむ。」


 チャイムがなり教師が教室から出ていくと急にまわりが騒がしくなる。

 あのあと、俺達はちゃんと遅刻もせずに学校に着いた。わりと早めの登校だったからな。学校に着くまでには佐久間の顔色も戻っていた。


「ったく。アイツ授業の時は絶対なにか催眠物質放出してるだろ。そのくせ眠ったらすぐ起こすんだからホントたまったもんじゃねーな。催眠術師に転職したらいいのに。」


 ぶつくさ現社の先生の文句を言いながら教科書を机の中に放り込む。あの先生悪い人ではないとは思うのだが、授業がつまらなさ過ぎる。


「ねぇ、ちーちゃん。今日帰りにゲーセン行こうよ。」


 声の主はわかるので机の上の消しカスを払い落としながら振り返らずに返事をする。

 俺のことを『ちーちゃん』なんて呼ぶ奴はこの世に一人しかいない。それと、俺が貧乏だということは周知の事実なので遊びに行くということは必然的に奢ってもらわなければならないことになる。それだけ、我が家の家計は摺切(すりき)りいっぱいなのだ。それを知っててなお誘ってくるような奴も一人しかいない。


「お前の奢りだったらいいぜ。てか、『ちーちゃん』言うな。」

「奢るのはいいけど、別にいいじゃんよ~、ちーちゃんで。」


 この優男っぽいのは神田智春。何故『っぽい』がつくかは後々わかるだろう。コイツのことを紹介するにあたり欠かせないことがある。智春は俺と対極、つまり超幸運の持ち主なのだ。コイツのまわりでは偶然とは思えないほどの幸運な出来事ばかり起こる。それともうひとつ。これは俺が智春と行動をともにする、いや、できる一つの理由だが、コイツと一緒にいると俺の不幸が智春の幸運で相殺される。コイツに出会えたことは俺の人生で最大かつ唯一の幸運だろう。もちろん相殺だから俺の不幸により智春の幸運も弱まってしまう。もちろん智春もそのことは理解しているし、それでもコイツが俺と一緒にいるのはただ単に気が合うからだろう。

 俺は片付けが終わり、鞄を持つ。教室に残っているクラスメートに挨拶をすると智春と一緒にまだ少し騒がしい教室をあとにする。


「んじゃ、行きますか。」




 俺が今、対峙しているのは筋骨隆々の空手家。俺は相手の後ろに回り込むと背後から攻撃を浴びせる。その攻撃で壁まで吹き飛んだ相手にさらなる追撃を浴びせようと俺はモーションに入る。その隙を突き相手は素早く体勢を立て直し、カウンターをかけた。その攻撃をまともに喰らった俺はブラックアウトした……。


「あ~、クソっ。また負けたァ~。」


 俺の目の前のゲーム画面には『GAME OVER』の文字と倒れているゲームのキャラクターが浮かんでいる。

 ここは学校から一番近くのゲームセンター。この辺では一番大きなゲームセンターで音楽ゲームやガンシューティング、レーシングゲームなどゲームの種類も豊富だ。

 俺達の学校では下校途中にゲームセンターなどに立ち寄ることは禁止されている。だが、そんなこと知ったこっちゃない。校則ごときに縛られる俺ではないのだ。

 ちなみに、今は格闘ゲーム所謂(いわゆる)『格ゲー』をやっている。


「ちーちゃん、そんなキャラ使うから負けちゃうんだよ。そのキャラ弱いって有名じゃん。」


 智春がゲーム台の向こうから困ったような顔を覗かせて言う。

 俺が使っているキャラクターは長靴を履いた猫をモチーフにしたのであろうキャラクターだ。リーチが短く一撃一撃も軽い。さらに技をきめたあとにいちいち帽子を被り直したり、長靴の紐を結び直したりするので隙が大きいのだ。まぁ、そんな余計なことをするところが好きなのだが。一応、スピードを売りにしているキャラである。


「俺にとっては好きなキャラで勝つということが大事なんだよ。てか、弱いキャラで勝ってこその(おとこ)じゃね?」

「さいですか。」


 ハイハイ、と智春が笑いながら受け流す。

 コンティニューするために智春からもらった百円――事前に千円札一枚をもらっている――を投入しようとして順番待ちをしている人がいないか周りを確認する。すると、入り口付近が騒がしいのに気付いた。


「なーんか騒がしくねーか?」

「ゲーセンが騒がしいのは当たり前だよ。」

「そりゃ、そーだけどさ……。」


 騒ぎの根源を探るべく、入り口付近をよく見てみると柄の悪そうな男二人が女子高生と泣いている小さな子供に絡んでいる。遠巻きに見ている人もおり気にはかけているようだが男達を(とが)めるほどの勇気を持ち合わせている人はいないらしい。


「子供のやったことですよ!?ぶたなくたっていいじゃないですか!」

「んなこと言ってもよ、お嬢ちゃん。この服高かったんだよ。謝るくらいじゃこのシミはどうにもならねぇんだよ。お嬢ちゃんがどうにかしてくれんのか!?」


 あの男の発言と子供の持っているものから推測するにどうやら子供がアイスクリームを食べながら歩いており、あの二人組のうちの一人にぶつかってしまった時にあの服を汚してしまったらしい。女子高生の方はその子供をかばっているようだ。


「どーしてくれんだよ?あぁ!?」


 男たちが凄んで女子高生を脅す。


「どーしてって言われても……。」


 やれやれ。女子供をいじめて何が楽しいのやら。どうしようもない奴だ。このままじゃ何をやらかすかわからないな。


「智春。女子高生が絡まれてるぞ。」


 智春の方に振り向いて言う。


「みたいだね。ちーちゃん助けてあげなよ。ちーちゃんなら一人でもいけるでしょ?」


 格闘ゲームで俺に勝った智春はまだCPU相手に勝ち続けているらしく画面から顔を上げずに返事をする。


「お前も来いっての!」

「えっ、ちょっと待ってあと少しでラスボスってあっあっあ~!」


 智春の悲痛な訴えを無視し、襟首を掴んで引き摺りながら入り口へと近づいていった。




 近づいてみてわかったが絡まれている女子高生が着ているのはどうやらうちの学校の制服のようだ。これは助ける口実にはちょうどいい。そう思い俺は口を開こうとした。


「お兄さん達、うちの学校の女の子に何しているのかな?」


 だが、最初に口を開いたのは智春だった。口調も優しく顔も笑ってはいるが目が笑っていない。どうやら格闘ゲームを邪魔された鬱憤(うっぷん)をこいつらで晴らすつもりらしい。元々こういう(やから)を嫌っているということもあるしな。

 そのことに気付かない男達は声をかけられたことにこそ驚いたみたいだが、けっして体格がいいとは言えない智春と俺を見て俺らにも凄んできた。


「てめぇら何首突っ込んできてくれてんだ?世の中出過ぎたことすると痛い目をみるってこと教えてやろうか?あぁ?」

「顔近づけないでくれる?お兄さん息クサいよ?」


 そう言って智春は指の骨を鳴らしながら顔を近づけてきた鼻ピアスをしている男の髪を掴むとそのまま顔に膝蹴りを叩き込んだ。周りが息を呑んだのがわかった。


「がっ……!?」


 これが智春に優男っぽいの『っぽい』が付く理由だ。普段は少なくとも表面上は見た目通り優しいではあるのだが、わりと腹黒い節があり、こういう奴らに対しては容赦しない。あの細身からは想像できないほどの力で叩き潰す。優男と呼ぶには少し過激すぎる。


「お、おい!仲間呼んでこい。早く!」


 膝蹴りを喰らった鼻ピアスの男はもう一人のバンダナを着けている男に鼻を抑えながら言った。この光景に呆然としていたバンダナの男も仲間の言葉を聞いて我に返り、走り出した。


「残念だけどこっちも二人いるんだわ。」


 俺はそう言いつつ足払いをかける。走り出したところに足払いを喰らったバンダナの男は思い切り地面に顔を打ちつけた。


「みっともねぇな。大の男が鼻血垂れ流しながら地面に這い蹲(はいつくば)ってんのはよ。」


 嘲笑しながら言った俺の挑発に単純なバンダナの男は狙い通り殴りかかってくる。


「うるせぇ!」


 顔に向けてのそこそこ体重がのった右ストレート。俺は怒りによって単調になったその拳を避けつつ回転しながら肘あたりを掴み相手の勢いに乗せて前方に体勢を崩させる。前のめりになったところにさらに肘打ちを背中に叩き込み、バンダナの男はまたもや顔面から地面に突っ込むこととなった。

 顔を押さえのたうち回るバンダナの男を横目にもう一人はどうなったかと智春の方を見るとあちらは既に沈んでいた。目は腫れ、鼻は曲がっている。可哀相に。


「ちーちゃん、もうそろそろお(いとま)しないと。」


 周りの様子を気にしつつ智春が言う。

 確かに遠巻きに俺達を見ていた人達のざわめきが少し大きくなっていた。もしかしたら既に警察に通報されているかもしれない。


「んじゃ、ずらかるか。」


 倒れている男たちは警察に任せるとして、俺達はゲーム台の傍に置いておいた鞄を掴むと警察が来る前にゲームセンターから離れた。




 まだ遊び足りなかった俺達はゲームセンターから離れた所で家には帰らずにしばらくぶらぶらしようと歩いていた。


「ったく、まだ智春にリベンジかましてなかったのによ。」


 あ~ぁ、とため息をつく。


「ごめんね。助けてもらっちゃって。」

「まぁ、それは別にいいんだけどよ。って、おい!」


 最近聞いたことがある智春以外の声とその発言の内容に急いで後ろを振り返ると何故かそこには佐久間がいた。


「いつの間に!?」

「え?気付いてて助けてくれたんじゃないの?」


 困ったような顔で佐久間が言う。


「ちーちゃん、気付いてなかったの?」

「いや、うちの学校の女子だってことは気付いていたんだけどな……。」


 そう言いながら頬をかく。どうやら先程俺たちがお節介にも助けた女子高生は佐久間だったらしい。それにしても、今日は何かと佐久間に縁があるな。


「そういえば、なんで佐久間さんはあんなところにいたの?ゲーセンに遊びに来たってわけじゃないでしょ?」

「だな。実は不良ちゃんか?」


 そう俺らが尋ねると佐久間は慌てて否定する。


「ち、違うよ!はい、千秋君。お弁当箱忘れてたよ。」


 そう言って佐久間は鞄から出した弁当箱を俺に渡す。

 うん、確かに俺の弁当箱だ。


「あ~、あんがと。何かと(わり)ぃな。今度何か奢ってやるよ。」


 朝もポケットティッシュをもらったし、世話になりっぱなしだ。今日は迷惑もかけたからな。奢るくらいで代わりになるとは思わないが、貧乏な俺には最大の誠意だ。


「え?いいよ、いいよ。このくらい大したことないし。」


 長めの髪を左右に揺らし佐久間が言う。


「それより、助けてくれたのは嬉しかったけど、いつもあんなことをしているの?」

「あんなことって?」


 少し悲しそうな顔をする佐久間に俺は戸惑いながら聞き返した。


「……いつもああやって喧嘩しているの?」


 そのことか、と俺と智春は困ったように顔を見合わせる。


「まぁ、していないと言えば嘘になるな。だけど、言い訳にしかならないとは思うけど、今までやってきた喧嘩は自衛の域を出ていないつもりだ。」


 空はいつの間にか真っ赤に染まり、俺たちの後ろには三人分の影が長く長く伸びていた。


「でも、やっぱり他人を傷付けるのはよくないよ……。」


 俯きながら佐久間が呟く。


「だけどね、佐久間さん。僕たちだって黙って殴られているわけにはいかないでしょ。」


 俺たちの間にしばし沈黙が訪れる。

 佐久間の言うことも確かにわかる。間違ってもいないと思う。それだけに俺たちの考えを押し付けることはできないし、そのつもりもない。ただそれは間違っていないだけで正しいということではない。


「まぁ、俺たちもこっちから喧嘩ふっかけるなんてことはないから安心しろよ。」


 沈黙を破るように俺が気休めにしかならない言葉を吐く。そのことは佐久間もわかっているだろうが、さすがにこれを言及することはなかった。


「そうだよね。うん。」


 少し暗くなった雰囲気を払拭するように佐久間が笑顔を見せた。


「それじゃあ、私はもうそろそろ帰るね。」

「おう、また明日な。」

「またね、佐久間さん。」


 夕日の中に映える佐久間の笑顔に釣られて俺も少し笑顔になる。智春はというといつもと変わらぬ笑顔。先ほどの雰囲気でも笑顔だったコイツは相当の猛者だと思う。




 佐久間の背中を見送り、ふと智春が呟いた。


「ねえ、ちーちゃん。」

「ん?」


 またぶらぶらと歩き始めた俺たちを自転車が追い抜いていく。


「さっきはちーちゃんに便乗したけどさ、実は僕、割と喧嘩が好きでやってる節があるんだよね。」

「……まぁ、それもいいんじゃないか?俺は別に否定はしないよ。」


 そして、智春はいつもの笑顔で続ける。


「それでさ、いつかちーちゃんともやってみたいな~、なんて考えてたりなんかするんですけども?」


 心なしかこちらを向いた智春の笑顔がいつもと違い不気味に見えた。ニコニコというよりはニヤリ、そんな擬態語が似合いそうな笑顔に。


「それは、まぁいつか、な……」


 智春から目を逸らすとそう曖昧に答えた。

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