ウィッチドッグス
魔術が使える犬。その存在はウィッチドッグと呼ばれ、すべからく「ウィッチドッグス」という組織に属す。世界中に数百もの「ウィッチドッグス」の支部が点在している。その世界数万にも及ぶウィッチドッグをまとめ、頂点に立つ犬は日本に居住しており、歴代最強とも言える魔力を有している。
1000年前に起こった「四脚獣戦争」。世界中の四脚の生物が犬派と猫派の勢力に分かれ20年にも及ぶ争いが続いた。人間を含むその他の生物は巻き込まれては敵わないと家屋や巣に避難する。四脚獣戦争の後、四脚の生物の個体数は戦争開始時の2割に満たなかった。
猫派は魔術が使えないがその敏捷性と隠密性により奇襲や暗殺を主とした戦い方をしていた。特に恐るべきは野生の勘。大規模魔術を仕掛けようにも野生の勘によりほぼほぼ全てを回避してしまう。99%仕留められる状況にあっても野生の勘で1%の生存を引き続けるのだ。更に化け猫のように長く生き、魔術とは異なる妖術なるものを使う首領も凶悪であった。
その戦争とはつまるところ魔術を推進する犬派と魔術を許容しない猫派との争いであったと言い換えても良い。猫派はその遠き戦争を「にゃんこ大戦争」とか「キャットファイト」だとか呼んでいるようだが、自身の種族を戦争名に入れる辺りどこまでも自分勝手な猫という種族なのである。
猫派とは和平…とまでは行かずとも人を介しての和解を迎え争いは停戦となった。人。その種族は犬も猫も愛して止まないという立場。このまま犬も猫も傷つき滅びてしまう事を人としては身を呈してでも止めたかったのだという。そうして犬と猫はお互いに深く関わらないような形で収まり、細かい紛争こそあるものの現在に至る。
そして2024年現在。今日も魔術が使える3匹の犬が「ウィッチドッグス」の支部を訪れている。
「俺様の超魔術だったらここにいる犬達の全員に勝てんじゃね?」
「うん。ゴン太君だったら絶対勝てるよね。おっきな町の中でも敵無しだったし。」
「だよね。私達3人の中でもゴン太君の魔術はズバ抜けてるしね~。」
3匹は人口が300人程の町の飼い犬。産まれた時点で魔術が使える事は調査犬によって調べがついていたが、生後1年間は干渉なく自由に暮らすことができるようになっている。そして3匹ともが1歳となったタイミングでこの支部に案内されて連れてこられたのだ。ドッグランのような割と広い空き地に今期この地区のウィッチドッグが集められ、所属に関する説明が行われる。
「でもさぁ。不思議だよね。話では魔術の使える全犬がウィッチドッグスに所属するって言ってたけど、この広場だけでも40頭ぐらいはいるよね。他にももっと多くのウィッチドッグがいるんでしょ?所属を断ったり逆らったりする犬だっているんじゃないのかな?」
「だよね。それともすっごい条件が良いのかもよ?毎日チュールが1本丸ごとおやつとして出されるとかさぁ。」
「それにしてもだよな。俺みたいに強い犬だったら奪った方がてっとり早ぇよ。俺のこの炎でトップを脅かしてチュールを毎日3本持ってくるように言ってやろうか?」
体格の大きなゴン太がそういうとゴン太の周囲にバスケットボール程の火炎球が3つ展開される。近くにいた4~5頭の犬はそれを見て キャイン! と驚き、ゴン太から距離を取る。
「へっへっへ。冗談だよ。冗談。」
ゴン太は火を消し、得意気になる。
40頭程の1歳になる犬達の輪の外側。そこにウィッチドッグスに所属している2~3歳の犬の15頭が囲うように等間隔に配置されている。今のゴン太のやり取りを見てはいるが特に注意などをすることもなく、どこか苦笑いを浮かべている。
「やっぱり俺の魔術を見て、周りの犬もウィッチドッグスだかの先輩方もビビってやがる。」
「だよね。ゴン太君凄いもん!魔術無しの喧嘩でも一回も負けた事無いもんね!」
「私だと卵位の大きさの水球を1つしか生み出せないのに。やっぱゴン太君かっこいい!」
「は~い。じゃ1歳のウィッチドッグの皆さんこんにちわ~ん。私はこの地区の支部長を務めています。これから皆にはウィッチドッグスの活動について…」
このエリアの支部長の犬が皆に挨拶を開始するが…
「俺達は来てみただけで所属するなんて一言も言ってませ~ん。」
「だよな。そもそも俺の魔術より弱いヤツらにどうして従わないといけないんだ?先に産まれたからって横暴なんじゃないか?」
「へっへっへ。そうだそうだ。チュールよこせ!」
ゴン太に追従する形でそこかしこの1歳犬が抗議めいた声を上げる。
「は~い。みんな、静かに~。皆さんの魔力についてはすでに調査犬が調べてきています。基本は生まれ持った魔力をベースとして、そこから訓練することにより10倍程度にはできますが、やはり生まれ持った魔力というものがとても大切です。それで残念ではありますがここにいる1歳の40頭に関してはウィッチドッグス基準の10段階ランクでいえばランク1と2しかいません。周りにいる2~3歳の君達の先輩犬は全員がランク3なので1頭いれば、あなたたち40頭を簡単に制圧できますので悪しからず。ちなみに私は支部長という立場ですからランク5です。あなた達レベルなら100万匹が襲い掛かって来ても全く問題ないです。」
そういうと支部長の上方3m程の高さにリンゴの大きさ程の渦が生み出される。全く動きも無い真っ黒なその渦。しかし魔力をなまじ感じられるからか恐ろしい程の魔力が込められている事が分かる。見ているだけで死を突きつけられているようで、40頭程の1歳犬達は硬直し震え出してしまった。
「は~い。静かになりましたね。でも私は咎めている訳ではないのですよ。魔術は争いやその抑止力として使うので、気が強いということや積極的ということはとっても素晴らしい事なのです。産まれて1年の間にポジティブな性格になり自己肯定感を得ることは大切な事ですしね。それにあなたの周りにいる2~3歳の犬達も、1歳の時には強気で私に向かってわんわんと吠えてきていたのですよ。ね?」
支部長が二ヤリと微笑みながら周りを囲う先輩犬に目配せすると、2~3歳の犬達は恥ずかしそうに俯いた。
「しかし私なんかが1000年前にあったとされる四脚獣戦争に参加していても1年も持たずに死んでいたでしょう。ランク6ぐらいは無いと戦線に呼ばれる事もなかったらしいので、今は平和で良い時代ですね。」
「あの。すみません。質問いいでしょうか?」
すっかり萎縮してしまったゴン太だが支部長に発言の伺いをたてる。
「いいですよ。どうぞ。」
「その…。支部長より強いウィッチドッグなんて本当にこの世にいるんでしょうか?今の…黒いあの渦の魔力は異常ですよね??」
「ははは。面白い事をいう子ですね。確かに魔力の順位でいえばかなり上位にいますが、魔力の平均でいえば平均よりも下です。」
「??? …どういうことでしょうか?」
「私より上のランク6以上の犬の魔力が高すぎるんですよ。ランクが1異なれば100頭分ぐらい魔力が違いますから。」
「じゃランク5とランク7では200頭分ぐらい違うのでしょうか?」
「ううん。10000頭分だね。でもランクが2違うともう10000頭いても太刀打ちできないよ。傷一つ付けられないからね。2つ下のランクは蟻んこみたいなものだから。私より2つ上のランク7だけで言っても、現在ウィッチドッグスに属してるだけで320頭もいるからね。」
「ええええええ!?支部長より強い…どころか脚も出ない犬が320頭も…???」
「もちろんランク6、さらには8、9、10もいるからね。特に8、9、10に至っては地獄の番犬だよ。この3ランクには100頭程いるんだけど、この100頭で世界の魔力の9割以上はあるんじゃないかな?」
「すみません、、もう訳分からないです。」
ゴン太は世界の広さと自身の魔力の低さ。そして、何故ウィッチドッグスという組織に属すことを断れないかを実感する。こここそが弱肉強食。強者の指示に従わなければならないのだ。
「うんうん。訳が分からないよね。私だってランクの7オーバーの存在に関しては異次元だよ。」
「日本にもランク7オーバーはいるんですか?」
「うん。いるよ。というかね~。ふふふ。ここから少し離れた所に世界中のウィッチドッグスをまとめる本部があるから近い内に会えると思うよ。ランク10+の白児様に。」
「ランク10+??」
「そう。世界NO.1…どころか、歴代NO.1とも言われているウィッチドッグがね。現在の総帥犬なんだよ。従来のランク10という括りを遥かに超える魔力を持っているから暫定的にランク10+としているんだね。この平和な時代にその魔術を敵に行使する場面は無いだろうけども、数㎢の範囲の海の水を全て持ち上げたり、空気を一瞬で無くしたり、重力を1000倍にするのは見たことがあるかな。」
「……」
その話を聞き1年生40頭程の犬はがたがた震えあがり、尻尾は腹に着くほど内側に巻き込んでいる。中にはビビリションを漏らしている犬もいた。
「ランク8以上が魔力跡を分析した結果によると、四脚獣戦争が現代に同じ条件で起こっていたら総帥犬の白児様が僅か1年で犬側の勝利をもたらしていただろうと噂されているよ。」
支部長は誇らしげに語っているが、ゴン太を始め多くの犬は
(あれ?それでも1年かかるって猫ってめちゃくちゃ強いのか?近所で見かけた猫はそんなに強そうな感じはしなかったけど…)
という感想を持った。
「あ~。猫側にも身体能力や妖力の面で化け猫のネーム持ちといえる個体が複数存在したらしいからね。今の現代にもいるらしいんだけど、猫は組織なんか作らずにそれぞれ好き勝手やってるからどこにいるかとかは分かんないなぁ。戦争時には猫パンチ1発で天まで届く竜巻を5,6本巻き起こしたり、その鳴き声を聞くと死んでしまうような化け猫が存在したらしいよ。」
話を聞いた40頭程の1歳の犬達はわずか数分のやり取りでもう従順な犬になっていた。過去の戦争に思いを馳せ、戦場の恐ろしさをまざまざと想像させれたのだ。更にそれらを遥かに凌駕するというランク10+の白児様と呼ばれる犬が近くに暮らしており、度々この空き地にも訪れると聞く。これから「ウィッチドッグス」の一員として先輩犬や支部長の言う事を聞き、モブならモブとして自分にできる訓練を行ない能力を上げていこうとゴン太をはじめとして1歳犬の40頭は心に決めるのだった。
さて、そこからわずか数km離れた原っぱ。今日も長ったらしい報告&会議。
「白児様。中国の敦煌に新たな支部を設けたいと存じます。承認を頂けると幸いです!」
「総帥!アメリカで化け猫のエジプシャン・マウが暴れています。ランク8、9が苦戦を強いられているようですのでランク10の私が場を収めてきてもよろしいでしょうか?」
各国の代表のランク9、ランク10がおずおずと承諾が欲しい事案に伺いを立ててくる。予定が入っているので早く帰りたい時に限って目を通すべき資料、承認する事柄が多く煩わしい。幾つかの議題を消化し、そして急いで自宅に戻りママさんと一緒に予約していたトリミングに行く。
「まぁテディベアカット可愛いわねぇ。ほんとウチのモカちゃんは世界一よ。頑張ったご褒美にモカちゃんの大好きなピンクのボールで遊ぼうか。そ~れ」
「キャンキャ~ン♡」
「化け猫の日常」の猫の物語をしたならと1年後に犬の物語です。オチは同じです。7/24にも猫作品投稿予定…