④
「やあ。」
「ああ、ユーグさん!お待ちしてましたよ!」
「久しぶりだね、ルカ。僕まで一緒で良かったのかい?」
「もちろんだよ、ピエール。」
約束の日、ユーグはピエールと共に現れた。事前にピエールも一緒に行ってもいいかと連絡が来た時は驚いたが、穏やかで優しい彼ならと同行することを了承した。
馬車の中は穏やかな時間が過ぎ、周りの景色も自然が多くなってきた。
「ここです。」
ルカは御者に止まるように指示し、馬車から下りて屋敷の鍵を開けに行った。
「今は管理する人はいないのかい?」
錆びついた鍵を慣れない手つきで開けようとする友人にピエールが尋ねると、彼は肩をすくめるだけだった。
屋敷はそこまで大きくはなかったが、雰囲気の良いものだった。ルカによると、つい最近庭師に入ってもらい、荒れ果てた庭の手入れをしたのだそうだ。ユーグは庭や屋敷を見渡していたが、特に何も言うことはなかった。
ルカが屋敷の扉を開けると、玄関のホールからは明るい光が差し込んでいるのが分かった。
「うん、明るい雰囲気だね。悪くないと思うよ。」
ユーグが穏やかな声で言った通り、屋敷の雰囲気におかしなところはないように思えた。
その後も、ユーグの希望で一部屋ずつ中に入って見せてもらった。彼は軽く部屋を見渡すと満足したようで、すぐに別の部屋へ移動していった。
「こちらが最後の部屋になります。」
「最後の・・・人形のある部屋かな?」
「はい。」
そう言うと、ルカは扉を開けた。
その部屋は、今までのどの部屋とも違っていた。光があまり入らないせいで暗いこともあるが、部屋に一歩入っただけで、誰かにじっとりと見られているような・・・重苦しい雰囲気がまとわりついてくるようだった。
「ふうん・・・これは、なかなか・・・。」
ユーグはそう言うと、部屋の中をぐるぐると歩き回った。
「ユーグ、君はその・・・気分が悪くはならないのかい?」
ピエールが遠慮がちに尋ねたが「まったくだね」と素っ気なく返事が返ってきただけだった。「ピエール、気分が悪いのなら外で待っていてくれて構わないよ。」
「すまない、ルカ。庭で休ませてもらうよ。」
顔色の悪いピエールが出て行った後も、ユーグは何事もなかったかのように歩き回っていた。「失礼、こちらが例のマドモアゼルかい?」
ユーグは戸棚のところにいた人形を示しながら聞いた。
「はい、そうです。今日はそこにいたんですね。」
「貴方がこの屋敷を離れている間、誰かこの屋敷を尋ねたりなどは?」
「・・・していないとおもいます。鍵はずっと私が持っていますし。他の部屋を見ていただいたのでお分かりかと思いますが、家具なども処分して、金目のものもありません。わざわざ屋敷に入って人形だけ動かすというのは、考えられませんよ。」
「頭の良いひとは嫌いではありませんよ。」
「いえ、頭が良いなんて・・・。」
ルカが苦笑いしている間も、ユーグはじっと人形を見つめていた。
「おまたせ、ピエール。気分はどうだい?」
「ああ、しばらくしたらすっかり良くなったよ・・・って、何だい?その荷物は!」
ピエールはにこにことしたユーグが抱えていた大きな布にくるまれていたものに驚いた。後ろでルカも困惑している。
「調べるために、少しの間借りることにしたんだ。」
「ええ、もしかしてあの・・・?」
「大きな声を出さないでくれ。彼女が驚くだろう。」
「彼女って、おまえ・・・。」
「さぁ、帰ろう。」
「ユーグ!おまえはまた勝手なことを・・・。」
ユーグは待たせていた馬車に乗り込み、布の包みをゆっくりと隣に置いた。帰る道中、ユーグは目を閉じて一言も話さなかった。
「変わった方だね。」
ユーグをアパルトマンに降ろすと、ルカは苦笑いしながらピエールに言った。
「あのような方が、君の知り合いだったなんて驚いたよ。学生時代の友人かい?」
「まぁ、僕も知り合いに紹介されただけだからすごく詳しいわけではないんだけれど・・・。」「不思議な方だ。貴族の血を引いているわけでもないのに、私の周りのどの貴族よりも貴族らしく見えるんだ。それでいて信頼できる人なんだと分かる。」
「・・・彼は貴族の血を引いてはいるが、複雑な生い立ちらしくてあまりその話をしたがらないんだ。」
「そうなのか、やっぱり。」
「信頼できるというのも同感だね。彼は、その能力故に正直にしか生きられないんだ。」
「君、ユーグさんは特別な能力があると言っていたけれど、いったい何なんだい?彼は一言も私に教えてくれないんだ。」
「おいおい、そんなことも知らずに話を頼んだのか?君がお人好し過ぎて騙されないか心配になるよ・・・。まぁ、ユーグの能力は本物だから安心したまえ。」
「私は騙されるほど金持ちじゃないんだよ、ピエール。」
「どうなんだか。」
「それで、ユーグさんの能力って?」
「・・・彼は、霊能力があるんだよ。いわくつきなものを専門的に調べる探偵なのさ。」