⑫
「怖いこと言うなよ。」
「はは。心優しい友人に感謝するんだな。彼は私から見ても本当に優しい、心の綺麗な人だ。世間一般の人は、地位も名声もある彼の叔父さんのような人を神から選ばれた人間だと言うものだろうが、私から見れば彼のような人こそ神から選ばれた人間だと思うね。彼のような人とも出会えたし、今回の依頼を受けてよかったと思っているよ。」
「君がそこまで褒めるなんて珍しいな。」
「素晴らしい人を称えるのは当然だよ。ただ、なかなか出会えないだけだ。」
「はいはい・・・そういえばルカが言っていたのだけれど、春に結婚することになったらしい。相手は同じ職場の人だと言っていた。」
「それはおめでたいな。だから屋敷を手放したり、いろいろ整理している訳か。」
ユーグは傍に置いてあった封筒から冊子を取ると、何枚か捲ってからピエールの前に置いた。「ここ、見てごらんよ。」
「・・・ジャンヌ・ロラン直筆の・・・手紙、未発表って書いてあるじゃないか!」
「来月行われる会員制オークションの案内が来てね。ひょっとするとあの手紙じゃないかと思っていたんだ。歴史的な価値からみても、間違いなオークションの目玉になるはずだ。興味があるから参加しようかと思っていたのさ。」
「手紙のことは何も言っていなかったけれど、そうか・・・。僕もそのオークションに参加できるかい?」
「私と一緒なら入れるはずだ。行くかい?」
「是非。いくらになるのか、楽しみだな。」
「やれやれ、君はそればかりだな。」
「だって気になるじゃないか!君だって気になるから参加するんだろう?」
「私は、どこの誰が落札するのか興味があるだけだ。」
「似たようなものじゃないか。」
「いや、違うね。・・・あともう一つ気になるのは、ルカ氏の叔父さんが来るかもしれないからだ。」
「ああ、それは・・・気になるところだな。」
「あの手紙にとんでもない金額がついたら、言いがかりをつけてでも取り返しそうだ。まあ彼もそのことは分かっているはずだから、代理人を立てるなりするだろうけどね。彼と彼の新しい家族を、あの人形が守ってくれると信じよう。」
ルカ氏の結婚生活が、革命の表舞台に出る前のロラン一家のように穏やかで優しいものでありますように、とユーグは願った。
ピエールはすっかり冷めてしまった紅茶を飲み干すと、ソファから立ち上がって外套を手に取った。
「じゃあ、そろそろ失礼するよ。オークションには必ず誘ってくれよ。」
ピエールが背中を向けたとき、ユーグは新聞を手に取りながら言った。まるで、新聞に載っている社説を読むかのように。
「ああ。それと、ピエール。・・・ルカ氏に会う機会があれば伝えておいてくれ。いつか人形が姿を消すかもしれないが、心配することはないと。人形がこの世に思い残すことがなくなれば、そういうことが起こるかもしれない。むやみに探し回ったり、自分の不注意だと責める必要はないよ。あの人形は、この世に残された"想い”そのものなんだ。いつまでもこの世に姿をとどめているなんて、そちらの方がよほど不幸だろう?」