⑪
ユーグが紅茶を飲みながら新聞を読んでいると、ピエールがメイドとともにやってきた。
「やあ、久しぶり。いてくれてよかった。」
「・・・君はいつも突然やってくるね。これでも私は忙しいんだが。」
「そうかい?僕の来るときは、いつもそこで紅茶を飲んでいる気がするけど。」
「ちっ、腐れ縁というのは、本当に厄介だな。」
「そうそう!昨日、ルカとばったり会ってね。最近どうしているか聞いてきたんだ。」
「ふうん。君にしては気が利くじゃないか。」
「失礼だな、僕はいつも気が利いているよ。・・・人形はどうしてる?と聞いたら、何て言ったと思う?時間があるときに、ロラン夫人が書いた『回想録』を読み聞かせているらしい。君が、あの人形から手紙を取るとただの人形に戻ると言っていただろう?あの人形が動けるうちに喜ぶことをさせたいらしいよ。」
「へぇ。」
「大層なことだよ!今度、一緒にパリの街を見て回るとか言っていたな。」
「・・・あれから人形が動き回ったりとかは?」
「それも聞いてみたんだが、特に動き回っているというわけではないらしいんだ。一応、低いテーブルの上に人形を置いているようなんだが。」
「手紙はそのままなのかい?」
「ああ。ロラン夫人が書いた本を読み終わってからどうするか考えるらしい。今は人形が喜びそうなことを全部やりたいと言っていた。優しい奴だよ。」
「本当にね。君は良い友人を持ったな。」
ピエールはにっこりと人好きのする笑みを浮かべた。
「今日はそれだけだ。また何か聞いたら話すよ。」
ピエールはそう言うと、軽い足取りで帰っていった。ああ、今日も椅子に座らないで帰っていったな、とユーグは呆れながらも楽しそうに笑った。
窓の外に降る雪を眺めながらユーグが新聞を読んでいると、「やあ」という声と共に、ノックもせずにいきなりドアが開いた。
「外は冷えるな。君はずっと家の中かい?」
「いや、朝に少し外に出たよ。」
「そうか、意外と健康的で安心したよ。」
ピエールはそう言って外套を脱ぎ、メイドに渡した。メイドが温かい紅茶を入れる間、彼はユーグの目の前にあるソファに腰掛けた。
「ルカのことを覚えているかい?」
「もちろんだよ。あの人形のこともね。」
「久しぶりに連絡が来て少し話してきたのだけれど、叔父さんから譲り受けた屋敷を手放すことにしたらしい。彼の給金では、あの屋敷は維持できないからだと言っていた。早速だが、買い手もつきそうだと言っていたよ。ただ、あの叔父さん・・・彼が言うにはかなりのやり手らしいが、ただで手放すなんて考えられないから、あの屋敷の新しい持ち主に何か起こらなければいいが、と心配していたよ。」
「ああ、それなら心配ない。私も見て周ったが、あの屋敷自体に悪いところはなかったよ。彼が相続する前から、何度も持ち主は代わっているようだったけれどいわくつきという訳ではなさそうだった。」
「そうか、良かった。」
ピエールは温かい紅茶を一口飲むと、そっと両手をカップで温めた。
「ルカの叔父さんのことだけれど、実は屋敷を手放す手続きを始めたころに一度家に来たことがあったらしい。まったく、誰に聞いたんだか・・・ルカの元気そうな顔を見たら、目玉が飛び出るんじゃないかというほど驚いていたと言っていた。」
「・・・驚いていた?」
「ああ。息子たちはあんなふうになってしまったのに、とかぶつぶつ言っていたらしいけれど、何て言っているかはよく聞き取れなかったと言っていた。ルカは優しくていい奴なんだが、そこが一族からは少し浮いているようで、従兄弟のこともあまり事情が分からないとか言っていたな。」
「ふうん・・・あの人形に呪いの類が使えるようには感じなかったけれどね。もし叔父さんとやらの息子さんに悪いことが起こったとしても、偶然なんじゃないかな。」
「そうか・・・あと、人形!あの人形を見つけると、さっと血の気が引いて、ふらふらしながら出て行ってしまったらしい。」
「人形、か・・・。じゃあ、その人も人形が動き回ることは知っていたのかもしれないな。気味の悪い人形を見つけたあと、息子さんに悪いことが立て続けに起こったのかもしれないが、何にしてもいわくつきの物件を押し付けるなんて個性的なお人だね。」
「厄介な人とでも言えよ。」
「まあ、あの人形も叔父さんとやらが嫌いだと言っていたけれどね。ロラン夫人の政敵でもあったダントンに似ているらしい。ひょっとしたらわざと怖がらせて追い出したのかもしれないな。」
「怖いな。」
「女性を怒らせたらいけないんだよ、ピエール。たとえそれがどんなに小さなマドモアゼルでも、ね。まあ、そんな話はいいとして、またうるさく言ってくるかもしれないから、あの人形は彼のためにもそばに置いておいた方が良いかもしれないな。」
「ルカは手放す気はなさそうだったよ。高く売れると思ったんだけどな・・・。」
「そういう人だから、人形も彼のことが気に入ったのかもしれないよ。君だったら叔父さんと同じで追い返されていたかもしれない。」