09 山賊に出会った
野営地を出てしばらく歩くと、街道と峠道の分岐点に付いた。予定通り峠道に入り、森の中の登り道を進んだ。前後を護衛に守られて、ネイサン氏の乗る馬車は商隊の中央部に位置している。その隣に王女たちはいる。馬に乗った護衛のシェリーも一緒だ。山道に入ってからは、王女に馬を譲り、自分は歩いている。王女はご機嫌である。
「ボクが思うに、そろそろ昼食休憩になってもいいのではないだろうか、アマンダ」
アマンダの代わりにクレアが答えた。
「峠道には、これだけの大所帯が休憩を取れるような場所はありません。山賊に襲われる危険もあるので、食事はなしで進むのが普通ですよ」
「さっき通り過ぎた煉瓦の小屋は?」
「あれは緊急時の立てこもりようで、休憩所ではありません」
シェリーが王女の話を耳にしてすまなそうに言う。
「ごめんなさいね、エイダちゃん。山賊に襲われる可能性が高いので、山越えの間は休憩なしなのよ。陽が落ちる前に街道に越えたいのよね」
「ちゃんは止めて欲しいものだな。これでも14で、夫もいる身だ」
「えっ、エイダちゃん…さん…は結婚してるのかい」
「その通りだよ、少しは見直したかい」
「見直すというか、びっくりした。農民や職人だと、小さい頃から許嫁がいるという話は良く聞くけど、冒険者はみんな独り身だからね」
「でも、シェリー様ほどお美しい方であれば、引く手あまたではございませんか」
「ありがとう、アマンダ。確かに冒険者からは引く手あまただね。でも、それは遊びさ。本気じゃぁないね」
「あまり他人のことを詮索しないようにね、エイダ。冒険者の心得ですよ」
クレアが王女に注意をした。
「おっと、そうだったね。失礼した、シェリーさん。ただでさえボクらの見張りで大変なのに、すまなかったね」
「見張りだなんて…」
「隠さなくてもいいよ、どう見てもボクたちはあやしい三人組だからね。まぁ、山賊の一味とは思われていないようだけどね、違うかい」
王女が皮肉っぽく言ったとき、シェリーの表情が変わった。王女の皮肉のせいではない。魔力感知に何かがかかったようだ。
「来ました、山賊でしょう」
直後に馬車も止まった。商隊の先頭でダグラスが止まれの合図を出している。護衛たちは抜剣をして警戒していた。
「前と左側から来るわ。あなたたちは馬車の右側に移って、隠れていてね」
中央部にいた護衛がシェリーを囲むようにして、周囲を警戒する。森の中に隠れている山賊と戦うのには、敵の位置を感知出来る魔術師は必須だ。依頼主の次に守るべき対象となる。シェリーのすぐそばの冒険者は盾を構えている。
「来る!」
シェリーが叫ぶと同時に、森の中から火球と矢が飛んでくる。護衛たちが剣で振り払ったり、盾で受けていると、魔法での攻撃の対処は魔術師の役目だ。シェリーが火球を放って相殺していく。外した場合は、盾を持つ護衛が必死に耐えて防ぐ。その合間を縫って、シェリーが森の中に反撃の魔法を放った。雷系の魔法だ。森の中で閃光が生じ、爆発音が響く。
魔法と矢の応酬の次は白兵戦だ。森の中から剣や槍を構えた山賊が飛び出してきた。商隊の前後では、すでに斬り合いが始まっていた。
命を惜しまず命令に従う正規軍の兵士と違い、山賊にしても護衛にしても自分の命は惜しい。白兵戦と言っても軍隊の衝突のようにはならない。少し切り結ぶと距離をとって、にらみ合いだ。戦いの始まりでは、負傷者は増えるが致命傷を受ける者は少ない。死者が出るのは均衡が破れて勝敗が見えてきたときだ。負け戦の方は死にものぐるいの抵抗を始める。そうなると戦いは悲惨だ。しかし、まだそこまで戦いは進んでいない。
剣を交える戦いだけではない。最大戦力はどちらも魔術師だが、戦いの趨勢が見えない内は魔術師も全力を出しにくい。戦闘中の魔力の枯渇は魔術師が最も避けなければならないことだ。ゆえに、どうしても魔法は抑え気味になり威力は落ちる。相手を牽制することはできても、倒すまでにはいたらない。相手が見えている状態で草原で戦う王国の盗賊相手とは、大部様相が異なる。
「なんだ、ボクが思っていたよりたいしたことの無い戦いだね」
「王国や帝国の正規軍との戦いと比較してはいけませんよ、エイダ。みんな命は惜しいですから」
「シェリーさんや、もうひとりの魔術師ばかり狙われているように見えるのだが」
「魔術師が倒れれば、森の中のどこに山賊が潜んでいるのか判らなくなります。そうなれば勝敗が山賊に大きく傾きますからね」
「ボクたちも手伝った方が良くはないかい」
「今のところ大丈夫でしょう、それよりも、こちらの左翼が心配です。右翼に注意が集中したところで奇襲を仕掛けてくる恐れがあります」
「何か感知できるかい」
「いえ、感知範囲にはいないようですが…魔法が来ます!」
クレアが土の壁を右側の森と道の境目に作り出した。次の瞬間、大きな爆発が起こり、土の壁が崩れた。
「感知範囲外から視認での攻撃ですね。こちらは敵が見えないので耐えるしかありません。エイダもアマンダも注意してください」
馬車の反対側からシェリーが叫んだ。
「エイダ、大丈夫か!」
「心配ないよ、こっちはボクたちに任せてくれたまえ」
「すまんが頼んだよ」
魔法の攻撃も矢の攻撃もクレアが完全に防いでいる。王女が魔道具を出そうとすると、
「駄目です!駄目!何もしないで私の後ろに隠れていてください!」
山賊を相手にするよりも必死の形相でエイダに指示をだすクレアであった。
「わたくしが相手をしてきます」
そういって背負っていた箒を手に取ると、返事を待たずにアマンダが森の中に飛び込んでいった。
少しの間を置いて、森の中で閃光と爆発が起こる。何度かの爆発の後、静かになって、アマンダがもどってきた。
「残念ながらひとりしか、倒せませんでした」
「山賊は引き上げたのか?」
「はい、クレア様。逃げられました。ただ、倒したのはひとりだけですが、もうひとり、山賊を確保しました。森の中で動けなくしてあります」
ボクたちが右翼からの攻撃を撃退したことで、奇襲は失敗したと判断したのか、前方および右翼の山賊は攻撃を止めて森の中に去って行った。
「左翼からの奇襲は考えなかった訳ではないけど…いずれにしても助かったわ。感謝します」
シェリーが王女たちに礼を述べた。先頭からダグラスもやって来て、礼を述べ、それからクレアに回復魔法を依頼した。今回の襲撃では護衛の死者は出ていない。山賊の方も、アマンダが倒したひとり以外の死者は確認できていない。アマンダはダグラスにひとり倒したことを報告したが、もうひとり、捕縛してあることは伝えなかった。王女とクレアも、そのことに関しては口にしなかった。かわりにクレアが提案を持ちかけた。
「提案があります。アマンダには追跡の特技があります」
もちろん、嘘である…
「さしつかえなければ、私たちで山賊の後をつけて、様子を探ってきます。上手くいけば、奇襲に備えるなど、次の襲撃の際に有利になります」
「大丈夫なのか、俺たちは依頼人から離れるわけにはいかんからな、応援はだせんぞ。それに、やるにしても俺たちの許可はいらねぇ。護衛を頼んだわけじゃぁねぇし、ただ同行しているだけだからな。情報を持ち帰ってくれるなら、むしろありがてぇくらいだ」
「応援はいりませんよ。気の知れた仲間だけの方が動きやすいので。それじゃぁ、負傷者の治療が終わり次第、出かけますね。皆さんは先に進んでいてください。情報が入手できたら皆さんに追いつきますから」
そう言うと、クレアは治療を始めた。治療はすぐに済み、商隊は王女たちを残して再び歩み始めた。
商隊が見えなくなると、アマンダが森の中へ入っていく。
「それでは、まずは根城の場所を聞き出しましょう」
「ボクには、白状するとは思えないのだが」
「そうですね、裏切り者を山賊たちは許しませんからね。死ぬことも覚悟の上でしょう」
「死ぬ覚悟はあっても、どのように死ぬか、そこまで覚悟をしている者は滅多におりません。まぁ、お任せください。お二人はそこでお待ちを」
森の中にアマンダの姿が消えると、すぐに山賊の悲鳴が何回か聞こえてきた。それから10数分、アマンダが森から姿を現した。
「はじめは素直ではありませんでしたが、最後は進んでお話をしていただけました」
「あいつは…」
「もう苦しんではおりません」
王女がふと、訪ねた。
「アマンダ、君はもしかしたらアリサさんの御同類なのかな?」
「わたくしは公爵様とは無関係です」
「アリサと公爵のことは誰も話していないよね…」
「あっ!」
「あ?」
「あー、ア…リサのことは存じません」
絶対にアリサの仲間だと思う王女であった。
「それで根城は?」
「どうやら山賊たちは、一旦根城に戻って、残っている仲間を全部引き連れて、再度襲撃をする算段のようです。根城の位置はだいたい判りました」
「だいたい?」
「最後は、メンタルがあやしくなって何を言っているのか分からない点も出てきてしまいましたので…」
「まぁ、ある程度まで近づけば魔力感知で判るでしょう。私の感知の射程が、相手の魔術師の感知範囲よりも広ければ良いのですが」
「クレアより範囲が広いのは、そうそういないと思うぞ。ノア君くらいかな」
「で、見つけたらどうするのかな。動きを探ってダグラスさんたちに報告するのかい?」
「まさか。そもそも、相手の計画なんて探りようがありませんよ。姿と魔力を隠せる魔道具でもあれば別ですけれど」
「そんな魔道具はおとぎ話だね、持ってないよ」
「ならば、やることは一つです。私とアマンダで殲滅します」
「ボクは?」
「エイダは何もしないでください。いいですか、いいですね」
王女は、あからさまに不満な表情を示した。
そんな会話のあと、王女たちはアマンダを先頭にして、山賊の根城を目指して森の中に入っていった。
★★ 外伝は不定期に、あまり間隔を開けずに投稿しています。
本篇は
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「魔術師は魔法が使えない ~そんな魔法はおとぎ話だと本物の魔術師は言う~」