07 商隊に出会った
「いったいどこに向かっているのかな、クレア」
都を出て、特に目的もなく街道を進み、途中で早めの食事休憩をとった後も、ひたすら歩き続けている。食事後は王女も荷物を持っている、いや、持たされているためか、歩みは一層ゆっくりとなっていた。
「北に向かっていますね」
「それはボクにも判っている事実だね。目的地はどこかと聞いているのだけれど」
「着いてみないと判りませんね」
「帝国の皇女で、おまけに冒険者だったよね、クレアは」
「そうですね」
「帝国の地理に詳しいのでは?」
「冒険者として私は王国で活動することがほとんどでした。皇帝は…私の父は、私が冒険者であることを良く思っていなかったのです。ですから帝国内で冒険者として活動することはほとんどできませんでした。ギルドでの評価は王国での活動によるものです。王国の地理なら多少は自信があります。そして、皇女としても私は皇帝やその妃たち、兄弟姉妹から嫌われていたので、一緒に帝国内を巡ることがありませんでした。もちろん、1人で旅をする機会も与えられませんでした。ですから帝国の民も、ギルドの職員以外で私の姿を見知っているものは少ないと思います。そんな訳で、帝国内の地理の知識が私には少ないのです」
「かわいそうなクレア…」
「残念王女に言われたくはありません」
アマンダが小さな声でつぶやいた。
「同類相哀れむ…」
「何か言ったかい、アマンダ」
「いえ、なんでもありません、王女様」
そんなことをしていると、街道の分岐点にやってきた。山越えの道がここで街道に合流している。その山越えの道を、街道の方に向かって商隊が近づいてきていた。
「なんだろうね、あの集団は」
「商人の一行に見えますね」
その一隊は、3台の馬車に、人を乗せた3頭の馬、そしてその周囲を囲むように歩く10数人の男たちからなっていた。男たちは冒険者風の風体で、それぞれが武器を持っている。馬に乗っている3人のうち、2人はローブを着ていて、女性のように見える。魔術師なのだろう。もう1人は男で、やや年配者のようだ。商人風な衣服を身につけている。
「山賊が化けているようには見えないけれど、一応警戒しておきましょう」
クレアの言葉に、王女とメイドは気持ちを引き締めた。
近づくにつれて、歩いている男たちの多くが負傷していることが見て取れた。一隊は王女たち三人よりも先に分岐点に着くと、街道に入る前に一旦止まり、2人の男と馬に乗った魔術師らしい女が王女たちの方にやって来て、10メートルほど前方で止まった。
男がひとり、何歩か前に進み出た。
「冒険者か?」
挨拶もなく、単刀直入だ。
「そうだよ。ボクたちは帝都からやってきたんだ。依頼の最中さ」
「小娘には聞いていない。リーダーはどいつだ」
「失礼な男だな、君は。そういえばリーダーを決めていなかったよね」
「エイダ様と言いたい所ですが、対外的にはクレア様が妥当なのでは」
アマンダがそういうと、クレアが一歩前に出て答えた。
「私がリーダーです。帝都のギルドで依頼を受けた冒険者です。そういうあなた方は?」
「そうか、失礼したな。俺はダグラス、あそこに見える馬車の護衛をギルドの依頼でしている。4パーティーで受けた依頼だが、俺が全体のリーダーだ。少し前に山賊に襲われてな、なんとか撃退してここまでやって来たところだ」
「負傷者がいるようですね、回復魔法が使える魔術師はいないのですか」
「使える魔術師が奇襲で真っ先にやられてしまってな…そちらにはいるのか」
「私が使えます。よろしければ治療をいたしますが」
「その格好で魔術師か、剣士かと思ったぞ。本当なら是非お願いしたい。礼金はいかほど出せばいい?」
「皆さんは町に向かっているのでしょう。私たちを町まで同行させてもらえるならば礼金はいりません」
「そいつは有り難い。もちろんOKだ。早速治療を頼む。馬車の中に歩けない重傷者がいるので、そいつらから頼む」
「襲ってきた山賊たちはどうなったのかな、後をつけられていないかい?」
一見して12歳くらいにしか見えない王女の言葉を、子どもは黙っていろとばかりにダグラスは無視をした。
「彼女はエイダ、これでも14歳で、大抵の大人よりもずっと賢いし、強力な魔法も撃てますよ。子供扱いはしないでくださいね。怒らせると何が起こるかわかりませんよ」
怒った表情でポケットから黒い球を取り出しかけていた王女を、目で制しながらクレアが取りなした。
「そいつは済まなかったな、かんべんしてくれ。とにかく治療の方を早くしてくれ。山賊につけられるようなヘマはしてねぇから安心してくれ、嬢ちゃん」
嬢ちゃんと言われ、まだ不満そうであったが、王女はポケットから手を出した。魔道具は手にしていない。
「治療に行こうじゃないか、クレア」
そう王女が言うと、ダグラスと名乗った男について、三人は馬車の方に向かった。魔術師らしい女は馬を走らせ先に行った。馬車を囲んで警戒している仲間に様子を知らせたらしく、負傷者が街道の脇に集まって腰を下ろし始めた。他の者たちは馬車が来た道を警戒して見張っている。
馬車に寝かされていた重傷者も、致命傷や身体の欠損などの深刻な怪我を負った者はなく、それほど時間も掛からず治療は終わった。もっとも怪我は治っても、体力は回復せず、しばらくは激しい運動はできない。クレアは馬車から降りると、道ばたに腰を下ろしている軽傷者の治療を始めた。それを見ながら、最初に馬に乗ってきた魔術師がダグラスと話をしていた。
「山賊の一味にはみえないけど、あやしいね。少なくとも普通じゃないよ」
「確かにガキとメイドを連れた女の冒険者ってのは普通じゃぁねぇが…」
「それだけじゃぁない。回復魔法まで使える魔術師が剣士の格好をしている。魔力を感知してみると、とんでもない魔力量だ。並の魔術師ではないよ。それとは逆に、強力な魔法も撃てるという、あの少女。魔力量はほとんどゼロだね。魔法が使えるとは思えない。得物を二本下げているところをみると、あいつの方が剣士なのかもしれない」
「相手の油断をさそうために逆の格好をしてるんじゃねぇのか」
「それに、あの箒を背負ったメイドだよ。なんだい、あれは」
「子どものお守りかな…」
「どこの冒険者がお守りつきの子どもと組んで依頼を受けるってんだい」
「いいとこの我が儘令嬢が冒険者のまねごとをして楽しんでるってところかな」
「とりあえず、みんなに紹介しておきますか。町まで同行するんだし」
「そうだな」
ダグラスが大きな声で、他の冒険者たちに呼びかけた。
「すまねぇが、パーティーのリーダーはちょいと来てくれ」
ダグラスの呼びかけに、3人の男が集まって来た。いずれも剣士の風体だ。
「みんなに紹介しておこう。ええと、名前は…」
「ボクはエイダだよ。こう見えても14歳だ」
「強力な魔法が撃てるらしい。その下げているのは双剣かい」
「双棍みたいなものだよ。全然得意じゃないけどね」
「私はクレア、剣士です」
「クレアは剣士だけじゃなく魔術師としても一流だよ」
「さっきの回復魔法で実力は皆も判っただろう。有り難いことに町まで同行してくれる」
「わたくしはアマンダと申します。エイダ様のメイドをしております」
「アマンダは箒の腕も一流だよ、何しろボクのメイドだからね」
男たちが笑った。
「たぶん、君たちの誰にも負けないと思うよ。試して見るかい」
「そりゃぁ、俺たちに掃除が得意なやつはいねぇからな」
「皆様と町までご一緒させていただきます。よろしくお願いいたします」
「あぁ、お願いされたぜ。よろしくな」
「同じ冒険者だ、呼び捨てでいいよな。エイダにクレア、アマンダだな。こっちも紹介させて貰おう」
そう言うと、集まった3人の男を順に紹介していった。それぞれ別々のパーティーのリーダーで、ドーソン、ベルク、アドマスと名乗った。
「ドーソンのパーティーは4人いたが、回復の使える魔術師が山賊にやられちまった。だから今は剣士だけの3人だ。すまなかったな、ドーソン」
「あれは仕方が無い。運が悪かったんだ」
「ベルクのパーティーは大所帯で、剣士が5人、弓使いが2人、魔術師が3人、いや今は2人か。重傷だった3人はいずれもベルクの仲間だ。魔術師がもうひとりいたが、そいつも山賊にやられた。ベルクたちのおかげで山賊を撃退できた、感謝してるぜ」
「重傷者を回復してもらって感謝してる、クレアさん」
「アドマスのパーティーは5人、全員剣士だが、そのうち2人は盾使いだ」
「よろしくな、嬢ちゃん」
「最後は俺だ、もう名乗りは済んでいるが、ダグラスだ。俺の仲間は魔術師が2人、他は剣士で俺を入れて3人だ。全部で護衛は23人だった。2人やられちまったが…。女は俺の仲間の魔術師2人だけだ。あんたたちにちょっかいを出そうってやつはいねぇと思うが、あまり気は許さねぇでくれ。護衛中にゴタゴタはごめんだからな。後で依頼主にも紹介する。とりあえず、同行中はシェリーと一緒に馬車の横で固まっていてくれ。あ、シェリーというのは最初に馬に乗って俺と一緒にいた魔術師で、俺のパーティーの仲間だ」
紹介が終わったところで、商隊は再び動き出した。ダグラスの言葉に従い、王女たちは馬車の横にまとまって歩いていた。シェリーという魔術師は、馬から降りると、王女を馬に乗せ、自分は手綱を持って歩き出した。普段は子ども扱いをされると不機嫌になるのに、こんな時こそとばかりに王女はお子様アピールをしている。魔力感知のできるシェリーには、王女に魔力がないことが判っていて、魔法が使えるというのは子どもの冒険者ごっこだと思っているのだろう。
その後の道中は何事もなく、陽が間もなく暮れようという頃、街道脇の野営地に着いた。
★★ 外伝は不定期に、あまり間隔を開けずに投稿しています。
本篇は
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「魔術師は魔法が使えない ~そんな魔法はおとぎ話だと本物の魔術師は言う~」