05 災厄が起こった
王女がポケットから黒い球、魔道具を取り出したのを見て、クレアが言った。
「何をするのですか、エイダ」
「魔法が発動できるか試して見るのさ。魔力がほとんどないボクは魔法が使えない。でも、この魔道具があれば別さ。ボクの分析と研究が正しければ、魔法が発動するはずだよ」
そのとき、男たちが消えたスラム街の入り口に、別の男が現れて、王女たちを挑発し始めた。挑発に乗ってスラムの中に入ってきたら、そこで始末しようという目論見なのだろう。
「ちょうどいい、あの男に火球を放って見よう。良く見ていてくれたまえよ、クレアにアマンダ」
黒い球を握った手を男の方に向かって突き出し、王女は叫んだ。
「ファイアー!」
次の瞬間、黒い球を握った手の先に、小さな青白い球体が出現して、男の方に向かって飛んで行った。ピンポン球くらいの小さな球で、飛んでいく速さもそれほどではない。簡単に避けられてしまうと思われた。それどころか、男の数メートル手前で地面に落下した。
避けるまでもないと判断したのか、男は顔の前で両腕を組んで爆風に備えた。しかし、爆発することもなく、プスっと小さな音を立てて地面に刺さると、一条の煙を残して消えた。おそるおそる、両腕を下ろした男は、ただよう煙を見ると、大声で笑い出した。
「あれだけですか?エイダ」
クレアがあきれ顔で王女に言う。
「おかしいな…。よし、もう少し力を込めてみよう」
そう言って、ふたたび黒い球体をつきだし、より大きな声で叫んだ。
「イクスプロージョン!」
先ほどと同じような大きさの青白い球体が出現し、スラム街の方に向かって飛んで行った。しかし、今度はさっきよりもひどい。命中するどころか、大声で笑っている男の頭上を越えてスラムの廃墟の上空へ飛んでいってしまった。
「ちゃっんと狙ったのでしょうか」
「うーむ、狙いがつけられないんだよね、実は。適当に前に飛んでいくだけで…」
「使い物にならないじゃないですか」
狙われた男は腹を抱えて笑っている。そのとき、光る球体が飛んでいった廃墟の上空を見ていた王女が
「危ない!」
と叫ぶと、クレアとアマンダに抱きつき、黒い球体を握った手を真上に上げて、
「バリア!」
と唱えた。
次の瞬間、世界は輝きで満ちた。王女の魔道具は、三人を包む球状の空間を作り出し、周囲の音が何も聞こえなくなった。その球体の外は光であふれていた。白一色で、何も見えない。まぶしくて、ほとんど目を開けていられなかった。
長い時間、いや、王女たち三人がそう思っただけで、実際は10秒もたっていなかったのだが、輝きが消え去り、視界がもどってきた。星が輝く夜の風景だ。不夜城に輝くスラムの灯りはひとつも灯っていなかった。
アマンダがつぶやいた。
「スラムがありませんね…」
目の前には、むき出しの大地が広がり、入り口で笑っていた男はもちろん、スラムの廃墟、
帝都を囲む城壁の一部、すべて綺麗さっぱり消えていた。スラム街と一般の市街を分ける壁がちょうど境目になって、一般の市街地は何の被害もなかった。
「凄い威力でした…それに凄いコントロールですね。測ったようにスラムだけ消し飛ばしましたね」
クレアが感心したように言うと
「いや、それは…たまたまで…」
「どういうことですか。エイダ?」
「だから、さっきも言った通りだよ。威力の調整もコントロールも出来ないんだよ、まだ。だから実験って言ったはずだ。予想よりも威力が少しばかり大きかったようだ」
「少しばかりじゃありませんよ、どうするんですかこれ。犯人を捕まえるどころか、スラムごと一緒にギャングたちも綺麗さっぱり消し飛ばしちゃったじゃないですか」
アマンダが少し慌てている。クレアも言う。
「依頼は達成失敗ですね。捕まえるどころか、死体もありませんから。それに帝都の経済が大変なことになりますよ。商人組合がなんて言うでしょうか。城壁の一部も消滅していますから治安維持部隊も黙っていませんよ、きっと」
「まぁ、魔法理論の進歩に失敗はつきものだよ。きっとみんなも許してくれるさ」
「そんな訳があるはずないでしょ!」
「エイダ様、クレア様、ここは人が集まってくる前に引き上げましょう。わたくしたちはスラムには来ていない、依頼も始めていない、何も見ていない、いいですか、いいですね」
翌朝、王女たちは何食わぬ顔でギルドに顔を出した。
★★ 外伝は不定期に、あまり間隔を開けずに投稿しています。
本篇は
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「魔術師は魔法が使えない ~そんな魔法はおとぎ話だと本物の魔術師は言う~」