03 依頼を受けた
帝都の城壁の内側で、皇帝の城からもっとも離れた一角に、城のような大きな建物が建っている。ところどころ崩れ落ち、廃墟のようであるが、夜になると灯りがともり、無人ではないことを示していた。
かつて、王国と戦争をしていた時代に、城壁を守る拠点となった要塞だった。戦争が終わると、被害が大きかったこの要塞は放棄され、無人の廃墟となった。
年月が過ぎ、この廃墟にギャングたちが住み着くようになり、いつしか大きな組織となっていった。それにともない、周辺から住民がいなくなり、ギャングだけが住むスラムが形成された。皇帝が問題視したときは手遅れで、帝都の経済に深く食い込まれ、殲滅すれば済むという話ではなくなっていた。
その廃墟の城の、かつては司令部が置かれた広間だろうか、ギャングのボスの前で一人の男が跪いていた。しばらく前に、ギルド降り口で王女たちが騒ぎを起こしたときに、野次馬の輪の中から走り去った男である。
「せがれを叩きのめしたそいつらは何者だ」
「女三人の冒険者でさぁ。ひとりは12くらいのガキで、身なりはよかったので、どこかの貴族家の令嬢って感じですかね。あとの二人ですが、一人はメイド服で箒を振り回してましたぜ。もう一人はかなり別嬪の女冒険者で、そこそこの腕でした」
「せがれをやったのは?」
「メイド服の女でさぁ」
「あの馬鹿はメイドに箒でのされたって言うのか…」
「へぇ」
「へぇじゃぁねぇ!せがれはどうなったんだ」
「女たちはさっさと消えちまいましたが、そのすぐ後に番兵たちがやって来て、詰め所にしょっ引かれていきやした」
「黙って見ていたのか。おい、てめぇら、こいつに少しばかりヤキを入れてやれ」
ボスの言葉に、周りにいた数人が、跪いていた男を有無を言わさず別の部屋に連れて行った。
「誰でもいい、下っ端を何人か連れて行って、どこの詰め所に馬鹿息子がしょっ引かれたのか探り出せ。鼻薬で解放すればいいが、四の五の言ったら構うこたぁねぇ、詰め所を焼き払ってでも取り返してくるんだ」
ボスが言い終わると同時に、入り口近くの数人の男が出て行った。
「それから、その女冒険者だ。どこかに宿を取っているに違いねぇ。どこの宿か見つけ出せ。今夜中だ、さっさと行け!」
そのころ、残念王女と皇女はひとつの部屋でお楽しみ中で、忍び寄る危機には気づいていなかった…
その夜、スラムの近くの詰め所のひとつが焼き討ちに遭って、詰めていた6人の番兵が無残に殺された。記録では牢に何人か捕らえていたはずだったが、もちろんもぬけの殻であった。スラムに巣くうギャングたちのなかに犯人がいることは、治安部隊も承知しているが、スラムに逃げ込まれてしまっては手が出せない。そこで治安部隊の隊長はギルドに依頼を出すことにした。もしろん治安部隊からの依頼とは分からないようにしてだ。依頼が成功しても失敗しても、治安部隊は無関係ということにする。治安部隊とギャングたちとの全面抗争を避けるためだ。
夜が明けた。王女にとって帝都の二日目の始まりである。
メイドのアマンダが王女と皇女の部屋の扉をノックしている。
「皇女様、王女様、アマンダです。お目覚めでしょうか」
中から返事があり、アマンダが部屋に入る。皇女と王女はまだベッドの中にいた。
「はー……、さっさと着替えをお願いします。あまり遅くなると宿の朝食が食べられませんよ」
「エイダ…、あなたのメイドはいつもこんな態度なのですか。主人をなんだと思っているのでしょう。私の国でメイドが主人にこんな態度をとったら投獄ものですよ」
「ボクの国だって同じさ。ボクとボクのメイドたちだけが例外なんだ。ボクの寛大さが判るだろう」
「あなたが残念だということは判かります」
「つまらないことを言ってないで、さっさと起きてください」
そう言ってアマンダは毛布をはぎ取った。裸の少女がふたり、あわてて起きて身支度を始めた。
二人は、なんとか出してもらえた宿の朝食を食べながら今日の予定を話し合った。
「とりえずギルドに行って、どんな依頼があるか見てこようじゃないか」
王女が言う。
「もう朝も遅いので、割の良い依頼は残っていませんよ」
「割の良い依頼じゃなくても、構わないよ。面白ければいいんだよ、そうじゃないかい」
「そうですね、退屈しのぎになれば…」
「割が良くなくても、面白くなくても、とにかく実入りのいい依頼でお願いします。もう王国にも帝国にも頼れないんですからね。お二人の世話をするわたくしの身にもなってくださいよ、まったく。これだから苦労知らずのお姫様は…」
アマンダの愚痴を聞きながらギルドに向かった。
やっかいそうな依頼しか残っていなかった…。その中でもとびきりやっかいそうな依頼を王女は選んできた。
「これなんか面白そうじゃない。報酬も悪くなさそうだし」
王女が持ってきた依頼は、逃亡犯罪者の捕縛だった。
「昨夜、治安維持部隊の詰め所が襲われたようだね。そこの牢から逃亡した犯罪容疑者の捕縛だ。部隊員の死者が出ているので、生死は訪わず。たとえ死体でも持ち帰れば達成扱いだ」
「それは面倒がなくて、よろしいですね」
すっかりその気になっている王女と皇女をよそに、アマンダがつぶやく。
「でも、逃げ込んだ先は、これスラムですよ」
「ボクたちなら余裕だよね、もう依頼は受けておいたよ、早速出かけようじゃないか」
「私に相談もなく受けてしまったのですか」
「気が利くだろう、礼ならいらないぞ」
皇女に向かってどや顔の残念王女の後ろでは、怒り心頭のアマンダが箒を振り上げているが…いつものことだとばかりに冷静さを取り戻し、箒を背中にもどすと
「仕方がありませんね。面倒ごとはさっさと済ませましょう」
そう行ってギルドを出て行く。皇女と王女がその後に続いた。
「アマンダ、ちょっと待ってください。まずはスラムがどういうところなのか調べてからにしましょう」
「クレア様はご存じないのですか。地元じゃありませんか」
アマンダが立ち止まってクレアに答えた。
「地元ですが、まっとうな冒険者はスラムと関わりなぞ持ちません」
「スラムについて詳しい人物とは、どこに行けば会えるのかな」
王女が訪ねると
「一番つきあいが深いのは商人たちではないかと」
クレアが答えると
「じゃぁ、商人組合だな。すぐに行ってみようじゃないか」
王女はそう言って、こんどは先頭に立って歩き始めた。
しばらく歩いてから立ち止まると、振り向いて言った。
「ところでクレア、帝都の商人組合は、いったいどこにあるのかな」
「知らずに先頭を切って歩いていたのですか」
「ボクは帝都は初めてなんだよ、知っているはずがないじゃないか」
王女の言葉に、クレアは黙って先頭に立つと、歩き始めた。
★★ 外伝は不定期に、あまり間隔を開けずに投稿しています。
本篇は
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「魔術師は魔法が使えない ~そんな魔法はおとぎ話だと本物の魔術師は言う~」