20 調査を始めた
職人組合は商店街の一番端に位置していた。そこから先は住居エリアだ。
中に入ると、閑散として人はいない。クレアは受付のカウンターの前で声を掛けた。
「どなたかいませんか」
奥の部屋から返事が聞こえて、女性がひとり、あたふたと出てきた。
「失礼しました。受付のアンジュと申します」
「いつもこんなに人がいないのですか」
「いえ、いつもはもっと賑やかです。ただ…今はドラゴンの騒ぎでほとんどの工事が中断していまして…」
「ドラゴンか…」
「ええ、個人の方の小さな工事は別にして、大きな工事はすべて私どもの組合を通じて請け負うことになっています。職人たちはそうでもないのですが、親方がどなたもドラゴンがいる間は工事はできないと言い出しまして…」
「親方全員が?」
「ええ、最初に最も大手の工房の親方であるダイソンさんが言い出して…」
「ダイソンさんに会うことは出来るかな」
「工房の方に直接行かれたらいかがでしょうか」
「ダイソンさんの所の監督さん、確かランドという人だったかな、その人が言うには今日は留守だというのだが、何か話は聞いていませんか」
「特に伺ってはいません」
「職人組合と親方の関係はどうなっているのでしょう」
「どうなっているとは?」
「職人組合の運営とか、あなたたち職員の雇用主とか…」
「当組合は職人たちの相互組織でして、職人たちの払う会費でまかなわれています。運営は職人たちの選挙で評議員が選ばれ、評議員の中から組合長が選出されます。評議員の方はほとんどが引退された職人や親方ですね。雇われ職人も工房の親方も立場は平等です。私たち組合の職員は、評議会に雇われています」
「なるほど、親方たちの組織というわけではなのだね、アンジュくん」
王女が口をはさむと、その物言いに、小さな子どもと思っていたアンジュは少々驚いた様子であったが、受付らしく丁寧に答えた。
「その通りです。普段は職人たちの給金がきちんと支払われているか親方たちを監督したり、給金の値上げの交渉をしたりと、どちらかといえば普通の職人さんたちのための組織なんですよ」
「工事の中断は、職人たちが要求したことなのかな」
「いいえ、給金は日払いですから一日でも多く仕事をしたいと思っているようですね」
「じゃぁ、中断は誰が言い出したのかな」
「ダイソンさんですね。親方のほとんどは職人の暮らしが苦しくなるという理由で工事を続けようとした人もいたんですが…」
「ドラゴンがいるというのにかい」
「親方も含めて職人さんたちの気性なんでしょうかね、自分の目で見ていないとドラゴンドラゴンと騒いでも、給金の方が大事なんでしょう」
「それでは、どうして中断になったのでしょう」
「ダイソンさんが、ドラゴンを理由に請け負い費用の割り増しを注文主と交渉すると言い出したんです。そうなれば給金も上げられるからと。今までいつも職人の給金を上げるのに反対していたのに…。大きな仕事はほとんどダイソンさんが受けていて、他の親方はダイソンさんから仕事を貰っています。誰もダイソンさんに反対ができません」
職人組合で話を聞いた後、王女たちはダイソンの工房へと向かった。
「さて、ダイソンにあったらどうしてくれようかね、クレア」
「どうするって…」
「工房ごと吹き飛ばしちゃうとか」
「駄目ですよ、いいですか、いいですね」
「悪党じゃないか、どうして駄目なのかな」
「悪党とはいいきれませんよ。強欲なのは確かですが…」
ダイソンの工房は住居エリアのさらにさき、建物がまばらになった場所にあって、大きな敷地を有していた。低い柵で囲まれた広大な敷地の中に、大きな平屋の建物が散在している。その中でも特に大きな建物の入り口で、中に向かって声を掛けた。
「失礼します。どなたかいらっしゃいませんか」
クレアが大きな声で叫ぶと、職人らしき男が出てきた。
「おうよ、何かようか」
「ダイソンさんにお話があるのですが、こちらにいらっしゃるでしょうか」
「おう、親方なら奥に…」
「余計なことを言うんじゃぁねぇ、仕事に戻れ」
工房の奥からランドが出てきて職人を追い払った。
「さきほどはどうも、ランドさん」
「何しにきた」
「ダイソンさんは、今日はお留守ではなかったのですか」
「予定が変わって、さっき戻ってきた所だ…」
「それは良かった。お話をさせていただけますよね」
「親方は忙しいんだ、話をする時間はねぇ、さっさと帰って貰おうか」
「私たちはギルドの依頼でドラゴンの調査をしています。それは職人組合からの依頼です。ダイソンさんも当事者ですね。それに、あなたからも詳しいお話を聞きたいのです。ドラゴンを直接目撃したと言う、ただ一人の人物のお話をね」
「俺以外にも目撃者は大勢いるだろう」
「それが、いくら聞き回っても直接見たと言う者は見つからないのです」
クレアがはったりを言う。ギルドでちょっと聞いただけで、まだ聞き取り調査などしていない。
しばらく押し問答をしていたが、ついに諦めたのか、ランドが折れた。
「ついてこい。親方の所に案内する」
王女たちはランドに案内され、ダイソンのところに向かった。
★★ 外伝は不定期に、あまり間隔を開けずに投稿しています。
本篇は
https://ncode.syosetu.com/n6008hv/
「魔術師は魔法が使えない ~そんな魔法はおとぎ話だと本物の魔術師は言う~」




