18 疑った
王女たちは職人組合に出向き、人夫たちに話を聞こうとした。
「何か御用でしょうか」
受付の女性にクレアが答える。
「皇帝の別荘の工事にあたっている方たちにお会いしたいのですが」
「その工事は現在中断されています。職人たちがどうしているか判りませんが、おそらく酒場にいけば何人かいるかもしれません」
「職人たちの元締めはどなたでしょう?」
「親方のダイソンさんです。ダイソンさんなら、工房にいけば会えると思いますよ」
クレアは受付に礼をいうと、組合の事務所を出た。
「どちらから先に話を聞きましょうか」
「先に職人かな。聞き回っていることを先に親方に知られると、手を回して下が正直に話してくれなくなるかもしれないからね」
「それは、つまり、何か後ろ暗いことが親方にあるということでしょうか」
アマンダが王女に尋ねる。
「あー、かもしれないってことだよ。普通そう考えるだろう」
「いつも腹黒い考えが浮かぶのは、エイダ様くらいです」
「アマンダは人生の経験が足りないのではないかい」
「お子様に言われたくはありませんです」
「おっと、あそこが酒場かな」
王女たちは酒場に入って行った。
まだ昼前なのに、大勢の男たちが酒を飲んで管を巻いていた。まずは様子見ということで、入り口近くの開いているテーブルに座った。
すぐに12歳くらいの女の子がやって来た。
「お客様、ご注文はなんでしょうか」
「紅茶を」
王女が言うと、女の子はすまなそうな顔で答えた。
「すみません、うちはお酒を飲むところなので…」
「ワインをもらおうか」
「地元の安いものしかありませんが…」
「それでいいよ、ボトルとグラスを2つお願いする」
「グラス2つって、アマンダもいるだろう」
「私とアマンダの分です」
「ボクの分はどうするんだい、クレア」
「お嬢ちゃん、ミルクを一杯追加して。できれば、あたためて」
「ちょっと、クレア、ボクはどうしてミルク…」
「おや、甘くしないと飲めませんか」
「そういう問題じゃなくて、ボクもワインを…」
「何か甘い物はありませんか」
「ええと、クッキーにジャムくらいなら」
「おお、いいじゃないか、それをミルクと一緒に頼みます」
「14歳なんだから、ボクだってワインくらい飲んでも…」
「いえ、エイダ様の場合、お歳が問題なのではございません。単に、その…」
「なんだと言うのかな、はっきり言ってくれたまえ」
「ええと、単に酒癖がよろしくありませんので…」
「…」
何か思い出したのか、王女は黙ってしまった。
「あんな小さな女の子が酒場で働いているのか」
「多くの平民は、小さな子どもでも働いて稼がないと暮らせないのです、エイダ様」
女の子が厨房にもどると、待っていたかのように酔った男がひとり声を掛けてきた。
「メイドさんに連れられて、こんな酒場に何しに来たんだい、お嬢ちゃんよ」
あらくれの職人からみれば、王女もクレアもお嬢ちゃんである。アマンダがそっと箒に手を掛けると、クレアが機先を制して言った。
「あなたでいいわ。ちょっとお話を聞かせてもらいたくて」
「へへ、どんな話が聞きたいのかな」
勧められてもいないのに、下品に笑いながら王女たちのテーブルの席に腰をおろした。
「皇帝の別荘を建てていらっしゃるのですか」
「おう、そうよ。皇帝に認められた煉瓦職人だぜ、俺は」
「今はお仕事はお休みなのですか」
「ああ、仕事は中断している。だから昼間っから飲むしかねぇ」
「なぜ中断なんですか」
「俺たちは知らんが、なんでもドラゴンがいて危ねぇからってことらしい」
「ドラゴンをご覧になったんですか」
「親方がそう言うんだ。間違ぇねえんだろ」
そこまで話したとき、男がひとり酒場に入ってきて、王女たちのところに来た。
「お嬢さんたちに絡むんじゃあねぇ。とっとと自分のテーブルにもどるんだ」
「絡んじゃあいねぇよ、監督さんよ。いきゃあいいんだろう。またな、嬢ちゃんたち」
「すまないな、お嬢さんたち。酔っ払いの言うことだ、忘れてくれ」
「あなたはどなたでしょうか」
「俺はランド、あいつらを仕切っているものだ、ダイソン親方のところで現場監督をやっている。で、あんたたちは?」
「こう見えても冒険者です。ギルドの依頼で湖のドラゴンについて調べています。ダイソンさんにもお話を聞きたいのですが…」
「親方は今日は留守だ。明日なら戻るので、工房に来てくれ。話くらいはできるだろう」
そう言うと、職人たちのテーブルに行った。そこで酒を奢ると言いだし、一緒に飲み出した。
「職人たちにボクたちと話をさせたくないようだね、彼は」
「そうですね。親方が留守だというのも信じられませんね。私たちと話す前に時間を稼いだって感じですね」
「おまちどうさまです」
女の子がワインとミルク、それにジャムを載せたクッキーを持ってきた。
「はい、これはお駄賃ね」
クレアが女の子に銅貨を2枚渡した。
「ねぇ、あのランドさんってどんな人か知っている?」
「ダイソンさんのところの人で…」
言いかけて黙ってしまった女の子を見て、クレアは微笑んだ。
「もういいわ、ありがとう」
クレアとアマンダは黙ってワインを楽しみ、王女は不満そうにミルクを飲んでいた。
★★ 外伝は不定期に、あまり間隔を開けずに投稿しています。
本篇は
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「魔術師は魔法が使えない ~そんな魔法はおとぎ話だと本物の魔術師は言う~」




