15 やらかした
男は干渉魔法など意に介さぬのか、間合いを詰めてきている。クレアは考えていた。もしも男が剣士であれば、干渉魔法で瞬殺だ。男はすでに射程内に入っていた。しかし、そんなことは相手も承知のはず。ならば…槍を構えているが、魔術師でもあるのか。クレア自身がそうである以上、可能性は排除できない。そうであれば当然、鎮静状態を保っているはずだ。無効な干渉魔法を放って自分自身の鎮静状態を解除してしまえば、相手の干渉魔法で瞬殺されてしまう。魔術は使えない。接近される前に魔力感知で確かめておくべきだったとクレアは後悔した。ここまで接近されては魔力感知しようとして隙を見せる訳にはいかない。魔法を使わず、剣技で戦わざるを得ない。
男が穂先を下げ、次の瞬間間合いを詰めていく。下からすくい上げてくる槍を、クレアは剣で横にそらす。そのまま剣を返し、下から切り上げようとしたクレアを、槍の石突きが襲った。切り上げようとした剣の軌道を無理矢理変えて、かろうじて石突きのつきを横に弾くと、クレアは後ろに飛んで間を開けた。剣を構え直そうとするクレアに、さらに間合いを詰めていくセント。槍は横になったままだ。剣の構えが間に合わないクレアののど元を槍の柄が水平になって襲う。仰向けに倒れて避けたクレアに、上から槍で着こうとするセント。槍の穂先がクレアに向けられたそのとき、セントの足下をクレアの剣が払った。力のこもらない剣であったが、セントの突きよりも早い。セントは上からの突きを諦め、後ろに跳んだ。その隙に起き上がり、剣を構えるクレア。
一瞬の攻防が終わり、再び対峙するクレアとセント。
王女は気が気ではなかった。ゴロツキ連中の用心棒など、帝国一の剣士であるクレアの相手ではないと思っていたのだ。ところが、今の攻防ではクレアが押されていた。王女の頭に、クレアが勝てないかもしれないという不安がよぎり、思わず叫んだ。
「クレア、大丈夫?」
「黙っていて、エイダ。気が散ります」
クレアの声に余裕がない。王女にはそう思えた。
そのやりとりが隙になったのか、セントがふたたび間合いを詰めてきた。今度はクレアののど元を狙った突きだ。最初の突きを首をかしげて躱すと、セントはそのままの体勢で一瞬の引きから次の突きを繰り出す。これも避けると、さらに突きが繰り出された。これは避けられず、かろうじて剣で弾いた。一度の踏み込みで三度の突きを繰り出す。クレアはこの技を以前にエマとの模擬戦で見ていた。その模擬戦でエマが見せた次の技をクレアは思い浮かべた。
ふたたび踏み込んでくるセント、今度は身体の向きを少し変えてギリギリで避けた。この一撃目を剣で弾けば、最初のときと同様に、石突きの攻撃がきたはずだ。槍の引きに合わせて体勢を戻そうとするが、槍は引かれることなく、そのまま横に振られた。クレアはこれをかろうじて剣で受けた。模擬戦でのエマの技を見ていて助かった…。その思いが油断を生んだ。
セントは、さらに一歩踏み込み、剣で受けられた場所を支点にして、槍を回転させ、再びクレアののど元を槍の柄で押さえに来たのだ。槍を受けた剣を戻すのは間に合わない。剣から片手を離し、腕で柄を受ける。クレアの腕がきしんだ。セントはそのまま先へ進み、クレアと身体を入れ替える。クレアも槍に押された力を利用して間をとった。
クレアがますます押されている。ふたりの勝負に手出しをしてはいけないと理性では思っていたが、王女は自分でも知らぬ間に、見えない剣を抜いていた。
セントは今の勢いで押し切ろうと、ふたたび間を詰めてくる。片腕の痺れがとれないクレアは、相手の脚を止めようと痺れた腕で腰からナイフを取り出し、投げる体勢だ。セントの注意が一瞬ナイフに移ったとき、クレアは剣の方を投げた。意表を突かれて、剣を片手で弾くが、その隙にクレアは自分から間合いを詰めてナイフを突き出す。セントも槍を突き出す。どちらも避けられる距離ではない。しかし、得物の長さの差があった。王女はクレアの死を予感した。
セントとクレアの身体がぶつかった。セントの胸をクレアのナイフが貫き、クレアの胸はセントの槍に突かれていた。
その二人の足下に、槍の穂先が落ちた。穂先のない槍はクレアの胸を貫けていない。しかし、打撃のダメージで、ナイフを手放し、後ろに倒れるクレア。ナイフで刺し貫かれたセントは、そのまま前に崩れ落ち、片膝でうずくまった。その二人の横に、短い棍棒が転がっていた。王女の投げた見えない剣である。
ふたりがぶつかる寸前、クレアの死を予感した王女は、無意識に見えない剣をセントに向かって投げたのだ。王女が投げたのでは命中はおぼつかないが、王女のクレアに対する想いのなせる技だったのか、セントを外れた見えない剣が槍の穂先を切り落としたのだった。
クレアはよろめきながら立ち上がった。
「なぜ手出しを…」
「だって、クレアが死んじゃう…」
うずくまっているセントが顔を上げた。
「いい友達だな…」
「友達以上…エイダは私の命です。エイダを恨まず、卑怯となじるならば私を…」
「皇帝への恨みをあんたに向けた俺の間違いだ…あんたと俺の人間としての差ということか。皇帝に伝えてくれ、恨みは地獄で果たす。待っているぞ…とな」
セントは横に倒れ、仰向きになって目を閉じた。
クレアはセントの横に行き、胸の傷を見ると、
「わたしの回復魔法では力がおよびません」
そう言って、落ちている自分の剣を拾った。
「どうかお許しを」
そう言って、まだかろうじて息のあるセントの喉を剣で貫いた。
「ごめん。でも、何もしないと…」
「ありがとう、エイダ。助かりました。あなたのおかげです」
「でも…」
「気にする必要はありません。いつものあなたなら、こう言うでしょう。卑怯汚いは敗者の戯言、と」
「ははは…そうだね…」
「それじゃぁ、ガストン一家を殲滅しましょう。ゴミ掃除です」
「アマンダがいないから、箒で掃けないよね」
「掃き掃除ができないなら焼却処分にしましょうか」
クレアとセントの勝負を見ていたガストン一家の男たちは、クレアと王女の会話で我に返り、いっせいに逃げ出した。
「逃がさないよー」
そういって追いかける王女。
「待って、わたしが魔法で…」
次の瞬間、残念王女が本領を発揮した。転けたのである。またも、盛大に。
「あわてないで…」
助け起こそうとクレアが近づくと、転けた拍子に王女のポケットから転げ出た黒い球体が光を発し始めた。驚いたクレアが、とっさに王女に覆い被さると、球体が閃光を発した。
王女を守ろうと、王女に多い被さったクレアであるが、衝撃も何もこないので伏せていた顔を上げると、ゴロツキたちが逃げていった方向には、むき出しの地面が先の方まで広がっていた。ガストン一家はもちろん、街道も、町も、すべて消え去っていた。
★★ 外伝は不定期に、あまり間隔を開けずに投稿しています。
本篇は
https://ncode.syosetu.com/n6008hv/
「魔術師は魔法が使えない ~そんな魔法はおとぎ話だと本物の魔術師は言う~」




