14 強敵に出会った
翌朝、アマンダは少女たちに控えの部屋に戻るように伝え、まだ寝ている王女とクレアをたたき起こすと、作戦の最終確認を始めた。
「控え室の見張りは、わたくしが倒します。お二人は、女給たちが逃げる援護をお願いします」
「具体的に、ボクたちは何をすればいいのかな」
「わたくしが女給たちを連れて町の入り口を目指します。おふたりはしんがりで、追っ手の対処をお願いします。前に立ちはだかる相手がいたら、わたくしが対処します」
「わかりました」
クレアの返答に、アマンダは続ける。
「最初に、わたくしが街中の店を回って、ガストン一家ではない店員に町の南の入り口に集まるよう伝えます。作戦の開始はそのあとです」
「入り口には見張りがついていると、ボクは思うのだが…」
「そうですね…、では、南の入り口に一番近い路地にでも隠れているように言いましょう。そして、わたくしが見張りを倒したら合流するということで」
「そうすると、店が開くまでは開始できませんね」
「ええ。そんなに早くからここに客は来ないと思いますから、女給たちが控え室からいなくなることはないかと思います」
「もし客が来て部屋に連れて行かれたら、開始前に私が客から奪い返しますね」
王女たちは、戦いに備えて身支度をしながら時を待った。
「エイダ、忘れずに防御の魔道具は発動させておきなさいね」
「もう発動してるんだな、ボクにぬかりはないよ」
「魔法にしか効果はありませんからね、忘れないでください。剣は防げませんよ」
「剣で向かってくるやつは、これで一刀両断さ」
そう言って、双棍を抜いて振り回した。見えない剣である。
「あ、あぶないから部屋の中で振り回さないで。見えないんだから…」
クレアの言葉に、王女は見えない剣を鞘に収めた。
「鞘に収めている棍棒って、おかしいよね…」
いまさらの疑問である。
「命がけの戦いの時に、そんなことを気にする相手はいませんよ。もしもいるとすれば…あなたでは相手に出来ない強敵ね。私が相手をするから、安心して」
「大丈夫、そんなときはこれで…」
そう言ってポケットから黒い魔道具を出した。
「駄目です、絶対に駄目ですから。いいですか、いいですね。必ず私にまかせるんですよ」
王女の身を案じるクレアであったが、実を言えば、王女のでたらめ剣を初見で打ち破るのは思いの外難しい。
剣の訓練をしたものほど、相手の剣筋を予測して躱したり受けたりする。その予測は相手の脚さばき、構え、視線、筋肉の動きなどから無意識に行われる。そして剣が風を切る音、剣によって生じる空気の流れの乱れ、剣圧って言うのかな、それを察知することで予測を外れた動きにも対処するのが剣の使い手である。
しかし…そのことごとくが王女には通用しない。なにしろ、デタラメな動きだ。脚裁き?
でたらめである。視線?そもそも相手を見ているかも疑わしい。ひどいときは目をつぶってしまう。筋肉の動き?そんな合理的な動きはしない。風を切る音?単分子の細さでは、そんな音はでないし、空気の乱れすら生じない。そして、間合いも判らない。剣が見えないし、そもそも王女自身が間合いを理解していない。理に合わない振りで、力がこもっていないかもしれないが、へなちょこの振りでもあたれば、アダマンタイトさえ切り裂くデタラメな剣だ。受けることも払うこともできない。剣あるいは防具ごと切られてしまう。それが短い棍棒に偽装されているのだ。まさに初見殺しである。
達人であれば、それでも見えない剣をすべて躱して接近できるかもしれない。しかし、そのときはより大きな災厄が待っている。王女のことだ、ためらわず魔道具を使うだろう。達人ならそんな時間は与えない?残念王女の狡猾さをあなどってはいけない。相手の剣が届くほど接近されたら、自動的に攻撃するような仕組みを作っていないとは思えない。世界が終わることはないと信じたいが、山ひとつ、町ひとつくらいは消えるかもしれない…
まぁ、弓矢とか投げナイフとか、距離をとって攻撃されると、それを躱したり切り落としたりする技量はないので、いちころなのであるが…
いやまて、残念王女だぞ。誰にも言わず、物理防御の魔法も魔道具で実現しているかも知れない…そうなると無敵だ…なんとかに刃物である。絶対に使わせてはいけない。
ひそかに決意するクレアであった。
少し前に外出したアマンダが宿に戻ってきた。
「手はずは整えました。後は女給たちを連れ出すだけです。エイダ様に常に付き従いたいのですが、そうもいきません。エイダ様をよろしくお願いします、クレア様」
「まかせないさい。あなたに言われるまでもなく、エイダは私が守ります」
「クレアはボクが守るからね。いざとなれば魔道具もあるし…」
「だから、何度言えば…。いいですか、いいですね。忘れないでくださいね」
王女たちは宿の一階に降りていった。クレアは受付に向かい、アマンダが女給の控え室に向かう。
「なんだ、もう一泊するのか。昨日はお楽しみだったようだしな」
受付の最後の言葉になった。クレアが剣を鞘にもどすと、首を失った受付がその場に崩れ落ちた。控え室で女たちの悲鳴があがった。アマンダが見張りを始末したのだ。
王女が宿の入り口で外をうかがっている。
「誰もいないようだね。ボクらには好都合だ。気づかれる前に、一気に町を出ようじゃないか」
王女の言葉に、アマンダが女たちを先導して宿の外に出て行った。控え室でどんな説明をしたのか判らないが、女たちは全員無言でアマンダに従っている。あの3人の少女が一番前にいる。まあ、アマンダが見張りを始末した時点で従うしかない。残ってもガストン一家の連中が許さないだろう。
王女とクレアも女たちに続いて宿の外に出た。南の入り口に向かって走り出したときに、宿の中で騒ぎが起こった。受付と見張りがやられているのが見つかったのだろう。宿から武器を持った男たちが10数人出てきて、王女たちを追いかけ始めた。
「彼女たちの脚ではすぐに追いつかれます。私が足止めをします。エイダはこのまま町の入り口まで一緒に行ってください」
「わかったよ。無理はしないでくれたまえよ、クレア」
王女はそのまま走って行き、クレアは立ち止まって振り返る。
「誰も通しませんよ」
クレアが帝国一の剣士と知らないのであろう。女と侮った男が数人剣を振りかぶって襲いかかったが、あっというまに切り伏せられた。それを見て、男たちの脚が止まった。クレアは立ち止まったままだ。時間を稼ぐ方が重要と思ったのだろう。にらみ合っていると、男たちの後ろから鎖鎌をもった男がひとり出てきて、クレアの前に立った。干渉魔法を恐れず近づいてくる。
「実用にはならんが、俺も魔法は使える。干渉魔法は…」
男が言い終わる前に、足下から石の槍が飛び出て男を貫いた。
「相手の啖呵を黙って聞くほど暇ではありません」
うしろの男たちがわめきだした。
「てめぇは…」
言いかけた男が串刺しになった。
「ちょっと…」
串刺しになった。
「何しやが…」
串刺しになった。
「いきなり…」
串刺しになった。
「卑怯…」
串刺しになった。
「ひ、ひでぇ…」
串刺しになった。
ようやく我に返った男が、ナイフを投げてきた。それを見て、他の男たちも次々とナイフやダガーを投げ出した。魔術師相手の戦いでは定法である。
それを避けながら、男たちを次々に串刺しにして行く。火球などであれば目で見て避けることも出来るが、足下から出現する石の槍は避けるのが難しい。新たに数人が串刺しになったところで相手の応援が掛けつけて来た。今度は魔術師もいるようだ。
クレアはまだ鎮静状態になっていない。複数の魔術師に突進されたら干渉魔法でやられてしまう。目の前に土の壁を作り出し、その向こうに火球をいくつかばらまくと、クレアは結果も見ずに、王女たちの後を追って退却した。
町の入り口では、すでにアマンダが見張りを倒し、ガストン一家ではない住人が合流しつつあった。
「無事かい、アマンダ」
「クレア様は?」
「すぐ来ると思うよ」
王女の言葉とおり、すぐにクレアがやって来た。
「私たちはここで連中を食い止め、殲滅します、アマンダは予定通りみなさんを避難させてください」
そういうとクレアは剣を抜き、町の方を振り返った。
「ようやくボクの出番がきたね」
王女も双棍…見えない剣を抜いた。
「防御魔法は…魔法だけじゃなくて剣も防げるのですか」
「よく判ったね。まだ誰にもいっていないのに」
「あなたの考えることくらい、お見通しです」
「さすがはボクのクレア。こころが通じているよね」
「のろけは後で聞きます。来ますよ」
「防げるといっても、強力な一撃は無理っぽいので、カバーをよろしくね」
「わかっていますよ」
「まずは魔術師を倒そう。クレアが魔法を使えないのは不便だからね」
追いついてきた男たちが王女たちと対峙する。何人か武器を持たない男が前に出てきた。魔術師に違いない。クレアと王女が突っ込んでいった。魔術師が火球を放ってくる。クレアはボクの後ろに隠れ、火球はボクの目の前で閃光を放って消滅した。驚愕の魔術師たちをクレアの剣と、ボクの見えない剣が襲う。あっという間に、魔術師は全滅だ。
王女たちが狼狽える男たちに突進しようとしたとき、目の前にナイフが数本跳んできた。足下に刺さったナイフを見て、立ち止まると、男たちの後ろから今度は槍を持った男が出てきた。
「またですか」
クレアの言葉に槍を持った男が言いかけた。
「俺は…」
足下から石の槍が飛び出し、串刺しに…ならなかった。
ギリギリで石の槍を避け、持っている槍でなぎ払った。
「ごあいさつだな。名も…」
再び、石の槍を避けてなぎ払う。そして同時にクレアに向かってナイフを投げてきた。
ナイフを剣ではじき飛ばすクレア。その隙に男が言った。
「名乗りぐらいさせろ」
クレアは剣先を下ろして言いかける。
「私は…」
目の前に飛んできたナイフをはじきとばす。
「さっきのお返しだ。俺はセント、こいつらの用心棒だ。笑ってもいいぞ。禄でもない男
だ」
男は笑いながらクレアに言った。
「私はクレアです」
「もしや…皇女様か…」
「私を知っているのですか」
「ああ、名前と噂をな」
「あなたは何者ですか?」
「帝国には恨みがあるんだ。あんたは無関係だと思うが…皇帝の一族は許せん」
そういうと、男は後ろを向いて叫んだ。
「悪いな、用心棒はやめだ。俺にはこいつをやる理由がある。金を貰ってやる気はない。手を出すなよ。命が惜しければな」
「そういう訳だ、果たし合いを所望する」
「どんな恨みが…」
「あんたは知らない方がいいだろう。万一、あんたが生き残ったら皇帝に聞いてみることだ。セントに何をしたのかとな」
「そうですか…それでは、あなたを倒して聞いてみることにします」
クレアは再び剣先を男に向ける。男は槍を構えた。
★★ 外伝は不定期に、あまり間隔を開けずに投稿しています。
本篇は
https://ncode.syosetu.com/n6008hv/
「魔術師は魔法が使えない ~そんな魔法はおとぎ話だと本物の魔術師は言う~」




