12 ならず者の町だった
「どういう訳なのか、ボクたちって、町にゆっくり滞在して楽しまないよね」
「誰のせいでしょうか、誰の」
「残念な方が約1名ほどいらっしゃいますので…」
「それは、もしやボクのことを指しているのかな、アマンダ」
「いえ、断定はいたしません。ただ、クレア様ではありませんし、ましてやわたくしでも」
「それって、断定しているよね、アマンダ、不敬罪って言葉は知らないのかな」
「ミスター様の国には、そのような罪はございません」
「アマンダの言うとおりですよ、エイダ、あなたは何もしなければ間違いなく王国一の美少女なのですから、黙っているのが吉です」
「帝国一のお転婆が何を言うのかな」
「どうやら大人への礼節を教育する必要がありますね」
「大人って…ボクよりひとつ上なだけじゃないか」
前の町を朝早く出立し、今度は山道を避けて街道を進むと、昼すぎには次の町の入り口が見えてきた。小さな町である。特に防壁などはなく、なんとなく家が集まっている。旅人の宿泊などで成り立つ宿場町なのだろう。宿屋や旅人目当ての店が集まっている区画の入り口に大きな木戸があり、見張りが通行人を止めて、ひとりずつ順に通している。変なのは、その見張りが兵士の格好ではなく、普通の冒険者の風体であることだった。
「止まれ!」
「この町はなんという町なのでしょうか」
「ここはガストン一家が差配するガースの町だ。町に入るには税を支払ってもらう」
「まだ陽も高いし、ただ通過するだけです」
「町に入ることに変わりはねぇだろう」
「クレア、そんなに大きな町じゃぁないし、街道を外れても、山道になるわけじゃぁない。迂回していこうじゃないか。それなら税を払う必要はないよね、見張り君」
「そうだな、しかし、見張りとして一応忠告しておくぜ。このあたりじゃぁ、山道でなくても山賊が出るんだ。町はガストン一家の俺たちが守っているが、町の外までは守れねぇ。今月だけで、おめえらのように金をけちって町を迂回しようとした奴らが7人も山賊に殺されてんだ。悪いことは言わねぇ、金を払いな」
「その税というのは、いったいいくらなんだい」
「ひとり金貨1枚だ」
「それはまた、ずいぶんと高いものだね」
「命の値段と思えば安いもんだ」
「クレア、ちょっと、この町に興味が出てこないかい、金を払おうじゃないか」
「しかたありませんね」
クレアの同意に、アマンダが金貨3枚を見張りに渡す。
「確かに受け取った。おめぇらは好きなだけ町に滞在していいぜ。何日いても追加料金は必要ねぇ。ただ、町を出るときにもひとりあたり金貨1枚必要だがな」
金を払って町の中心部に入ると、大きくてど派手な宿屋らしき建物と、その両側および向かい側に並ぶ飲食店以外の建物はほとんどなく、町の出入りに通る木戸の近くに、干し肉などの食料や水を売る店、小さな武器防具店、それと馬車屋を兼ねた鍛冶屋がそれぞれ一軒ずつあるだけだった。
「本当に旅人相手だけの町だねぇ。ボクのみたところ、町の周辺に畑も牧場もなかったと思うのだが、クレアやアマンダは見かけたかい」
王女の問いかけに、ふたりは黙って首を振る。
「町の食料は全部、近くの町から買っているに違いない。この町にガストン一家以外の町民がいるとしたら、全部、ここいらの店の従業員なんだろうね。農民はひとりもいなそうだ。それに、大抵の町の中心には広場と井戸があるものだが、この町には見当たらない。井戸はどこかにあるんだろうけれど…案外、目の前の大きな店の中なんてことじゃないかな。近くに川はなかったから、水もガストン一家が押さえてるってことかもね」
「エイダの言うとおり。生活のすべてがガストン一家に支配されているようですね」
「この町にはギルドはないのでしょうか」
「そういえば、みかけないね。よほど僻地の小さな町か村でなければ、ギルドは必ずあると思っていたのだが」
「ちょっと、そこの食料品店で聞いてきますね」
アマンダが店に入って行った。
「干し肉を買ったりしながら雑談をして、おおよその状況を聞かせて貰うことができました。ちなみに、干し肉の値段は他の町の3倍以上でした」
この町も昔はまともな町であった。いや、町ではなく小さな村だった。そんな村にもギルドがあって、村の長はギルドの長を兼ねていた。その長がしばらく前に村の外で山賊に襲われて亡くなってしまい、代わりの長が必要になった。村の長は亡くなった長の弟が継いだが、ギルドの長は引き受けなかった。そんなとき、村に冒険者のパーティーが流れてきた。冒険者のリーダーは、ガストンと名乗り、ギルドを任せてくれれば、山賊から村を守ると提案した。渡りに舟と提案をのんだのが間違いだった。村の推薦で、正式な手続きでギルドの長に納まったガストンは、仲間を呼び寄せて村を変えていった。少数の農民が自給自足で暮らしていた小さな村を宿場町へと変え、町の中心にあったギルドを取り壊し、大きな宿屋に建て替えた。今、ギルドはその宿屋の隣にある。隣と言っても中でつながっていて、事実上ひとつの建物だ。その宿屋が完成したとき、ガストンはどこからか大勢の女奴隷を連れてきて、宿の従業員とした。もちろん普通の従業員ではない。客の夜の相手をするのだ。そのような町の存在は、周辺の冒険者を引きつけ、町は経済的に潤った。いや、潤ったのは町ではない。ガストン一家だ。人が集まるようになると、町の出入りに税と称して金を取るようになった。事実上の通行税だ。ギルドを中心にした自治を帝国内の町や村に認めているために、帝国も手が出せなかった。
ガストン一家は町の周辺の農家を山賊から守ることをしなかったため、農民のほとんどは町を去った。残ったのは、金や伝手がなかったりして町から移住できなかった住民で、今では町の店の使用人として働いている。経営者ではない。経営はどの店もガストンで、使用人と言っても奴隷と大差ない。客の夜の相手をしないことが、宿の女奴隷よりもましなだけだった。
「なんとなくこの町の状況が判りましたね」
「ボクも判ってしまったよ。町をガストン一家が乗っ取ったということがね」
「さっさと通り過ぎて次の町に行くのが良いでしょうね」
「えー、悪い奴をやっつけるんじゃないのかい」
「誰もそんなことを頼んではいませんよ」
「しかし、町を出るのにも金貨3枚とられるんだよ。やっつけないまでも、何か鼻を明かしてやらないと、くやしいじゃないか」
「それもそうですね。退屈しのぎと思えば、それもいいかもしれません」
「一泊してじっくり考えてはいかがでしょうか」
アマンダの提案に2人は同意したのだが…
この町で宿泊できる場所は、いかがわしい宿屋1軒だけだった。
★★ 外伝は不定期に、あまり間隔を開けずに投稿しています。
本篇は
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「魔術師は魔法が使えない ~そんな魔法はおとぎ話だと本物の魔術師は言う~」




