本屋の夢
「やあやあやあ。皆様。本日もとても良いお天気ですな!これはら天気のお話をさせていただきます。
本日は木製で出来た星が半回転だけして、空から吊るされた自転車が宝石の目でこちらを見つめるでしょう!!!
おっそろしーですねぇ」
ラジオの音がそう聞こえた後、誰かにガツンと頭を殴られたような感覚がして、頭を上げるとそこには売り物の分厚い本を持って怒っているかのように佇んでいる男性がそこにいた。
「やぁぁっと起きたか寝坊助」
そう怒る彼は、黒い眼鏡に鋭いつり目。青色の小さい瞳を持ち口元はきつく結ばれており、不機嫌な感情を全面的に表している。
右に流された前髪に肩よりも少し長い後ろの黒髪を結び、白いカッターシャツの上に灰色のエプロンを身に着けていて、右胸にあるネームプレートにはゴシック体で碧唯と下の名前だけ書かれていた。
傍から見れば真面目そのものなのに、夏なのにも限らず、緑色の長いマフラーを身に着けている。
「あぁーーー……うん……うん?」
上の空のような返事をしつつ辺りを見回す。
ここは本屋の様で、私が今いるカウンターの近くにはカフェテリアのように机と椅子が置かれていて、奥の方には本棚が軍隊のように整列をして自身の中にある本を手に取ってもらえる日をただ、待っているかのように感じられた。
「仕事中だっていうのにお前って奴は……全く」
碧唯の小言がぶつぶつと頭の上から聞こえてきてハッとした。そうだ今は仕事中だった。なぜ寝ていたのだろうと頭の中で記憶を掘り返しつつカウンターの上を見た。
そこには黄色い布が敷かれている黒色の弁当箱がある。
そこで、私は昼ご飯を食べた後、お腹いっぱいになってしまいそのまま眠ってしまったのだと気づいた。もうしわけない……
「聞いてるのか!お前は!」
ダンッ!と重い音がしてカウンターの上をグーで殴られた。
反射的に体が跳ねる。そうだった、今怒られてる途中だった。
「聞いてる、聞いてるから……碧唯そんな怒んないでよ」
「お前って奴は目を離すとすぐサボる」
「それはぁーーーっと……しっかりものの碧唯がいるし別にいいかなぁって」
「言い訳があるか!馬鹿!いつもいつも……ったく」
そうぶつぶつ呟きつつ、碧唯は眼鏡をかけ直して溜息をついた。
怒らせたかなぁとズキズキする頭でぼんやりと考えていると彼はラベルの付いていない青緑色の液体が入ったペットボトルを投げてよこしてきた。
唐突の事で2,3度手を滑らせボトルは宙を踊ったが床に落とすことなく受け止めることが出来た。
「びっくりしたなぁ、もう」
「汗が凄いし顔が真っ青だぞ。どんな夢を見たのか知らないけどとりあえずそれ飲んどけ」
「あー……そうだね。ありがと」
蓋を開きふちに下唇をつけ液体を流し込む。水のような……味がするが水にしては砂糖が溶けたように甘いようで、ブラックコーヒーのように苦い不思議な味がする。
冷たいけど、美味しいとは言い難く感じられるその液体は、頭を整理させ、まだ痛む後頭部を飲み込み胃の中へと落ちていった。
全部飲むには少しつらかったので半分ほど残してボトルを片づけようとカウンターの下の開いている部分に頭を突っ込み鞄を探す。
「あの」
「はーーい"っ」
やっと自分の鞄を見つけペットボトルを中に入れていると、声が掛けられ、その声の主と対面しようとその場で立ち上がろうとして頭を思い切りぶつけてしまった。
めちゃくちゃ痛い。
「だ、だいじょうぶ、ですか?」
唸る獣のような自身のうめき声をかきわけて心配するような男の子の声が聞こえる。
多少はさっきの飲み物のおかげで頭痛がマシになったとは思っていたが別の理由ですごく痛い。けれどもお客を待たせるわけにはいかず、後頭部を右手で押さえつけながら笑顔で大丈夫と言おうとした。
目の前にいる彼は声こそいたって普通のどこにでもいそうな内気な青年といった雰囲気を感じた。
「え、ええと…」
「し………心配してくれてありがとう。本を買いに来たんだろう?お会計かな?」
「えっと、その。そうですけど……お兄さんさっきから痛そうにしているし……も、もう少しだけ店内にいますね」
痛いのをあまり顔に出したつもりはないのだが、彼はやや早口でそう言うと、こちらの返事を聞くよりも前にそそくさと店の奥に戻ってしまった。
痛い箇所を掻きつつ彼が行った方向を何となく眺めるが何も見えない。
恐らく碧唯もあそこら辺に居たような気がするなと思っていると男の子と碧唯の声が聞こえてくる。
何を話しているかまでは聞くことが出来なかったが……。
彼が戻ってくるまでそこまで時間はかからず、遠くを見ながら規則的になる時計の音を聞いていると彼は一冊の本を抱えて戻ってきた。
「あの……これ、お願いします」
「はぁーい」
慣れた手つきでレジのボタンを押し、本の会計を進め、渡された本の表紙を見た。
彼が買った本は、暗い場所で青年が一人、巨大な水槽の方を向き佇んでいる。光源は水を通し差し込んでくる光だけで、なんとなく陰鬱そうに感じた。
その光景は、魚が一匹も描かれていないのに水族館を彷彿とさせた。
そうだ、今度の休み碧唯と電車に乗って水族館にでも行こうと誘ってみようかな。……いやいやいや、野郎二人で行ったって何が楽しいんだと頭の中で会話をしながら、彼から代金を受け取り本を手渡すと彼は嬉しそうに微笑んだような気がした。
「また、来ますね」
「はぁい」
彼はそう一礼すると外に出ていく。
その姿を何となく見送っていると入れ替わりのように碧唯がやってきた。
「久しぶりの人だったねぇ」
「そうだな。大人しそうでお前とは大違いだ」
「ひっど」
そんなやりとりをしていると、6時を告げるチャイムが鳴る。その音はまるで学校のチャイムのような音だった。
「今日はもう店じまいだよ」
どちらの者でも声が聞こえると同時に、私と碧唯はまるで何かに動かされるかのように軽く店内の掃き掃除をして、それぞれの荷物を持ち、店のシャッターを下ろした。
今日はものすごく久しぶりに客が来たような気がする。
最後に来たのがいつだったか思い出せない程度には久しぶりだった。
伸びをして辺りを見回すと他の店も同じように店じまいを終え帰るところで、それぞれの店から出てきた店員はみな項垂れており、疲れているのだろうとなんとなく思った。
しかし、まだ一つ明かりがついている店があるのを発見した。何の店なのかいまいち外観からは想像しずらいが、窓から雑貨が置かれているのが見えたため、雑貨屋かなと思った。
女の子が一人、店の中で未だに商品を物色しており出てくる気配がない。
「可哀そうにな」
「そーだねぇ」
彼の言葉に対し無意識に返事をしているとだんだんと瞼が重たくなっていくのを感じた。
早く家に帰って寝よう。
商店街を出て、空を見上げると意図に釣られた自転車が自由になりたそうに風に吹かれて踊っている。
「今日の飯どうるするんだ?あれなら俺が作りに行くが」
「眠いし……いいよぉ」
「そう……か。まあいい。そういうことなら気を付けて帰れよ」
碧唯はそう言うと、なぜか少し眉をひそめつつ反対の出口がある方向へと歩いて行った。
それを見送り、何気なく商店街の看板を見た。
「ようこそ!夢見夜街へ!」
ペンキで塗りたてなのかきらきらと光るその看板に文字が浮いていてなんとなく落書きのように感じられた。
「夢……夢か……」
誰もいない道でそうぼそりと呟く。
今日、彼が買っていった本に心当たりがある気がするのは何故なのだろうか。
夢の中ででも見ていたのだろうか………
そんな事を考えているとあっという間に家に着いた。
鍵がかかっていない扉を開き、店を出る前に外すのを忘れていたエプロンを脱いでたたんでおく。
「全く……気づいていたならエプロンしたままだって言って欲しかったよ……碧唯の野郎…」
一人で碧唯に対する文句を言いつつ鏡を見た。
そこには、くまができている眠たそうなたれ目に、黒色の大きい瞳を持ち、口は軽く開いている自分の表情を見た。
肩まではないももの後ろ髪が見えるくらいには長い黒髪を洗って梳かし昼間と同じ黒色のTシャツを着てベッドに頭から落ちた。
時間は七時半。いつも通りの眠る時間だった。
すぐに瞼が閉じ、体がベッドに沈んでいく感覚がした。