水族館の夢
ひそひそと内緒話をするかのように話しつつ、同じ方向へと進んでいく客の姿、青色の水と分厚いガラスを通って差し込む光、最低限道が分かるように端でひっそりと照らされる薄い紫色の照明。息がつまりそうな密閉空間で頭が痛くなるような光。
人混みの奥にとても大きな水槽があり、小さくも大きくもない上、派手とも思えない、至って普通の黄色い魚が目に入った、その魚も、また私の方をじっと見ている。
何も考えず引き寄せられるかのようにその水槽に近づくと、その黄色い魚は赤い目で、口を動かし呼吸をしていた。
ただそれだけの事なのに心臓が脈打ち、汗が頬を伝って服の中に流れ落ちた。
なんとも言い難い不快感に襲われ、確かに目を逸らしたはずなのにその魚はいつまでも私の視界内に現れる。
それこそ目を閉じていても、だ。
目が、目が、目が、私を見て、いる。
何かに引っ張られるよう、フラフラと後ずさると、照明に照らされ淡く光る黒い長椅子に足を引っかけ尻もちをつくかのように座り込んだ。
しばらく不調を訴える自身の体を宥め、やっと気持ちが少し落ち着くと何か気を逸らそうと肩から下げている鞄の中身を漁った。
中にはスマホと二枚のチケットと財布、そして暇つぶし用に買った一冊の本が入っている。
スマホの電源を付け周りの迷惑にならないよう明かりを落としつつなにか来てないか確認した。今は13時を過ぎようとしていて残りの充電量は半分以下になっていたが、そんな事は気にせずメールアプリやSNSを確認する。
何も来ておらず少々落胆していると軽快な短い音が鳴りメールが来た通知が表示された
メルアドに心当たりはなく、普段ならこれ以上詮索なんてしないけれど今はどうにかして気を紛らわしたいがためにそのメールを開いた。
題名には何も書かれておらず、本文がただ一言。
「道に迷ったからちょっとその場所教えろ」
最初は犯罪関係のものとかと思ったが今日は二人で水族館に来たのを思い出し、このメールも親友からのものなのかと思いなおす。そう言えばどっかでおいてきてしまったのかもしれないなと
すぐに地下1Fの黄色い魚がいる大きな水槽の近くにいると打ちスマホを閉じる。
もうすでにあの魚の脅威はさほど感じておらず、むしろ魚のいる水槽の方へ軽く鼻で笑うことが出来るほどだった。
もう一人が私の所までやってきてくれるのを待つために本を開く。
薄暗い中読むのに少しばかり苦労をしたが、段々と目が慣れてきた。ただ、なぜか同じ文を読んでしまったり、文字の意味を理解できなかったりしてしまい読むことを諦め本を閉じ壁にもたれかけた。目の前では魚の大群が泳いでいる。
何気なくそれを眺めていたが、その大群の中に大きな魚が一匹まるで守られているかのように泳いでいるのが目に入った。
どこかの絵本で見たような光景だなとぼんやりしていく頭で考える。
いつしか辺りから人は消えていて水が満ちていた。
私が外側だと思っていた場所は、水槽の中だった。
口から呼吸のための泡が出ていく。
ごぼ、ごぼ、ごぼ、
だんだんと息が苦しくなって意識が朦朧としてくる。
ガラスを挟んだ向こう側に、二人組の男が楽しそうに話しているのが見える。
彼らの顔は顔として認識が出来ていないのに、なぜか笑って、楽しそうに話をして、私の方を見ている。
わたしの意識はずっとその二人にいっていたために背後から迫ってくるあの魚の大群に気づくことは出来なかった。
背中に衝撃が走り、私は意識を手放すしかなかった。
しかし、私は見てしまった。
その魚の群れが巨大な魚影となり、目の所にはあの黄色い魚が泳いでいるのを。
私に狙いを定めて魂を取り込もうとしている様を。