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 あれから時は流れ、何千回と世界の崩壊と再構築が繰り返された末にようやくアレックは魔王の討伐を成し遂げた。


 魔王討伐の報せは瞬く間に各地に伝わり、世界中の人々が歓喜に沸く中で私もようやく自分の役目を全うする事ができたとほっと胸を撫で下ろした。


 私とアレックがメビウス様から借り受けていた【セーブ】と【ロード】のスキルはこれでお役御免となり近い内にメビウス様にお返しする事になるだろう。

 もう二度とあの地獄のような日々は繰り返されないはずだ。


 事実魔王を倒してからというものアレックに宿っていた強靭な肉体や魔法力は失われ、膨大な数のスキルもひとつずつ順番に消えていっているらしい。

 如何にメビウス様といえども一度授けたスキルをまとめて回収する事はできないらしく、ひとつずつ順番に回収作業を行っているメビウス様のお姿を想像して私は思わず微笑んでしまった。


 しかし時を置いて教会に凱旋してきたアレックの一言は私を現実に引き戻すのに充分な破壊力を持っていた。


「ねえねえ聞いてよリゼちゃん。俺さ、魔王を倒してから世界中の女の子からモテまくっちゃってさあ。各地の貴族やお偉いさん方から引っ切り無しにうちの娘を嫁に貰って欲しいっていう話が来ちゃってるんだよね。選り取り見取りで困っちゃうよ」


 そりゃあ性格はともかく仮にも世界を救った勇者なんだからね。

 その功績を称えて王宮の中庭にアレックの銅像を建てるというという噂も聞いた。

 勇者が身内になったとなればその名声にあやかれる。

 自分の娘を生贄に捧げてでもアレックを囲おうと考える者が出てくるのも無理からぬ話だ。


 でも私にとっては正直どうでもいい事である。


「はあ……それはおめでとうございます」


 私は心底どうでもよさそうに社会辞令的な祝辞を述べたがアレックには空気を読むという概念が無いらしく一方的に話を続けた。


「でもね、俺の身体だってひとつしかない訳じゃん。如何に世界の英雄である俺でも全員を嫁にするなんて無理な相談なんだよね。そ、こ、で、だ……」


 アレックは必要以上に言葉に溜めを交えながら醜く歪んだ笑顔を私に接近させて言った。


「誰を嫁にするかひとりずつ順番に()()をして決める事にしたよ。というわけで今すぐ【セーブ】してくれるかな? 近い内にメビウス様に【セーブ】と【ロード】のスキルも返却しないといけないし、使える内に使っておかないと勿体ないじゃん?」


「は……?」


 私は一瞬言葉に詰まってしまった。

 アレックのクズ加減が私の想像を遥かに超えていたからだ。


 そんな私の心の内がこの男には理解できるはずもなく、無神経にも更に火に油を注ぐような言葉を続けた。


「何ならリゼちゃんもその嫁候補の中に入れてあげてもいいよ。光栄な話だろ? 何といっても俺は世界を救った勇者様なんだからね」


「……」


 確かにこの男はメビウス様の力をお借りたとはいえ魔王を倒して世界を救った勇者だ。

 しかしそこに辿り着くまでに何度世界の破壊と構築を繰り返してきたのか。

 その度に私が無駄にしてきた労力は時間にすると平均的な民衆の生涯の労働時間よりも多いと断言できる。


 しかも【ロード】を使用した理由の大半はカジノに勝つ為だの、特殊な魔物がレアアイテムをドロップするまでのリセマラだの、魔王討伐とは無関係のどうでもいい事である。

 特に酷かったのが、偶々町で見かけた美しい女性に夜這いを掛けたところ騒がれたので【ロード】をしたという話だ。

 ある日酒に酔って教会に現れたアレックが悪びれる様子もなくその事を武勇伝として語った時はさすがの私もドン引きをした。


 それに神の力を借りたアレックの強さは明らかに人知を超えたものだった。

 教会の近くに現れた魔物と戦っている様子を窓越しに見ていた事があるけど、普通に戦えば下っ端の魔物は勿論、魔王ですら相手になるとはとても思えないほど文字通り神がかり的な強さだった。


 もしかするとアレックには【ロード】をしなければならない程の危機的な状況なんて一度も訪れなかったかもしれない。

 だとしたら私の今までの苦労は一体何だったというのだろう。


「ずっと黙りこんじゃってどうしちゃったんだいリゼちゃん。ちゃんと俺の話聞いてる?」


 私は感情を押し殺しながら精いっぱいの笑顔で答えた。


「ええ、ちゃんと聞いていますよ。ところでアレック様、魔王を倒した今【セーブ】と【ロード】をする為だけにいちいち教会と町を行き来するのは大変ではありませんか?」


「ああ、その通りなんだよ。町から教会までの道を何千回往復したか数えきれない。正直言って時間の無駄なんだよね」


 アレックの口から出た時間の無駄という言葉がますます私の神経を逆撫でした。


「そうですよね。そう仰ると思ってアレック様が旅に出られている間毎日メビウス様にお祈りを捧げてこのアクセサリー型の神具の中に私の持っている【セーブ】のスキルと同等の力を宿していただきました。これを懐に入れておけば毎朝目を覚ました時に自動的に【セーブ】してくれるので、メビウス様に【セーブ】のスキルをお返しするまでの数日間だけですけどもう教会までご足労いただく必要はなくなりますよ」


 私はこのアクセサリーに込められた機能を【オートセーブ】と名付けた。


 私が教会でしか【セーブ】ができないように自主的に制限を掛けていたのは、アレックが絶体絶命の場面で誤って【セーブ】をして詰まないようにする為だ。

 魔王が討たれた今その制限は取り払っても問題はないだろう。


「おおそれは本当か! さすがはリゼちゃん、気が利くね」


「でも取り扱いには注意して下さいね。今まで通りの任意のタイミングで【セーブ】する事はできませんので、セーブポイントとなる朝起きた時の状況をよく考えてから眠りについて下さい」


「言われるまでもないさ! それじゃあ有り難く貰っておくよ」


 アレックは私から奪い取るように【オートセーブ】の神具を手にすると喜び勇んで町へと繰り出していった。





◇◇◇◇





 アレックが町に到着すると妖艶なドレスを纏ったひとりの美しい女性が駆け寄ってきた。


「あの、勇者アレック様ですよね? 私ファンなんです、握手して下さい!」


「ほほう、この町に君みたいな美女がいたとは知らなかった」


 アレックは鼻の下を伸ばしながら差し出されたその手を両手で握りしめた。


「どこの誰だか知らないけど俺に対するこの積極的な態度脈ありと見た。俺は明日の朝から忙しくなる。まずは景気づけにこの女をつまみ食いするとするか」


 アレックはそう考えると早速この女性を口説き始めた。


 女性もまんざらではない様子でとんとん拍子に話が進み、その夜アレックは町一番の豪華な宿でこの女性と寝食を共にする事になった。


「世界を救った勇者である俺に口説き落とせない女は存在しないだろうな。明日はまず美人で有名な伯爵家の三姉妹から順番に試してみるか」


 アレックはベッドの上でそんな事を考えながらこの女性を抱き寄せてゆっくりと目を閉じた。





◇◇◇◇





「うん? 何だこの感覚は……」


 アレックは腹部に違和感を覚えながら目を覚ました。


「痛っ……ぎゃああああああ!」


 意識が覚醒するにつれてその違和感は痛みとなり、やがて耐え難き激痛へと変わっていった。


「な、なんだこれは!?」


 アレックは絶叫した。

 その腹部に鋭利な刃物が突き刺さっていたからだ。


 止め処なく溢れる赤い血は既にベッドを赤く染め上げていた。


 ベッドの横では昨夜抱き寄せて眠っていた女が薄ら笑いを浮かべながら立っていた。


 髪を掻き乱し血走った目を見開きながらアレックを見下ろすその表情は既に昨夜まで見ていた美しい女性の面影などどこにも見当たらない狂気に満ちたものだ。


「あんたが……あんたが悪いんだからね。ねえ、私が誰だか分かる?」


「何を言っているのか分からない。お前とは昨日知り合ったばかりの関係だろう。こんな酷い事をして一体俺に何の恨みがあるというんだ!?」


 アレックの問いかけに女は一瞬真顔に戻って答えた。


「やっぱり私の事なんて何も覚えていないのね。いえ、あんたにとって女はどれもこれも同じなのかしら?」


「知る訳が無い。お前は一体誰なんだ!?」


「何も知らないまま死ぬなんて嫌よね。いいわ教えてあげる」


 女はアレックの腹部に突き刺さったままの刃物の柄を握り、一気に引き抜いた。


「ぎゃああああああ!」


 アレックの腹部にぽっかりと空いた穴から噴水のように血が噴き出した。


「私の名前はエンドリムよ。あんたに散々弄ばれた揚句ゴミのように捨てられた憐れな女。あの日からずっとあんたに復讐する事だけを考えて生きてきたの。あんたが無防備になるこの瞬間をずっと待っていたわ!」


「く……くそっ、今まで抱いてきた女の事などいちいち覚えていないが俺は不死身の勇者様だ。こんな事をしてただで済むと思うなよ!」


「あははははっ! 何が勇者様よ。あんたはもうお終いなのよ!」


 エンドリムが刃物を握った手を頭上に持ち上げた次の瞬間、アレックは堪らず【ロード】のスキルを使用した。


 世界は崩壊して再構築された。





◇◇◇◇





「うん? 何だこの感覚は……」


 アレックは腹部に違和感を覚えながら目を覚ました。


「痛っ……ぎゃああああああ!」


 意識が覚醒するにつれてその違和感は痛みとなり、やがて耐え難き激痛へと変わっていった。


「ま、まさか……うわあああああ!?」


 アレックは絶叫した。

 その腹部に鋭利な刃物が突き刺さっていたからだ。


 止め処なく溢れる赤い血は既にベッドを赤く染め上げていた。


 ベッドの横を見るとエンドリムと名乗った女が薄ら笑いを浮かべながらアレックを見下ろしていた。


「あんたが……あんたが悪いんだからね。ねえ、私が誰だか分かる?」


「そ、そんな……どうしてまたこんな……はっ!?」


 その時アレックは私が手渡したアクセサリーの事を思い出した。


 このアクセサリーの持ち主が毎朝目を覚ました時に自動的に【セーブ】を実行する。

 つまりアレックが何度【ロード】をしてもエンドリムに腹を刺された痛みで目を覚ましたこの時に戻るだけだ。

 つまり何度【ロード】してやり直しても同じ苦痛を繰り返し味わうだけで決して助かる道はない。


「い、いやだ……こんな苦しみを何度を味わうなんて……」


 既に自分が詰んでいる事を悟ったアレックはエンドリムの手から幾度も振り下ろされる赤く染まった刃物を意識が途絶えるまで虚ろな目で眺めている事しかできなかった。





◇◇◇◇





「気持ちがいい朝ね」


 その日の朝、世界の崩壊と再構築がたった一度だけ行われたのを見届けた私は参拝者からアレックの身に起きた事件を耳にした。


 こうなる事は【オートセーブ】の神具をアレックに渡した時点で予想がついていた。

 せめてもの情けで夜寝る時は周囲に危険が無いか気を付けるように忠告をしたけどアレックは聞く耳を持たなかったから仕方がない。


 私は礼拝堂へ赴きメビウス様への祈りを捧げた後で心機一転に教会中の大掃除を始めた。



 その後勇者の殺害という大罪を犯したエンドリムは法廷で公平な裁判にかけられた。

 エンドリムと同様にアレックに人間の尊厳を踏みにじられたという数多くの女性たちからの訴えもあり、裁判官はエンドリムには情状酌量の余地があると判断し、最終的に禁錮三年という殺人罪としては考えられないほど軽い判決が下された。


 一方のアレックはこの裁判が発端となり勇者だからという理由で見逃されてきた数々の悪行が白日の下に晒され、英雄視されていた生前とは一転して世間からはバッシングの嵐となった。

 王宮の中庭に銅像を建てるという話も白紙になったそうだ。


 私的な理由でアレックを勇者に選んだ大司教もその責任を問われる形で失脚した。


 そして何故がその後任に選ばれたのがこの私リゼだ。

 メビウス様の神託に従い、勇者アレックの補助役として最後までちゃんと務めを果たした事が評価されたらしい。

 気がつけば救国の聖女リゼなんて大仰な二つ名まで与えられて恥ずかしくて穴があったら入りたい位だ。




 その後の世界は平和そのものだったけど、私はあれから何年経っても過去に戻った夢を見る度に頬を抓ってこれが現実ではない事を確認する癖が直らなかった。




 完



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