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【完結】爆装特警クィンビー  作者: eXciter
本編
9/23

FILE4.[ライ・イン・ザ・デイドリーム]①

第二の幼女、ライのお話にして核心に少しだけ迫る話。

おっさんと理屈っぽい人の漫才は書いててたのしいけど、構想では次が最終回なんだよなあ…




 ダイアンは苦々しい表情を浮かべた。

ジェイソンの取り調べの結果、いくつか分かったことがあった。

彼がスコルピオの引き抜きに遭ったのは退職直前。

その後数年間は傭兵部隊に身を置くように勧められ、ポリスの目が向かなくなったころに手渡す、と言われた。

破棄した銃が流出するまではともかく、数年越しにもとの使用者の手元に届くなど偶然では考えにくい…

そう思っていたのだが、ある意味では正解だった。年単位の計画だったのだ。


 銃の鑑識結果の他、工場移送前の総重量、工場で破砕した後の重量…

当時の記録のデータがQスマートに表示され、空間に投影された。

犯行に用いられた狙撃銃は、記録上はジェイソン退職に合わせてに破壊されている。


 (当時、廃棄する銃を強奪・盗難された事実は無い)


 当時、署から工場に運ぶまでをドライブレコーダーに記録していたが、

途中で関係者意外と遭遇することも、社内に積み込んだ銃に再度下ろすまで誰かが触れることもなかった。

その映像と音声にも編集の痕跡…つまり、強奪ないし盗難された事実を隠ぺいした可能性も無い。


 (―――記録したのは当時の第二分隊の隊長、だな)


 記録を取るのはポリスの隊長以上の管理職。

破壊・溶解の工程に立ち会えるのは、ポリスの事務担当、工場の担当職員。

月に四度、一週間に一日のペースで破棄を行っている。

 工場の方では一週間で当番を変更する上、ポリスの方にもその記録が残る。

複数の幹部がその記録を精査するため、うかつに名前を残せば工場もまたシティポリスの目に留まる。

虚偽の報告による工場の稼働停止、場合によっては操業停止、加えて企業の役員が逮捕されるリスクがある。

はっきり言ってしまうと、そんな危険な行為にでるメリットは、工場側には無い。

つまり、手引きを行ったものがいるのは。


 「……ポリスの中にいる、か」


 問題は、ジェイソン程度の人材にそこまでかけるメリットが無いということだ。

だが発想を転換すると、全く逆の状況が見えてくる。


 ―――『キング・スコルピオ』の毒は既にポリスに深く沁み込んでいて、

この程度(・・・・)ならいつでもいくらでもできるのではないか?


 ふと思い立ち、ダイアンは支給品のバイクの設計書のデータを開いた。

ルナが個人で取り寄せた物…曰く『自称十年もの』の設計書だ。

自動車メーカーの物だったが、最後のページの部品リストに並ぶメーカー名を見て、慄然とした。

 砂生(さそう)理工。傭兵部隊本部のソファに仕込んだ、盗聴器入りネジの製造販売元だ。


 (これは…もう少し調べた方がいいな)



 

 爆装特警クィンビー

 FILE4.[ライ・イン・ザ・デイドリーム]




 第二分隊が工場の調査を終えた翌日。

ルナは署のエントランスロビーで、現第二分隊隊長のスティーヴン・ドルフから調書を受け取った。

ドルフはデジタル機器の扱いが苦手なのか、この時代にして紙の調書である。


 「予想通り。ただの工場だったぜ」

 「すみません、わざわざ無駄足を運ばせて…」

 

 調書に目を通し、ルナは謝罪する。が、ドルフはそれを苦笑で受け流した。


 「いいってことよ、ジェイソンの件もあるからな。

  それに嬢ちゃん達に頼られるんなら、悪かねえしよ」

 「え、何ですかそれ?」

 「第二(ウチ)だけじゃなく他の分隊も言ってたぜ。

  アンタらのおかげで、あのダチョウ(オストリッチ)丸い奴(ニードルフィッシュ)が片付いたって」


 思わぬ高評価を聞き、ルナは戸惑った。

何しろ第八にいる間、賞賛されることが一度として無かったため、褒められることに慣れていないのである。

ドルフはその戸惑いに気付き、ルナの肩を軽く叩いた。


 「アンタ達はスゲエことしたんだぜ、それを二回も。もっと自覚しな」

 「はあ…」

 「じゃあ俺は行くが、何かあったらまた声をかけてくれよ」

  

 じゃあな、と言ってドルフは手を振って自分達のオフィスに戻った。

彼からは嬢ちゃんなどと始終子ども扱いされていたが、それが単に年齢差からの呼び方であること、

彼自身が決してルナを見下していないことから、悪い気はしていなかった。


 先日の狙撃事件の犯人…元第二分隊所属フレデリック・ジェイソンがキング・スコルピオにスカウトされ、

彼がジャックしたバスは、未知の合金を車体の素材として工場に運んでいた。

そしてその合金は、ジェイソン退職後の傭兵部隊本部に盗聴器として残されていた。

工場とスコルピオが全くつながっていないと考えるのは無理があると、第二分隊でも思ったことだろう。

今回ルナを始めとする九.五係の依頼を引き受けたのは、それ以前からの疑いによるものだったようだ。


 (でも、まあ予想通りだったと…)


 何しろ一般向けの製品を製造販売している企業である。

調査を受けたところで、特にやましいことなどもあるわけが無い。

第二分隊でもある程度それは予想できたことだろう。

お互い、これは織り込み済みだ。


 ルナの狙いはもう一つの方にあった。正確にはダイアンの発案であったが。

意図的に目立つ場所で調書を受け取り、それでいて成果の一つも無かったように言葉を選んだ。

監視カメラにもわざわざ映り込む位置に陣取って、である。

一見するとただの書類の受け渡しだ。むしろわざとらしさすらあった。


 ―――こんな見え透いた芝居で誰かが動き出せば、それなりに成果もあったというものだが。


 んなこたあるまいと、ルナはため息をつきつつ資料室に向かった。

その背後から慌てて走る足音が聞こえた。

かと思うと、何者かが肩にぶつかり、途端に目の前に大量の書類が舞い上がった。


 「あわわわわ…す、すみません!」


 書類の山を抱えて走っていたのは、若い男のポリスだった。

慌てていたのか前方への注意を怠り、ルナにぶつかってしまったようだ。

青年ポリスを手伝い、ルナもしゃがみこんで書類を拾う。


 「大丈夫ですか? 書類、これで全部?」

 「は、はい! すみません、お手間かけまして…」


 ばさばさと書類を重ね、青年が再び抱え上げ―――ようとしたところで、

ルナはその中から一枚を抜き取った。ドルフから渡された調書だ。


 「すみません、アタシの書類が紛れ込んで(・・・・・)しまったみたいで」

 「いえ…」


 そう答えた青年の目が据わっているのを、そして彼が一瞬で自身の手から調書を盗み取ったのを、ルナは見逃さなかった。

周囲には誰もいない。不自然な程に。

ルナが立ち上がろうとしたその一瞬、青年の手が、再び調書に伸びた。


 「ぁぐひっ!!!」


 直後、青年は背中から壁に激突した。ルナが首を掴み、彼を叩きつけたのである。

彼の手から落ちた書類の山には、夜景の写真とでたらめな文章だけが載っていた。


 「で? アンタ誰よ?」

 「かひっ、ひっ……」

 「アタシはここの署員の顔と名前を全て暗記してるけど、アンタの顔は見たことが無い。

  名簿登録待ちの新入隊員でもない、入隊志願書も今は受け付けていないし募集もしていない。

  隊員服は安物、胸のバッヂもプラ板に塗装しただけ。ディスカウントストアのコスプレ並みね。

  ―――質問に答えなさい。アンタ誰よ?」


 ガシャリと顔面に銃を突き付けられ、青年は恐怖に震えた。

単に銃口を向けられるだけなら、ただの威圧とも取れよう。

だが目の前のポリスの目は、そんなものを遥かに超えていた。

言わなければ眼球の一つ二つ潰してやる、と言外に語っている。


 「近くの大学(ユニバーシティ)に大脳生理学のラボがあってね。

  ブチ殺された人間の脳がどれだけ機能するか、今研究してるそうよ。

  黙秘するならアンタの頭だけ持っていって、そこで脳みそごとブチ撒けさせてやる」

 「ひ…!?」

 

 恐怖に怯えた青年が震えあがる。

発言の真偽は不明だが、今にも首を握りつぶさんばかりの握力に、彼は判断力を失った。

メルのような超人体質ナチュラルボーンスーパーヒューマンではないが、ルナは日々トレーニングを積んでいる。

成人男性一人を握力一つで封じるなど、SMSを着用していない今でも容易いことであった。

青年は恐怖にガタガタと歯を震わせ、汗が顔じゅうを流れる。

思わずすべてを暴露しそうになったその瞬間。ルナの背後に一人の男が立った。


 「おい。そいつを放せ」


 第八分隊の隊長であった。胸のプレートに名前が刻まれているが、ルナは憶える気など微塵も無かった。

彼に追従する隊員達が、ルナと青年を見てへらへらと下品な笑みを浮かべた。


 「なにルナちゃん、モテないからってナンパぁ?」

 「そんな積極的だと却ってモテないぜェ」


 下衆が、と内心で罵りつつ、ルナは青年を隊長に向けて蹴飛ばした。

隊長は青年を両手で受け止めると、忌々し気にルナを睨みつけた。


 「こいつはお前が引き抜かれた分の補充要員だ。ケンカを売られては困るな」

 「自分らが喧嘩売ってもらえる程の人材だと思ってんですか」


 対するルナの言葉はどこまでも冷たい。


 「そいつは署に無断で侵入した。ついでにアタシの調書も盗もうとした」

 「急な用事があってな、手順を踏む時間が無かったのだ。仕方あるまい」

 「隊長が仕方ないで済ますんですね、第八って。セキュリティガバ穴ですね」

 「…そういうお前の書類は何だ。見られたら困るような物か。疚しい物なんだろうな」


 ルナは自分が持っている調書に一度目を落とすと、隊長に投げ渡した。

隊長は書類を掴み、補充要員の青年とともに書面を見て―――そして、呆気にとられた。

可愛らしいぬいぐるみの写真が、何枚も並んでいたのである。


 「この間、幼稚園(キンダー)の子達がバスジャックされたでしょう。

  社会科見学がご破算にされましたから、別の企業の見学に行ったんです。

  その報告書ですけど。何か疚しいところでもあります?」


 玩具工場見学会の報告書、であった。

バスジャック事件の後、第二分隊が市役所(シティオフィス)と玩具会社に依頼して組んでもらった見学会だ。

頑張ったご褒美と言うことで、メルが以前所属していた第二に依頼したのである。

子供達には大好評であった。


 「シティに提出する書類ですからね、盗まれるわけにはいかないんです」

 「……フン」


 第八の隊長は書類を投げ返し、部下を連れて苛立ちもあらわに立ち去った。

ルナは調書を受け取ると、再び目を通した。

本当に必要な調書は、ドルフのタブレットから発信し、ルナのQスマートを経由して、

九.五係のオフィスのPCに送信済みだ。


 (動いたのは第八、か…)


 第二分隊が調査した工場…つまり先日の砂生理工の工場は、

ルナが乗りつぶした『十年もの』の部品のほとんどを生産している工場でもあった。

第八はその調査を怪しんで動き出したのであろう。調書を盗ませようとした時点で明らかだ。

だが、果たして彼らだけなのか…と、ルナは首をかしげる。


 工場調査の前、第二分隊の隊員達は機動部隊のポリスたちに聴取していた。

結果、そのバイクの性能に首をかしげているのはルナだけではなく、

ほぼすべての隊であった…むしろ許容しているのは第八だけだ。

これも九.五係に送信した調書に書かれている。

そして大半の隊員が疑問に思うロートルのマシンの支給を、署長は許可している。

『十年もの』の真相を知らされていないか、それとも抱き込まれているか。

いずれにしろ、上層部も怪しむべきである。




 オフィスに戻って他のメンバーにそう言うと、ダイアンは苦い顔をした。

上層部に関してはルナが自身の私見であることを強調したが、

それでも可能性が捨てきれないのは、ルナが三百台以上を始動から数十分で乗りつぶした事実からである。

ルナとダイアンはモニタールームで二人並び、モニターにQスマートを接続して調書を映していた。


 「せめて上層部をだまくらかしているだけだといいんだけどな…」


 ダイアンはため息を吐きながらそう言う。

シティポリスが特定の企業と癒着しているとなっては冗談にもならない。

しかもその企業が犯罪組織に関わっている可能性がある…

そして、どちらもまだ疑いの域を出ない。

確たる証拠を見つけるにはそれなりの調査が必要だ。


 「調書の方は何かありました? 砂生理工とスコルピオのつながりが判りそうなの」

 「うん。これを見てくれ」


 ダイアンは、Qスマートから投影されている調書のデータを指先でなぞり、拡大した。

画面に映ったのはプログラミングを行うPCの画面だ。


 「これが何か? …何か、妙な言語使ってますね」

 「君が初めてストライクハートで出動した日のドローン。

  あれの不正プログラムと同一の言語だ」


 九.五係として初出動した日に持ち帰った制御チップの解析結果が、調書の隣に表示された。

ルナも特にプログラミングに詳しいわけではない物の、奇怪な文字列と記号が並び、

明らかに一般のそれと異なるものだと判る。


 「レッシィでも解析できなかったアレですよね」

 「そうだ。スコルピオの兵器開発担当は相当優秀らしくてね。

  これはあちらが独自に開発したプログラミング言語だ。

  そして、これで組んだOSで工業用の奴を動かしたわけだ、改造前と遜色無く」

 「独自に!? 解析防止のための暗号化じゃなかったんですね…」


 これではレッシィでも解析できないわけだ、とルナは素直に感心した。

いくら超天才とはいえ、未知の言語を見せられてポンと解析できるわけもない。

そのため、このチップの解析はしばらく棚上げになっている。


 「ということは、このチップはあの工場から出荷されたんですね?」

 「加えて、第八は第二の調査…正確には依頼した我々の目的に気付いたフシがある。

  むしろ確信を持っているな。だからこそ調書を奪おうとしたわけさ」

 「…それって」


 第八がこの工場と、すなわちスコルピオとつながっていることの証明でもある。

ダイアンが他の部署に触れさせようとしなかったわけだ、とルナは納得した。

そして自身がどんな部署にいたのか、改めて思い返して戦慄した。

ダイアンはそれを見て取り、他の部署が回収・検証した二機のマシンのデータを画面に表示した。


 「同様のチップはオストリッチとニードルフィッシュにも搭載されていた。

  どちらもスコルピオから貸与されたマシンだ。

  部品も砂生理工で生産された部品が使われている」

 「確定的じゃないですか」

 「我々の問題は、だ」


 ダイアンは椅子を回転させてルナの方を向く。


 「第八が動き出したことを知っているのは我々だけ、ということだ。

  第八は曲がりなりにも、機動部隊のマシンの選別を任される立場にある。

  迂闊に動けばシティポリス全体に影響が出る」

 「証拠が出るまでは手を出せないってことですね…」

 「そういうこと。逆に、向こうもそうそう手は出せないということでもある。

  なんの理由もなく我々を攻撃すれば、署内での向こうの立場が危ない」


 ダイアンはそう言うが、しかしその表情に安心は無かった。ルナも同様で、二人は同じ懸念を抱いていた。

署内で手は出せない―――それ以外なら九.五係を排除する方法などいくらでもひねり出せる。

犯罪組織の手先ともなれば、手段を選ばずに攻撃してくることだろう。

 ダイアンは立ち上がった。


 「全員に共有しておこう。ルナ、レッシィとトラゾーを呼んできてくれ」

 「判りました」


 ダイアンはキッチンにいるメルとライに声をかけ、ルナはレッシィとトラゾーの部屋のドアをノックした。

と、足元の小さなドアからトラゾーだけが出てきた。


 「フニ~」


 トラゾーの仕草から、どうやら作業中らしいと判った。

こっそりドアを開けると、レッシィはうつ伏せになってVR(バーチャルリアリティ)PCを操作していた。

しかし不機嫌な表情で唸り声を上げている。


 「んに~~~~~~~」


 どうやら絶賛スランプ中のようだ。気分転換のためにも、一度作業を中断させた方が良いだろう。

トラゾーの後について、室内に散乱するメカに触れないように部屋に踏み込む。


 「レッシィ。ボスが呼んでる」

 「むに~~~~~~~~~」

 「レッシィ」


 かがみこんで至近距離で顔を覗き込むと、レッシィの小さな体がぴょんと跳ね起きた。


 「んにゃっ!?」

 「ボスが呼んでるよ。話があるって」

 「わ、わかった…いまいく」

 

 ルナは作業に没頭しすぎて体が凝り固まったレッシィを支え、立ち上がらせた。

と、レッシィが胸を押さえて顔を赤くする。何事かとルナが首をかしげると。


 「…………しんぞうにわるい」

 「え、いやビックリさせたのはゴメンだけど…アタシ、嫌われた…?」


 訊き返すとレッシィは頬を赤くして黙り込んだ。これは聞いてはいけないことでは…

レッシィのデリケートな部分な部分は、一般的な人体のそれと異なるのかもしれない。

ルナは肝に銘じた。




 ―――暗い。静かだ。

 物心ついた時から、ずっと暗い世界に閉じこもってきた。

人々の声も音も聞こえる。視界にも目に見えた光景は映る。だが、それだけだ。

声が聞こえても、それに返事が出来ない。

視界に何かが映っても、それに触れようと手を伸ばすこともできない。

頭の中には無数の文字、数字、それらに乗る色だけが浮かぶ。

それらを感じるだけで精いっぱいだ。他の事をする余裕など無い。


最初にわたしの頭の中のことに気付いたのは、お父さんとお母さんだった。

気付いて、そして―――私をどこかに売ってしまったのだ。

ここに来る前の事が、頭の中に浮かんでくる。


 お金がいっぱい入ったトランクを前に、二人はとても喜んでいた。

そしてわたしは車に乗せられ、どこかに連れていかれた。

暗い部屋に一人で座らされ、何かをかぶせられた。目の前にはよくわからない何かの画面が浮かんでいた。

そしてわたしの頭の中で、画面の光に答えるように、いつもよりたくさんの文字が湧いてきた。

わたしの指は自然とそれをキーボードで打ち込む。


 その人たちはわたしに作らせたソフトを、どこかに売っているようだった。

でもあまり売れていなかったみたい。いつも『また売れなかったのか』って喧嘩してた。

それから何週間かして、キング・スコルピオに目を付けられたらしい。

おとずれた人は、わたしを買いに来た、と言った。

目を付けられたのは、本当に偶然だったんだと思う。

その人にわたしがプログラミングしたソフトが渡ったとか。


 けどその時、シティポリスが踏み込んできたのだった。

わたし以外の全員が拘束されると、先頭にいた二人がわたしを見つけて、ヘルメットを取った。

その人たち私を抱えるとすぐに飛び出した。

多分自動車の座席だと思うけど、そこに放り込まれると、すぐに車が出た。

何かあわてている感じだったけど、理由は判らない。

そして途中で車を止め、私の目を見てこう言った。


 『あそこにいれば大丈夫だ。ただ、しばらく出られなくて辛いだろう…』

 『いつか、あなたが幸せに暮らせるようになるはずよ。それまでどうか、待っていて』


 そして冷たい雨の中を走って、ここ(・・)に辿り着いた。

ここには二人の女の人がいた。今のボスとママさんだ。

ポリスの二人のうち、男の人の方が言った。


 『匿ってやって欲しい』


 ボスが二人にタオルを渡しながら、男の人に理由を聞いた。

その答えを、ママさんに体を拭かれながら聞いた。


 『どういうことですか? 隊長、副隊長』

 『この子はキング・スコルピオに狙われているの。詳しい事情は話せない』


 副隊長こと女のポリスの答えに、ボスが疑わしそうに見つめて来た。

この頃はボスもママさんも私を知らなかったから、当然だと思う。

隊長と呼ばれた男のポリスは、私の頭を撫でながら答えた。


 『奴らの手に渡れば兵器開発に利用される。

  裏を返せば、君たちの切り札になってくれるかもしれない』

 『…切り札?』

 『うむ。ただ、それは本当にこの子が望んだときだけにしてほしい』


 隊長は、ボス達に諭すように言った。


 『この子には人と触れ合い、おいしい物を食べ、温かな布団で眠る、幸福な生活をさせて欲しいんだ。

  今は難しいだろうが…君たちとともにいれば、いつかできると思う』

 『…娘さんにはこのことは?』

 『話せないわ。どこから聞き出されるかわからないから。…頼まれてくれるかしら?』


 ボスに聞かれ、副隊長が答えた。ボスもママさんも少し渋い顔だった。

当然だ、見知らぬ子どもが突然転がり込んできていい顔をする人などいない。

ここはどこかのオフィスのようになっている。ここにいる四人の大人が働く場所だろう。

そんなところにいて、邪魔にならないわけが無いのだから。

だけど、ボスもママもわたしを迎えてくれた。


 『わかりました。この子はウチで面倒を見ます』

 『……助かる。じゃあ、よろしく頼むよ』


 隊長さん達はこの場から立ち去ろうとする。ママさんが呼び止めると、


 『尾行は撒いてきたが、どこからここに辿り着くかわからないからね。

  私は奴らをどうにかして、それから戻る』


 そう答えると、出て行ってしまった。

そして隊長さん達が帰ってきたという話は、とうとう聞くことが無かった。




 月日は流れ、ボスが正式に九.五係の隊長に、ママさんが副隊長に就任した。

その後、丸い猫さんを抱えた、仔猫のような女の子…レッシィとトラゾーさんが配属された。

ボスもママさんも二人を喜んでお迎えしていたけど、レッシィはずっと落ち込んだ顔をしていた。

 レッシィは一日中部屋にこもってばかりで、何か作ってはボスとママさんに手渡し、

それ以外で外に出るのは食事の時だけだった。

きっと辛い日々を送ってきたんだろう。何か言ってあげらればいいのだけど、無理だった。

レッシィも殆どわたしに話しかけてはくれなかった。たまにトラゾーさんがフニフニ言いながら縋りついてくるだけだった。


 そしてある日、ルナさんが異動してきた。

真っ直ぐに見つめて来る目が輝き、口元には柔らかな笑みを浮かべている。

どこか、あの日の隊長さん達に似ていた。


 『こんにちは』

 『あなたをここに預けてくれた人達の娘だよ』


 きっと隊長さん達…つまりお父さんとお母さんにあこがれてポリスになったのだろう。

隊長さんご夫婦がどうなったのかは知らない。ただ、生きているという話も聞いていない。

彼女がそれをどう思っているか、最初の言葉からは判らない。


 運命を感じないと言ったら、嘘になる。

頭の中に渦巻く数字ではわからない、強いものをこの人からは感じた。

何かが動き出すのじゃないかと、何かが変わるのじゃないかと、思わせてくれた。


 予感は当たった。彼女はとてもすごい活躍をしたらしい。

彼女が立て続けに何人かの犯罪者を逮捕し、大きな兵器を壊したとボスたちが言っていた。

そしてずっとふさぎ込んでいたレッシィが、笑いながら話しかけてくれた。

ママさんも何かが変わった。どこか明るくというか、元気になった感じだ。

出動できるようになって、ボスもどことなく引き締まった感じになった。


 あの人が変えてくれた。

あの人が現場に出動して、くすぶっていた皆を立ち上がらせてくれた。


変わりたい。ともに変わりたい。あの人と話したい。話したいのに―――

見えているよと、聞こえているよと、伝えたいのに―――


 (わたしは、この数字の中に溺れていくのだろうか)


 あふれ出る文字列に心が飲み込まれていく。

助けてと心で叫んでも、その言葉が口から出ることも、手を伸ばすことも叶わないままに。

誰か気づいてと願わずにいられない。あの人は気づいてくれるだろうか。

最初から目を合わせてくれた初めての、あの人…富士見ルナは。


 (わたしが―――自分で、何とかしなきゃ)


 聞こえてくる話から、九.五係は何か大きな問題を抱え込んだらしいとわかった。

自分が何かできるかは判らないが、それでも何かしなければと心だけが逸る。


 (気づいて。お願い、きづいて)


 声にならぬ声で、わたしは―――樹 ライは、みんなに呼びかけた。




―――〔続く〕―――

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