FILE3.[メルはマイティ・マザー!]①
今回はママのお話しです。
相変わらず説明文のせいで文章量がモリモリ増える。
深夜。静まり返った格納庫で、メルはマシンの整備を行っていた。
モニタールームのコントローラーを操作し、格納庫の天井のロボットアームを操作する。
今はストライクハート、スカイグラップ、コマンドバルクの三体に続き、
残る一台の高速クルーザーのメンテナンスに取り掛かる。
センサー付きのゴム手袋をはめた手を動かすと、ロボットアームの指が全く同じ動きをした。
レッシィが開発した、モーショントレース型のロボットアームだ。
人間の手とほぼ同等の繊細な動きができ、サイズも大きいので大型車両の整備に適している。
機械をどう整備すれば最高のスペックを出せるか、極めて直感的に理解できるメルとの相性も抜群だった。
が、その時は流石に少し働きすぎたらしい。
僅かに眠気が襲ってきた瞬間、装甲板が一枚、コマンドバルクの下に落下してしまった。
取付け位置の都合で、ロボットアームではバルクの真下までは指先を伸ばせない。
ため息をついてメルは一度アームの電源を切る。
ゴム手袋を外し、そっとモニタールームから顔を出してオフィスを覗いた。
人の気配は無い…全員が眠っている。
耳をそばだてて足音も無いのを確認し、メルはモニタールームから出て、
エレベーターで格納庫に上がった。
装甲板はうまい具合にバルクの車体の真下に落ちていた。
車体を持ち上げないと取り出せないような場所だ。
メルは念のために周囲を見回すと、意を決してコマンドバルクの車体に触れた。
「どっこいしょ…っと」
そして、片手で軽々と持ち上げたのである。
その間に落下した装甲板をもう片方の手で引きずり出した。
そっと車体を下ろし、装甲板は隣に置いたボートに立てかける。
もう一度ロボットアームを操作して、装甲板をボートに取り付ければ、この日の作業は完了だ。
さて、と振り向いてモニタールームに戻ろうとしたメルの目が、ある人物を捉えた。
「………こんばんは」
目を点にしたルナだった。
彼女の様子から、もしかして、と思いメルは尋ねた。
「……見ちゃった?」
「いえ、見てないです。アタシは何も見てないです。イエスマム」
ズバビシッと敬礼しながらルナは答えた。
完全に見てしまった者の反応であった。
爆装特警クィンビー
FILE3.[メルはマイティ・マザー!]
AGMT搭載の個人用小型車両、通称「ケッタ」に乗って、
メルはイーストシティ第十一区広域商店街からの帰り道を急いでいた。
この車両はタイヤが垂直に立てた円盤型AGMTになっており、二十一世紀以前の自転車に似た形をしている。
自転車には『チャリ(またはチャリンコ)』という擬音語のような通称もあったが、
似ている見た目のAGMT車にそのような音が出る構造が無いためか、既に忘れられたようだ。
速度は時速三十キロまで、さらに有料の専用レーンの走行が法律で義務付けられている。
なお、メルが乗っているタイプのケッタには荷台と籠があり、
女性の買い物に多く用いられることから「ママケッタ」とも呼ばれている。
「さ~てと。今日の晩御飯は何にしようかしら~」
カゴには買ったものを入れたビニールバッグが入っている。
食材、掃除用具、衣料用洗剤などが詰まっており、この時代でもなお「主婦の買い物」といった雰囲気だ。
レッシィからは好物の魚肉ハンバーグのリクエストがあり、食にこだわりのないルナからは何でもいいと言われている。
着任直後のルナに食生活を聞いたところ、大体は携帯食で済ませてきたということだった。
曰く『第八のオフィスで飯食うならゲロの前で食事する方がマシ』で、
常にオフィスの外で食事を済ませ、かつ迅速に事件解決にあたれるようにした結果らしい。
むしろそんな粗末な食事で、よく五百八十一件もの事件を解決してきたものだ…と感心するやら呆れるやら。
そんなわけで、ここ最近はルナのために少し凝った夕食にしていた。もちろん昼食はメルお手製の弁当だ。
さらにレッシィのリクエストでもある、カルシウム入り魚肉ハンバーグも忘れていない。
なお、レッシィは魚肉ソーセージも魚肉ハンバーグもまとめて「ギョニク」と憶えている。可愛い。
ルナが着任したことで、チームは本格的に動き出した。
九.五係専用マシン四台のうち、三台が運用を再開した。残る一台…メルが操縦するボートももうすぐだろう。
しかしメルには懸念が一つだけあった。
メルはメカの整備こそ得意だが、マシンの操縦はほぼ全くできないのだ。
隊員たちの世話をするのは勿論好きなのだが、彼女が実働要員になれなかったのは何よりそこにある。
いくら教わっても、どうしても細かすぎて憶えきれなかった。
先日披露されたレッシィのある設計図では、四台のマシンが必要不可欠だ。
だが残り一台、ボートだけはまだ担当が決まっていない。
『できれば君にやってほしいのだが…』
という具合に、ダイアンはあくまでもメルの担当で考えているようだが。
(…私だって、みんなと一緒に…でも……)
だが、そもそもの問題であるマシンの操縦ができないなら、皆と並び立つことはできない。
自身の資質について、メルは密かに悩んでいた。
赤紫に染まった夕焼けの空を見上げると、上空を航空バスがゆっくりと通り過ぎていく。
「―――あれ? ママじゃないですか。お疲れ様です」
そこにルナが通りがかった。定時パトロールの最中であった。
真っ赤なバイクにまたがる真っ赤なライダースーツの姿が、いかにも闘う女ポリスといういで立ちだ。
ルナはフェイスシールドを上げ、バイクを減速させるとメルに並んだ。
「あ、普段はケッタなんですね」
「そうなの。これだけは上手く乗れるのよ」
対するメルはといえば、デニムにセーター、そしてアザラシのイラストが入ったエプロンを付けている。
まだダイアンとは交際の最中だが、どこからどう見ても『ママ』と呼んで差し支えない姿だった。
「ルナちゃんもお疲れ様。何か事件の兆候とかは?」
「今の所は無いです。ボスとレッシィがモニタールームでも見てますけど、今日はなにもなさそうですね」
「なら良かったわ」
キング・スコルピオ絡みの犯罪が多発する昨今では珍しい平和さに、メルも安堵した。
二人は並んでバイクとケッタを走らせ、署に向かう。
微妙に空気が気まずいのは、昨夜の格納庫での遭遇が原因だった。
『みんなのママ』たるメルとしては、あのような剛力を披露するのが恥ずかしくてたまらなかったのだ。
ルナは口が堅いらしく、少なくとも今日一日オフィスで話題になることは無かったが…
「…あのぉ」
ためらいがちにルナに声をかけられ、メルはびくりと肩を震わせた。
「はひっ…な、なにかしら」
「ママは、その…前線に出ようって考えは、なかったんですか?」
「そ、それはぁ~…ん~~…」
そのためらいが、如実に彼女の本心を現わしていた。
ルナの質問の意図が、彼女の剛力に由来するものてあることは確かだった。
「あの、よほど嫌なことだったら別にいいんですけど」
「ううん、そうじゃないの」
首を横に振り、メルは気まずそうに答える。
「私、マシンの操縦がダメだから…」
「それは…知ってます。アタシが聞きたいのは、ママの気持ちです」
見つめ返すルナの目は、真剣そのものであった。
メルがマシンの操縦を不得手とする所は、ルナも当然聞き及んでいる。
だがダイアンが、それを理由にあきらめさせる気が無いことも本人から聞かされていた。
「気持ちでどうにかなる物じゃないわ」
メルは自嘲気味にそう言うだけだった。だが、ルナは食い下がる。
「気持ちでどうにかならないなら、誰かに助けてもらえばいいじゃないですか。
ウチにはボスがいるし、レッシィにアタシだっているんですから」
「ルナちゃん…」
「どうしても諦めるっていうなら、いいですけど…」
先日のレッシィの時と比べてだいぶおとなしいが、
それでもルナの切実な目は、半ば無理やりにでもメルを立ち上がらせようとしている。
レッシィが元の明るさを取り戻せたのは、メル自身も見ていた。
ならば、自分にも何かできるのではないか。
僅かな希望が胸に湧く。
「…本当に良いと思うの?」
「はい」
「皆のお世話と両立できないかもしれないのよ」
「その時はその時です。何とかしましょう」
軽く言うが、任務の後の疲れ切ったメンバーにとって、メルの料理は活力源でもある。
ルナは特に前線に出る機会が多い。それでもメルの気持ちを優先する、と言う。
答えるべきだろう。メルは決意し、顔を上げてルナの目を見つめ返した。
だが、そのルナが愕然として目を見開いた。瞳孔に赤く光点が映る。
「どしたの、ルナちゃ」
「伏せて!!」
突如ルナがメルに飛び掛かり、ケッタ用レーンに押し倒した。
何のことかと混乱した途端―――聞こえるか否かというほどの小さな銃声。
倒れたメルの顔の横で、アスファルトが砕け散った。
「銃撃!?」
先刻のルナの目に映ったのは、レーザーサイトの赤い光だったのだ。
サイトの光と銃声の方向から、ほぼ真後ろに目を付け、ルナは振り向いて銃を構えた。
だが、どうやら犯人は消え去ったらしい。銃はすぐに下ろされた。
突如ルナが飛び込んだことで、ケッタ用レーンの警告灯が光り、サイレンが鳴る。
だがそれどころではなかった。メルが狙われたのである。
「銃声は小さかったけど、サイレンサーを通した音じゃない。とんでもない長距離射撃です」
「ええ…」
ルナの手を借りてメルは立ち上がった。
Qスマートを起動し、アスファルトの破砕方向と規模、そして銃声の音質と音量から、狙撃の地点を大まかに割り出す。
マップアプリに表示された狙撃地点は、二人がいる場所から東方向に約五キロメートル、高さは地上から二十メートルほど上空。
普通ならレーザーサイトなど届かないような距離だ。
加えて、聞こえたのは狙撃銃の銃声だった…小型の航空ドローンに搭載した銃などではなかった。
「銃も恐らく改造されていますけど、何よりスナイパーの腕がいい。これだけ離れてて狙撃できるなんて…」
ルナは九.五係のオフィスにマップと狙撃地点のデータを送る。すぐさまダイアンから監視カメラ映像が送られてきた。
隣の地区、十二区広域専門店街のビルの上に、
フルフェイスのマスクやプロテクター、ロングコートを纏って狙撃銃を構える人物の姿がある。
ルナが割り出した地点とほぼ合致する場所のビルだった。恐らく今は逃げおおせているだろう。
映像を見ながら、憎々し気にルナは顔をゆがめた。
が、考え込むメルを見て、その顔に疑問を浮かべる。
「ママ、どうかしたんですか…?」
メルは映像を拡大し、スナイパーの手元の動きを見ていた。
「…ルナちゃん。私、この人を知っているかもしれないわ」
「知ってるって」
かも知れないと可能性を疑う言葉であったが、しかしメルの表情には確信が浮かんでいた。
「少し前…あなたが入隊する何か月か前に辞職した、私の先輩……元シティポリスの人よ。多分」
「元、ポリス……」
愕然としてるながつぶやいた直後。ダイアンから通信が入った。
『メル、ルナ、すぐ戻ってきてくれ。ちょうどそいつの話がポリスで挙がっているんだ』
「了解しました」
「ボス、どういうことなの?」
メルの疑問に対するダイアンの答えは、二人の不安を確信に変えるに足るものであった。
『映像の解析でわかった。その狙撃銃―――四年前に使われていたポリスの制式銃なんだ』
シティポリス在籍時の銃は、本来なら退職時に返却することになっている。
ルナが使用している銃だけではなく、ポリス全体の制式銃が電子制御式であり、
使用すればその日付、射撃した時間、使用者、撃った対象、弾着までの距離と時間など諸々がログに残るためだ。
また、銃としても一般の銃砲店で販売している物と比べて高品質である。
情報の流出、銃それ自体の悪用を防ぐため、返却から三時間以内に専門の工場に運び、
事務担当の立ち合いのもとプレス機で破砕、のち超高熱炉で溶解する決まりになっている。
だが、それを逃れて流出した銃がある可能性が浮上した。
そしてダイアンからの報告によると、他のシティでその銃を用いた殺人事件が起こったという。
装備や動作から、メルを狙った人物と同一と思われた。
「『先輩』は、このビルから―――君たちがいたここまで」
九.五係のオフィス。Qスマートから投影された映像を、ルナ、ダイアン、メル、レッシィ、トラゾーの五人が囲んでいた。
狙撃した地点、そしてルナとメルがいた道路の端までを再現した3D映像だ。
先ほどダイアンも呼ばれた会議で使われた映像である。
犯人を映した監視カメラ映像が、グラフィックの横に映っている。
ダイアンは狙撃した犯人がいたと思われるビルから、二人がいた地点までを指で差した。
指の動きに沿って、林立するビルの隙間を抜け、映像に一直線の赤いラインが光る。
「ビルの隙間を抜いて撃てる。客観的に見て、それほどの技量があるだろうか。メル」
ダイアンは、メルを名前で呼んだ。
普段の朗らかな雰囲気とは違う、緊張した空気が二人の間に生まれる。
「ええ、できる。現役の頃から腕が落ちてないなら、確実に」
「なるほど。十分に犯人の候補になりえる」
ダイアンの冷たい物言いが、現実を改めてメルに突き付ける。
続けて別のシティの監視カメラの映像が映った。こちらでもやはり、ビルの上のスナイパーを映している。
そう、映っているのである。隠れることも無く、カメラを破壊する意思も無いようだ。
「ノースシティのマーケットエリアで、引退した元ポリスがこいつに射殺された。
今回と同じ、およそ五キロ離れた地点からの狙撃だ。
そして犯人は狙撃の時こそ映っているが、その後は行方をくらましたそうだ」
そしてイーストシティに現れた…というわけである。
ダイアンは映像を消し、ソファに寄りかかると、対面に座ったルナが問う。
「四年前の制式銃と言ってましたけど、今回のは当時の銃そのものの流出なんですか?
それとも同型の新しい銃でしょうか」
「私は当時の支給品の流出…というか、持ち出したと推測してる。
現場に到着してから撃つまでに調整を一切行っていない。よほど手になじんだ銃のようだ。
改造されているかと思ったが、せいぜいレーザーサイトを装着したくらいだな」
先刻の映像でも、ダイアンが言うように狙撃者は現地に到着次第、銃をただ構え、ためらいなく撃った。
本来レーザーサイトは、遠距離での狙撃より、特に動きの多い近距離での戦闘で標的を狙うためのものだ。
それを敢えて遠距離で用いたということは、高度な技術をさらに研ぎ澄ますのが目的であろう…と、ルナは推測した。
予備動作も躊躇ない機械のような動き、それでいて技術に慢心することも無い。
一連の動作で、極めて冷静であることがわかった。
技量と挙動、そして細かい動作を見たメルが眉を顰める。
「やはり心当たりがあるんだね、メル?」
ダイアンに問われ、メルは改めて事実を受け入れ、うなずいた。
「……ええ。四年ほど前、九.五係の人員が入れ替わっていた頃、退職した―――
私が前にいた分隊、第二分隊の元隊長よ。恐らく」
メルの言葉を受けてダイアンがQスマートを操作すると、シティポリスの名簿が画面に出た。
欄外に二一九一年の記載がある。画面をスワイプしてページをめくると、該当人物の名前が出た。
「二一九一年退職、第二分隊元隊長。フレデリック・ジェイソン」
精悍な男性だった。退職当時で三十代後半であったと、メルは記憶している。
翌日の朝。現場検証のため、ルナは先日狙撃が行われたビル屋上にいた。
犯人がいた場所に立ち、着弾地点に目を向けると、ヘルメットに搭載された望遠機能を起動した。
いくつもビルが林立し、その場から着弾地点は全く見えない―――否、数センチの隙間があった。
ビルに阻まれそうで、到底ルナの腕で狙い撃てるものではなかった。
(つまり銃の調整もせず、ためらいもなくあの隙間を狙ったわけね)
少なくともルナが知る限り、シティポリスどころか競技の射撃でもそんな記録は聞いたことが無い。
そしてメル曰く、フレデリック・ジェイソンという人物はそれだけの腕を確かに持っている。
『当時どころか、過去の全ポリスでもトップクラスだったわ』
ジェイソンの狙撃について、メルはそう評する。
狙撃銃のみならず、拳銃、機関銃、散弾銃、ボウガン、ダーツ果ては車両に搭載した対戦車ライフルまで、
銃にしろ手で投げる物にしろ、飛び道具なら何を使わせてもすさまじい成果を叩きだしたという。
人質を取っての立てこもり事件、テロ組織に気付かれぬよう行われる要人警護など、まさに彼の独壇場であった。
だが一方で、ルナの胸中に一つの疑問が湧いていた。
ダイアンとメルの発言が事実なら、当時は九.五係が発足してから人員の交替が頻繁であったという。
それだけの腕を持つ人物なら、最低でも書面での審査や選考は行われていたはずだ。
対『キング・スコルピオ』特務部隊の九.五係に引き抜かれるのは当然であろう。
『フレデリック・ジェイソンは、選考の対象にならなかったんですか?』
ダイアンにそれを尋ねてみるも、ならなかったよ、と答えただけだった。
技能は確かに優れていた。となれば、精神面で何かしらの問題があったということだろう。
『あくまで私の直感だが―――』ダイアンはそう前置きして、彼にどこか影を感じたと答えた。
具体的に『影』が何なのか、ダイアンも突き止められてはいないらしい。
それをルナは、狙撃手故に人間を撃ち続け、場合によっては射殺もいとわなかった事…
いわば『死の影』と言うべきものだと思った。人の死に対するためらいの欠けた精神だと。
そしてそんな彼がポリスを辞職した理由は、あるカルト教団にあったというのが、メルの証言だ。
教団が多数の人質を取って、ある金融機関のビルに立てこもった事件。
それを収束に導いたのが、まさにジェイソンの狙撃であったという。
だがそれを逆恨みした教団の残党が、彼の家族…妻と息子を殺害した。
それによって彼は心に大きな傷を負い、ポリスを辞職したのである。
皮肉なことに、妻と息子の命を奪ったのは超遠距離からの狙撃であった。
…と、当時の調書には書いてある。
(結果的には、良かったのかな)
第八分隊というゴミ部署にいたせいか、ルナは中年男性に対して嫌悪感を持っている。
真面目に仕事する人物なら別だが、ダイアンの言う『影』があるのなら、共に仕事はできないだろう。
『ルナ、しょーえんはんのうはある? 古いポリスの銃のやつとノースのやつ、それと同じの』
考え事の最中、レッシィからの通信でルナは我に帰る。
Qスマートの大気中成分採取アプリで硝煙反応を調べた。レッシィから送られたサンプルと同一の反応がある。
これはカルト教団立てこもり事件の際の、ジェイソンの狙撃後の硝煙反応のデータである。
シティポリスが光学兵器を用いないのは、このようにより正確に記録を取っておくためでもあった。
「ええ。全く同一の反応がある」
『ていうことは、やっぱりそのジェイソンっていう人なのかな』
「だと思うけど、顔が映ってなかったから確証が持てない。
靴の跡、衣服の材質なんかもポリスの支給品とは別だし」
既にQスマートのスキャナで現地を走査し、ルナはあらゆる残留物を調査していた。
昨夜のうちに鑑識担当の分隊が調査済みで、今ここに来たのは見逃しが無いかという確認のためだ。
そして得られた結果は二つ。
『数センチの隙間を抜いて狙撃できる技術』、『シティポリス制式銃と同一の硝煙反応』。
残念ながら、これだけでは人物の特定には至らない。
『ちょっと待って』
と、そこでメルからの通信が割り込んできた。メルには映像の詳細な解析をまかせている。
「何か見つかりました?」
『ええ。この犯人が着ている服…帽子、ゴーグル、コート、手袋、ブーツ…
全部海外の傭兵部隊の、入隊時に購入する支給品よ。今カタログを取り寄せたから送るわ』
「お願いします」
すぐに電子書籍形式のデータが届き、ルナはページをめくった。
小売店には置かれず、入隊届が無いと購入もできないが、入隊のための資料として取り寄せることはできるようだ。
該当する装備の画像を選択して組み合わせ、映像と比較する。
「一致しました。靴跡と、残された繊維が同一です」
『このカタログはこの部隊だけの、二一九二年度版ものなの』
「つまり、このカタログを配られた新入隊員でないと注文できないんですね」
『そう。だから、ある程度絞れてくると思うわ。
部隊の中で狙撃を得意とし、二一九二年度版カタログでこの装備を購入した隊員、あるいは元隊員』
個人情報である以上、公開は難しいだろう。手続きが必要かもしれないし、そもそもできない可能性もある。
シティポリスからの要請となれば助力を請えるかもしれないが、往々にしてこの時代の傭兵部隊は閉鎖的である。
また、退職している可能性も充分にある。そうなれば後を追うこともできない。
さらに気になるのは、狙撃銃の流出にまつわる諸々の事象だ。
『当時の記録によれば、ジェイソンの銃は確かに破壊されている。
もし今回の銃が当時の銃と同一だとしたら…』
「誰かが持ち出しの手引きをした、っていうことですよね」
『うん』
あくまで『同一の銃なら』という但し書きは付くが、流出の事実は四年間隠されていたことになる。
つまり、それだけの期間隠しおおせる人物がいるということだ。ポリスなり工場なり、関係者の可能性は非常に高い。
だが同時に、それだけ人物像が絞りやすい…犯人を特定しやすいということでもある。
そんなメリットが薄い行為に手を出す目的、人物の存在はどうしても見えない。
そして、銃がいかなる経緯で犯人の手に渡ったか。
外部に流出した銃が都合よく傭兵部隊に渡るなど、
よほどの偶然か計画的な行為でもない限り、そう起こることではない。
つまり銃を流出させる、傭兵部隊に送ることができる、その両方の人物がいるはずなのだ。
この二つが今回の捜査を混乱させる、最大の原因であった。
(―――いや)
冷静になり、ルナは思い直した。
まずは事実を突き止めていくべきだ、と思い直す。真相の解明はそれからだ。
「まず、このスナイパーが誰なのかを突き止めましょう」
『そうだな。じゃあどうする? さっきの、ママが見つけた傭兵部隊に問い合わせるか?』
部隊に直接訪問するとなれば、荒くれ稼業たる傭兵部隊のことである、当然荒事に慣れている方がいいだろう。
「ですね。アタシが行って、犯罪の片棒担ぎたくなければ吐けとでも。
場合によっては数人ぶん殴っても構いませんよね?」
『駄目よルナちゃん、そんな殴り込み前提みたいなこと』
暴力的な発想になってしまった。焦ってメルが止めようとする。
「…すみません、つい」
『んもう…危ないことを考えないの。めっ』
メルに優しく叱られると、暴力衝動が収まってきた。恐怖は無く、甘い声でむしろ心が安らぐ。
先日撫でられた時の鎮静作用といい、ママと言われる所以の一つであろう。
『じゃ、どうしようか。カタログは傭兵部隊イーストシティ支部窓口からの取り寄せだから…』
通信の向こうでダイアンが思案する。そこに申し出たのは、少々意外な人物―――
先ほどカタログを取り寄せたメル本人だった。
『私が行くわ。ルナちゃん、ついてきてもらえる?』
「いいですけど。…窓口ですよね?」
『いいえ』
メルの返答に、ルナは首をかしげた。
窓口を置いてくれているのだから、そこに行けばよいのではないか?
そう訊き返そうとした所で、メルが答えた。
『本部よ』
ストライクハートの後部シートにメルを乗せ、ルナは傭兵部隊の本部に向かっていた。
傭兵の仕事場と聞いてルナが思い浮かべたのは、荒くれものだらけのボロオフィスだ。
我ながら偏見も良いところだと思う一方、汚れ仕事で荒んだ連中ばかりという評判があるのも事実だった。
そんなところにメルを連れていって果たして大丈夫なのか…と、不安になるのも道理である。
その不安が伝わったのか、後ろのメルが不安を和らげるように言う。
「私の事なら大丈夫よ。だから、ルナちゃんはお話しを聞くことに専念してね」
「出来たらいいんですけど…」
自分が暴力警官であることは、ルナ自身も認めるところである。
短気であるとは思っていないが、それでも暴力衝動の引き金は決して重くない。
傭兵部隊が偏見通りの荒くれものばかりであった場合、それを押さえる保証などできなかった。
そして、もう一つ気になっていることがあった。メルが妙に積極的になっていることである。
犯人候補と目されるジェイソンとは同じ分隊であったというが、それがだけ理由ではないとルナは考えていた。
「ジェイソン氏とは親しかったんですか?」
そう訊くと、メルは首を横に振った。
「せいぜい顔見知り程度よ。でも、ジェイソンさんのご家族とは親しくさせていただいてたの」
「…カルト教団の逆恨みで殺害された、っていう」
「ええ…あの時のジェイソンさんは、傍目に見てもつらくて」
無関係な家族を殺害されたのだから、見ている方もつらかろうとルナも思う。
自身も両親を喪ってから、しばらくの間は幽霊のようだと警察学校の同期生らに言われた物だった。
「だからご家族のためにも、ジェイソンさんではないと…疑いは晴らしたいから」
「なるほど。アタシとしても、元ポリスがやったなんて思いたくないですし。賛成です」
「それに… 解決のために何かできるなら、自分でも何かしてみようかなって。昨日ルナちゃんに言われて、思ったの」
昨日メルに言ったことは、もちろんルナの本心からであった。
メルはそれを、自らの意志に変えた。少し照れながら、ルナは前に向き直る。
「…んじゃ、頑張りましょっか」
「ええ」
そうこうしているうちに傭兵部隊の本部に到着した。
場所は海に面したイーストシティ第三区、行政機構集積特区外れの埠頭だった。
周辺の大きなビルと比べ、本部の建物だけは古くボロボロだ。
看板は大々的に部隊の所在を知らせる文字ではなく、入り口ドアの横に倉庫と書かれた金属のプレートがあるのみ。
壁に触ると外壁の材質がボコボコこぼれる。愕然としてルナは手を引っ込めた。
「行政エリアでこんなボロいビル…? ていうか、何でこんなところに傭兵部隊が」
「政府お抱えの部隊っていうことでしょうねえ。主にヨゴレ仕事をさせる…」
「政治の闇を感じるなあ。このプレートも、隊の所在を隠すためですよね」
不穏な予感を孕みつつ、ルナはドアをノックする。インターフォンすらも無い。
少し待ったが返事は無し。やむなくドアを開けて覗き込んだ。
故障した照明のせいで屋内は薄暗く、入り口から見える事務室も重苦しい表情の隊員ばかりだ。
いつ刃物や銃弾が飛び出すか判ったものではなかった。
「やっぱりママはここで待っててください、絶対危ない。あと空気が垢臭い」
「あらあら。お風呂の時間も無いのかしら」
「ヨゴレ仕事担当だけにって、イヤ呑気言ってんじゃないですよ。
良いですね、待っててくださいよ絶対」
意を決し、ルナはメルを置いてビルに踏み込む。
当然のように屋内の壁もボロボロで、ところどころに茶色のシミやひび割れがあった。
事務室には正面玄関に面した窓がある。クリア成型カーボングラスの窓を軽く叩くと、守衛が顔を出した。
「何だ」
ヒゲだらけの頬に藪睨みでぼやくように答えられた。初対面の人間に対する挨拶ではない。
ルナはQスマートからシティポリスのエンブレム画像を投影した。
「シティポリスです。お訊きしたいことがあるのですが」
「話すこた無ェな」
にべもない答えが返された。ルナは深呼吸し、苛立ちを押さえつつもう一度問う。
「お答えいただけませんか」
できるだけ穏便に尋ねたつもりであったが―――今度は刃物が突き出された。
ネオダイカスト亜鉛合金、通称超合金製のコンバットナイフだった。
強度や重量も優れているが、極限まで研磨したことですさまじい切れ味を誇る、傭兵部隊の標準装備だ。
ルナはそれに怯むことなく、事務室内を見回した。二一九二年度版のカタログにある装備がいくつか見られる。
守衛は視線を遮るように身を乗り出した。
「帰りな」
「アンタたちが犯罪の片棒担いでるって、疑われるかも知れない事件が起きてるのよ」
「知らんね」
守衛はナイフの刃でルナの頬を軽く叩いた。事務室にいる他の隊員も笑っている。
「俺らの雇い主は政府だ。フヌケのポリ共に心配してもらうよか、一億倍は安心だぜ」
「………」
「せいぜい街の見回りでもしてんだな。オマワリさんよ」
つまるところ、傭兵部隊はこぞってシティポリスをコケにしているのである。
急速にルナの頭の中が冷えていく。自分の事ならまだしも、ポリス全体となると、許せる発言ではなかった。
黙り込んだルナを見て、守衛が訝し気に顔をしかめる。
「―――もう一度言います。お訊きしたいことがあるんですけど」
再度尋ねたルナの声は、傭兵達が悪寒に震えるほどに冷たかった。
その言葉が意味するところは、下手に出ているうちに答えろという強迫でもあった。
こう見えて、拳を振り抜き守衛の顔面を粉々にしたい欲求を押さえているのである。
命の危険を感じたか、守衛は警戒を強めてナイフを構えた。戦闘態勢だ。
「…てめえ」
「こっちは話を聞ければそれでいいっつってんのよ。それを言うに事欠いて、フヌケのポリ共。
―――あんた、そのフヌケのポリに顔面砕かれる覚悟できてんでしょうね」
守衛はルナの目を見て、そして後悔した。他の隊員達も同様、青ざめていた。
命のやり取りを幾度も繰り返してきた男達が初めて見た、本物の人殺しの目であった。
残酷で冷酷なルナの目が、守衛たちを射貫く。
恐怖が彼らを支配した―――殺される。
その前に殺してしまわねばと決意した守衛が、ナイフを突き出した瞬間。
緩やかな風を感じ、彼は動きを止めた。同時にルナも冷静さを取り戻した。
両者の横にいたのは、外で待っているはずのメルだった。
音もなく肉迫した彼女は、まずルナの頭に軽く掌で触れた。
「ルナちゃん。喧嘩はしないの」
「あ…はい」
一言でルナを鎮静化させると、今度は守衛のナイフに手を添えて軽く押した。
大した力を籠めたようでもなく、また鋭利な刃に指を添えているにもかかわらず、
守衛のナイフはたやすく押し返されてしまった。
「こんな危ない物を出してはダメよ、あなたも」
「は……はい……」
「めっ」
―――『めっ』―――
怒ってはいるようだが、ちっとも怖くない叱り方だった。
だが、その一言に守衛…そして傭兵達は一体何を感じたのか。
彼らは一様に床にひざまずくと、ある者は胸の前で手を組み、ある者は両手で顔を覆って涙を流し始めた。
守衛も同様、窓際に縋りついて男泣きしている。
「おお…おおぉ… ああ……」
「あらあら、大丈夫? お腹痛いの?」
「え。何…何このカルトみたいな…」
ルナとメルが呆気に取られていると、守衛の男がつぶやいた。
「―――ママ…ママっ…!」
「ママぁ!?」
愕然として守衛とメルを見比べるルナ。次いで他の隊員達もママ…ママ……とつぶやき始めた。
神の啓示を受けたカルト系殉教者の如く、傭兵達はメルへと祈りをささげている。
「いや、あんたたちのママじゃないでしょうよ! 似てんの!? ていうかあんたのほうが年上でしょ!?」
「判ってるよッ! そのお方は俺達のママじゃねェよ、でも、でもよッ!!」
言い募る守衛の顔は涙と鼻水に穢れ、瞳孔が開き気味で正直汚いし気持ち悪い。しかもヒゲがむさい。
が、謎の説得力を持った叫びに、ルナは何も言えなかった。
「ママなんだよッ……!!」
守衛がそう言うと、ふとルナは思い出した。
初めてメルと出会った時に感じたもの…それは安らぎであり、母性であり、母星であった。
実の母はまた別として、血縁こそ無いが、彼女こそ全ての故郷であると。
生まれた地を捨てて政府に雇われ、汚れ仕事ばかり請け負い続け、荒み切った傭兵達の心は、
彼女の存在一つで瞬時に潤ってしまったのだ。大洪水である。
ルナは守衛の肩に手を乗せ、力強くうなずいた。
「わかるゥゥ~…」
「だろォ?」
「?」
メルはキョトンと首をかしげるのみであった。
かくしてママという概念に一瞬にして掌握され、傭兵部隊の本部は平和になってしまったのである。
―――〔続く〕―――