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【完結】爆装特警クィンビー  作者: eXciter
本編
4/23

FILE2.[科学の子・レッシィ]②



 一日がそろそろ終わろうかという夕方、日が沈む直前。オフィスにサイレンが鳴り響いた。

すぐさまメルがモニタールームに向かい、ディスプレイの前に座った。

レッシィとトラゾーは後ろの席に座り、別のディスプレイに映るマシンのデータをチェックする。

メルの横にはライを座らせた。


 「ルナちゃん、現場は!?」

 『イーストシティ第二十九区、公共配信局特区ブロードキャスト・エリア! 見たことも無い小型ロケットが飛んでます!』

 「小型ロケット…?」


 ディスプレイにヘルメットから転送された映像が映る。

ShV(ショート・ヴィークル)、二十一世紀以前で言う軽自動車と比べても幾分か小さい飛行物体の底面が映った。

奇妙なのは、その底面に四基のジェットエンジンらしき何かが据え付けられていることだ。

更に機体後部にはもう二基スラスタがある。

謎のエンジンは噴射孔を強烈に発光させ、波紋に似た光の輪を後方に残しつつ、試作バイクとほぼ同等の速度で飛行していた。

レッシィは立ち上がり、飛行物体が映るディスプレイに顔を近づけた。


 「レッシィちゃん?」

 「(アンチ)(グラヴィティ)(マニューバ)(スラスタ)だ! 何で、こんなマシンについてんだ!」


 Anti Gravity Maneuver Thruster、正式名称『反重力航行推進スラスタシステム』。

パネル型の人工無重力発生装置と可動式の小型バーニアを併用する、新たな航空システムだ。

 反重力という名称だが、実際のところは局所的な無重力状態を発生させて、低推力・低速での飛行に用いられる。

西暦二一九二年に試験運用が行われ、現在では航空(フライト)バスなどの公共車両の新型に搭載された。

また、レッシィ自身が開発したマシンにも設置されている。

そもそもこれを開発したのがレッシィ自身であった。


 一方で小型ロケットはと言えば、機体側面と底部に鶏卵型の可動式バーニアポッドが設置されている。

スラスタ部分の周囲にリング型の無重力発生装置が配置された従来と逆の構造で、

スラスタの強烈な推進力を特定方向に集中することで、爆発的に加速している。

レッシィは開発にあたってこのタイプと同型の3D図面を作ったが、最終的な推進力を試算したところ、

人間が乗っていられるものではないと結論を出し、すぐに図面を破棄してしまっていた。


 一部の公共車両にしか設置されていないはずの装置と酷似し、

しかし構造を逆転させた航行システムが、正体不明の民間機に設置されている。

ロケットの外装は金属板がむき出しで、恐らくは試験用に作られた物だろう。

どこかの企業のデモンストレーションという発表も無い。

挙句、機体側面に設置された機銃が火を噴き、ビルの窓や外壁を破壊していた。


 『スコルピオと考えて間違いなさそうですね』

 「ええ。でもどうするの? 飛んでいる相手ではそのバイクでも…」


 ルナは試作バイクで放送局特区を走り、小型ロケットを追跡している。

画面下部に映るコンソールでは時速四百キロが表示されている。減速もせず交差点を曲がり、取り逃してこそいないが、

そもそも空中にいる相手にとりつく方法が無い。しかもロケットの速度はバイクと同等である。


 『壁を走って横から飛びつきます!』


 そう言った途端、ヘルメット視点の映像が大きく揺れると、画面に映る街の光景が時計回りに九十度傾いた。

バイクが今走っているのは、ルナが言った通りに地面ではなくビルの外壁らしい。

超古代の最強戦士の一族NINJA(ニンジャ)が行ったという秘伝の技、『壁走り』をバイクで行っている状態だ。

(この一族については様々な説があり、二十二世紀になっても真相は明かせていないという)

それを想像し、不覚にもレッシィはつぶやいてしまった。


 「すごい…」


 幸か不幸か、そのつぶやきはメルにもルナにも届かなかった。

 バイクはロケットと同じ高度に達した。

ヘルメット映像には側面から見たロケットが映っている。コックピットには一人の中年男性が座っている。

機体側面の機銃が火を噴くと、映像が上下に動いた。弾丸を目視で回避しているのだ。

そしてパイロットが前方を見た瞬間、ルナの叫びが聞こえた。


 『どりゃぁああっ!!』


 映像のロケットが大きく画面手前に迫る。グローブに包まれた手が側面の水平翼を掴もうとする。

宣言通り、バイクごと壁からジャンプしたのだ。

が、そこでまた映像が上下にぶれた。真下から何かが直撃したらしい。

視界が動き、下方が映る。ヘルメットの映像は、地面ではなく、ロケット下部から出てきた機械の腕を捉えていた。

作業用のマニピュレーターアームが、飛び掛かったルナの脇腹に撃ち付けられたようだ。


 「ルナちゃん!!」

 『いってぇ…っ、やばっ、落ちる!』


 垂直に上昇したロケットが視界から消え、近づいてくる地面が映り、映像と音声が大きく揺れて乱れた。

地上に落下したと知ったメルの顔が青ざめる。

トラゾーを抱いたレッシィの腕にも力が入った。その額を冷や汗が流れる。


 「ルナちゃん!? ルナちゃん、大丈夫!?」

 『はい…でも、くそ! 逃がした!!』


 映像が鮮明になると、放送局特区の上空、そして被害に遭った周辺のビル、集まる市民の姿が映った。

ルナとロケットを追跡していた警察車両が近付き、停車するとシティポリス機動部隊の隊員達が降りてきた。

隊員達がメディックスキャナで負傷を確認し、せいぜい打撲程度であったことに驚愕していた。

その背後で、やる気の無さそうな肥満体の中年男性達、眠そうにあくびする下膨れ顔の中年女性隊員達が笑っていた。

ルナが以前籍を置いていた部署、第八分隊の隊員だ。


 『…すみません、逃がしました』

 「いいのよ、ルナちゃんが無事なら! 早く帰っていらっしゃい、ちゃんと検査するから!」

 『はい…いってててて』


 画面が下方に動くと、重々しい金属音が聞こえた。

立ち上がりバイクを起こしたルナの背に、恐らく第八分隊の一人だろう中年女の声がかけられた。


 『まぁた逃がしてんの』


 立ち去ろうとしたルナは足を止め、振り向いた。

第八分隊の隊員達は目を逸らし、へらへら嗤っている。発言者を探しているのか、映像が左右に動く。

が、探すのは諦めたらしく、ルナのため息が聞こえた。

ヘルメット越しの映像…すなわちルナ本人の視界の映像のため、ルナの表情は見えない。


 『ええ、逃がしてしまいましたよ』


 それを聞いた第八の隊員たちが大きな笑い声をあげた。他の隊員は困惑している。

が、ルナの声はそんな嘲笑を物ともしなかった。


 『でもあんたたちが追わなくて良かったです。役に立ちませんから』

 『―――あ?』

 『じゃ失礼しますね。アタシは犯人を捕まえなくちゃいけませんので。

  第八はいつもどおり休んでてください』


 掴みかかろうとする中年男性隊員の手を払い、ルナはバイクにまたがるとその場を後にした。

 先刻のやり取りを聞き、レッシィとメルとトラゾーは顔を見合わせた。

以前所属していた部隊の隊員と険悪とは聞いたが、どうもただ仲が悪いというわけではないようだ。

記録の抹消など明らかに不当な扱いを受けていたというが、同僚との会話からして部隊ぐるみでのことと判った。

しかも碌に仕事をしない隊員から、活躍に対し不相応に見下されていた節がある。


 (…あんなにすごいこと、できるやつが?)


 ボスの発言が確かなら、入隊から三年で解決した事件の数は五百八十一件。それがバカにされている。

だが、ルナはその扱いに耐え続けていた。


 (…あたいも、そういうやつといっしょなら、もういっかい…)

 「レッシィちゃん」


 小さな肩にメルの手が置かれた。ドキリとレッシィの胸が高鳴る。

見つめ返すと、メルは優しく微笑んでいた。何かを察しているような、諭すような笑顔だ。


 「思いついちゃったんじゃない? ルナちゃんに必要な物」

 「……」


 こくり、とレッシィはうなずいた。


 「だったらためらうことは無いわ。作って、ルナちゃんにプレゼントしてあげて」

 「…でも、やくそく…」

 「ええ。ルナちゃんはきっと守ってくれる。だから、ね」

 「フニ~」


 メルに続き、トラゾーも勧めて来る。思いついたのなら、時を待たずにやってしまえと。

迷いに泳いでいたレッシィの目が輝いた。光を取り戻した目に、メルもうなずく。


 「やる。あたい、やるよ。作るよ!」

 「その意気よ!」

 「フニ~」


 意を決し、レッシィはトラゾーを連れて、自分のプライベートルームに籠ったのである。

Qスマートから投影した画面には、ある図面が映っていた。

人体に似た形状…いわゆるライダースーツで、ルナが着用しているSMSによく似ていた。

胴体にあたる部分に細かい機械、それを中心として手足に伸びる細いケーブルと途中にあるセンサーの図面。

バイクに合わせて作成しながら途中で放棄していた、新型SMSの図面だ。

完成にはまだ至っていない。レッシィはこれを再開しようとしていた。


 続けてレッシィはQスマートの画面で指を滑らせると、(ヴァーチャル)(リアリティ)のキーボードが出てきた。

通称VRボード。形のある入力端末の生産数は、この時代には減り続けている。

レッシィはVRボードの上で指を弾ませた。図面のSMSの中心部、電源部分に数字が表示される。

あのバイクに合わせた最適な補助筋力の上下限だ。

バイクの速度に対し、いかにルナが鍛えているとはいえ、今の支給品のSMSでは足りない。


 そしてただ筋力を補助するだけでは、あのロケットに対抗できない。バイク以外の移動手段が必要だ。

地面からビルの外壁などに跳び移る、立体的な機動を実現する手段。

全く新しい何かが必要だった。


 「フニ~」


 考えていると、横からトラゾーが何かの本を持ってきた。

暇なときに読んでいるNINJAグッズのカタログだ。

受け取ってペラペラとページをめくると、鉤爪付きワイヤーの写真が眼に入った。

高所へと移動するための道具だったという。


 「…これだ! トラゾーナイス!」

 「フニ~」


 レッシィは再びVRボードの上で手を動かした。

普通のポリスには使えないだろうが、ルナなら絶対に使えるはずだ。

彼女は時速六百キロのバイクにも耐えた警官…『マッドポリス』なのだ。




 帰還したルナは、ダイアンに連れられて署の医務室で診断を受けた。

救急スキャナでの事前のチェックと見比べた医師によると、マニピュレータで殴られた脇腹、

落下時に打ち付けた肩ともに、SMSによる保護のおかげで打撲で済んだという診断結果であった。

医務室を出て、ルナとダイアンは九.五係のオフィスに向かった。

ルナは肩を押さえつつ、己の行いを顧みた。


 「ちょっと無茶をし過ぎましたね…」

 「本当だよ。届くのは判っていたんだろうけど、いくら君でも空中に飛び出すなんて」

 「ああでもしないと捕まえられない、って思ったらつい」


 実際、小型ロケットに飛びつくために必要な『壁走り』の速度、落下しても打撲で済む高度、

ジャンプに必要な距離は頭の中で計算できていた。ただ、根本的な問題を忘却してしまったのである。

 相手は自在に空中を飛ぶマシンであり、そもそもバイクでのジャンプとは全く次元が異なるのだ。

つまり必要なのは、安定してロケットに跳び移るための技術である。


 「確かに、ただジャンプするだけじゃね。確実に捉えるなら」

 「やっぱりレッシィに頼むしかないですかね…あのロケットにしがみつけるような…うーん」

 「喧嘩中だったか、そう言えば」

 「ええ。結構ひどいこと言っちゃって…気が重いなあ」


 苦い顔をするルナに対し、しかしダイアンは、小さく笑って見せるだけだった。


 「どうかな…ま、今日は休みたまえ。作戦は明日立てよう」

 「判りました…」


 ダイアンにそう言われ、ルナはオフィスに戻り、夕食を採ると痛み止めの薬を飲んだ。

レッシィの部屋に声をかけようと思ったが、ドアをノックしようとしたらすさまじい金属音が聞こえたのでやめておいた。




 翌日の昼過ぎ。ルナ、ダイアン、メルの三人はオフィスで作戦を立てていた。

相手はレッシィのバイクと同等の速度で飛ぶ小型ロケット。

しかもビルの間を器用に飛行する操縦テクニックも持ち合わせている。

武装は機体側面の機銃と底部のマニピュレータアーム。

特に後者は、ルナの脇腹にパンチを撃ち込めるほど精密に動作する。


 「…やはり、上から押さえるのがベストか」


 テーブルに置いたQスマートから、市街地の3D映像が空間に投影されている。

小型ロケットとルナのバイクの3Dモデルがビルの間を移動する。

バイクの方はビルの上から飛び降り、ロケットの上に着地。

エンタテインメント・ムービーのヒーローも真っ青の、決死のアクションである。


 「不可能ではないですけど、ビルの屋上に上がる時間が必要ですね」

 「AGMTジェットがあるから、それに乗せていってもらうとか」


 ダイアンの言葉にルナが首をかしげる。

先日バイクで出動した時、格納庫に車両が置いてあるのを見た…が、車両だと思っていたのは、どうやら違ったらしい。


 「あれってジェットだったんですか? 車両だと思ってました」

 「ああ、ボートもある。しばらく動かしてないけど、どちらもママがちゃんと整備してくれてる」

 「隅々までメンテしてるから、今すぐでもちゃんと動かせるはずよ」


 なるほど、ならば作戦に組み込んでもいいかもしれない―――そう思ったが。


 「操縦は…ええと、ボスが?」


 レッシィは何かを開発中らしい。メルはマシンの操縦が苦手。ライとトラゾーは言わずもがな。

つまり指揮を担当するはずのダイアンが、現地に出動することになる。

メルもまた優れた指揮官なので、それはそれで作戦は成り立つ。

が、ダイアンは笑って答えた。


 「それも考えている。あくまで念のためにね」


 する、という断言ではなかった。誰かが前線に出られなかった時のリザーブになるつもりらしい。

ダイアンには何か意図があるようだが、すぐにそれを答える気はないらしい。

ルナはその意志を汲むことにした。


 「…判りました、じゃあ奴が出たらすぐ連絡をください」

 「そうだったわね。今日は…」


 メルが思い出そうとした所で、レッシィがついに自室から出てきた。

徹夜で開発していたらしく、若干足元がふらつき猫耳もへたっているが、

一仕事やり遂げた職人のごとく晴れやかな笑顔であった。

足元ではトラゾーが同じ表情をしている。

そのレッシィが、ルナと目を合わせると、急に表情が固まった。

 昨日の夜、ルナはQスマートの通信でレッシィにメッセージを送っていた。

作業中のレッシィが気づくかどうか不安ではあったが、硬い表情を見るにメッセージを読んではもらえたようだ。


 「…行こうか、センパイ」

 「ん、うん」


 トラゾーを抱えたレッシィを連れ、ルナはオフィスを出た。

約束から三日目のこの日、ルナはレッシィにバイクの腕を披露すると伝えたのである。

MC(ミニキャリア)(二十世紀で言う軽トラ)に試作型バイクを積み、ルナの運転で廃サーキットへ向かった。

道中は二人とも無言で、トラゾーが窓の外を眺めているだけであった。

サーキットに到着してバイクを下ろし、二人は無言でコースの前に立った。


 「…どうすんの?」


 横目見ながら問うレッシィに、ルナが答える。


 「一周で六十五キロ。このコースを一時間走る」

 「時速六百五十キロで?」

 「それ以上で。減速無し、できれば少しずつでも上げていく」

 「できるの?」

 「昨日できた。今回は二回目。一回目の映像は後で見て」


 そう言って、ルナはヘルメットをかぶり、バイクにまたがった。

レッシィが起動したQスマートの簡易モニターのアプリに、ルナのヘルメットの映像とコンソールが表示される。


 「一回ならまぐれ。二回できればまぐれじゃない」

 「…うん」

 「あんたとの約束、ちゃんと守るから見てて」


 その時、ルナはどこか遠くを見ているようだった…とは、レッシィが感じた印象である。

ルナはキックペダルを蹴ってバイクを走行モードにすると、左手でクラッチを握り、右手でスロットルを回す。

その間にレッシィとトラゾーは客席に移動し、最前列の席に陣取った。


 「フニ~」

 「うん。あたい、ちゃんと見るよ。あいつが約束まもるトコ」


 トラゾーの声にレッシィは答える。その真剣な目は、Qスマートに映るルナの視界、そしてコンソールに向けられている。

コンソールのメーターが大きく上下する。最初から六百五十キロを叩きだす気だ。

約束では三日以内だったが、この日はその三日目。つまり練習したのは二日間。

しかも例のロケットへの対処も間に挟んでのことだ。わずかな時間でどれだけ練習できたのか。

だが、ルナの声は自信に溢れていた。


 バイクが走り出した。レッシィの予想通り、コンソールには最初から六百五十の数字が出ている。

二十二世紀のモータースポーツでも滅多に出ることの無い速度だ。

鍛えたライダーがSMSを装着しても、この速度に耐えるのは難しいという。

ルナも当初はそうだったが、もともと体を鍛えているからか、たった二日の練習でその姿勢が安定していた。

直線コースから大きなカーブに入り、車体が地面スレスレまで傾く。

だが宣言通り、減速は全くしていない。


 ここまでは想定済みだ。だが、その先にあるヘアピンカーブ…そこを減速せずに走り抜けられるのか。

トラゾーと共に、硬く手を握りながら見つめる。

眼前の空間にはコンソールの映像が投影されている。コンソール越しにバイクを見ながら、その瞬間を待ち―――


 瞬間移動に見えた。


 「!?」


 驚愕にレッシィの目が見開かれる。

ルナが乗るバイクは、ヘアピンカーブに差し掛かった途端にカーブを抜けたのだ。


 (なにが、どうなってんの…!?)


 慌てて録画された映像を見る。同時にコンソールを映し出すことも忘れない。

カーブに差し掛かったルナの映像が、スローモーションで再生される。

時速六百六十キロ…つまり、加速している。加速した直後に車体を傾け、カーブ内側に膝を突く。

その膝を中心に、車体は時速六百七十キロで円を描き、一瞬で方向転換して、カーブを抜けた。


 これはこの時代のプロレーサーの技法のひとつだ。

編み出されたころは膝が削れたり足が吹き飛んだりする事故が多発したが、

スーツの技術の進歩により、今では一般的な技術になっている。


 だが、プロレーサーでも肉体に過負荷がかかるこの速度で、ルナはいとも簡単に実現してしまった。

否。わずか二日の練習だけではない、彼女には犯罪者達を相手に数年間闘ってきた実績がある。

最高速度の走行で、三百二十五台のバイクを潰してしまったほどだ。

レッシィが作ったバイクに乗れるだけの素養を、彼女は既に持っている。持て余すほどに。


 ドンッと内側から叩かれる感覚に、レッシィは自らの胸を押さえた。


 「動いてる」


 カーブを抜けた瞬間、試作機とはいえ自分のバイクが性能をフルに発揮して、走っていることを実感した。


 「見て、トラゾー。あたいのバイク、動いてるんだ」

 「フニ~」

 「動いてるんだ!」


 その声が聞こえたかどうか。バイクは更に加速した。

六百八十キロを越え、減速どころか徐々に加速していく。

コンソールで速度のチェックをしつつ、自身のバイクが本来のスペックを発揮する光景に、レッシィは胸を高鳴らせていた。

一周、二週、三週…と周回を重ね、ルナの運転技術により、加速しながらも危なげなくコースを走る。

 この光景が見たかった。誰かが自分のバイクをフルスペックで動かす光景が、ずっと見たかった。


 「うれしいな…」

 「フニ~」


 喜びの言葉をつぶやくレッシィに、トラゾーもうなずく。

 それからの一時間はあっという間だった。ルナは本当に危なげなくコースを走り抜けた。

最高時速は七百十八キロ。その間一度も減速無し。ヘアピンカーブは膝を突いて回転し、瞬時に抜ける。

完璧なライディングテクニックだった。


 ルナはバイクを止め、脳裏に映るコンソールできっかり一時間が経過したのを確認した。

いつしか太陽は沈みかけ、空がオレンジ色に染まっていた。

ヘルメットを脱ぎ、額に流れる汗をぬぐう。

凄まじい集中力で心身ともに疲弊していたが、それでも気分は悪くなかった…むしろ爽快ですらあった。

そこにレッシィがトラゾーを抱えて走ってきた。ルナはバイクから降り、疲労を見せぬよう背筋を伸ばした。


 「へへっ。どーよ、約束守ドゥフゥ!」


 途中で妙なうめき声になったのは、レッシィがその腹に激突し、抱き着いてきたからである。

間に挟まれたトラゾーがフニフニとうごめく。

どうしたものかと困惑したルナが問うと、レッシィは答えた。


 「うれしい…」


 聞いたことの無い涙声だった。舌足らずなせいで、ら行がりゃ()行に聞こえるのが可愛らしい。


 「は?」

 「あたいうれしい。こんなに上手く乗ってくれたひと、初めて」

 「センパイ…」


 ガバッと顔を上げたレッシィの目は、喜びの涙で濡れていた。


 「決めた。あのバイク、あんたに―――ルナ(・・)にあげる!」

 「いいの?」

 「ルナならぜったい、あのバイクにちゃんと乗れるから」


 レッシィが目元をぬぐう。その目は昨日までの拗ねて諦めたそれではなく、幸福感と信頼に満ちている。


 「だからあげる。あたいのバイクも、他の装備も作ったから! 全部あげる!」

 「レッシィ…」


 この一時間でいかに心境が変化したのか…疑問は無いわけではないが、ルナはレッシィの意を受けることにした。


 「わかった。レッシィの作ったバイクと装備、あたしがもらう!」

 「うん!」


 レッシィがうなずいた丁度その瞬間、二人のQスマートに通信が入った。

ダイアンからの緊急コールだ。


 「ボス?」

 『この間の小型ロケットが街に現れた。ルナは現地に向かって、レッシィは一旦オフィスに戻ってくれ』

 「わかりました。じゃあすぐに行きます」

 『いや、もうすぐそっちに着く。少しだけ待っててくれ』


 通信は一方的に切られた。なんの事かと二人が顔を見合わせると、トラゾーが地面に降りてレース場の外に向かって走り出した。

慌てて試作型バイクを押して二人で出ると、ちょうどそこに一台の車両が走ってきた。

が、そのサイズにルナは目を見開いた。

試作バイクを乗せてきたMCなどとは比較にならない、全長十メートル以上、全高は5メートルもあろうか。

格納庫を備えた巨大な装甲車だった。


 「これ、『コマンドバルク』! あたいが作ったでっかいパトカー!」

 「これもレッシィが?」

 「―――そうだ」


 大型車両のドアを開け、ダイアンが降りて説明を始めた。

つまり、この車両を運転してきたのはダイアンなのだ。


 「言ったろ? レッシィはウチのメカを全部開発してくれたって」

 「これ、一人で…? すごい…」

 「バイクはこの中に詰んである。レッシィからのプレゼントもね。レッシィ」

 「うん!」


 ダイアンがQスマートを操作すると、コマンドバルクの格納庫のドアが開いた。

ルナはレッシィに連れられて格納庫に入る。

庫内の照明が点灯し、赤いバイク、そして壁に掛けられた赤いライダースーツとヘルメット、電子制御式の銃が眼に入った。


 「これ…」

 「新しい(サブ)(マッスル)(スーツ)、それから銃とメット!」

 「ええぇ…超カッコイイ!」

 「ルナならちゃんと使ってくれるって、ママも言ってたから。だから作っといた! バイクの名前もおぼえてね!」


 ルナは赤いSMSとヘルメットを掲げた。闇夜にも浮き上がって見えそうな、鮮烈なレッドの装備。

犯罪者に対する威嚇効果もあろうが、何よりルナの一番好きな色である。


 「…よし。装備変更後に出動します」


 レッシィが外に出た所で、ルナはSMSを替え、Qスマートに新しいスーツ、ヘルメット、銃を登録。

バイクの名前も表示された―――『ストライクハート』。赤いボディにピッタリの名前だ。

ドアを開け、バイクを押して外に出ると、レッシィが全身からキラキラしたオーラを出して出迎えた。

ダイアンもよく似合っているとばかりにうなずく。


 「じゃあレッシィ、ボス、行ってきます!」

 「うん。行っておいで」

 「がんばって! スーツと銃のことは後で説明するから!」


 レッシィの声援を受け、ルナは笑ってみせた。抜群のプロポーションが真っ赤なSMSで更に引き立つ。


 「任せて。あんたのこの装備で、絶対犯人を取っ捕まえてやるから!」

 「―――うん!」


 力強くうなずくレッシィにうなずき返し、ルナはヘルメットをかぶると、バイクを走行モードに切り替えた。

済んだエンジン音が数度うなりを上げ、バイクが走り出した。

 ルナを見送ると、ダイアンとレッシィ、そしてトラゾーはコマンドバルクに乗り込む。

助手席に体育座りで着席したレッシィは、抱えたトラゾーの後頭部を見つめながら、どこか遠くを見ているようだった。


 「どうかしたかい?」


 運転席に座り、シートベルトを締めたダイアンに問われ、レッシィは答えた。


 「むねが、ドンドンする」

 「ドンドンか。具合が悪い?」

 「んーん、わるくない…だけど…なんだろ」

 「フニ~」


 ダイアンとトラゾーは顔を見合わせ、何か納得したように苦笑した。


 「犯人を逮捕したら聞かせておくれ。今はルナの支援だ」

 「うん!」


 ダイアンはQスマートを操作し、コマンドバルクを走らせて署に戻った。




―――〔続く〕―――

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