EX-FILE2.
いわゆる異世界転移への挑戦…ですが、ほぼ全編ギャグとパロディで埋め尽くしています。見ようによっては不快なお気持ちになる可能性もあるため、転生/転移のパロディが苦手・嫌いと言う方にはブラウザバックをお勧めします。
淡い虹色の空間の中、ルナは胡坐をかいて座っていた。
何やらほわんほわんと気の抜ける音が響いている。発生源は分からない。
というより、そもそも現実世界の光景ではなかった。何やらシャボン玉もほわほわ飛んでいる。
ルナは自らの意識が明確にあることを悟り、意識して周囲を見回した。
「明晰夢ってやつね、これ」
敢えて声に出してつぶやく。自分の意志で話せるかの確認だ。
結果、起床時と何の違いも無く意識を持っていることが判明した。
そして同時に、何者かの気配を感じた。
つまり、夢の中でありながら、自分以外の誰かが確実に存在するのだ。
レッシィ謹製のSMSと銃は残念ながら無かった。恐らく装備して眠れば夢の中に持ち込めるのだろう。
敵であれば素手で叩きのめすしかない…そう思って立ち上がろうとしたその時、気配の主が近付いてきた。
地に足を付けず、浮遊しながらゆっくりやって来たのは、美しい女性だった。
波打つ豊かな黄金の髪。ゆったりした純白のローブ。淡い白金色の後光。人間離れした神々しさに満ちた女性だ。
「ごきげんよう、富士見ルナ」
「…はあ。どうも」
女性はルナの目の前に迫り、小さく一礼した。
「私は少女と少女の愛を愛でる女神、リリアウラです…」
「俗な欲望丸出しじゃない!?」
しかも司るのではなく愛でるという。女神様とやらがそんな、限界オタクのようなことを言い出していいのだろうか。
疑問に思ったルナに対し、あくまでリリアウラはゆったり、しかし畳みかけるように言った。
「あなた達の活躍は、天の世界より見ておりました。大変すばらしい物を見せていただきました」
「そりゃどうも…」
「三人の少女達があなたを取り合う光景はもう、もうすンばらしい光景であらせられました。
少女が少女を愛する光景はいつの時代も美しいものですね。人類の尊厳…」
「何で女神様が日本語を誤用してんの!?」
女神様は手を合わせ、ひざまずきルナを拝み倒していた。しかも感極まって泣いている。
完全に、アイドルを目の前にして忘我の極みに達した限界オタクのムーブである。
一しきり拝み倒すとリリアウラは立ち上がり、今しがたの限界オタクムーブが無かったかの如く神々しいオーラを出した。
そして、余りにも予想外のことを進言した。
「お礼に、あなたを異世界に転移させてあげましょう」
二十一世紀初頭から大流行したノベルのジャンルだ。その後は文学の一ジャンルを形成する勢力となった。
起源はかなり昔にさかのぼるのだが、注目されるまで時間がかかった遅咲きの文学である。
いや、そこは今の所どうでもいいのだ。
「いらない…」
「まあまあまあまあそうおっしゃらずに」
「いやホントに要らない」
「そんなことをおっしゃらずに。夢なのですから、気軽に楽しんで良いんですよ。
ほら、ほっぺたをつねってごらんなさい。痛くないでしょう」
言われるままにルナは自らの頬をつねった。なるほど、痛くない。夢なのは分かっている。
が、その瞬間に何かが頭の上で転倒した。『GO!』の文字が浮かんでいる。まさか。
「はい。転移スイッチいただきました☆」
「今の動作がスイッチ!? やり方が汚い! 女神様のくせに! 女神様のくせに!!」
「だって、そうでもさせないと転移してくれそうにないんですもの」
「だからいらないって…あっ背後にブラックホールが! 吸い込まれる! ちょっと停めなさ あ~~~!!」
そうこうしているうちに、空中遊泳もむなしくルナは吸い込まれてしまった。
ハンケチを振ってリリアウラは見送る。その微笑みには何の悪意も無く、本気でご褒美と考えているらしい。
「いってらっしゃ~い」
爆装特警クィンビー
EX-FILE2.[ワンダーランド・ツアー~私を異世界に連れていくんじゃあない~]
目覚めると、木の天井が見えた。背中に感じるのはいつものマットレスと違う、獣の革と草を使った敷布団だ。
体に掛かっている毛布も、いつものポリエステルの物と違っていた。恐らく毛皮だろう、動物の温かみを感じる。
壁もベッド本体も木製。そもそも明らかに九.五係オフィスのプライベートルームではない。
夢か現実かはおいておくとして、どうやら本当に異世界に転移させられたようだ。
「………信じられない。あの女神…」
ルナはげんなりしながら起き上がろうとした。しかし両腕に柔らかな体温を感じ、左右を交互に向く。
右腕にはレッシィ。左腕にはライ。ここだけはいつも通りの光景だ。
といっても部屋は大部屋らしく、個人用のスペースなどは無いに等しい。
そして隣のベッドにはダイアンとメルが同衾していた。抱き合ったまま眠る二人もまた、まあいつも通りである。
ため息をつき、ルナはもう一度横になった。
そこでドアが開き、何者かが部屋に入ってきた。
ベッドに横になった状態でも殆ど頭が見えない、信じられないほど小柄な人物のようだ。
その人物はルナ達のベッドによじ登ると、丸っこい手でルナの額にモフッとしがみついた。
狩人らしい服装のぬいぐるみ―――二本足でちょこちょこ歩くトラゾーであった。
「モーニングタイガーですフニ」
「何語」
つい真面目に返事をしてしまう。トラゾーはそれに答えたのか何なのか。
「朝ごはんができているのですフニ」
「はあ」
「みんなおきるのですフニ」
「わかった…先食べてていいよ。すぐ着替えるから」
「フニ~」
トラゾーはベッドから降り、ふたたびちょこちょこ歩いて部屋を出た。
ルナは両腕の少女二人を振りほどいて起き上がると、もっしゃもっしゃと歯を磨き、ざぶざぶ顔を洗って服を着た。
これもまた動物の革でできているらしい、頑丈ながらも動きやすい服だった。
横を見るとハンガーラックに鎧がかけられている。胸、肩、両腕と両脚を覆う、防御面積よりも動きやすさを重視したプロテクターだ。
その横には武器らしい金属バットが置かれていた。これがルナの武装1セットだろう。
そこまで確認したところで、ルナは完全に目を覚まし、乱暴にドアを開けて食堂に顔を出した。
「トラゾーさぁぁぁぁん!!」
「なにごとですフニ」
半ば恐慌状態のルナに対し、トラゾーはいつも通り泰然自若としていた。
ルナはトラゾーを持ち上げ、ガクガク揺さぶりながら尋ねた。
「何で喋ってんの!? あんたネコでしょ!? そんな発声器官とかあった!?」
「ボクをただのネコチャン扱いとは。良い度胸ですフニ…」
「あ、うん。ごめんなさい」
そっと下ろすルナ。トラゾーの手が腰の短剣に掛けられていた。本能的にルナは危険を察知したのだ。
「そもそもボクは本編でちゃんと喋っているのですフニ」
「本編言うな」
「記録はちゃんと残っているのですフニ。第六話最後の方に…」
-----------------
「センセンプコクだよ!」
→「フコクですフニ」
「フコクだよ! ルナはあたいのぜんぶ(以下略)
-----------------
「しゃべってた!」
「ですフニ」
「………いやいやいやいや。そういう話じゃなく、何で喋ってるのかって」
席に戻ったトラゾーは、目の前の魚肉ハンバーグをナイフとフォークで器用にスライスしている。
「ボクはモー=フット人のトラゾーですフニ」
「モフッと」
「毛の生えた足という意味ですフニ」
「なるほど。毛足ね」
確かにトラゾーはモフモフなので、まあ間違ってはいない。いわゆる亜人に相当する種族だろう。
これ以上訊くと余計にややこしい話になりそうなので、ルナは質問を控えることにした。
早朝からこんがらがった頭を抱えていると、そこにレッシィとライが起きてきた。
「おぁよ~~」
「おはようございま~す」
「モーニングタイガーですフニ」
またしても朝の謎挨拶。しかしそれが定番なのか、またしてもモーニングタイガー。
するとレッシィがトラゾーの元に駆け寄り、抱き着いた。
「モーニングぅ~~~」
「タイガ~~~」
たがいにモフモフしあうふたり。可愛い。まあいつも通りといえばいつも通りだ。
「おはよ……うん。二人はいつも通りね」
ルナがそう言うと、年少の二人は揃って首をかしげた。可愛い。
そしてレッシィがキッチンから漂ってくる匂いですぐ気づいた。
「ギョニク!」
レッシィとライはルナを挟んで両隣に座った。
あらまあ可愛い。二人そろってお隣に座られましたね。人類の尊厳。
「…え、なにこの声。女神様?」
そうですよー。少女と少女の愛を愛でる女神リリアウラですよー。
たまにこうやってナレーションに混ざって解説させていただきますね。
「何で地の文にいきなり混ざってんの!?」
だって私女神ですもの。地の文に混ざるなんてお茶の子さいさいです! えへんぷい。
ルナが突如周囲を見回しながらわめいている間に、少し遅れてダイアンとメルが起きてきた。
「おはよう、みんな。朝から元気だね」
「おはよ…ふぁ。ごめんなさいね、お寝坊しちゃった」
メルはまだ少し眠いようだ。二人が年少組の向かいに座ると、宿の店員らしき少女が全員の前に魚肉ハンバーグサンドを置いた。
焼き上げた魚肉ハンバーグと水洗いしたレタス、パンと具の間にはほんの少し辛子が入ったマヨネーズを塗ってある。
飲み物は年少組に温めた牛乳、大人二人にはコーヒーが置かれた。
いただきますと全員で言うと、レッシィとライは自分の分のサンドを食べ始めた。
「おいしい!」
ふわっとやわらかなパン生地、よく焼けた魚肉に新鮮な野菜の美味に、ライが賞賛の声を上げる。
そしてルナの方をちらちら見ると…そっと、サンドをルナに差し出したのである。
勿論と言うかなんというか、口を付けていない方だ。
「お、おいしいですよ。どうぞ、あ~ん」
「いや、アタシも同じサンド食べてるんだけど」
ちょっとルナさん! 必死の好意に答えないなんて、あなたそれでも女ですか!
ライさんったらお顔を真っ赤にして、でもあなたに好き好き(ハート)って伝えたくて一生懸命なんですよ!
「女神様黙っててくんない!?」
「…む~!」
あら、レッシィちゃんの方にも動きがありますね。お顔を真っ赤にして、ルナさんにしがみついてサンドをお顔にむぎゅっ…
んま~~~モテモテですこと! 両隣からあーんされていらっしゃるのですね。人類の尊厳!
「る、ルナ! あーん!」
「やめんか。顔にマヨとか油とか付くっつの」
ま~たそんな風情の無いことを言って! ごらんなさい、二人とも必死なんですよ!
そんな二人の気持ちを無碍にする気ですか! 心が痛まないんですか!
二人とも一生涯を懸けるほどにあなたに恋しているというのに。そんな冷たい人だとは…
「わ、わかったわよ…ええと……」
ルナは左右から差し出されたサンドを見比べる。
女神リリアウラが言う通り、ライもレッシィも真っ赤であった。
一方でダイアンとメルは、二人で寄り添って食事を採っている。
こちらもある意味いつも通りだが、それ故助けを求めるのは無駄という物だった。
左右から幼いなりの全力の恋心で挟まれるというシチュエーション…
改めて考えた途端、ルナもまた顔を赤くしてしまった。
「…じゃあ、いただくわ。あーん」
意を決し、ルナはまずライの方のサンドから一口。続けてレッシィの方のを一口食べた。
「ん………お、おいしい」
そのままルナは二人の顔を見ないように咀嚼し、飲み込んだ。
ダイアンとメルはあらあらうふふと笑わんばかりにそれを眺めている。大変楽しそうであった。
レッシィとライも、恥じらいつつ食事を続ける。
大変甘ったるいこの空気、もう女神様おなかぽんぽこりんです。ごちそうさまでしたゲプー
そしてルナ達は宿を出て、街の入り口の門の前に立っていた。全員がそれぞれの装備を再確認する。
ルナは革の服の上に防御面積が少なめの鎧。至近距離での戦闘を行うため、動きやすさを重視した装備だ。
ちなみに武器は金属バットである。
「バット…!?」
「あたいとライが作ったんだよ!」
「レッシィが組み立てて、わたしが機能拡張の魔法を施しました!」
「へ~…」
バットのグリップには銃のものとよく似たトリガー、そしていくつかのダイヤルがあった。
これを操作することで、ただバットとして振り回す以外のことができるのだろう。
レッシィはふわふわセーターの上にひざ丈のオーバーオールで、胴体にプロテクターは付けている。
子供がエプロンを付けているような見た目である。手には道具箱、そして武器のハンマー。
ライはブレザーにブラウス、ひらひらのスカートで下にストッキングを履いている。学生服を思わせるデザインだ。
手に持っているのは魔法の杖であろう、磨き上げられた木の棒の先に透明な水晶玉が取り付けられていた。
(……うーん。二人とも可愛い…)
どことなくファンシーさの漂う二人の服装は、普段着としても充分に映える物だった。
目が覚めたら買ってやろう、と何となく考える。
「準備が出来たら行くぞ。今日こそは魔王サナダムシの城に突撃だ」
「またえらい名前の魔王もいたものですね」
寄生虫の名前の魔王など聞いたことが無い。どんな悍ましい姿をしているやらと、ルナは不安になった。
「馬車と道中の食料なんかは手配しておいたわ。トラゾーさん、今回も御者をお願いできるかしら」
「おまかせですフニ」
メルの依頼をトラゾーが快諾した。この体格でできるのかと思ったが、彼はモー=フット人、おそらく獣と話すくらいはできるのだろう。
ちなみにメルは真っ白なローブを身にまとい、海の蒼に輝く美しい宝玉のロザリオを首から下げている。
ロザリオに同じく下がる十字架や複雑な彫刻が施された杖といい、恐らく聖職者だろう…
と思ったが、よく見ると杖はかなり重い金属でできていた。杖よりむしろ鈍器と呼ぶ方がふさわしい。
ダイアンは詰襟の軍服姿だった。腰にはサーベルを佩き、白い手袋に革靴。
キリッとした凛々しい姿は中世の騎士を思わせる。なるほど、古い時代のアメリカンポリスの服はこのように変換されるのか。
長身でスタイル抜群のダイアンによく似合っていた。
「アタシ達は準備良いです。いつでも行けます」
「よし。じゃあ出発だ!」
ダイアンがトラゾーを抱えて馬の鞍に乗せると、他全員が馬車に乗り込む。
ホロの中は五人では少し狭いので、一番小柄なレッシィはルナの膝の上に座り、ぎゅむっとしがみついていた。
隣に座るライが、羨まし気にレッシィを睨んでいる。レッシィはゴキゲンな仔猫のようにルナに頬ずり。
そんな様子を大人二人がほほ笑みながら眺めていた。
(……あの、女神様。聞こえます?)
はい、聞こえますよ。どうしました?
(全員の…こう…能力みたいなのって、見る方法無いですか?)
ええ、もちろんありますとも。この業界ではお約束ですからね。ルナさんもやってみてください。
(業界て。よし、ええと…ス…ス……なんだっけ…そうだ)
「スキャナーズ!」
何も起こらない。
「何だルナ、その頭ボンしそうな魔法は」
「す、すみません…ちょっと皆さんの能力とか、聞けたらなって」
「それって『ステータス』じゃないかしら」
それだ! とルナはうなずいた。
女神リリアウラは業界のお約束というが、そんなお約束など知らないルナにとっては知識の範疇外である。
「じゃあ見ていてねルナちゃん。『ステータス』」
メルが掌をかざすと、空間にトラゾーを含む六人全員のステータスが表示された。
ルナはまず自分のステータスを確認した。
富士見ルナ
職業:マッドポリス
レベル:59
HP:3250 MP:150
ちから:1385 すばやさ:659 ぼうぎょ:524
まほう:325 きようさ:498 こううん:350
スキル:【暴力警官の一人見本市】
自分が犯罪者とみなした相手に対し、与ダメージ+1500%
「うん、ルナは順調にレベルが上がってる。ただ幸運値がレベルに比して少し低いかな」
「どういう影響があります?」
「クリティカルヒットが少し出にくい。
ただ、スキルでカバーできる範囲…というか、お釣りザブザブだな」
何のことを話しているのかさっぱりわからない。
シティポリス入隊前からゲームなど一切せず、ひたすら法律と犯人逮捕術の勉強をしてきたせいだ。
…と言い訳をしてみたものの、要するにヴィデオゲームの知識なぞさらさら持ち合わせていないという事実は覆せない。
ただ、何となく強烈な一撃というのは分かる気がする。
ルナさんルナさん、それっていわゆる「かいしんのいっぱつ」ですよ。
何かイイ感じに決まった! っていうアレ。
(あ、うん。それなら分かる気がする)
急に女神様が割り込んでくるのも平気になってきた。慣れとは恐ろしい物だ。
そして、それより気になったのはスキルだ。
通常攻撃のダメージに加え、その十五倍のダメージが加算される。
しかも基準は「自分が」なので、極めて主観的である。本職のシティポリスが絶対に持ってはいけないスキルだ。
が、メルはそこを特に気にしていないようだった。
「魔王相手には最適なスキルね。頼りにしてるわ」
「はあ…そういえば、魔王って」
ルナが魔王とは何者かを問おうとした途端、馬車の周囲に巨大な蜂が集まってきた。
一匹が人の身の丈ほどもあるサイズで、尻にはかなり太い毒針が生えている。
「ぶぅ~ん」「ぶぶぅ~ん」「ぶぶぶぅ~ん」
気の抜ける声だ。本当にこいつら怪物か!? とルナは疑った。
メルがステータスで確認すると、怪物の名前は『ストロングホーネット』
今のルナくらいのレベルならたやすく倒せるが、毒針は一撃で大量にHPを持っていく。侮れない怪物だ。
「ここはボクにおまかせですフニ」
馬車を一旦止めると、トラゾーが馬から降りた。
鞍には脚立が(こんな世界観にもかかわらず)備え付けられており、ほぼ二頭身のトラゾーはそれで降りたのである。
ストロングホーネットA~Cは、わざわざ律儀に待ってくれていた。ジェントルである。
そしてトラゾーは腰に差した短剣を抜くと、両手で持ってぷぃぷぃと上下に振り始めた。
餌をねだる子猫のムーブである。可愛い。当然トラゾーのリーチでは当たるわけが…
「あ~やられた~」「もうだめだぶぅ~ん」「じごくでまってるぶぅ~ん」
バラバラバラバラ。ストロングホーネットは瞬く間に、且つ物理的に散っていった。
ルナは見た。振り回される短剣から、強烈な衝撃波が出ていたのである。
最早キチン質の断片と化したストロングホーネットを見下ろし、ルナは愕然としていた。
「うっそぉ…」
「トラゾーはつよいんだよ!」
「てれるのですフニ」
相方のレッシィが言うのなら、それが真実なのだろう。
トラゾーは脚立で再び馬の背に乗り、手綱を握りしめた。
ところでトラゾーの手は猫のそれとほぼ同じ構造だが、いかに握りしめているのか?
…気になったが、ルナは問うのはやめておいた。きっと納得できる答えなぞありはしないのだろう。
「では行くのですフニ」
再び馬はのこのこと歩き出した。
次に出会ったのは巨大な猪だった。全長五メートル以上の怪物じみたサイズだ。
背中が火山の如く盛り上がり、ダイアンの身長の倍くらい体高がある。
「バルカンボアか。全員で行くぞ」
メンバーが馬車から降り立ち、バルカンボアの正面に立った。
熱がここまで伝わってくる。どうやら体温がかなり高いようだ。
屈強な肉体美を誇るダイアンがいるとはいえ、この体格相手に勝てるのか…
不安になったルナは、スキャナ…ではなくステータスを確認した。最初にダイアン。
ダイアン・ゴールディ
職業:騎士
レベル:そくていふのう
HP:999999 MP:999999
ちから:そくていふのう すばやさ:8573 ぼうぎょ:そくていふのう
まほう:5982 きようさ:9615 こううん:そくていふのう
スキル:【ボス】
自身を含むパーティメンバー全員に対して以下の効果。
1.獲得経験値が一律で十倍
2.レベルアップ時のステータス上昇率が一律で五倍
3.戦闘中のステータスが一律で二十倍上昇
4.与ダメージ+300%、被ダメージ-100%
「チートも良いところじゃない!」
だってダイアンさんはボスなんですから、仕方ないじゃないですか。
私だってビックリしましたよ。女神様顔負けのこのステータスが自然に出てきたんですよ。
でも実際、現世でもそんな方だったんでしょう?
「うん」
わお即答。それでもルナさんが必要と言うあたり、やっぱり魔王は恐ろしい人物なんでしょうね。
とか言ってる間に、ブーブーさんがダイアンさんに激突しました!
「……そのブーブーさんの方が消し飛ん 消し飛んだぁ!?」
何と、激突したバルカンボアの方が消し飛んだのである。
厳密には激突した瞬間遥か彼方に吹っ飛んだのだが、ルナの目にはそのようにしか見えなかった。
ダイアンは何もしていない。本当に何もしていない。ただ突っ立っていただけだ。
フフンとふんぞりかえるダイアン。ちらちらとメルの方を見ている。
当のメルの方はと言えば…どうも何かのタイミングを待っていたらしく、何やらそわそわしている。
「………あっ、だめだ。意識朦朧へろりんこ」
そんなメルを見て、ダイアンはどこまでもわざとらしく倒れ込んだ。
「ああっ大変! ボス! 傷は浅いわ、しっかりして!」
駆け寄ってメルが抱き起す。柔らかな胸に抱かれ、ダイアンは気持ちよさそうだ。
ちなみに長いローブで体形がだいぶ隠れているが、たまにメルの隠し切れないダイナマイトスタイルが見え隠れしている。
本編では
「本編て言うな」
いえいえ、本編では書かなかっただけで、彼女のスタイルは凄いんですよ。
これはここできちんと書いておかないといけません。女神リリアウラとしては主張せざるを得ません。
といった具合に和んだところで、なんとブーブーさんが続けて五頭出現しました!
最初に飛んでいったのがAなので、B~Fまでです! ルナさん頑張って!
「気軽に言ってくれる! んっどりゃああああ!!」
ルナはバットを振り下ろし、まず先頭にいた一頭(バルカンボアB)の顔面に叩き込んだ。
流石にダイアンほどのチートステータスは無いため、この場で打ち倒すのみに終わる。
「ルナ、バットの一番上のダイヤル!」
「それからトリガーを引いてください! 超合金属性が発動します!」
戦闘能力の無いレッシィとライは馬車に残り、トラゾーがその護衛を引き受けていた。
二人のアドバイスを聞き、ルナはまずダイヤルを回し、そしてトリガーを引く。
途端、ゴキィィィン! という謎の音が鳴り、バットが重くなった。
常人ならまず持ち上げることも叶わないであろうバットを、しかしルナは少々力を入れただけで振り回した。
そしてスキルを発動する。そう、『暴力警官の一人見本市』だ。
「この野菜泥棒ォォォォ!!」
テキトーに叫んだだけだが、実は彼らバルカンボアの集団はまさに野菜泥棒の帰りだったのだ。大当たりである。
直撃を受けたバルカンボアCが、何と原子レベルで消し飛んだ。それほどのダメージだったのだ。
「ボス、ママ! 早いとこ回復させてくださいよ!」
続けて別のダイヤルを操作。今度は散弾銃属性が発動した。
バットの先端をバルカンボアDの顔面に押し付け、トリガーを引く。
またしても原子レベルで消し飛んだ。
その間もボスはぐったりしてメルに縋りついていた。
「う~ん。だめだぁ~、ママにヒールをかけてもらわないとだめだ~。
傷が深くてがっかりだぁ~。もうだめだぁ~」
(どんだけダメージいったのよ…ちょっと見てみよ)
ルナはこっそりダイアンのステータス、うちHPだけを覗き見た。
HP999998.9999/999999
「千分の一ダメージ!?」
「ボス、いっつもあんななんだよ。ママにギューってされたいからって」
「ママさんもママさんで、多分わかっててやってると思います」
「アツアツ婦婦ですフニ」
「あーもう! バカップルはほっとこう。もうほっとこう!」
レッシィらの言う通り、大人二人は年少組の眼前で抱き合い、甘ったるい空気を醸し出していた。
何やらよくわからない光が出ているが、おそらくそれがヒール…回復魔法なのだろう。
夜までガマンできんのかと思いつつ、ルナはメルのステータスを覗き見る。
メルセデス・水江・フォンテーヌ
職業:回復術師
レベル:そくていふのう
HP:99512 MP:そくていふのう
ちから:そくていふのう すばやさ:8416 ぼうぎょ:そくていふのう
まほう:測定不能 きようさ:5220 こううん:そくていふのう
スキル:【母乳】
母 乳
「母乳!?」
「ぼっ…ル、ルナちゃん!? 見たの!?」
「ご、ごめんなさい…いやなにこのスキル!!」
混乱するルナ、慌てて取り繕うメル。
「べべべべつにいやらしいスキルじゃないのよ!?
ただこうやって、密着状態でヒールをかけると、回復率がアップするっていうだけ!」
「そう言いつつそのダイナマイトなお胸で抱いてるじゃないですか!
子供の前でやめてくださいよ、そんなセンシティヴ案件!」
いつものことらしいが、恋愛や性的なことに免疫の無いルナにとっては一大事である。
そしていつも見ているらしいレッシィが、ルナを問い詰める。
「ママとボス、なかよくしちゃダメなの?」
「いやっ…! そういうのじゃなくて…! その……!」
「?」
レッシィへの説明は困難を極める。ルナは諦めた。
ライは頬を染めて大人二人を見ているので、まあ意味は分かっているのだろう。トラゾーは知らん。
ちなみにダイアンのHPはいつの間にやら最大値を超えて99999999まで回復。
自身のスキルとの相乗効果によって凄まじい回復をみせたのであった。
「ん~。いやあ、やっぱりママのヒールは最高だな!」
「大丈夫? 傷、ちゃんと治った?」
「完治したとも。ママのおかげでね…」
ダイアンはそっとメルを抱きしめ、彼女をねぎらう。
二人そろって頬を染め、二人きりの世界に入り込んでしまっていた。
ちなみにバルカンボアの残り二頭は、バットの質量弾ミサイル属性とパイルバンカー属性で片づけた。
結局、残る五頭のボアはルナが片づけた。このバカップルめ…と、ルナはダイアン達を恨まずにいられなかった。
さて、どうも魔王城近くの村の住人によると、魔王を斃すには時速二八〇〇キロで走る真っ赤な馬が必要らしい。
そんな生き物がいるかと思ったが、トラゾーが日常的に会話する世界である。いてもおかしくはない。
ならば探すべし、とルナ達は馬車で荒野を散策していた。
馬車の荷台には幌をかけて砂まじりの風を防ぎ、馬とトラゾーにはメルがバリアの魔法をかけて防風処理を施す。
「生物の気配がありませんね。こんな不吉な場所に、そうそういるとも思えませんけど」
植物の一本すら生えない荒野を見回し、ルナはつぶやいた。
全く持って生き物らしい生き物に出会わず、パーティーはかれこれ三時間は散策している。
ここは不毛の荒野。むき出しの岩石と砂がどこまでも続く、まさしく不毛の地である。毛も無い。
それを実証せんとばかり、巨大な怪物の遺骨が無数に埋もれている。
「ホントにこんなところにいるの? そのお馬さん」
ルナのバットを調整しながらレッシィが問う。
流石に三時間もうろついているだけでは、彼女は耐えられないのだろう。
「いると信じて探すしかないわね。目撃証言もあるくらいだし」
メルが全員に見せた紙には、その赤い馬の絵が描かれていた。
引き締まった筋肉質な体躯、シックなワインレッドの毛並み。一度見たら忘れられないであろう。
そんな馬が見当たらないということは、ここにはいないのでは…
ルナがそう思って外を眺めた時だった。前方に生き物らしきシルエットが見える。
その瞬間に砂嵐が止んだ。果たして馬車の数メートル先、まさにワインレッドの馬の後ろ姿が見えたのである。
閉まらない言い方をすると、要するに馬のケツが佇んでいたのである。
「あれだ…!」
「うん。ルナ、行っておいで」
「はい!」
ダイアンに促され、ルナは調整の終わったバットをレッシィから受け取り、馬車を降りて駆けだした。
すぐさま馬の隣に並び、見事な馬体を見上げる。毛並み、筋肉、肌の艶やかさ、どれをとっても超一級の馬だ。
思い出すのは現実世界での愛車、ストライクハート。あのバイクが馬になれば、まさにこの姿になるであろう。
もしや…とルナは思った。
「バイクなんかの乗り物は、ファンタジーだとよく馬に例えられる。馬、赤い毛並み、速度…そうか」
馬の背に触れ、あえて言葉で呼びかける。もし自身の推測が当たっているなら、言葉を理解できる可能性もあった。
「あなた、ストライクハートね!? そうでしょう! この美しい赤と屈強な体躯、絶対そうだわ!」
傍から見ると、馬に話しかけるちょっと…そこそこ…頭のおかしな美少女である。
その様子はダイアン達にも見て取れた。が、見た目モフモフ獣のトラゾーを知る彼女たちは特に心配していなかった。
果たして馬は振り返り、ルナの存在を認め、いなないたのである。
「ばひひ~~~ん」
鼻が詰まっていそうなしわがれ声で。ガタガタと腰砕けになったルナは、馬の足元につんのめった。
「ちょっ、はっ、はぁ!? なに今の、入れ歯を食いしばった健康な老女のようないいななきは!?」
「ぁんだい、文句あんのかい! あたしゃピチピチの二十八歳だよ! ババアだよ!」
「ピチピチのババアという矛盾! しかも喋っ …………これは今更ね」
「いまさらですフニ」
けだものが話すことに対し、最早この短時間でルナは慣れ切ってしまった。慣れとは恐ろしい物である。
気を取り直してルナは立ち上がり、馬と向かい合った。
改めて見ると、確かに体格は優れているのだが、顔の周りは若干シワが多い。
しかも歯の隙間をベロと蹄でシーハーしている。挙動はむしろババアよりおっさんの方に近い。
ちなみに馬の年齢を人間年齢に換算する場合、まず四歳までを人間の二十歳、そこから先は一歳ごとに三ずつ足していく。
二十八歳ということは、馬の四歳=人間の二十歳に三×二十四=七十二を足し、人間年齢九十二歳。
ウソつけ、とルナは健康そのものの馬体を見上げながら思う。
「それにどこの馬を探してんだかしらんけどね、馬違いだよ馬違い!
あたしゃスマッシュシンゾーってんだよ!」
「ついに本編と関係無い名有りキャラまで出てきた!」
「二十世紀後半の競走馬めいた名前だな」
ダイアンがこっそり感心。なるほど、確かに古き良き昭和の時代を感じる命名だ。
(この世界に昭和という元号があるのはおかしい? そんなことは私の管轄外だ)
そう思いつつ、ルナはシンゾーの名を内心で反芻する。スマッシュとストライク、心臓とハート。
名前は違うが何となく意味は通じるところがある。
(よく似た単語使いやがって…っ!)
「………ええと。シンゾーさん、単刀直入に頼みたいことがあるんだけど、いい?」
「手短にね。あたしゃこれから惚れた女を抱きに行くのさ」
「お元気だな! いや、それは一旦置いといて。これから魔王をぶち殺しに行くから、手伝ってほしいの」
バイオレンスな要件をさらりと口にするくらいには、どうやら自分が荒んでいるらしいとルナは自覚する。
後ろでは、そんな話を聞いたらしいダイアンとメルが何やら情熱的な雰囲気を醸し出している。
自分達も負けてはいられないというのか。せめて宿まで待てやコラ、と改めてルナは思う。
「魔王だぁ? あんたも良い度胸してるね」
「うーん…まあその、突然そんな事になっちゃって。さっさとぶち殺して元の世界に帰りたいので」
「なんだかワケありそうだねえ、アンタ。よっしゃ、その度胸に免じて乗せてってやろうじゃないの!」
物わかりの言いシンゾーに、ルナの表情が明るくなった。
何しろ番外編ですからね、このお話し。むやみに行数を稼ぐのもほら、人としてどうかと思いますし。
そんなわけで早めに進めましょう、シンゾーさんが仲間に加わりました!
「…女神様、生放送だりぃとか言ってるスタジオの言い訳みたいなぶっちゃけ方やめてくんない?」
「そんじゃお嬢さんや、名前を聞いておこうかね」
「ああ、はい。アタシは富士見ルナです」
「そんじゃあルナお嬢ちゃん、早すぎて腰抜かすんじゃないよ!」
そう言ってシンゾーはかがみ込み…
「ウマンスフォ~~~ム!!」
ガ ゲ ギ グ ゲ ゴ ガ ゴっ。
何と、掛け声とともに馬威駆へと変形したのである。
漢字表記ならさしずめ馬変形というところだろうか。
またしてもガタガタと腰砕けになり、ルナは勢いよく尻もちをついてしまった。
いくらファンタジーでもこれは無いだろう…という現実が目の前にある。ルナのキャパオーバーは近い。
「ナニコレェ」
「あたしゃ走るときはいつもこうなんだよ。文句があるっつうなら、乗らないでさっさと帰りな!」
「…ぃぃぃいや乗せてもらいますけど! ぜひお願いしますけど!」
彼女がいなければ魔王を斃せない…その想いだけで必死に足腰を支え、ルナは何とかシンゾーの背にまたがった。
「あ、乗り心地は良いんだ…」
「しっかり捕まっておいで。さあ、闘いだよォ!!」
そう叫ぶと、シンゾーが走り出した。土煙を上げて初手からトップスピード、時速二八〇〇キロである。
ダイアン達は半ば呆然と見送ることしかできなかった。
土煙が晴れたところで全員が正気を取り戻し、ダイアンが号令をかける。
「よし。我々も行くぞ」
「フニ~」
トラゾーが手綱を引くと、馬車馬はのこのこと歩き出した。
一方、音速の二倍以上の速度で走る馬威駆モードのシンゾーは、既に魔王城の目の前まで来ていた。
群がる怪物を衝撃波で蹴散らし、衛兵を空の彼方まで吹き飛ばし、妨害用魔法トラップも発動前に壁ごと粉砕。
その速度だけで魔王城は崩壊…最早ただの石の山と化しつつあった。
そんな中、城内放送で魔王サナダムシの声が響く。
「ワッハッハ。よく来たな小娘、ワシが魔王サナダムシだ」
ルナの耳には、あまりにも聞き覚えのある声であった。現実でも色々と迷惑を掛けられた因縁の敵の声によく似ていた。
「どうだ小娘、ワシに従うなら世界の土地の半分を受け取る権利をやろう。悪い話では」
しかしその放送の途中で、シンゾーは巨大なドアをドバッと粉砕し、魔王の間に到着した。
【魔王サナダムシがあらわれた! HP999999/999999】
そしてそこで待っていたのは予想通り、元機動部隊第八分隊隊長ダニー・シラノ・サナダの顔と肥満体であった。
ここにきてついに、キャパオーバーのルナの暴力衝動が爆発した。
「おぉぉぉぉ前かぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
「ばひひ~~~~ん」
老いたいななきとともにシンゾーが加速した。既に時速二八〇〇キロを越えた上での加速であった。
当然魔王に逃げる隙など与えられず、見事に正面衝突。壁を粉砕し、奥の寝室まで転がり込む。
「しゅどばっ!!」
【魔王サナダムシをたおした! HP-6981/999999】
奇怪な悲鳴を上げ、サナダムシは床にぼてぼてと転げた。
シンゾーを止め、ルナは降りて金属バットを背中の鞘から抜き出す。
両目が危険なレッドシグナルを発し、吐き出す息はゴシュゥゥゥと蒸気を上げていた。
失神から目を覚ましたサナダムシに迫り、バットを肩に担いで構えた。
その背後には馬に戻ったシンゾーが立ち、楽しげに成り行きを眺めている。
「こぉんの野郎ォォ~~~…ただでさえヤケクソ夢に出てきやがってぇぇぇ…ッ」
「ヒッ… わ、ワシ、お前に何かした!?」
「毎日毎日毎ッッッ日、アタシのことをバカにしくさった、くっっっっそ親父ィィィ~~…」
憎悪と怒りに満ち満ちて殺る気メガマックスのルナを見て、サナダムシは一瞬にして絶望した。
この女に話は通じない。誰か知らないがそいつは別人だと、ごく理性的な話すらも。
サナダムシはこっそりルナのステータスを覗き見た。
富士見ルナ
職業:マッドポリス
レベル:59
HP:3250 MP:150
ちから:そくていふのう すばやさ:そくていふのう ぼうぎょ:524
まほう:325 きようさ:498 こううん:350
スキル:【暴力警官の一人見本市】
自分が犯罪者とみなした相手に対し、与ダメージ+1500%
これに更にパーティーリーダーのスキルによるバフがかかっている。
数値からしてバケモノの上、それがさらに強化されている。すばやさも測定不能だ、逃げられないだろう。
「や、やめ…やめて! たすけて! 人違いだ!」
「覚悟すんのねぇ、この…」
「わああああ!」
必死に逃げようとするサナダムシの悲鳴を、ルナの怒りの絶叫がかき消した。
「ド外道がぁぁ~~~~~~っ!!」
ドゴォーーーーーーーーーンッ…
魔王死すべし慈悲は無い。女神として、これを止めるのは倫理に背く行いなのです…
遅れて到着したダイアン達が目にしたのは、サナダムシのケツをがっつんがっつんタコ殴りにしているルナの姿だった。
サナダムシは最早戦闘不能、こっそりステータスを覗き見るとHPがマイナス8ケタで、さらに一秒で五万ずつ減少していった。
流石にこれ以上は酷だろうと、ダイアンとメルがルナを後ろからフルネルソンで止めた。
「ルナちゃん、魔王のお尻が二つに割れているわ。もうやめてあげて」
「そうだぞルナ。それ以上割っても喜ぶのは牢屋の男たちだけだぞ」
「この野郎のケツなんか十億や二十億にでも割ってやりますよチクショー!!」
「ばひひ~ん。悪党なんだからケツを割ってやるくらいいいじゃないのさ」
楽しそうに笑うシンゾー。
「そんじゃ、あたしゃ行くよ。また会う日までアディオス!」
「ども。お疲れ様」
ルナに見送られ、シンゾーはまたしてもウマンスフォームからの馬威駆モードで駆け抜けていった。
一方で魔王の尻はいくつに割れた物か、既に蟲の息であった。
レッシィとライとトラゾーも手伝ってどうにかなだめると、ルナはようやくバットを下ろした。
どう考えても本来の耐久力を無視した扱いをされながら、バットは全くの無傷であった。
「……あれだけがっつんがっつんしたのに全然壊れてない。レッシィ、そのバット何でできてるの?」
「にゅふふふ」
「フニ~」
ライが恐る恐る尋ねても、レッシィとトラゾーは笑って答えるのみである。
この瞬間、ライは親友に初めて恐怖を覚えたのであった。
ルナは殺意をおさめ、戦闘…否虐殺が(一応生かしてはおいた)完了した直後。
ぱらら↑ ぱっ↓ ぱぷぇ~↑
奇怪な音楽が流れ、頭上に「ALL CLEAR!」の字幕スーパーが出てきた。
VHS時代を知る者には懐かしく、知らない若年層には存在の必要性が感じられない(偏見)アレだ。
どうやら魔王を斃したことで、元の世界に戻れるらしい…安堵したルナの脳裏に、またしても女神リリアウラの声が聞こえた。
「ルナさん、お疲れさまでした。これでこの世界は平和になりました」
「いいもん見せてもらったご褒美じゃなかったっけ? すんごい疲れたんですけど」
「それは申し訳なく思っています。まさかあんな魔王だとは露ほども思わず…」
ウソつけと思ったが、とりあえず我慢しておいた。
「で、これで終わりなのよね?」
「はい。皆さんのお話はここまでとなります」
「じゃそろそろ…」
「お詫びにっ」
帰りたい、と言おうとしたところで、女神リリアウラはルナの言葉を遮った。
嫌な予感。思わずルナはバットを構え、リリアウラを止めようとしたのだが―――
「お詫びに―――異世界生活、二週目をお楽しみください!」
残念、女神の方が速かった。再びルナの背後にブラックホールが出現し、吸い込み始める。
ルナは思わず空中で平泳ぎを始める物の、空間に水のように抵抗力があるわけもない。
「いやっ、だから、いらないって! アタシは帰りたいんだっつの!」
「大丈夫です! 今度こそ楽しいですから!」
「だからやめっ…あっ! あーーー!!」
「ではごきげんよう~」
またしてもハンケチを振り、女神がルナを見送って…
「おわぁっ!!」
ルナはガバリと身を起こした。周囲を見回すと…地上に移した九.五係のオフィス、プライベートルームだった。
両隣にはまたしても、レッシィが右腕、ライが左腕にしがみついて眠っていた。枕元にはトラゾーが丸まっている。
異世界だの魔王だの、やはりそんなものがあるわけはないのだ。やはり夢だった…ルナは安堵のため息をついた。
つられて目が覚めたのか、レッシィとライが起き上がる。
「どしたんですかぁ、ルナさん…」
「あー…何でもないのよ。ちょっとイヤな夢を見ただけ」
「もちょっと寝ゅ~」
寝ぼけた二人はルナを引っ張り、ベッドに引きずり込んでしまった。
「わかったわかっ… いや起きなさいよ! 今日仕事の日!」
が、ルナは再び起き上がった。枕元の時計は出勤時間の一時間ほど前を指している。
やむなくレッシィ、ライ、トラゾーは起き上がった。いつも通りの日常に帰ってきたと、改めてルナは実感した。
着替えると朝食の時間だ。テーブルに付き、ルナは先ほどの夢の事をメンバーに語って聞かせた。
「異世界転移か。面白い夢だな」
「魔法使いとかドラゴンとかも出てきたの?」
「ええ、まあ…そんな感じです…」
興味がわいたらしいダイアンとメル。が、あのようなアホらしい夢の話で夢を壊すわけにはいかず、ルナは曖昧にうなずいた。
その両隣からはレッシィとライが話の続きをせがむ。
「トラゾーも出てきた?」
「わたし達、異世界でどんなお仕事してました?」
それぞれトラゾーが出てきて二本足で立ち上がり会話したこと、五人と一匹で旅をして魔王を斃したことを話す。
二人は目を輝かせ、より詳細に話を聞こうと食いついた。レッシィはトラゾーとの言語による会話も試みたが、帰ってきたのはいつもの鳴き声だった。
「フニ~」
どうやら第六話で話していたことには気づいていないらしい…ルナは複雑な気分になった。
とりあえず朝食を終え、歯磨き洗面を済ませると、ルナはレッシィとライとトラゾーを伴ってオフィスを出た。
この日はドルフらも交えて、ポリスの新しい武装案のプレゼンを行う予定だ。
二人と一匹をマシン整備室に送る途中、ヘイディが迎えに来た。
「ルナ先輩、おはようございます!」
「ん、おはよ」
そういえばヘイディは夢に出なかったな…と思い出す。
あんなアホらしい夢の犠牲になることもあるまい。ルナはそれで良いと思いなおした。
「レッシィさん達をお迎えに上がりました!」
「ええ、お願いね。ドルフ隊長達にもよろしく」
「はい。 …あ、それと。ルナ先輩にお客様がいらしてます」
誰かと聞こうとした所、ヘイディからは一枚の紙を渡された。
文字は無い。代わりに、楕円を一部切り取ったような形の曲線が二本描かれていた。
どうもインクか何かで付けた物らしい。何事かと気になって、客が待っているという正面玄関まで向かった。
突然の来客…根拠は不明だが、不穏な予感にルナの足取りは重くなる。
しかし待たせるわけにもいかないと、どうにか足を運び、玄関に到着。
そこにいたのは、真紅の馬…そして隣には栗色の毛並みの、もう一頭の馬がいた。
「ばひひ~~ん」
しわがれたいななきに、ガタガタの腰砕けになったルナはまたしても転倒した。
目の前にいるのは夢の中の馬であるはずのスマッシュシンゾー、そしてその伴侶らしきメスの馬だったのである。
「なっ……なぁ~~~…!?」
「なぁ~にをズッコケてんだい! ちょっとの間でも盟友だったあんたに、あたしの嫁を見せてやろうってんじゃないのさ!」
「シンゾー様、こちらのお方が貴女を乗り回したと…?」
「そうともさ! そしてバットで魔王のケツを二つに割って、片づけちまったのさ!」
「まあ、何と勇ましい!!」
シンゾーがケタケタ笑い、伴侶の馬はすっかり感心してしまっていた。
二頭は呆然としているルナの手を取り、無理やり握手を交わすと、邪魔したねと言って背…ではなくケツを向けた。
「じゃあまた会おうかね、お仕事頑張るんだよ! さ、行こうか」
「はい!」
「「ウマンスフォ~~~ム!!」」
ガ ゲ ギ グ ゲ ゴ ガ ゴっ。
二頭は馬威駆モードに変形し、急加速でその場を去ったのであった。
残されたルナはぺたりと座りこんだまま、微塵も動けなかった。
「えぇ…夢が…現実を…侵略……!?」
「どうしました、富士見隊員?」
その後ろを、これからプレゼンに向かうのだろうスタンツマンとドルフが通りかかった。
二人とも心配そうにルナを見ているが、呆然自失としたルナは二人の存在にも気づかない。
やがて数秒たち、状況をやっと理解したのか、ルナは動き出した。両手で自らの頭を抱えたその顔は、何とも言えない顔であった。
「い……」
「い?」
首をかしげるドルフ。そんな彼を半ば無視して、ルナの絶叫が署のロビーに響いた。
「異世界なんて、もうイヤぁ~~~~~~~~~っ!!」
はい、おしまい☆
―――EX-FILE2.完―――