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【完結】爆装特警クィンビー  作者: eXciter
本編
20/23

FILE6.[ラストファイト・フォー・ジャスティス]④



 シティポリス署、署長室。そこにはルナとサナダ、そしてイーストシティポリス署の署長がいる。

ルナは一応銃こそ持っている物の、SMSではなく通常の制服であった。サナダもそこは同じだ。

そして緊張感を持って二人が睨み合う中、署長はサナダの後ろで一人怯えていた。

署長という大役を担ってこそいるが、実際の所、彼は臆病な人間であった。

ルナとサナダの間の距離は三から四メートル。SMS抜きではすぐに近づけない距離だ。

ルナはQスマートを操作し、逮捕状の画像をサナダに見せた。


 「ダニー・シラノ・サナダ元第八分隊隊長、ならびにイーストシティポリス署長ゲイジ・マッカーディ。あなた達を逮捕します」


 浮かび上がった逮捕状の画像を見て、サナダは鼻で笑った。いつも通りの見下す視線をルナに向けて。


 「容疑は何だ。私は潔白だぞ」

 「犯罪組織『キング・スコルピオ』との癒着。

  九.五係オフィスへの不正な捜査および隊員への暴行任務の発令。

  そして―――」


 ルナは逮捕状の表示を切った。

これから彼女が告げようとしているのは、ある意味ではスコルピオとの癒着より恐ろしい、サナダの罪である。

向き合うには勇気が必要だった。ルナにも大きく関わっている…否、彼女が生涯逃れられない出来事であった。


 「―――富士見 英雄、ならびに富士見 愛依。二人の警官を殺害した容疑で」


 警官殺し。同期入隊の二人、ルナの両親を殺害した罪。

宣告を聞いた直後、サナダは黙り込み…そして噴き出すと、高らかに笑った。


 「フ、フッ…ハハハ…何を言うかと思えば! 私が殺人? 妄想も大概にしろ。

  何だ、あのメスブタ共に毒されたか…おかしな連中だからな、まあそれも仕方あるまい」


 心の底からサナダを殺したい気分になったが、九.五係への罵詈雑言は一旦聞き流すことにした。

ルナは再びQスマートを操作すると、今度はログの文字列が空中に投影された。

日付、時刻、地点、その他さまざまな数字が羅列している。


 「これはある地点で撃った拳銃のログです」

 「…スコルピオの本部にポリス総出で突入したそうだな。その時に見つけたログか?」

 「ええ。あなたも覚えがあるはずです」


 ルナの言葉に、サナダは一言も返さなかった。否定を返さないという意味では、肯定を意味する返答であった。


 「あなたの拳銃のログです」


 シティポリスが持つ拳銃は全て電子制御式、かつ使用時のログが署のサーバーに残る。

だがサナダの拳銃のログは、スコルピオ本部のサーバにあったのである。


 「アタシの両親の死亡推定時刻、死亡した現場、発射された弾数と一致するログが二件。

  指紋からどちらもあなただと検出されました」

 「なるほど。それを証拠に逮捕状を取得したわけだ―――

  まあ、お前らが揃える『証拠』なぞ、その程度だろうよ」


 ルナはログの表示を切った。その程度のことなど…ログだけでは証拠にならぬことなど、ルナも知っている。

時間、場所、弾数に関してはほぼ確実な証拠になる。だが、銃を撃った人物がサナダである決定的な証拠ではない。

指紋に関して言えば、他人の指紋をコピーできる手袋も無いわけではないので、絶対に本人であるという証拠にはならないのだ。


 「まったく…困るな、逆恨みで人を犯罪者に仕立てようなどと考えられては。

  まあ私を恨む貴様の気持ちはわからんでもないが、それもこれも仕事のできん貴様が悪いのだ。

  署長、やはりこいつは懲戒免職にすべきでしょう」

 「そうだねえ。一般市民を殴り倒したんだったかね。話しには聞いていたが、暴力以前の問題だねェン」


 ねちっこく媚びるような署長の声に、ルナは吐き気さえ感じる。が、一つ深呼吸してそれをこらえた。


 「撃ってもいない拳銃のログを見せられても困る。早くオフィスに戻れ」

 「サナダ隊長。あなた本人と特定できるものがあったら、あなたは納得する?」


 苛立ちでルナの言葉から丁寧さが消えた。同時にサナダの眉間にしわが寄る。


 「私だと特定できる? 何だそれは」

 「二件のログの時刻、地点、発射弾数と一致する現地の映像があります」


 Qスマートの画面から、今度は動画が空間に投影された。斜め上空から撮影した動画だ。

ルナが入隊する三年前、西暦二一九二年の秋の夜だった。ルナの両親がライを助け出した日、その時刻の二時間後。

雨が降る画面の手前側には拳銃を構えるサナダの後ろ姿が。

そして奥側には、彼女の父…英雄が哀しげな顔で、こちらも拳銃を構えて立っている。

サナダの顔は映っていないが、肥満体の後ろ姿と身長からすぐに彼と判る。


 『サナダ、よせ。あの子を自由にしてやれ』


 英雄がサナダに問う。拳銃を構えるサナダにためらいはない。


 『お前があの子の預け先に選んだ施設、あそこはスコルピオの兵器開発工場のフロント企業だ。

  あの養護施設から出た子供は一人もいない。皆兵器開発に利用され、そのまま命を落としたんだ。

  お前は犯罪組織に、それも人殺しに加担する気なのか!』

 『黙れ。同じヒラの隊員のくせに、貴様は俺の上に常にいる。しかも他の隊の隊長まで兼ねているらしいな…

  だが…だが富士見、俺が貴様の下に甘んじるのも今日までだ。貴様を消し、この俺が分隊長の地位を手に入れる。

  安心しろ、お前の妻と子にはスコルピオに撃たれたと説明しておいてやる』


 鮮明な映像と音声で、サナダの声だとすぐにわかった。どす黒く鬱積した憎悪がにじみ出る、低く籠った声だった。


 『俺はいずれは連合の幹部になる。だが貴様がそれを邪魔する!

  そうだ、貴様さえいなければっ…!』

 『それで選んだのがスコルピオとの取引か。お前はそれでいいのか、お前なりの正義さえも捨てたのか!』

 『黙れェッ!!』


 叫ぶと、サナダは発砲した。膝を撃ち抜かれた英雄がくずおれ、うずくまる。

路面に赤い血が広がった。だが痛みより、英雄はサナダの決断に悲し気に顔をゆがめるだけであった。


 『そうやって貴様は! いつもいつも正義を振りかざして、何の悪意も無く俺の上に立っていやがる…

  貴様より能力がある俺が、貴様の下にい続けるなど、立つべき地位に立てぬなど、許せるものか!』

 『…地位が目的なのか。お前は強者でありたいのだな。そのためならば子供の命さえ、お前は踏みにじるのだな』


 英雄の口元が悲し気な笑みを浮かべた。


 『入隊からずっとチームを組んできたのにな。俺、愛依、お前でいくつも事件を解決したな。

  俺達はお前を頼りにしてきただけで、お前の心には気づけなかったんだな…。

  ―――すまない』


 正義を捨てたサナダに対しての英雄の言葉は、とても誠実な、だが最早この時のサナダには通ぜぬ謝罪であった。

激昂したサナダは拳銃を乱射した。弾丸が英雄の胸、肩、足、腕、額を貫く。

英雄の体が不規則に跳ね、仰向けに倒れた。彼はこの時、SMSどころか防弾プロテクターさえ着用していなかったのだ。

きっと説得できると、してみせると、そう決めて対峙したのだろう。

父の死に場を見届けたのは、これが二度目…一度目は先日、パンディナスを撃破した日の真夜中だった。

二度でも慣れることなく、愛した父が斃れる姿を見るルナの胸中は、暗く沈んでいる。


 そしてサナダは英雄の遺体に近づき、足蹴にして起き上がらぬことを確かめた。

彼は周囲を見回した。無人であることを確かめたのだろう。だが、背後には震えながら歩み寄る姿があった。


 『さ…サナダくんっ…! 何ということを…ひっ…ひ…』

 『見ましたな、署長』


 振り向いたサナダはマッカーディの肩を掴んだ。ここでサナダの顔が映る。

そして、そこに更に現れたのは、長身で細身の男―――リヒテル・砂生だった。


 『やあやあ、ご苦労様です隊長さん。見事な手際でいらっしゃいましたね。

  しかも署長さんが釣れましたか。また何とも幸運な物で!』

 『き、キミは誰だ! 一般人が何故こんなところにいるんだ!』


 及び腰のマッカーディは、しかし脆弱な肉体ゆえにサナダから離れることなど叶わない。

リヒテルは署長の背後に回り、抱きすくめて耳元でささやいている。

小さな声が聞こえたのは、マイクの集音性能の異様な高さ故であった。


 『一般人ではないからですよ、署長さん…詳しいことは僕の家でお話ししますから。さ、いらっしゃい』

 『署長、最早逃れられませんぞ。あなたも一蓮托生だ』


 リヒテルとサナダが署長を連れ、立ち去ったところで映像が切れた。

ガタガタ震える署長を背に、怒りで沈黙していたサナダが口を開く。


 「どこで手に入れた」

 「有志からの提供。…データ保存元は、さっき言ったでしょう」


 ルナはサナダの腰を指さす。ホルスターに収められた―――


 「あなたの拳銃よ」


 電子制御式の拳銃と連動し、付近の監視カメラが録画し、拳銃に映像としてダウンロードしたのであった。

シティポリスの不正を防ぐため、使用者の異常な精神状態をバイタルサインから感知。

最も近いカメラに通信を送って状況を撮影、拳銃に動画をダウンロードする。そして拳銃使用時のログとは全く別に保存される。

 英雄の妻にしてルナの母、愛依が密かに開発したシステムだった。

巨大な犯罪組織がシティポリスを蝕む可能性を、彼女は危惧していたのだろう。

だが支給品は更新され、今ではどの銃にも搭載されていない、当時だけのシステムだ。

サナダはこれに気付かず、動画は三年間保存されたままだったのだ。


 そしてこのデータを吸い上げたのが、スコルピオの本部に囚われていたライだった。

彼女が咄嗟に作った吸出しのアプリは、本部のサーバのみならず、それに一度でも接続した全ての端末からデータを吸い上げていた。

無論サナダ自身の個人用タブレット、そしてスコルピオにログを送信したサナダの拳銃からも。

ドルフが見つけた当時の拳銃使用ログと状況が一致し、そしてライが聞いた声と声紋が一致する、唯一の映像であった。


 「……樹 ライか。あの時砂生にもっと注意を促すべきだったな…」

 「もう一本。母を撃った時のもある。メディアにはあなたの逮捕後に公開するわ。

  逃げられない。素直に自首しなさい、ダニー・シラノ・サナダ」


 ルナは英雄殺害時の映像を終了させようとした。

だがその直後、ブツリと音を立てて画面が突然ブラックアウトした。

操作の覚えもなく電源が落ち、しかもQスマートが煙を上げたことに、ルナは目を見開いた。

画面を操作するが、何の表示もされない。内部の回路が焼き切れたようだ。


 直後、ドアがロックされた。さらに拳銃の発砲音が響いた。

咄嗟に避けてルナ自身も銃を構えるが、指を添えたトリガーの動きが異様に硬い。撃つことはできないだろう。

ルナはサナダの手元を見て、事情を理解した。彼の掌中には小型のスイッチがある。

そのスイッチを持って電磁波を発生させ、Qスマートも電子制御式の銃も動作不能にしたのだ。


 「一家で揃って俺の邪魔をする」


 サナダは血走った眼を見開き、ルナに銃口を向けた。

ルナの運動神経があれば銃弾は回避できるが、それでも銃を持つ時点でサナダの方に分があるのは明らかだ。

迂闊に動けぬルナの前で、怒りで赤黒く染まった顔のサナダが銃の安全装置をオフにする。

先刻の映像にも映っていた銃。両親を殺害した銃だ。


 「貴様の父と母もそうだった。毎度毎度正義を振りかざし、俺のやることなすこと否定してきた。

  邪魔だったんだ…だから消してやったのだ」

 「あなたが犯罪組織なんかと組んだからでしょう。 …いえ、逆なのね。

  高い地位が欲しいのに、父と母の存在で自身の能力が認められず、昇格の話が一度も無かったから組んだ…」


 息も荒く、サナダはルナの目を睨みつける。

彼の行動原理…それは「力の誇示」であった。

分隊長になれたと言うことは、少なくとも署長以外にも彼の功績を認める人物はいた。

サナダは決して無能ではないはずなのだ。だが、ルナの両親の活躍と人格の前に、それはかすんでしまった。


 数年間それが続き、怒りは鬱積し続け、結果、彼は踏み切った。

構成員を逮捕させてスコルピオに絡む犯罪者の逮捕件数を増やし、代わりに一部の設備を融通する取引に。

『自称十年もの』のバイクはその一環であり、シティポリスの弱体化にもつながった。

それは富士見夫妻への憎悪に燃える彼にとって、好都合でもあった。

そのような状況で逮捕件数を増やした結果、彼は分隊長の地位を手に入れ、ポリスの腐敗の温床になりうる第八分隊を発足した。

マシンの選定も、署長のマッカーディに指名されて引き続き行った。


 「そうだ。そして今度は俺が、貴様の両親を否定し続けてやる。

  正義などという綺麗ごとも、奴らが守ろうとしたシティポリスの正義も。貴様の存在もな!」


 コンプレックス故に凶行に走ったという点では、フレデリック・ジェイソンとよく似ていた。

だがサナダの場合、ジェイソンのように露骨な犯罪行為に出ないあたり、だいぶ狡猾であった。

唯一にして最大の誤算は、ルナが異動したことくらいだろう。それが引き金となり、真相が明るみに出たのだ。


 「…それでアタシを第八に置こうとしていたのね、飼い殺しにするために。

  隊員がゴミばっかりだったのは、アタシのやる気を削ぐこと、そして役に立たない部隊と見せかけることが目的」

 「おかげで色々とうまく行っていたのだが、よりによって貴様の父が設立した部隊に引き抜かれるとは。だが」


 会話の間も、サナダの銃口はルナの額に向けられていた。


 「ここで貴様を殺せば済むことだ。貴様の抵抗に遭ってやむなく射殺するのだ、仕方あるまいなあ。

  仮にここから出られたとして、貴様の端末の中のデータは今ので消えた。

  何を言っても証拠など存在しない。俺の逮捕などできんのだ、バカめが!」

 「ふ、ふ、富士見君といったね…まったく、キミたちが黙っていてくれれば、何もこんなことにはならなかったんだよ!

  余計なことをして命を縮めたのはキミ自身だからね! キミの責任だ!」


 暗く笑うサナダと卑屈に笑うマッカーディを、ルナは交互に見た。

ルナは自首を促した。証拠も見せて、逃げられぬと警告した上でのことだ。

だが彼らは、自首どころかデータを消し、ルナをここで殺害しようとしている。


 かつて父と母は、彼らを仲間と信じていた。彼らにも正義感があり、だからこそシティポリスなのだと。

だが、署長もサナダも、そんな両親の信頼をとことん踏みにじった。

サナダは劣等感を解消する術を自ら放り捨て、マッカーディは彼の罪を隠匿し続けた。


 コンプレックスを抱くことも、それを捨てられぬことも、人間ならいくらでもあり得ることだ。

だがそれを、彼らはシティポリスに、そして無辜の人々に向ける悪意と化した。

最早赦せる相手ではない。だが、怒りすらも胸の内には湧かなかった。

両親はどちらも、彼に悲しい笑顔を向けていた…その意味が、この時ルナにも分った。


 (―――こういう人たち、なんだ)


 それは、最早彼らは更生できぬという失望だった。

ルナはQスマートを口元に寄せた。


 「だそうです、ボス」


 電源すら入らないはずのQスマートで、ルナが外部に連絡を取っている。

慌てるでも焦るでもない落ち着いた声に、サナダも署長も訝る。

電磁波で故障させたはずではなかったのか―――彼らの疑いは、返答があったことで確信に変わった。


 『了解した。ドアはロックされてる?』

 「されてます。破壊してください」

 『任せろ。監査部隊を連れて行く、あと五分くらいでそっちに着く』


 そこで通信は終わった。Qスマートを下ろしたルナを、サナダは正面からにらみつける。その額から汗が流れた。

ここでの会話がすべて聞こえていた。それも本部から送られた監査部隊に聞こえていたと知り、サナダはここで初めて狼狽していた。


 「どこに連絡した」

 「我らがボスに」

 「何故連絡できた。端末は使い物にならないはずだ」

 「ウチには超天才児がいますので。たかだか電磁波程度じゃ故障しませんよ」

 「…子供だからと手を抜いたか、あいつらめ。確実に殺させておくべきだった」


 この一言で、彼は九.五係への不正な捜査…すなわちライの捕獲やレッシィへの暴行任務発令を、自ら認めたのである。

五分で監査部隊が来ると知り、マッカーディはパニックになって震えていた。

だがここで全て諦めるほど、今のサナダは冷静ではなかった。

彼は銃を下ろさなかった。そして、指はトリガーにかかったままだ。


 「殺してやる…貴様だけでも……」


 ここでルナを殺害すれば、罪がより大きくなるだけだ。しかも監査部隊によって、ルナが銃を使えないことも判明するだろう。

だが頭に血が上り、サナダはその程度のことを判断する能力さえ失っていた。

ただ憎悪をぶつけるために、彼は引き金を引いた。

―――そしてその音を、その動きを、ルナは逃さなかった。


 「だらぁああッ!!」


 数メートルを一気に踏み込む。頬の横を弾丸がかすめる音が聞こえた。

突発的な行動にサナダは驚愕し、その身を一瞬だけ硬直させる。ルナにはその一瞬だけで充分であった。

銃弾に対するクロスカウンターの拳、徒手空拳格闘術(ステゴロ=アーツ)の一撃が、サナダの顔面を陥没させる。


 「ぶげぇぇっ!!」


 サナダは無様に転倒し、座り込んだマッカーディの股間に顔面を突っ込んだ。鼻血と折れた歯が署長のスーツを汚す。

その署長はと言えば、座り込んだままヒィヒィと息を荒げていた。


 「ひ、ひっ、ひぃぃやああああ!」


 彼の脆弱な体でルナに抵抗するなど考えるべくもなく、失神寸前ですらあった。

ルナは制服のポケットから手錠をだし、サナダの両腕と両脚を、そして署長も同様に拘束した。

無慈悲な金属音に、彼らは自身の目論見が潰えたことを、ここで理解した。


 「シティポリス署署長ゲイジ・マッカーディ、ならびにダニー・シラノ・サナダ元第八分隊隊長。逮捕します」


 丁度その時、監査部隊がドアをチェーンソーで破壊して入室してきた。先頭にはダイアンがいた。

監査部隊は白い制服を身にまとっている。不正を行ったものに対する威嚇効果があるという。

隊員の青年がルナの前で歩みを止めて敬礼した。その間に他の隊員がサナダと署長を引き立てた。


 「監査部隊隊員、清志(きよし) 浄一郎(じょういちろう)です。

  富士見隊員、この度の映像と音声(・・・・・)のご提供および逮捕、感謝いたします」


 ずいぶんと綺麗好きそうな名前であった。よく通る声に身なりも整っており、きびきびと動く。

若いながら監査部隊にふさわしい人物だ。ルナも敬礼を返す。


 「ご苦労様です。後はよろしくお願い―――」

 「富士見ィ!!」


 サナダが醜く腫れあがった顔で叫んだ。歯を何本か失ったため、発音が若干不明瞭になる。

映像と音声の提供と聞き、先ほど見せられた英雄殺害時の映像を思い出した彼は、激昂して口から唾を飛ばしていた。

既にあの映像は、連合本部に送られていた…サナダはついに決定的な証拠を握られた形となり、最早悪罵を吐く以上の抵抗などできなくなったのである。


 「殺してやる! 殺してやる! 殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる殺してやる!!」

 「……殺人予告に入ります、これ?」


 憎悪の叫びに、しかしルナは呆れながら清志に尋ねるだけであった。そして清志の回答も、どこまでもドライであった。


 「入りますね。しかも八度も」

 「自分から罪状をオカワリしたんですね、もう手に負えないや。じゃ、あとよろしくお願いします」

 「わかりました。では」


 監査部隊はわめくサナダと失神寸前の署長を連れて出て行った。

ルナはケイ素成型ガラスの窓を開け、都心のビルに設置された大型ビジョンに映るニュース番組を見た。


 『これは、ダニー・シラノ・サナダ元第八分隊隊長による殺人の映像です』


 ライが手に入れた映像は、彼らが逮捕された直後にメディアに送信されていた。

そしてこのニュースによって、サナダと署長、スコルピオの癒着の真実が白日の下にさらされた。

シティポリスのみならず、顔も声も隠すことなく、全ての一般市民に知られた。

更に、彼が先ほどルナに告げた言葉―――『邪魔だったんだ…だから消してやったのだ』―――も流れた。

偽りの功績も、ルナの両親に対する憎悪も、犯罪組織との癒着も。全てが潰えた。

廊下を引きずられるサナダの、醜く汚らしい絶叫が聞こえた。


 それを見送り、ルナは大きく息を吐いて窓に寄りかかった。窓から街を眺めると、髪が風になびく。その肩をダイアンが軽く叩いた。

ルナの指先がQスマートに触れ、何度かこすってから、何かをつまんだ。

一見すると何も見えないが、よく見ればうっすらと薄い膜が光っている。

 レッシィ特製、対電磁波用防護膜だ。端末全体を覆う、あらゆる電磁波を防ぐ極薄ラバー製のカバーである。

薄さは二万分の一ミリ。そのため、電磁波を防ぎながらも通信には全く支障が無い。

念のためとルナがレッシィに頼んだものであり、期待通りに役割を果たしてくれた。

先ほどの煙が何かと言えば、表面に仕込んだ火薬玉…十九世紀か二十世紀のオモチャの火薬だ。


 「お疲れ様、ルナ」

 「ボス… 監査部隊って、連合本部直属ですよね。どうやって動かしたんです?」


 逮捕の最中、気になってはいたものの口に出さなかったことをルナは尋ねた。

答える代わりにダイアンはQスマートを操作した。表示された階級証は―――

国際警察連合本部監査部隊隊長、ダイアン・ゴールディ。


 「………っえぇ!? うっそ、ボスめちゃめちゃ偉い人だったんですか!?」

 「まあね。黙っててごめん、こっちに来たのは富士見隊長の依頼なんだ。

  内部監査にあたって九.五係への入隊。隊長職は正式に引き継いだ」

 「そうだったんですか……」

 「君が入隊したと知った時は驚いた。娘さんの話はよくご夫妻に聞かされてたから」


 ダイアンはルナにならび、窓から真昼の街並みを見下ろした。

自動車が道路を走り、ビルの窓に太陽の光が反射する。何人もの市民が生きる街、イーストシティのいつもの光景だ。


 「ただ、再三言うけど…君を異動させたのは隊長の娘だからじゃない。

  君自身の凶暴な正義感が必要だったから。それだけは本当だ」

 「別に、責めてるわけじゃないですよ。ビックリしただけです」

 「なら良かった。知ってるのはメルだけだったから、二人で君たちを騙してるんじゃないかと気になってたから」

 「というか、隊長自身が内部監査って。よく通りましたね?」

 「むしろ隊長だからこそさ。現場を見てみたかったからね、つい職権濫用しちゃって。

  挙句、君のお父様にお願いして部下にしてもらった…というわけ」


 あっけらかんと言うダイアンに、ルナもつい笑ってしまった。

この決断力と行動力、どちらもあってこその九.五係隊長…ボスことダイアン・ゴールディである。

ダイアンは窓から離れ、ルナの背中を軽く叩いた。


 「さ、寮に戻ろう。皆に詳細を報告しないと」

 「はい!」


 二人は揃って署長室から出た。




 男山モータース社員寮の食堂で、メル、ドルフ達三人、そして若葉教授が待っていた。

全員にサナダ逮捕の経緯、そして監査部隊が今後組織の再編成を行うことを説明すると、若葉教授がつぶやいた。


 「―――良かった。もう罪を重ねることはないのね」


 心の底から安堵した声と表情だった。

離婚こそしたものの、彼女も彼女なりにサナダのことを気にかけていたのだろう。

 報告を終えて各々が労い合う中、ルナはすっかり気の抜けた表情で隅のソファに座った。


 巨大犯罪組織のボス、そして両親を殺害した犯人を自らの手で逮捕した…そこには喜びより、どことなく空虚さが漂う。

人生の中の大半を占めていたものが、一つ完全に消え去ったからだろう。

心に空いた空虚な穴は、すぐには埋められそうにない。

そんなルナの様子に気付いたメルが、隣に座る。


 「お疲れ様、ルナちゃん。すっかり気が抜けちゃった感じ?」


 見透かされたルナは、僅かに驚きを見せつつ苦笑した。


 「ママ…はい、サナダも署長も逮捕したし、第八も解体されるでしょうし、スコルピオ本部も壊滅して…

  肩の荷がどこかに飛んでいっちゃった感じです」

 「…肩の荷だった割には、第八の隊長さんの名前を憶えてなかったみたいだけど?」

 「イヤな奴の名前とか、わざわざ憶えます?」

 「憶えないわねえ」


 つられてメルも苦笑する。と、メルが何かを思い出したらしく、軽くルナの肩を叩いた。


 「そうだわ。レッシィちゃんとライちゃんがね、見せたいものがあるって。ルナちゃんに」

 「アタシにですか?」

 「そうよ。そろそろ準備ができる頃だと思うけど」


 そう言ってメルが食堂入り口を見る。ルナもその視線を追う。

と、入り口から後ろ向きに入って来るレッシィ、その背中にしがみついたトラゾーが見えた。

レッシィは後ろ向きに歩きつつ、声をかけながら誰かの手を引いているようだ。

そしてレッシィに続いて食堂に入ってきたのは―――

覚束ない足取りながら、自身の足で歩くライだった。


 「ライ…!」


 ルナが驚いて立ち上がると、他のメンバーも同様にレッシィとライに視線を集めた。

駆け寄ろうとするルナ達を、トラゾーが手を挙げて制する。どうやら、これは何かのテストらしいとルナは気づいた。


 「あのね、ライの歩行用のスーツ、作ったの。SMSの応用で。その動作テスト。

  ライがね、ルナに見て欲しいって。あたいもルナに見て欲しい」


 レッシィの言葉に、ルナ達はライの手足を見てみた…確かに両腕と両脚は薄い布で覆われている。

恐らく服の中も同様、全身を極薄のスーツで覆われているのだろう。服の下に着るパワーアシストスーツである。

それでもライは歩くことそのものに慣れておらず、あくまでも足取りは覚束ない。

だが、自らの足で歩きたいという彼女自身の意思が、レッシィの補助もあって、どうにかライの足を動かしていた。


 「ルナさん、そこで待っててください。最初のテストはルナさんにって、レッシィと二人で決めてたから…!」


 ライがそう言うと、二人はルナの一メートル手前で立ち止まり、レッシィが手を離して横によけた。

ライはゆっくり、ゆっくりと足を踏み出した。

九.五係の仲間達によるリハビリは僅かな時間だったが、それでもライの体は脚を動かす感覚を覚えていた。

脚を上げるほどの筋力も無いため、すり足になるものの、一歩ずつ少しずつ、ルナへと歩み寄っていく。


 ルナは今すぐにでも抱き寄せたい衝動をこらえ、待ち続けた。

他のメンバーも同様だ。支えてやりたいのを耐えつつ、固唾をのんで見守っている。

がんばれ、がんばれと、ライの後ろからレッシィとトラゾーが応援する。

僅か一メートルの距離が、あまりにも遠い―――だが確実に縮まっていく。

一歩で進むのがせいぜい五センチ。それを少しずつ、少しずつライは進めていく。

残り三十、二十五、二十…五センチ…そして最後の一歩。ライはルナの胸に飛び込んだ。


 「ルナさん…!」

 「ライ! やった!」


 飛び込んできたライを、ルナもぎゅっと抱きしめた。

直後、集まったメンバーから歓声が上がる。ライの背後からレッシィもしがみ着き、三人で抱き合った。

ついでにトラゾーもモフモフされる。


 「わたし…わたしっ、ずっとこうやって、自分から皆に触れたかった…皆とお話ししたかった!」

 「これからはいっぱいできるのよ。歩くのも練習して、色んなところに行こう、ライ!」

 「はい、ルナさん! …レッシィも、ありがとう!」

 「にへへ、どーいたしまして! あたいもライのこと、お手伝いするね!」

 「フニ~」


 三人と一匹が抱き合う光景を、大人たちはある者はハンケチで涙を拭い、ある者は滂沱の涙を流しながら祝福した。

ルナはライとレッシィをひたすら褒め称え、一頻り撫で終わると、三人で並んでソファに座った。トラゾーはレッシィの膝に座り込む。

しがみつく二人に満面の笑みを浮かべつつ、ルナは言う。


 「しばらくは気を抜けなさそうね。ライのリハビリがあるし、ポリスの組織再編成もあるし」

 「そういえば、どうなるのかな? ウチの隊って」


 レッシィがキョトンと首をかしげた。

もともと九.五係は、対キング・スコルピオ特務部隊として、極秘に結成された隊だ。

スコルピオは既に本部が壊滅し、残るは残党狩りくらいしかやることが無い。

当初の目的を果たした以上、解散するかとルナも思っていたが。


 「もちろん存続するよ。スコルピオだけが犯罪組織じゃないからね」


 その話を聞いていたダイアンが代わりに答えた。


 「隊員もそのまま、よね? ボス」

 「もちろんさ。新入隊員は後程募集するかもしれないけど、別の隊に異動なんてことは無い。

  私が集めた最高のチームだもの、よその隊になんてくれてやる気はないよ」


 横から問うメルの肩を、ダイアンが抱き寄せた。メルの頬がわずかに赤く染まる。

もちろんその言葉の真の意味…連合本部直属、監査部隊隊長の権限で隊員の異動を阻むことだと、知っているのはルナとメルだけである。

ダイアンの答えを聞いたライが、ルナの方に向き直った。


 「っ……じゃあ…! じゃあわたし、ルナさん達と同じ九.五係で、お仕事できるんですか…」

 「そうとも」

 「うれしい!!」


 幸福そうに頬を赤くしたライがルナに抱き着く。


 「ライ…?」

 「嬉しい。うれしいです。ルナさんと一緒にお仕事できるなんて…夢みたい…!」


 ライはルナが首をかしげたのにも構わず、抱き着き肩にもたれかかった。

その表情が恋する乙女のそれだと、気づいたのはルナ以外の全員である。

ライは顔を上げ、潤んだ瞳でルナを見つめた。突然のことにルナは冷静さを失う。


 「え、ら、ライ? どういうこと? いや、私も嬉しいのは嬉しいけど」

 「わたし、わたし…ルナさんのこと……」

 「………む~~~~!」


 あわや大胆にも恋の告白か。そう思われた時、割り込んだのはレッシィであった。

レッシィはルナの空いた方の腕にしがみつく。勿論、ライからルナを奪うような強引さは無い。

あくまで自分も負けまいという主張である。真っ赤になって怒ったような顔も、ピンと立った猫耳も、怖いというより可愛らしい程だ。

が、両者の気持ちをまるで察することのできないルナは、ひたすら戸惑うのみであった。


 「ちょっとレッシィ、何を…」

 「ルナはっ! あたいのなの!!」 


 そして大胆にも告白したのは、レッシィの方が先であった。

その場にいた全員の視線が三人に集まる。大半の大人たちは何事かと数秒間首をかしげた。

しばし言葉の意味を考え、真っ先に理解したのは、二人の間にいるルナであった。


 「…………え、ちょ、ええええ!? えっ…それは…えええええ!?」


 恋愛感情というものに免疫のないルナは、二人から遅れること数十秒後に、自らも顔を赤くしてうろたえた。

一方のライはと言えば、レッシィに負けじと恋心を主張する。


 「せ、宣戦布告!? 負けないよレッシィ、ルナさんを好きになったのは私の方が先なんだもん!」

 「センセン()コクだよ!」

 「()コクですフニ」

 「フコクだよ! ルナはあたいのぜんぶ、もらってくれるってゆったんだから!!」

 「アレってそういう意味!?」


 アレとは、ストライクハートの譲渡をレッシィに迫った時のことである。

てっきりバイクを含む装備のことだと思っていたルナは、真実を知ってさらに狼狽した。

当然、そんな状態ではトラゾーの発言にも気づかない。レッシィもライも同様である。

そして少女二人がルナを挟んで可愛らしい火花を散らす中、さらに厄介事を持ち込んだのが…


 「ちょちょちょ、ちょっと待ってくださいよ! 私だって、私だって!」


 ヘイディであった。ヘイディはルナの背後からしがみつきつつ、思いの丈をぶちまける。


 「富士見隊員に憧れて入隊したんですから! 最初に富士見隊員の素敵さに気付いたの、私なんですからね!」

 「三人目ェ!!」

 「私だって名前で呼び合いたいです! 富士見隊員、いいえルナ先輩! ヘイディって呼んでください!」


 わちゃわちゃと戯れる四人を見ながら、若葉教授とメルは揃って頬を染めた。

特に若葉教授など若い頃を思い出したらしく、すっかり興奮してメルの肩を揺さぶりまくっている。


 「んま~~~ご覧になりまして? 若い四人の恋のさや当てですことよ奥様!」

 「見ましたわ! 見ましたわ! とってもホットな現場に立ち会っていますわ奥様!」


 すっかり若者の恋に色めき立つマダム二人であった。


 「胸やけすらぁ。ちょっと俺、外出て来るわ…」

 「僕もそうします」


 そんな光景を見て、呆れながら出て行くドルフとスタンツマン。

ダイアンは楽しそうに笑い、ルナの肩を叩きながら言う。


 「これは、しばらくポリスをやめられそうにないな。三人も惚れさせた責任は重いぞ」

 「交際相手がいるからって他人事扱いして! これでチームが機能しなくなったらどうすんですか!」

 「それは無い。なあ三人とも?」


 ダイアンはルナにしがみついた三人に問う。ルナは相反する回答が出るかと思っていたが…


 「「「もちろん!」」です!」


 多少タイミングはずれたものの、全く同じ回答であった。公私は使い分ける、プロフェッショナルとして当然である。

しかしそれだけに、仕事中はともかくそれ以外の時間がどうなるものやら…ルナには尚更不安であった。


 「だそうだ」

 「っだーもう! 分かったよ分かったわよ分かりましたよ、その代わり返事のタイミングはアタシが決める!

  それで納得しないならこの話は全部ナシ! はい決定文句なしね!!」


 パニックになったルナのヤケクソな叫びに、しかし三人は揃って返答した。


 「「「は~い」」」

 「…変な所で仲が良いんだから…!」


 げんなりして、ルナは忌々し気につぶやいた。それでも悪い気分ではなかった。

暴力警官として強硬に犯罪を取り締まり、それでいて同僚や隊長からは罵詈雑言ばかりの日々…

かつて所属した第八分隊の隊長を逮捕したことで、そんな苦渋に満ちた生活は本当の意味で終わりを告げた。

そして今、こんなにも愛してくれる者達がいる。


 (……気が抜けたと思ったけど、そうでもないかな)


 三人の間でもみくちゃにされながら、ルナは新たな日々に思いを馳せるのであった。



 ―――〔続く〕―――

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