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【完結】爆装特警クィンビー  作者: eXciter
本編
2/23

FILE1.[爆走! マッドポリス・ルナ]②



すると、ソファに座っていた少女が起き上がり、笑顔で美女を出迎えた。


 「ボス! おかえりー!」


 駆け寄ってボスにしがみついた少女と、ボスと呼ばれた美女のすさまじい体格差に、ルナは改めて目を瞠った。

大人と子供どころか、ボスの身長は少女の二倍近くある。

続いてキッチンにいた女性がボスに歩み寄り、荷物を受け取ってハンガースタンドに掛けた。ボスは少女を撫でながら答える。


 「お疲れ様。今日の予定は?」

 「まずその子との顔合わせ。それから施設の紹介、あとは引っ越しかな」

 「引っ越しですか?」


 ボスとキッチンの女性との会話に割り込み、ルナは尋ねた。その頭にトラゾーがもふもふよじ登った。


 「そうだよ。前の部署から知らされていなかったのかい?」

 「はい、辞令だけ」

 「…なるほど、君の第八での扱いがなんとなくわかった。つまらん嫌がらせだ」


 ボスは豊かなブロンドの髪をわしわしかき回し、苦い顔をした。

ルナはそんなボスに詰め寄る。


 「そもそも、どうしてアタシがここに異動になったんですか? 確かに第八はゴミな部署ですけど」

 「言うね…それはこれから説明する。よし、全員座って」


 ボスに促され、しがみついていた少女とトラゾーがソファに座った。

キッチンの女性はコーヒーを応接用のテーブルに並べ、その隣に座る。

両者の間に独り言の少女をボスが座らせ、自分はスツールに座った。ルナはソファの対面に座る。


 「まず自己紹介からにしようか。ではどうぞ」

 「は、はい」


 ボスに促されたルナが立ち上がる。


 「富士見ルナと申します。本日をもって九.五係へと配属されました。よろしくお願いします」


 深く礼をすると、ボスとキッチンにいた女性だけが小さく拍手をした。

続いてボスが立ち上がり、ルナの顔を見ながら自己紹介する。


 「私はダイアン・ゴールディ。この九.五係の係長をやってる。ボスと呼んでくれ」

 「判りました、ボス。よろしくお願いします」


 ルナとダイアンが握手を交わした。続いてダイアンに促されて立ち上がったのが、キッチンにいた女性である。


 「整備と経理と家事担当のメル・水江よ。ママと呼んでね」

 「はい―――ママ、さん?」

 「ええ。ママ」


 ルナの疑問の表情に対し、ママことメルは笑顔で答えた。が、その笑顔の圧力が妙に強い。


 「ママ…え、もしかしてボスとご結婚…ご婦婦(ふうふ)!?」

 「うふふ」

 「あっ、すみません。プライベートでしたね…」


 握手を交わすものの、危険な空間に踏み込んでしまったのではという不安をルナは拭うことができなかった。

そしてメルは、先ほどボスにしがみついた少女に視線を送る。が、彼女はぷいとそっぽを向いたままだった。

大人二人の視線を受け、彼女はぼそりと答える。


 「……レッシィ」


 よろしくと言おうとして差し出したルナの手を、しかしレッシィは取ろうとしない。

戸惑ったルナはダイアンの方を向いたが、ダイアンも、そしてメルも特にレッシィに握手するようには言わなかった。


 「アレッシィ・ザ・キャット、通称レッシィ。ここのメカの開発を担当している。マシンや装備のことで困ったら彼女に相談するといい」


 ダイアンの説明に、ルナは、はぁ…と答えるだけだった。

ふとレッシィの頭部に違和感を感じたルナは、目を凝らしてジッと見てみた。

頭頂部付近に左右一対、何かピコピコ動く三角形の物がある。


 (猫の耳……!?)


 一瞬仔猫の耳に見えた。髪と同じ色で寝ぐせにも見えたが、明らかに動いている。

ルナの視線に気づき、レッシィが睨み返してきた。迫力は全く無かったが、失礼にあたると思ったルナは目を逸らした。

さらにレッシィとメルの間にいる、ずっと独り言をつぶやいている少女をダイアンが紹介した。


 「彼女は(いつき) ライ。うちで預かってる」

 「預かってる? 事件に巻き込まれた子ですか?」


 独り言の少女ライは、やはりダイアンの紹介にも何も言わなかった。

ルナの姿どころか、自分の現状すら把握していないのではないか。恐らく会話自体できはしないだろう。

ルナの疑問に答えるように、ボスが説明する。


 「かもしれないね。実は私達も、この子のことは多くは知らない」

 「じゃあ何で」

 「預けたのは君のご両親だ。君には伝えてないと思う」

 「……仕事のことは話せないと、言ってました」


 突如として今は亡き両親の話題が出たことに、ルナは狼狽する。


 「ある日、君のご両親が突然ここに預けに来た。『切り札になってくれるかもしれない』とだけ言ってね」

 「切り札…」

 「詳しい説明は何もなかった。だが、お二人とも素晴らしいポリスだったから…きっと何かが彼女にはある」


 ルナは改めてライを見た。

この中の誰も見ず、独り言をつぶやきながら、膝の上で手を動かしている。やはり会話はできそうにない。

しかし両親がダイアンの発言通りのことを言ったのなら…ルナが誇る両親の言葉なら、確かな理由があってここに預けたはずだ。

 ルナはかがみ込み、自らの目線をライの視線に合わせた。


 「こんにちは」


 声をかけてみるが、やはり反応は無い。


 「………」

 「富士見、ルナです。あなたをここに預けてくれた人の娘だよ。よろしく」


 それでも、視界には入っている筈…そんな希望をもって、ルナはライに自己紹介をした。

レッシィがそれを白けた表情で、メルとダイアンは温かい眼差しで見ている。

ルナは立ち上がり、座っていた席に戻った。


 「最後に、レッシィの相棒のトラゾー」

 「フニ~」


 レッシィに抱かれたまま、トラゾーが前足を上げて自己主張した。


 「こう見えてレッシィのアシスタントもできる。そして人員の選別も行ってる。優秀な人事担当さ」

 「さっきトラゾーさんに案内してもらったんですけど…え、じゃあ、あれは」

 「通していい相手かっていう選別よ。ルナちゃんは、トラゾーさんのお眼鏡にかなったみたいね」


 メルに言われ、なるほどとルナは納得した。階段の途中にあったセンサーか何かも、恐らくはその一環だろう。

仕事を成し遂げたトラゾーがフニッとふんぞり返った。そんなトラゾーを抱えるレッシィは、まだ無愛想だ。


 「以上。君を含めた六名が九.五係のメンバーだ」

 「訊きたいことがあったら、あとで個別にね。で、ここからはここが何の部署かっていうお話よ」

 「ルナ、キミをここに異動させた理由でもある」


 メルとダイアンに言われ、ルナは姿勢を正す。


 「ここはもともと、対キング・スコルピオ特務部隊として設立された部署だ」

 「もともと?」

 「設立したのは君のお父上だ。ただ、実働隊員の選考だけが頓挫していてね…」

 「厳正に選ばなくちゃいけなかったの。で、今はご覧の通りというわけ」


 ボスのダイアン、開発のレッシィ、世話係のメル、人事のトラゾー。なるほど、現場に出る以外は最低限そろっている。

半ば閑職のような状況も、隊員の選考が滞ったせいだろう。

父が設立した部隊への異動。運命的な何かを感じないと言ったら、嘘になる。


 「単にポリスとしての規範を守るだけでは駄目なんだ。犯罪者に対して暴力を厭わない、そんなポリスを待っていた」

 「そしてルナちゃん、この間のあなたを見て確信したの。あなた以上にふさわしいポリスはいないと」

 「…アタシ、今までもあんな感じでしたけど」


 ダイアンとメルが語るのは、先日の誘拐犯を逮捕した時のことだ。

被害者の目の前で銃をぶっ放し、違法改造した自動車に真正面からバイクでぶつかり、

嘗めた態度の誘拐犯に死の恐怖を味合わせ、ついには爆発を背に犯人確保の報告。

暴力警官の見本市を一人でやっているようなものである。

犯罪者の間でマッドポリス・ルナと呼ばれている…と聞いたことはあるが、それも道理であった。


 「なぜか大半の記録が消されていたからね。映像も含め、君が入隊してから昨日までの、およそ三年分」

 「え、そんなことになってたんですか?」

 「正確には逮捕歴などが他の隊員の物になっていた。書面では君の能力を殆ど把握できなかったんだ。

  だから昨日は現場に出て、被害者家族にも事情を聴取した」

 「その結果がこの異動なのよ」


 ふたりにはそう言われたが、それ以上に記録の改竄の方がルナには気になった。

第八はおろかポリス内でも聞いたことは無い。

となれば、改竄したのではなくルナ以外の隊員の記録として署に提出された…と考えるべきだ。

 ただ、ルナの正確な記録を公表しない、その行動の意味や目的が判らない。

しかしルナが思案に暮れる前に、ダイアンがその肩を叩いた。


 「君はまさに、私達が求めていた理想の人材だ。君が必要だ、ルナ」

 「アタシが…必要?」

 「そうだ。戦闘能力、犯罪者に対する苛烈さ、何より普遍的正義感。スコルピオの打倒に必要な物、君は全てを持っている」


 必要。隊長に疎まれ、隊員に見下されてきたルナにとって、シティポリスに入隊してから初めての言葉だった。

どれだけ市民を守り犯人を逮捕しても、マシンを廃車にしたことばかり隊長に叱責される日々だった。

放っておけば第八で腐り、ポリスを自主退職するか、他の隊員と同レベルにまで堕落していたことだろう。

両親にあこがれてシティポリスに入隊した、自分自身の夢と正義感を潰して。


 だが、ダイアン達はそんな自分こそ必要だと言ってくれている。

ダイアンはルナの手を握った。真正面から見つめるその目は真剣であった。


 「もう一度言う。君が必要だ」

 「……」


 その願いにルナが答えようとした、まさにその時だった。

突如サイレンの音がオフィスに響くと、テーブルの上に映像が投影される。

衛星監視カメラで撮影された映像で、何者かが人質を取って工場に立てこもっているらしい。


 場所はイーストシティ第三十七区マニュファクチュア・エリアと表示されている。

メガロポリスにおいては東西南北ごとにシティを大まかに分割、それを細分化し、

更に各区画を目的ごとにビジネス、工業、商業などのエリアに位置づけている。

このマニュファクチュア・エリアには、第三十七区に様々な企業の工場が集まっていた。


 「Hi(ハイ)-SDカード生産工場か」


 ダイアンが言う通り、犯人が立てこもった工場は二十二世紀標準のメモリーカードの工場であった。

ここの稼働がストップすれば、ありとあらゆる他企業、通信網、電化製品を扱う家庭に支障が出る。

極端な話、都市機能そのものが麻痺する可能性すらある。一刻も早く犯人を逮捕しなければならない。


 「ルナ。行けるか」

 「行きます」


 緊急事態。自分はこんな時のためにいる―――ルナは即答した。

覚悟を決めた表情を見て取ったか、ダイアンが立ち上がる。


 「ママ、あれのメンテは?」

 「バッチリよ。いつでも使えるわ!」

 「レッシィ、いいな」

 「……わかったよぉ。むぅ」


 ルナが疑問に思う目の前でのやりとり。どうやら出動にあたって何かが必要で、レッシィは不満があるらしい。

オフィスの奥に向かうダイアンにルナはついていく。

エレベーターで上階に上がり、格納庫らしき広いスペースに出た。

中央にはカタパルト、その先に閉ざされたシャッター。カタパルトの横には赤いバイクがあった。

レーシング用バイクの伝統である、風を切るような流線形のフォルムが美しい。

周囲を見回すと、他にも大きな車両が三台ほどある。


 「ルナにはあのバイクに乗ってもらう」

 「あの赤いバイクですか?」

 「起動にはこれを使いたまえ。『Qスマート』だ」


 ダイアンから小さな端末、そしてそれを腕に装着するためのベルト付きグローブを手渡された。

ルナは素早くグローブをはめ、腕の部分にある窪みにQスマートをはめ込む。

端末が起動し、アプリがいくつか表示された。

通話、犯罪者の履歴や都市の情報を検索できるライブラリ、地図、建物内を走査するスキャナ。そしてマシン起動アプリ。

起動アプリのアイコンをタップすると、エンジンがうなりを上げた。

今までに聞いたことの無い、極めてクリアーな電動エンジンの音だった。


 「これ、メーカーはどこですか?」

 「レッシィの手製だ。この世に二つとない、私達だけのバイクさ。他のマシンも同じ」

 「これを? ハンドメイド!? すごい!!」


 ルナはバイクに触れないよう、隅々まで観察した。

過去に乗ったどのバイクよりも美しいフォルム、見たことも無い外装の材質。

重量感と質量を感じさせるタイヤ、この時代には既に珍しくなったキックペダル。


 「レッシィが言うに最高時速は二千八百キロ、トップスピードに至るまで千分の五秒だそうだ」

 「…それ人体が耐えられるレベルなんですか。SMS込みで」

 「ハハハ」

 「いやいや笑ってごまかさないでください! …えぇい、やってやりますとも!」


 ルナは一旦オフィスに戻り、所持していたSMSを着こむと、格納庫に取って返してバイクにまたがった。

ダイアンからヘルメット、そして電子制御式の散弾銃が手渡された。


 「コンソールはヘルメットに内蔵されてる。銃は単発と散弾とフルオートが切り替え。どちらもQスマートとも連動してる」

 「撃てばオフィスにもログが転送されるんですね」

 「察しが早くて助かる。コンソールの映像は脳内に直接投影されるから、視界の邪魔にはならないはずだ」

 「…ホントそれ、人体が耐えられるレベルなんですか」

 「ハハハ」


 またもダイアンは笑ってごまかした。が、新入隊員であるルナに任せるということは、恐らく信用できるものなのだろう。

ルナは覚悟を決め、ヘルメットをかぶるとキックペダルを蹴り、バイクを走行モードにした。

ボスが説明した通り、停止状態から走行モードへの切り替えが脳裏に直接表示された。ヘルメットを通じ、電気信号でも送っているのだろう。

実際、視界の邪魔にはならなかった。


 「レッシィ、ゲートオープン!」

 『りょおかいー』


 ボスが手元のQスマートに声を掛けると、拗ねたような幼い声声が答えた。

到底隠せない不機嫌さが現れている。やはり、手製のマシンに見知らぬ人間を乗せるのが不安なようだ。


 「ママとトラゾーはルナのサポートを頼む」

 『任せてちょうだい!』

 『フニ~』


 カタパルトの先にあるゲートが開いた。その先のスロープが上方へと向かっている。

つまりここはまだ地下なのだ。小さなプレハブ小屋でカモフラージュされた、九.五係の秘密基地だ。


 「いきなり加速して首を持っていかれないように気を付けて」

 「出動の直前におぞましい事言わないでくださいよ…」


 左ハンドル側のクラッチを軽く握り、右ハンドルを握りこんでスロットルを回す。

エンジンがうなりを上げ、フロント、そしてホイール側面のライトが光る。

コンソールのメーターが脳内に投影され、速度の数字が上がる。

ゲート上には赤のランプが点灯していた。ルナはさらにスロットルを回した。

ランプが、赤からグリーンに切り替わった。


 「よし。行きます!」

 「頼むぞ、ルナ」


 そして、クラッチを放した瞬間。

爆音とともに、ルナとバイクの姿が消えた。残されたのは…


 「っどええぇぇぇぇぇ―――…」

 「いっておいで~」


 ルナの悲鳴の残響、舞い上がった埃。そして、ハンケチを振って呑気に見送るダイアンだけであった。




 赤いバイクはイーストシティ第三十五区のハイウェイを走っている。

高架下の道路沿いに輝くビルの屋内照明、看板のネオンサインが、

視界の中では無数の色の光のラインとなって、後方へと伸びていく。

ルナはどうにか体勢を立て直し、ハイウェイの制限速度の時速二百八十キロを容易くぶっちぎった速度で走っていた。

メーターはヘルメット内臓のコンソールに表示され、脳裏に投影されている。


 (時速六百五十五キロぉ!? フツーのポリスじゃ耐えられないじゃない!)


 ルナは普段からトレーニングを重ねている。おかげで他のポリスより遥かに体が頑強だ。

その上でSMSを着ても首を持っていかれそうになったのだから、恐るべき速度である。それでいて、ルナは事故の一つも起こしていない。

普段からのトレーニングの効果を実感した瞬間であった。


 左腕のグローブに装着したQスマートを通じ、現場へのルート、現地の状況を撮影した映像が表示された。

二十人ほどの従業員を人質にして、拘束した何人かに対して銃を向け、犯人グループのリーダーが外で待機するポリスに何かを言っている。

同時にメルの声が聞こえた。


 『ルナちゃん、現場の工場の入り口は押さえておいたわ。現場についたら潜入場所を確認して』

 「そうしたいのは山々ですけど、そんな手間はかけてられないです!」

 『じゃあ、どうするの?』


 メルの声はどこまでものんびりしている。

工場の構造を把握した上での立てこもりである場合、ポリスの突入に備えられている可能性が高い。

だが突入しないわけにもいかない。となれば、犯人が考えもしない方法で突入するのがベターだ。


 「直線距離最短(・・)ルートでいきます!」

 『最短…直線…あっ』


 のんびりした声で、メルは察してくれたようだ。ちょうど三十七区の工業地帯が見えてきたタイミングだ。

据え付けられた無数の照明が工場を照らしている。この時代にも工場マニアは生きており、一種の観光地になっているのも変わらない。


 「コース上の一般市民と待機してるポリスを避難させてください!」

 『え、えぇ~と…ボスぅ?』

 『わかった。犯人が恐らく一番想定していないルートだ、ある意味理にかなってる。頼むぞ』

 「はいっ!」


 ナビに数百メートル先のカーブが表示された。

通常ならこのカーブからインターチェンジを経由して一般道に降りるのだが、

直線上の視線の先には工業地帯が見えている。自動車は幸い一台も無し。

ならば、ルナにとってルートは一つだ。

バイクを加速させ、速度、ビルの位置、現場の工場の位置から一瞬でプランを立てる。


 「―――完璧だっ!!」


 ルナはカーブを曲がらず、さらに加速し、前輪を持ち上げて道路の縁のバリアポール(ロープ型の電磁エレクトロマグネティックバリアを張り、車両の飛び出しを防ぐポール)に乗せる。


 その瞬間に限界まで加速。道路から飛び出した。


 ビジネス街の上空を、弧を描いて赤いバイクが飛んでいく。

映像を見ているであろうメルののんびりした悲鳴、その横から楽しそうなボスの笑い声が聞こえた。


 『えっ…えええ~~~!?』

 『これだ、私はこれを待ってたんだ!』


 着地点のビルからさらに大ジャンプする。

二度目のジャンプの先に、現場の工場があった。若手のポリスたちの悲鳴にも似た声が聞こえる。

二階建て、建物の半分ほどは二階分の高さを利用した大きな車庫だ。

 ルナは着地する直前にQスマートのライブラリを起動。外壁やシャッターの材質を調べていた。

さらにスキャナも同時に起動し、リアルタイムで犯人・人質の体温を感知、サーモグラフィで表示。

リーダーの居場所も確認した。まずはリーダーを失神させ、グループの統率を失わせる。これがルナの作戦であった。

そして計算通り、ルナが乗るバイクは窓を粉々に破壊し、車庫に飛び込んだのである。


 「なっ…何だばげっっっ!!」


 バイクの前輪が直撃せぬように絶妙に軌道を逸らし、横に突き出した足でリーダーの顔面を蹴飛ばした。

吹っ飛んだリーダーは後頭部から壁に激突し、気を失った。出血の様子は特にない。

ルナは着地し、ドリフトしつつブレーキを目いっぱいかけ減速。片足を突いて傾いた車体を立て直す。


 「シティポリスよ! 死にたくなければ投降しなさい!!」


 ルナは犯人グループの一人に銃を向けた。

ヘルメットの下ではカッと目を見開き歯を食いしばっていた。声に出ていないかと不安になる。

ここまで冷静に行動したように書いたが、桁違いの速度で意識を持っていかれないよう、ルナは必死になっていたのである。


 「ンだぁ…ポリだとぉ!? 女のポリかぁ!?」


 サブリーダーらしき男が、人質を一度手放してルナに銃を向けた。

今しがたの無茶な突入を見て、人質が効果を持たない可能性を見出したようだ。意外とクレバーである。

ルナもサブリーダーに銃を向けた。他の犯人も、油断せず銃を構えている。


 「さっさと逮捕された方が身のためよ。体に風穴が空く前にね!」

 「言うじゃあねェの、女ポリのくせに。いい度胸してらァ」

 「ヘヘ…度胸だけじゃねぇや、カラダもいいねェ」


 サブリーダーが下卑た笑いを浮かべ、軽く首をかしげたその時。

周辺から小さな音―――恐らく、銃の引き金に指をかけたであろう音が聞こえた。ヘルメットの超高機能集音マイクで捉えた音だ。

同時にルナは銃をフルオートに切り替え、左手のみでバイクのハンドルを握り、カーブを掛けながら急発進する。

甲高いタイヤの摩擦音が車庫内に響くと、その場で回転するバイクに乗ったまま、ルナは引き金を引いた。

フルオートでばらまかれた弾丸が、犯人グループの銃を全て破壊する。

さらに胴体にも弾丸を受け、犯人たちは全員が倒れ込んだ。一応ゴム弾のため、殺傷力は無い…はずである。

強烈な痛みに耐えつつ、サブリーダーがどうにか起き上がろうとする。


 「ぐぼぁっ…てめ、ポリが人殺しすんのかよ! 風穴空くかと思ったぞ!」

 「人質取って立てこもる連中に言われたかないわよ! ―――それに」


 ルナはバイクから降り、サブリーダーの目元に銃口をゴリゴリ押し付けた。


 「風穴空けないとは言ってないからね。

  ゴム弾だって目玉の一つ二つ、簡単にブチ破れるのよ」


 ヘルメット越しに彼を睨みつけるルナの目は、殺人鬼のそれであった。


 ―――こいつはヤバイ。ポリスと名乗ってはいるが、被害者の負傷をゼロに抑えつつ、法律など無視して自分達を逮捕するだろう。

無茶苦茶な突入にたがわず、極めて精緻に、かつためらいなく自分達を撃った彼女の姿から、彼は確証した。

暴力を振るうことに何の呵責も無い、ポリスの権限を笠に着ることも無い、完全なキチガイ警官の目だ。

そこまで考え、キチガイ警官というこの街で最悪の存在を彼は思い出した。


 「まさか…マッドポリス・ルナ…!?」


 あひぃ、と彼は悲鳴を上げた。周辺の部下たちももれなく恐怖に震えている。

その時、カチリと何かのスイッチを入れる音が聞こえた。誰かがリモートコントローラーのスイッチを入れたようだ。

それはシャッターを開閉するスイッチの音ではなかった。

車庫の中に金属質の駆動音、そして硬質の物体がコンクリートをリズミカルに叩く音が聞こえた。

この手の音には覚えがあった。一般販売も去れている、多足歩行式の半自律型ドローンだ。


 サブリーダーを鉄拳の一撃で失神させて振り向くと、音の発生源の方から推測通りの物が現れた。

全高さ五メートルほど、六本の歩脚で移動し、胴体にはマニピュレーターアームと機銃が備わっていた。

周囲を見回すと、気絶したグループのうちの一人が、掌に収まるサイズのリモコンを握っていた。


 「あ、あれは、ウチの会社で使っていた作業用ドローンです!

  先日いきなり行方不明になって…機銃なんて装備していなかったのに…」


 従業員の一人が立ち上がり、ドローンを見て叫んだ。

ルナはQスマートでスキャナを起動、ドローンを走査した。

その結果、不正なプログラミングによって完全自律型に変更されていることが判明。しかもプログラムには強力なプロテクトが施されている。

この場で再プログラミングすることは、恐らく極めて困難だろう。

 基地に走査結果を送信すると、ルナは人質たちの拘束を解いた。

工業資材用の強力な結束バンドの拘束は、普段の鍛錬とSMSの補助により容易く破壊できた。


 「判りました。皆さんは外に出てください、あれはアタシがぶち壊します。いいですね!」

 「…お願いします!」


 従業員たちはシャッターを開け、外に逃げ出した。待機していたシティポリスが彼らを保護し、若い男性隊員がそれをルナに告げた。


 「富士見隊員、避難は完了しました!」

 「了解、念のため病院に送ってきて! 戻ってきたら待機。アタシがぶちのめされたら、あとよろしく!」


 ルナが一人で立ち向かうと知った隊員が呆気にとられる間に、バイクに再度またがって急発進した。

車庫内なので先ほどより抑えてはいるが、それでも小回りを利かせるのが困難な速度だ。凄まじい馬力の賜物であろう。

そしてそれだけのパワー、外装やタイヤの異常な頑丈さもあり、高高度から着地しても全くの無傷である―――

すなわち、正面衝突しても破損が少ないということだ。


 バイクはドローンの真下を潜り抜ける。ボディ下部に取り付けられた機銃が、ルナの頭部を狙った。

だがルナはハンドルを手放して仰向けになり、銃をフルオートから散弾に切り替え、真上の機銃を正確に撃って破壊。

すぐに体を起こしてハンドルを握り、車体を傾けUターン。再び直進する。

ドローンが方向を転換する間に、ウィリー走行で足の一本に激突した。だが。


 「―――だめか、一本だけじゃ!」


 激突した脚の一本は粉々に破壊したが、五本脚になった所で機動性に変化は全く無い。

工業用故に、このドローンは極めて頑強な構造になっている。


 (一本一本壊すのは手間がかかる。胴体を破壊しないと)


 先ほどスキャンした際、胴体部分にコントローラー受信機と制御チップがあることは確認していた。

つまり、中心部にある胴体を破壊すれば解決するのだ。

だが先ほど機銃は破壊できたが、本体には全く傷が付かなかった。

バイクで衝突するしか無いが、正面や真下からは不可能。上から飛び掛かるしかないのだが…

そこでメルからの通信が聞こえた。


 『ルナちゃん、聞こえる? そこにブルドーザーがあるの、判るかしら』

 「ブルドーザー…あります!」


 工事用車両であろう、旧式のクローラー型ブルドーザーが車庫の隅に置かれていた。

車両前面には湾曲した巨大なブレードが備わっている。それを見た瞬間、メルの意図をルナはすぐに理解した。


 『激突して破壊しないよう、気を付けるのよ』

 「了解!」


 ルナはドローンの位置、ブレードの湾曲を確認し、必要な速度を瞬時に頭の中でたたき出す。

―――本来ならモトクロスかモンスタートラックで決めるような技だ。

が、メルの意図が確かなら。そしてレッシィがそれを止めないということは、できるはずだ。

ルナはブルドーザーに向けて走り出した。

ドローンが追走すべく動き出す。


 (制御できるぎりぎりのスピード…なんかじゃ、できないよね!)


 再び首が持っていかれそうなほどの急加速。

前輪がドーザーのブレードに接触したのを手ごたえだけで感じ取ると、ウィリー走行の要領で前部を持ち上げる。

ブレ―ドの湾曲に沿って、前輪が垂直に持ち上がり、空を切る。

続けてそのまま加速し、後輪だけでブレードを走る。


ブレードの湾曲をオーバーハングのごとく利用して、後方のドローンに向かって大きくジャンプしたのだ。


 直後、ルナはSMSの筋力補助を駆り、全筋力を以ってバイクを後方宙返りさせた。

プロフェッショナルのモトクロス競技選手もかくやという、見事な宙返りであった。


 「ここだァッ!!」


 計算をたがえず、バイクはドローンの真上の胴体部分に着地した。

ルナ自身を含めて約三百キログラム、さらに後方宙返りで叩きつけられた後輪の破壊力が、胴体部中心を押しつぶす。

脚部の関節が火花を上げて、無事に残っていた五本の脚が甲高い金属音を上げてねじ切れた。

胴体部がコンクリートの地面に叩きつけられ、歩脚はばらばらに倒れて、ドローンは完全に破壊された。


 『すごいわ、ルナちゃん! ボスが見込んだ通りよ!』

 「ぜえ、ぜえ、ええ、いや、死ぬかと思いましたけどね! こんなの初めてです!」


 ルナはヘルメットの中で息を荒げていた。

入隊から三年経過したポリス生活の中でも、高速道路から大ジャンプし、

オンロード用バイクで宙返りしてドローンを潰したことなど、この日が初めてであった。


 「はー…アタシ生きてる。生きてるぅー」

 『ルナ、念のため制御チップだけ持ち帰ってくれ』

 「は、はい。判りました」


 スキャナを起動し、背部の小さなハッチから制御チップを取り外し、ベルトのクッション入りポーチに入れる。

そしてその後のダイアンの指示に、ルナは首をかしげた。


 『後は爆破だ、自爆装置がある筈だ。それを撃て。残骸はできるだけ残さないように』

 「鑑識には回さないんですか?」

 『気になってることがあってね。…悪いが、今はまだ言えない。鑑識には話を通しておく』

 「―――了解」


 送信したログを見て、ダイアンやメルも『キング・スコルピオ』が絡んでいる可能性には気づいているはずだ。

工場で管理していた五メートルサイズの作業用ドローンが突如行方不明になり、

しかも不正プログラミングと対人攻撃用機銃の装備を施されて、犯罪者の手に渡っていたのだ。

それを鑑識に回さないということは、少なくとも署内の他の部署の手に渡ることを妨げることになる。

 何がしかの意図がダイアンにはある。ルナはそれに従うことにした。

そして残骸を探ると、ダイアンの言葉通り、胴体内部に自爆装置が備え付けられていた。


 (うひぃ~…こいつが頑丈で良かったァ)


 頑丈な外装で自爆装置が保護され、かつ起動する前にドローンが停止していたため事なきを得たようだ。

だがバイクで押しつぶした時点で、自爆に巻き込まれていた可能性もある。ルナは冷や汗をかいた。

銃を向けて発砲。その一発で、車庫まで吹き飛ぶほどの爆発が起こった。


 「どわおっ!?」


 ぎりぎりで炎を浴びずには済んだものの、SMS越しでもすさまじい熱が体に伝わる。

残骸は爆炎と轟音を上げ、ものの数秒で全てのパーツが溶解してしまった。

それでいて周囲の車両や機材には一切燃え移らない。このドローンだけを爆破するよう、火力が調整されていたのだろう。

半ば呆然として炎を見ていると、天井から消火剤の煙が噴き出し、あっという間に鎮火した。

 そこに若手の隊員たちがやってきた。人質の救助は完了し、念のためとホスピタルに送り届けた帰りだろう。


 「富士見隊員、無事ですか!?」

 「はっ! あ、はい。何とか。ドローンは破壊しました。ただ、自爆してしまって…」


 ダイアンの意図を知られてはなるまいと、ルナは僅かに嘘を交えて報告した。


 「そうでしたか…ではそのように報告しておきます。富士見隊員は帰還してください」

 「お願いします」


 隊員は溶解した残骸を、ヘルメットに内蔵されたカメラで撮影し始めた。

それを見ながらルナは考える。

ここまで証拠を損壊してしまったことは、本来なら現場検証の妨げになるとして、何かしらの罰があるはずだ。


 (シティポリスの他部署に解析させない理由。いや、触れさせない(・・・・・・)理由、と考えた方がいいか)


 ルナの異動を命じた第八分隊隊長の反応。抹消されたルナの記録。両親がダイアン達に託したライの存在。

犯罪を許さぬ暴力警官としての勘が、これらの状況に偶然では片づけられない何かを感じている。

そして現在は確証が持てないというだけで、ダイアンはより深く、何かに勘付いている。


 (……恐らく、アタシの異動はボスの気づいたことに関係してる)


 ダイアン達は信用できる人間だと、ルナは思っている。

父が設立した部隊にいる、恐らく最古参の人物だろう。ならば父の眼鏡に適ったということだ。

そのダイアンが選んだ人物もまた、信用に値するはずだ。


 (ならアタシは、あの人たちと一緒に働こう)

 「ボス。こちらルナです」

 『お疲れ様。ルナ、ドローンは破壊したね?』

 「はい」


 任務を終えて興奮が収まった頭に、ボスの低く良く通る声が気持ち良かった。

任務終了のみならず、自身の仕事の場と決めた意志も込めて、ルナは告げた。


 「―――これより帰還します」


 バイクを押し、ルナは隊員に分かれを告げて倉庫から出た。

二度目は速度を押さえ、安全運転でシティポリス署へと戻った。


 巨大犯罪組織「キング・スコルピオ」相手の、短くも苛烈な闘いの日々が、この日幕を開けたのである。



―――File1.完―――

登場人物紹介①


▽富士見 ルナ(ふじみ -)

 所属:イーストシティポリス機動部隊第八分隊→第九.五係


 主人公。通称「マッドポリス・ルナ」。本編の三年前に入隊した警官。十八歳。

 強い正義感と悪を許さぬ苛烈さを持ち合わせた、暴力警官の一人見本市。

 第八分隊から九.五係に異動し、巨大犯罪組織「キング・スコルピオ」と最前線で闘うことになる。


 ・名前は「月曜日」+フジミ模型の「マッドポリス」シリーズから。


▽ダイアン・ゴールディ

 所属:イーストシティポリス機動部隊第九.五係


 九.五係の係長。通称「ボス」。三十五歳。

 身長二メートル、時代錯誤のアメリカンポリスルックを好むブロンドの美女。

 ルナを自身の部署に異動させた張本人。


 ・名前は「金曜日」+ダイヤモンドから。



 どうも、eXciterです。初めましての方は初めまして、以前から拙作を読んでいただいている方は毎度お世話になっております、つまんねぇぜゴミがよォ!とかダサッwwwと思われた方はどうかこのままブラウザバックをお願いします。もう遅い? では閲覧履歴の削除だけでも。

 本作「爆装特警クィンビー」は、80~90年代OVAの定番だった近未来SF美少女アクションをイメージして書いております。もう40年近く前の世界、若い人には最早ジャンル自体が化石なんだろうなぁ。しかも主人公のムーブは初っ端から「マッドマックス」寄り、放送コードに抵触するようなフレーズも山盛り。大丈夫か? 修正されていたらお察しください。

 なお、本作は前作「ジュエル・デュエル・ブライド」の課題であった、登場人物を適度な数に押さえること、「小説家になろう」に合わせた読みやすい文章(当社比)の練習でもあり、話数も少なめの全十話以内で終わらせる予定です。

 前作から引き続き需要の無いジャンルとなりますが、面白い、気になる、俺も暴力警官になって散弾銃ブッ放したいぜ、アテクシもV8エンジン轟かせて凶悪な犯罪者に正面衝突したいわよと思われた方は↓の評価、感想、レビュー、ブックマーク等をよろしくお願いいたします。

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