FILE6.[ラストファイト・フォー・ジャスティス]②
暗い。苦しい。わたしはどこにいるのだろう。
レッシィのマシンから引きずり出されて、どこかのベッドに寝かせられて、変な男の人がわたしに触ろうとしてやめて…
そこまでは憶えている。その後で眠らされたんだろうか。ここに来るまでのことは憶えていない。
頭が重いのは、なにかかぶせられてるからだ。懐かしいけど、とても嫌な感触。
子供の頃、どこかのソフト会社で使われていた時と似ている。
体も動かせない。縛られて、イスか何かに固定されているらしい。
バチンと音が鳴ると、目の前にはたくさんの文字と光が見えた。オフィスで解析した、あの不気味な言語によく似てる。
その不気味な言語に、わたしの頭の中に浮かぶたくさんの文字が、目の前の文字に勝手に吸い出されている感じがする。
苦しい。全身が引きつり、震える。体中の筋肉が、無理やり引っ張られる感じ。息をするのもつらい。
画面の外で話しているらしく、男の人たちの声が聞こえた。
「勿体無ェよなぁ、こんな可愛いお嬢さんをHDDカードみたいに扱って」
何を言っているんだろう。わたしがHDDカード?
「どうせ自閉のガキなんだし、意識なんざ無ぇんだろうからなぁ。俺たちに使わせてくれてもなぁ」
「体はつるっぺたのガリガリだけど、顔はいいですもんねェ、この子」
なんの話か分からない。けど、わたしにひどいことをしようと考えているのは分かる。気持ち悪い。
ただ、どうもそれは彼らの上司が止めたようだ。だからこそこうなっているんだろうけど。
そこにもう一つ足音が聞こえた。だれか別の人がやってきたみたい。
「調子はどうだい、彼女? ちゃんと仕事してくれてる?」
「ボス! ええ、OSは二時間あれば組めそうです」
わたしに触ろうとした人の声だ。柔らかなカーペットを踏む足音が、わたしの前で止まった。
「ふむ。君たちのリサーチ通りだ、彼女は優秀なプログラマーだね」
「ねえボス、このガキはアタマさえありゃいいんでしょ?」
「ですから俺達の方に回してもらっても…」
先ほどの男の人たちが、今度はボス…つまり上司の人に尋ねる。
ところが、上司の人はそれに対して拒否を示したようだ。えぇ…と、男の人たちの残念そうな声が聞こえた。
「ダメダメダメダメ。彼女にはちゃんと意識がある。僕らの会話も聞こえて、頭の中で色々考えているのだろうさ」
「はぁ、なるほど。それで?」
「迂闊に手を出しては、彼女の精神が壊れてしまうかもしれないんだ。そうなると彼女の能力も危うい。
パンディナスをフルスペックで動かせなくなるだろう。何せ前例のない、生まれついてのプログラマーだからね。何があるやら僕にもわからん」
「はぁ。そんじゃあ仕方ないですねえ」
今の所手を出されないのは分かった。けど、あくまでも今のところの話だ。用済みなんて言われたら、何をされるかわからない。
そして今のわたしには何もできない。どうしよう。どうしよう…
そう思っていると、上司の人がうっとりした声で話しだした。
「キミたちにはこれでも感謝してるんだ。今まで作ってくれた兵器はどれも優秀、その結果できたのがパンディナスだからね。
それにこの子の能力をリサーチしてくれたことも。まさに、彼女とは運命で結ばれていたんだなあ」
―――気持ち悪い。何が運命だ。運命というなら、九.五係の人たち…その中でも、特にルナさんのことを言うんだ。
わたしを助けてくれた人たちの娘、ルナさん。彼女のことを思い出すたび、わたしは胸が高鳴るのを感じていた。
強く、美しく、優しく、でも悪い奴には凶暴で容赦しない。最高に素敵な人。
今もそうだ。彼女の事を想っているからこそ、どうにかこの状況に耐えている。
脱出しなくちゃ。ルナさんの所に、九.五係に帰らなくちゃ。でもどうすればいいのだろう。
迷っていると、助け舟は意外なところから出た。
「では、OS構築完了後にチェックを終えたら、この子を乗せてパンディナスで出撃だ。操縦は僕がする。いいね?」
「もちろん。一応マニュアルは読んでおいてくださいよ、ボス」
「判っているとも。―――今日こそこの僕が、正式にキング・スコルピオ首領の座に就くんだ。キミたちも見ていたまえ」
わたしはこの言葉で全て理解した。上司の人とやらは首領で、ここはキング・スコルピオの本部、恐らく兵器開発室。
そしてパンディナスというのはあの大型のロボットのことで、あれと闘えるのはクィンビーしかない。
犯罪組織にとって、たぶん一番厄介な相手だろう九.五係をやっつけ、それを足掛かりに正式な組織のトップになろうとしている。
もう一つ気付いたのは、ポケットの中の小さく硬い感触。
あの不気味な言語が並ぶ制御チップを解析して組んだ、再プログラミング用ソフトのチップだ。
これがあれば、パンディナスの制御を奪えるかもしれない。
後は、わたし自身が動けるかどうかか、だ…
やるしかない。九.五係のみんなに会えるチャンスだ。うまくいけば、この人を逮捕できるかもしれない。
わたしは覚悟を決めた。今も頭の中の文字列を吸いだしてOSを組んでいるようだけど、それならわたし自身が細工することもできるはずだ。
少しずつ、少しずつ。体じゅうを引っ張られる苦痛の中、わたしはOSをほんの少しずつ組み直していった。
その時、もう一つの足音が聞こえた。上司の人より重く、歩幅が少し狭い。
咳払いが聞こえた。中年の男の人の咳払いだ。首領の人が中年の人を迎えた。
「これはこれは。ようこそ隊長どの」
「どうも。よく働いてくれているようですな、彼女―――」
その声にはどこか見下した感情が混ざっている。相手の人がそれに答えたが、上司の人が止めた。
「お待ちなさい隊長どの。この子には声が聞こえていると知ってるんでしょ、迂闊にしゃべったら…」
それだけ言われて、隊長とやらは黙った。そこからは何か端末で文字の表示だけでもしてるのか、何の音も聞こえない。
けど、それで十分だ。わずかに聞こえた声さえあればいい。わたしの得意分野をフル活用すれば。
OSだけじゃない、この『隊長』の情報も吸いだしてやる。サーバーの情報を吸いだすアプリも、同時に組んでいく。
密かに、静かに、誰にも分らないように―――わたしは全ての端末にアクセスする。
ずっと呪っていたこの能力、今こそ全力で使い切るんだ。
真夜中のシティにサイレンが鳴り響いた。街を行く人々がにわかに慌て始め、シティポリスの誘導で逃げ出していく。
ビルとビルの間に一つの巨大な影が立ち上がった。キング・スコルピオの最強兵器、『パンディナス・インペレイター』だ。
パンディナスは頭部を動かして周囲を観察し、続いて両腕を上げてマニピュレータハンドと鋏を動かした。
パイロットが動作を確認していると、見る者が見ればわかるだろう。
続けてパンディナスは付近のビルを観察する。ポリスの迅速な誘導で大半のビルの避難は完了したが、それでもまだ人が残っているビルはあった。
中では鋼鉄の巨体に恐怖した人々が、慌ただしく右往左往している。階段に押し寄せ、我先にと逃げ出そうとして込み合っていた。
パンディナスは腕を振り上げ、避難が完了していないビルに容赦なく鋏を叩きつけた。
コンクリートの塊が地上に落下した。高層ビルが鋭利な断面を見せて切断され、地上を行く人々、ビルに取り残された人々の絶叫が響く。
それを放置し、パンディナスは歩き出した。目指す先はシティポリス署だ。署でも先日の残党が活動している物と大騒ぎになっている。
男山モータース社員寮に設けられた九.五係の仮設指令室でも、その映像をルナ達が見ていた。
その魁偉な姿を見たレッシィの顔が引きつる。捕獲された瞬間のことを思い出したのだろう。
胸に抱かれたトラゾーがそっと手を伸ばし、レッシィの頬を肉球で軽く叩いた。
「フニ~」
あんなデカいだけの奴に負けるな、という言外のエールであった。レッシィはうなずき返す。
今度は最初からルナ達がいる。更にアップグレード用のパーツも装備しての出動だ。負ける理由は無い―――表面上は。
ライの能力がどう活かされているか、それが問題であった。
ただOSを組んだだけであれば、恐らくどこかに囚われているだろう。ライを探さなくてはいけない。
逆にロボットに組み込まれているのであれば、迂闊に攻撃できない。
まずスキャナで構造を確認してからでなければ、行動の方針を決められない状況だ。
「ママ、整備は?」
「完了したわ。動作のシミュレートもOK。すぐ出撃する?」
「うん。よし、ルナ、ママ、レッシィとトラゾー、全員マシンに乗れ。
最初に全方位からあのドローンをスキャン、その後方針を固める。行くぞ、出撃だ!」
『了解!』
全員が工場の倉庫に駆け込んだ。社員たちの手で、各マシンは搭乗までできるように準備してあった。
ルナがストライクハート、ダイアンがコマンドバルク、レッシィとトラゾーがスカイグラップ、メルがセイルステッパーに搭乗する。
そしてもう一台―――楕円形のボディの後方に左右二対四本のアームを伸ばし、その先端に卵型のAGMTを搭載したドローンがある。
三本の着陸脚で工場の床面に置かれたそれが、底面のAGMTでゆっくりと上昇し始めた。
スカイグラップの専用操縦席のパネルで、トラゾーがリモートコントロールでドローンを操作している。
レッシィが開発した、クィンビーの補助を行うドローン『フラップウィング』。決戦にあたり、レッシィが開発した物だ。
『…あたい、ライにOSを組んで欲しい』
それが、わずか二日で開発するための条件だった。難色を示したのはダイアンとメル、ドルフだ。
そもそもライが現場に来るのかわからない中で、彼女の能力を当てにすることはできない…というのがその主張であった。
一方、ルナとトラゾー、スタンツマンとヘイディはもろ手を挙げて賛成した。
ヘイディが言うには。
『じゃ、わたしたちがライさんを探せばいいんじゃないですか?』
パンディナスおよび周辺をスキャンした後、ライの存在が確認できなければヘイディ達が捜索するという提案だ。
スタンツマン曰く、パンディナスの移動の痕跡を探れば不可能ではないとのこと。それならとドルフも鞍替えしてルナ側に就いた。
ライがコックピットにいれば、安全確保後にドルフ達がスコルピオ本部の捜索に向かう…とも提案があった。
どちらにしろスコルピオ本部にはいく必要がある、それが別動隊のドルフ達によって可能になった。
ダイアンはそれに納得し、結果的にはレッシィが提示した条件を飲むことになった。
工場のシャッターが開き、ドルフ、スタンツマン、ヘイディの三人に見送られ、全マシンが出動した。
ネオンが輝く夜の街を五台のマシンが行く。フラップウィングはスカイグラップの隣を飛行している。
署の近くのスクランブル交差点で別れ、迫るパンディナス周辺に各マシンが位置取り、一斉にスキャニングを開始した。
解析した映像はスタンツマンのタブレットPCに送られる。ルナはすぐさま解析結果を尋ねた。
「スタンツマン隊員、ライらしき反応は?」
『ありました。胸部のコックピットに生体反応が二つ。一つは身長からして成人男性。もう一つは女性だと思います』
「コックピットに?」
『ええ。ヘルメットか何かかぶせられて、ケーブルでコックピットにつながれてます。
…恐らく、CPUとして使ってるんでしょう』
その言葉を聞いた瞬間、ルナの背筋が粟立った。
ライのことを調べていたということは、ライが明確に人格を持つことを理解してもいるはずだ。
その上で道具扱いするという冷酷さに、ルナは恐怖すら覚えた。
続けてスタンツマンからの報告が入る。
『正式な機体名称は”パンディナス・インペレイター”。ダイオウサソリの学名です』
「キング・スコルピオの恐怖の象徴ってところか…」
『そのつもりでしょうね。それと、コックピットは極めて簡素に作られています。
具体的にはモーションセンサー式のオートメーション操縦方式です。手を動かすだけで、プログラミングされた動作が取れます』
解析したコックピットの映像がルナのヘルメットに映される。
成人男性というパイロットは、座席に座ってグローブ型のコントロールデバイスのみを装着していた。
簡単操作でマシンを動かせるインターフェイスである。工事現場の見学で、工業用大型ドローンの操縦体験にも用いられる。
「ということは、操縦しているのは素人ですね」
『うん…多分組織の幹部クラス、実戦慣れしていない連中だろうな』
『でもあいつ、すごいパワーとスピードが出るんだよ』
会話の間にダイアンとレッシィが割り込んだ。
レッシィは、パンディナスの性能の一端を身をもって知っている。
素人が扱っても、恐るべき戦闘能力を発揮できるマシン。その事実を理解し、全員が緊張した。
スカイグラップの瞬間移動並みの速度を捕捉するスピードと反応の良さ、脱出も許さぬパワーを持っている。
その性能を誇示するかの如く、パンディナスは傲然かつ悠然と歩いている。
『殆ど無視されてるわね…』
待機の間、メルがつぶやく。ルナも同じことを考えていた。
パンディナスのパイロットは、クィンビーを脅威とは考えていないのだろう。
果たしてクィンビーで抑止できるのか。ここにいる九.五係、そして工場で待機しているドルフ達がそう思った時。
決断したのは、ボスであるダイアンだった。
『合体するぞ』
「ボス…」
『ライがいるのは分かった。なら助けるのが私達の一番の仕事、そう言っただろう。―――全員いいな』
仲間を救うこと、それを忘れてはならぬとダイアンは改めて全員に諭したのだ。ダイアンの決断に、全員がうなずいた。
『『『了解!』』』
『よし。行くぞ、シフトプロセス!!』
全員がQスマートを操作し、各マシンのモニタにメッセージが表示される。
《Operation Queen-Vee Start up》
『『『『爆 装 合 体 ッ!!』』』』
全員の斉唱の後、各マシンが変形、合体を開始した。
鳴り響く金属音、巨大な人型のシルエットが組み上がっていく。
フラップウィングは中央の本体に可動式のアームを備え、左右に広げて背部に装着。
だが相手が相手だけに、前回のEヘッドの時ほどの高揚は、メンバーの胸の内には無い…
敵の桁外れの性能の高さに加え、一歩間違えれば自分達かライの命を喪う可能性が、メンバーを緊張させる。
『爆 装 特 警 ッ! ―――クィンビー!!』
クィンビーがパンディナスの前に立ちはだかる。
一方のパンディナスは、合体シーケンスの完了まで微動だにしなかった。余裕を見せて待っていたのだ。
先手必勝とばかり、クィンビーはAGMTを起動し、一気に距離を詰めた。
重々しい金属音とともに両者が激突し、ガッチリと組み合う。
少しでも市街地から遠ざけようと、クィンビーは脚部と背部のAGMTの出力を上げるが―――
「こいつ…全然動かないっ……!」
操縦席にドッキングしたバイクで、ルナがどれだけスロットルを回そうと、パンディナスは微動だにしない。
特にスラスターを吹かせているわけではない、すなわちマシン本体のパワーと強度だけで押さえ込まれている。
パイロットの笑い声さえ聞こえそうなほど、マシンのパワーに差がある。前回のEヘッドなど比べ物にならないほどだ。
『んにゃろっ!!』
レッシィの操作でクィンビーの両腕が持ち上がり、パンディナスの肘を上からたたいた。
肘関節可動部への重い打撃だ。クィンビーが押している状態なら、推進力と合わせれば無理やり関節を動かすことは可能だ。
だがそれでも、パンディナスの腕は微塵も動かなかった。代わりとばかりにクィンビーの方が持ち上げられる。
パンディナスの腕部のパワーはAGMTや背部スラスターの推進をものともせず、クィンビーの巨体を頭上まで持ち上げたのである。
そしてそのまま、避難が完了したビルに投げ捨てる。
僅か数秒間の間に巨体が空気を引き裂き、無人の高層ビルに激突。轟音と破砕音が響き、コンクリートの塊が地上に降り注いだ。
「どぁああっ!!」
特に衝撃が大きいのは、他のシートと比べて固定部分が少ない胸部コックピットだった。
操縦スペース内のストライクハートが大きく震動する。
アームでストライクハートを、ハーネスで体を固定してはいるが、振り落とされそうな強烈な振動だった。
『ルナ、大丈夫か!』
「平気です。機体の損傷は?」
バイクにしがみつき、ダイアンからの通信にルナは答える。替わって応答したのはレッシィだ。
『ないよ! すぐいける!』
「よし、すぐ行こう!」
背部スラスターを吹かしてクィンビーはすぐに起き上がろうとする。
その胴体にパンディナスが片足を振り下ろした。クィンビーは起き上がりつつ横に避ける。
当然脚力も強靭で、路面を踏んだパンディナスの足はアスファルトも地下の配線も粉々に粉砕してめり込んだ。
回避の直後に距離を取ったクィンビーは、再びAGMTを起動、低い軌道で跳躍し膝蹴りを叩き込む。
頭部側面に直撃し、しかしパンディナスの首は僅かにかしげただけだった。
「首まで頑丈っ…!」
『ならもう一発!』
メルが脚部を操作し、クィンビーは空中で回し蹴りに移行する。
傾いたパンディナスの頭部に更に一撃を加え、強固な脚で頸部関節をへし折ろうとした。
が、直撃した後に蹴り足がマニピュレータハンドで掴まれる。頸部および頭部の損傷は全く無い。
掴んだ脚を振り回し、パンディナスは乱暴にクィンビーを投げ捨てた。
クィンビーの巨体が数十メートルを飛び、避難が遅れたビルの前の道路に落下した。
アスファルトを砕きながら地面を滑り、破片がビルの窓を破壊していく。
何人かが巻き込まれ、破片を体に受けて倒れ込んだ。
「くっそ、なんてパワー!」
『頑丈さもだわ。さっきのヒジといい、可動関節なのが信じられないくらい』
「まずい状況ですね。この辺、まだ避難が完了してない…!」
力をかければ無理やり動かせるであろう可動部が、まるで一体化したかのように動かない。
クィンビーのパワーでは動かせない、極めて堅牢な構造だ。
パワー、頑丈さ、スピード、そして空中を高速移動するジェットを掴み取る精緻な動き。
つまるところ、パンディナス・インペレイターとは、ヒト型の戦闘用ロボットに求められる全てが詰まった、最高のマシンである。
敵に回すと最も恐ろしいタイプだ。おまけに、コックピットの中にライが囚われている。
全力で攻撃すれば、震動でライに何が起こるか判らない。
『完膚なきまでに我々を叩き潰す気か…』
起き上がろうとするクィンビーの眼前にパンディナスが現れた。突進しながら、動線上のビルを破壊してきたのだ。
クィンビーに、そして道路や逃げ惑う人々にコンクリートの破片が降り注ぐ。絶叫が夜の街に響いた。
外装や内部骨格の強靭さを思い知らされると同時に、パイロットの冷酷さにルナは戦慄すらした。
そして避難者がいるということは、迂闊に飛び道具…背部搭載の質量弾ミサイル『ワスプスティンガー』を使えないということでもある。
「ボス、避難要請急いで!」
『とうにしてる。だが巻き込まれるからと出動してくれない!』
「だったら足止めするしかないじゃないですか!」
起き上がったクィンビーが、両腕の機関砲を乱射しながら突進する。弾丸はしかし、外装の丸みで全て弾かれた。
迫るクィンビーの顔面に向け、パンディナスが右の鋏を振るう。大ぶりで精密さに欠けた、力任せの動きだった。
姿勢を低くして鋏の一撃をすり抜け、クィンビーは伏せた状態で回転。鋏を振り抜いたパンディナスの腰に回し蹴りを放つ。
僅かに押される形になり、パンディナスは数歩だけ後退した。
その腹向け、クィンビーは立て続けに跳び蹴りを叩き込む。
立ち上がって低く跳躍し、脚部AGMTを最大出力で機動した一撃だ。通常の人型ロボットなら転倒する威力がある。
だがその一撃を受けても、パンディナスの外装はへこみもせず無傷のままだ。せいぜい数歩前に歩いただけだ。転倒さえもしない。
『どうやらこの辺が限界のようだね』
突如、パンディナスのカメラアイが光って不気味な声が聞こえた。変声機を通したパイロットの声だろう。
パンディナスの腕が蹴り足を弾き、そのままクィンビーの頭部付近へとのびた。
クィンビーは足底のAGMTを起動して距離を取ったが、その直後にパンディナスはクィンビーの眼前に現れた。
レッシィも見た、瞬間移動のごとき異常な速度での移動だ。
『遊びはおしまいだ。パンディナスの能力が証明されたし、そろそろそちらを破壊するとしようか!』
パンディナスの右のマニピュレーターハンドがクィンビーの首元を掴み、片手でやすやすと持ち上げた。
そしてビルの外壁に押し付けると、左腕の鋏を構え、突き出す。クィンビーの右の肩の外装が一撃で抉れ、内部の骨格と機械が覗いた。
次に同じ場所に鋏の一撃を受ければ、恐らく内部の機械が破損し、右腕の動作が不可能になるだろう。
『このっ…!』
メルの声と共にクィンビーの脚があがり、再び突き出された左腕を蹴り上げようとする。
だが防御すらされず、突き出された腕でたやすく蹴り足は受け止められ、弾かれた。
そして三度パンディナスの左腕が突き出され、今度こそ鋭利な鋏がクィンビーの右腕を貫いた。
『腕が! だめ、うごかない!!』
レッシィの悲壮な叫びがメンバーのコックピットにも届いた。
続けてパンディナスは右の膝を突きだした。強固な関節部が叩き込まれ、一撃でクィンビーの左膝の関節が逆方向に曲がる。
そして二度目の蹴りで、膝の関節が千切れ、内部の機械やコードが露呈し、左の膝から下がビル前に落下した。
僅か十数秒の間に、徒手空拳での格闘戦を主体とするクィンビーは、戦力と機動力の半分以上を失ったのである。
『あッハハハハハ! このダイオウサソリの前では、スズメバチなど形無しだね!!』
変声機越しのパイロットの交渉が響いた。直後、パンディナスの腹部が開いた。
内部にトンネル工事用のシールドマシンに似た機械が覗く。先端は平面のローターブレード状であるが、要するにドリルだ。
そのドリルがゆっくりと前方に伸び、クィンビーの胸部…ルナがいるメインコックピットのハッチに接近する。
『だが油断はしないよ。次は機体心臓部を潰す。パイロットがいるようだが、巻き込まれても悪く思わないでくれたまえよ!』
「こいつ、あたしを殺す気か!!」
巻き込まれてもなどと言うが、わざわざコックピットを狙うということは、最初からルナを殺害する気だったのだろう。
ルナはスロットルを回して背部スラスターを吹かそうとする。
だがパンディナスの腕力に完全に押さえ込まれ、首から下がわずかに上下するのみだった。
コックピット正面に映るクィンビーのカメラアイの視界には、ドリルも胸部も映らない。
外部の監視カメラに接続し、ようやく側面からの映像が映る。
胴体の半分くらいは一度に破壊できそうな、大型のシールドマシンがコックピットに迫っていた。
『ルナ、脱出しろ!』
『逃げなさいルナちゃん!』
『ルナ!!』
『フニ~』
ダイアン達は退避を促す。だが、ルナはストライクハートを離れなかった。
恐怖からの硬直ではない。この期に及んで、ルナは勝機を見出そうとしているのである。
ルナがじっと見ているのは、ドリルの先端ではなかった。
(―――ライがいる)
パンディナスのコックピットにはライがいる。クィンビーのOSを僅かな時間で組んだ、生まれついてのプログラマーが。
もしこの場に…クィンビーとパンディナスの戦闘現場いることを、彼女自身が理解しているなら…
動けぬ体で何とか動き、九.五係の助けになろうとしたライの勇気を、ルナは知っている。
(あの子は諦めてないはず。あのコックピットの中で、絶対に何かを狙ってる…!)
「ライ…お願い…!」
ルナはコックピットの中で祈る。最後に残された、たった一人の希望の少女に。
―――〔続く〕―――