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【完結】爆装特警クィンビー  作者: eXciter
本編
14/23

FILE5.[デッドリー・トラップ!]①

前回「構想では次が最終回」と言ったな ありゃウソだ(懺悔のハラキリ)




 モニタールームにて、壁面いっぱいのモニターの前に座ったライに、ダイアンはあるチップを見せた。

Eヘッドの件でライが協力的であることは証明されたが、

音声での会話がほぼ不可能な彼女には常にVRボードで返答を確認するようにしていた。

あくまでもライ自身の意志を尊重するためである。


 「これはルナが最初の出動で持ってきた、不正プログラミングが施されたドローン制御用チップだ。

  向こうの兵器開発担当が独自開発した言語が使われてる。

  これを君に解析してほしい。頼めるだろうか?」


 文章での会話になるとライは集中力が必要になるので、質問はこのように可否のみで答えられるものにしていた。

九.五係の全員が見守る中、ライはVRボード上の指を動かした―――『YES』。

周りのメンバーと顔を見合わせ、ダイアンは自身のQスマートにチップをセットし、読み込んだ。

壁面のモニターのうち、ライから見て左側半分に奇怪な文字列と記号が並ぶ。


 「ライなら解けるよね…」


 心配そうに見ているのはレッシィである。

これを解けずにギブアップした件は、彼女にとっても苦い記憶になっているようだ。

が、その心配をよそに、ライの手は軽やかに動き出した。

二匹の白い蝶が舞うように、まるで重みを感じさせないその動きに、レッシィとトラゾーは思わず見とれた。

画面の右半分には見慣れた言語のプログラムが並ぶ。


 「これなら私でも判るぞ。この結果があれば再プログラミング用のチップも…」


 ダイアンも感心してつぶやく。と、メルは右側モニターの隅に目をやる。

モニターの四分の一ほどの面積を占めて、プログラミング用の画面がもう一つ映っていた。

こちらも同じく文字の羅列が画面の上の方へと流れていく。

それを目で追うレッシィとトラゾーは、そのプログラムが意味するところをすぐ理解したようだ。


 「これ、元のドローンに直すプログラムだ!」

 「フニ~」


 つまり、解析しながら再プログラミング用のプログラムも組んでいたわけである。

これには全員が舌を巻いた。


 「スコルピオが欲しがるわけだわ…富士見隊長ご夫妻が連れてきてくれて、本当に良かった」


 当時の事を思い出し、メルがライの細い肩を抱き寄せた。

二つのプログラミング作業を終えると、ライは手を停めてメルの胸に寄りかかった。

凄まじい集中力を必要としたためか、すっかり疲労しているようだ…

と判るのは、恐らく九.五係のメンバーだけであろう。

彼女は相変わらずの無表情で、再び抱えた膝の上で手を動かしている。

だがその横顔には何かをやり遂げたような、不思議な充足感があるように、ルナには見えた。




 爆装特警クィンビー

 FILE5.[デッドリー・トラップ!]




 Eヘッドによる破壊行為から一週間後。ルナはスタンツマン、ヘイディと共に第四十五区の交通整理を行っていた。

本来なら仮設の信号機と車両通行制御用の電光掲示板を持ち出すのだが、

突然のことなので手持ちの誘導棒しか無く、やむなく人力と目視で行っている。


 観光地であるこの区画の道路は、観光客のみならず運送業者の車両も多く利用している。

一方で広いセンター通りに比して周囲の道路は狭く、ハイキャリア(大型トラック)の迂回路にするには不向きだ。

そのため迂闊に通行止めにもできず、路面には硬弾性充填剤(ラバーボンド)を敷き、暫定的に片側交互通行にしていた。


 「人的被害が殆ど無かったのは幸いでしたね…」


 対面側の車両の動きが止まると、ヘイディが持つ誘導棒の発光色がレッドからグリーンに色を変えた。

つぶやいたヘイディが大きく腕を動かして待機していた車両を誘導する。

その手前で車両の検問を行っているのはルナだ。大規模なテロ行為の後ということで、警備を強化している。

ある程度車両を進ませた所で、誘導棒が再びレッドに点灯。水平に持って車両の進行を止める。


 「そうですね。向こうが投降を要求したのが幸いでした」

 「あと、九.五係(きゅーご)のロボットの大活躍!

  カッコ良かったです…!」

 「ど…どうも」


 両目をキラキラ光らせるヘイディをルナは何とか宥めたが、今度はルナと同じく検問を行うスタンツマンが口を出した。


 「富士見隊員、あれもプロフェッサー・レッシィの開発品ですよね。

  いや、やはりすごい。あれだけの質量を持ちつつ高い機動力を発揮し、

  さらに達人級の格闘術まで再現する柔軟な駆動。

  しかも普段は車両やボートとして使えるスグレモノですよ!

  シティポリス最高のエンジニアはやはり違う…!」

 「…え、教授(プロフェッサー)?」

 「ええ、九.五係にいらっしゃるんでしょう? メディックスキャナや電磁バリアシールドを開発された方。

  通称プロフェッサー・レッシィ、謎めいたエンジニアにして世界最高レベルの科学者!

  僕の心の師なんです、お会いしたことはありませんけど。一度お目見えしたいですねえ!」


 早口で話すスタンツマンに対し、どう答えた物かルナは大変迷った。

クィンビーを開発したのは確かにレッシィなのだが、彼が思い描いているだろう人物像とは全く異なる。

しかし、九.五係のメンバー以外のポリスに対してまだ警戒心を抱くレッシィのことは、まだ話せない。

ここは適宜濁しておくのがいいだろうと、ルナは判断した。


 「…ファンがいることは伝えておきますね」

 「ありがとうございます! ありがとうございます! 感謝のハラキリをしなければ…」


 どうも話を聞くに、この二人はそれぞれルナとレッシィのファンであるらしい。

その一点で共感したようで、最近はドルフ隊長も交えて三人で行動を共にしている。

一方で三人とも根は善良、正義感も強いシティポリスの鑑でもある。苦笑しつつ、ルナは感謝もしていた。


 この日までの一週間、九.五係はライの体調管理に精を出していた。

以前から医師の指導の下に行ってはいたが、明確な自我があると知り、より彼女自身の心身の健康を尊重する方向に舵を切ったのである。

噛むこともほとんどできないので食事は液状流動食、しかし筋肉が落ちないようにタンパク質を増量。

味付けもいくつか試し、ライのごくわずかな挙動から少し塩味強めとなった。


 入浴やトイレについては引き続きメルが引き受けることとなった。

羞恥心もあるということで、トイレの際は一旦外に出てからウォッシュレットが自動処理を済ませるまで待ち、

入浴時もお互いに体にタオルを着用して体を隠すようにした。プライバシーとデリカシーの保護だ。


 また、定期的に体を動かすようにした。

と言ってもライ自身では動かせないため、ルナの補助と室内トレーニング器具を用いて手足を動かしてやる程度だ。

しかし長い間動けずにいた代償としてライの体はかなり筋肉が少なく、それでも十分な運動になるようだ。

最初は関節が凝り固まっているようで殆ど動かせなかったが、今は常人と変わらぬくらいには動かせるようになっている。


 (…ライが目覚めたら、か…)


 Eヘッドの件を踏まえた上で最初に医師から言われたのは、彼女が目覚めた時に健康であるように、とのことだった。

脳の検査をした所障害の類は無く、構造も明確に他の人間と異なる部分は無いという。自閉症や知的障害とも異なるらしい。

そしてあくまで『可能性がある』という推測の域を出ないが、ライが自力で今の状態を打破できるかもしれない…というのが医師の見解だ。

体調管理の改善は、可能な限り周囲の人間と触れ合い、より外界からの刺激を受容しやすいようにと勧められてのことでもある。

 そうして一週間が過ぎたわけだが。


 (……何もないのが却ってイヤだなあ)


 不気味なほどに静かな時間が過ぎていた。

第八どころかスコルピオさえも動きを見せず、せいぜい軽犯罪が数件発生した程度。

九.五係が大型マシンで出動する必要もなく、殆どルナや他の隊員達が素手で犯人を叩きのめし、逮捕して終わり。

しかもスコルピオとは特に関係のない、それこそ三流以下(チンピラ)ばかりだ。

 一般市民、そして一部のポリスは平和になった物だとすっかり安心していた。

先日のEヘッドがスコルピオの最後の兵器だとでも思っているのだろう。

だが、ルナの暴力警官としての勘が、それを否と言っていた。


 「…にしても、最近平和すぎて不安ですね。富士見隊員はそう思いません?」


 そして、それはヘイディ達も同様であった。

違法改造はおろか、自前で軍隊のそれを上回る兵器を持つ犯罪組織が、そこで終わるわけが無い。

動きをひそめて何かを狙っている。必殺の毒針を突き刺す瞬間を狙うサソリのごとく―――

そんな緊張感を、ごくわずかな者達だけが感じていた。

そして『毒針』は、予想外の形で突き刺さったのである。




 交通整理の仕事を他のポリスと交代し、パトロールを終えて署に到着した夕方。

ルナは署の正面玄関前が込み合っていることに気付き、バイクを降りてその横を通り抜けようとする。

と、そこに一台の車両が停まった。どうやら犯罪者を護送してきたらしい。

だが、それにしてはずいぶんと物々しい出迎えである。


 集まった者達の電光腕章(ライトバンド)を見ると『PRESS』の文字が輝いていた。

つまりマスメディアだ。それが一体何をしに来たのか。

彼らは降りてきた犯罪者を、そして彼を連れるポリスの映像を撮影し始めた。

ルナが驚愕したのは、そのポリスが彼女のよく知る人物―――第八分隊の隊長だったことだ。

メディアの列に紛れたことで、どうやら第八の隊長はルナに気付いていないようだ。

そして彼を出迎えたのは、マスメディアだけではなかった。


 「よく逮捕してくれたよ、サナダ君」


 よりにもよって署長である。つまり、署長が出迎えるほどの犯罪者を彼が捕らえたということだ。

だが、隊長が連れている男はお世辞にもそのような大人物には見えない。

確かに来ている服は立派だ。クラシカルなビジネススーツ、黒いシャツに赤いネクタイ。

時代が時代ならすぐにマフィアか何かだと思っただろう。

しかし彼の、暗くいじけて周囲を恨みがましく睨みつける視線から、そのような風格をルナは感じない。


 「光栄です、署長」

 「これでこのシティも平和になるね。いやぁ、よかったよかった!」


 白々しい会話を聞き流し、ルナは足早に署のビルの裏手に回った。

周辺に誰もいないことを確認し、バイクを押してプレハブ小屋に入る。

エレベーターで地下の格納庫まで降り、バイクを停めてオフィスに顔を出した。


 「富士見 ルナ、ただいま戻りました!」

 「お帰りルナ。署のプレスリリース見たかい?」

 「いえ、まだです…何かありました?」


 出迎えたダイアンの話を聞きつつ、ソファに座るレッシィやキッチンにいるメルの表情を見る。

明らかに浮かない顔だ。ダイアンのいう署のプレスリリースを見たのだろう。

ルナはさっそくQスマートを起動し、シティポリスの公式ホームページを開いた。

そしてトップに掲げられた文字を見て、愕然とした。


 『キング・スコルピオ首領、ついに逮捕!』


 その文字の背景では、先ほど通り過ぎた署の正面玄関の光景…

第八の隊長が逮捕した人物を連れ、署長がそれを出迎えるリアルタイム動画が流れている。

しかも逮捕したのは隊長本人ということになっていた。


 「…これ、さっき見ました! ウソですよね!?」

 「恐らくな。だが一つ問題がある」


 ダイアンは苦々しい顔で答えた。


 「ポリス、メディア、市民。誰もスコルピオの首領の顔を知らないんだ」

 「じゃあ、どんな顔の奴でも首領(ドン)だって言いたい放題じゃないですか!」

 「そうだ。それを以ってスコルピオの犯罪行為は終わったと、印象付けたいんじゃないかな」


 何のために…そう言いたげなルナの表情に気付き、ダイアンはため息を吐きながら言う。


 「潜伏―――そして、活動の本格化さ」




 署の会議室を借り、ルナとダイアン、ドルフとスタンツマンとヘイディが顔を合わせていた。

話題は勿論先日の『キング・スコルピオ』逮捕劇のことだ。

ここでは直前まで隊長以上の役職が会議を行っていたばかりで、ルナ達はその会議の情報を共有するために呼ばれたのである。

ドルフから送られた会議の議事録を受信し、ルナ達はそれぞれの持つ端末に表示した。

そこには第八分隊の隊長、ダニー・シラノ・サナダがキング・スコルピオの首領を逮捕した件について書かれていた。


 《正直、あの空気はツラかったぜ…署長が一人べらべらと褒めまくっててなあ》

 《功績が功績だけに、他の隊は何も言えなかったのが余計にね…》


 会議の様子を思い出し、ドルフとダイアンがげんなりする。思わず顔を見合わせるスタンツマンとヘイディ。

顔を溶接用のフェイスガードなどで隠し、テーブルに映した文字で会話するのは、録音・録画などで招集メンバーが知れるのを避けるためだ。

一方、ルナはここで初めて第八の隊長の名前を知った。


 《まず私達がこの逮捕劇の真相を暴くには、本物のスコルピオの首領の顔を知っている人物を探さないといけない》


 全員がそのメッセージを読み、ダイアンに注目すると、ドルフが反論のメッセージを表示した。


 《あの犯人が偽物だって根拠はあるのか?》

 《アタシの勘です》


 ルナがそれを受けてメッセージを表示した。

暴力警官にしてシティポリスでも最強クラスの危険人物の勘…確かに当てになるといえばなる。

だがそもそもの証拠が無い。件の人物が本物のスコルピオ首領であれば、不当な糾弾ということになる。

度が過ぎれば懲戒免職にもなるだろう。


 《仮にあの容疑者が本物の首領で、且つ第八の隊長が本当に逮捕したのなら、責任はアタシが取ります》

 《わかった。じゃその勘を信じるぜ》

 《ありがとうございます》


 ドルフとて、ルナの言葉を無下にしたいわけではなかったようだ。

暴力警官でありながら一般市民には優しい彼女は、既に功績以上の信頼を、本人も知らぬうちに築いているらしい。

とりあえず本物の首領を探し出すという方向性で話を進めることになり、ルナはメッセージを表示した。


 《首領に会ったことのありそうな人ってどんな人だと思います?》

 《主に構成員だろうな。だが手下に顔を見せていない可能性は大きい》


 答えたのはドルフだった。犯罪組織のトップは情報の流出を徹底して防いでいる…というのが、彼の経験則である。

個人を特定できる情報…個人名、画像、音声、普段着ている服装、身長体重、専用タブレットの通信アドレス、住居。

ありとあらゆる情報を彼らは隠している。

 更にヘイディが続く。


 《他には個人情報を偽造したケースもあります》


 情報が流出したところで、存在しない人物にあたるか、最悪の場合無関係の人間に行きあたることもある。

本人はダメージをうけないというわけだ。

続けてメッセージを表示したのはスタンツマンだった。


 《顧客なら対面した可能性はあるんじゃありませんか?》

 《顧客?》

 《何がしかの契約を行うならお互いに信用が必要ですから。

  映像作り放題、ごくわずかでも情報流出の可能性があるのオンラインでの会議より実在を確認できる対面の方が遥かに信頼性が高いです》

 《外部の人間ってことか。取引相手、つまり表面的には立場上は同等って奴だな》


 ドルフのメッセージを読み、スタンツマンがうなずいた。

なるほどとルナも納得する。取引相手を信用させるなら、まず自分が表に出る事…すなわち直接対面する可能性は大きい。

過去の犯罪者のリストの中から、スコルピオの首領と取引した人物を上げれば良いということか。

だが、ごく最近スコルピオに出会ったであろう人物の心当たりはあった。


 《ジェイソンに訊いてみますか?》


 フレデリック・ジェイソン。かつてシティポリス第二分隊に所属し、先日ルナが逮捕した犯罪者だ。

彼がスコルピオの招聘に応じ、九.五係の壊滅を狙っていたことが尋問によって判明している。

メルに心身とも叩きのめされた末、現在は第三区の行政機構集積特区(ガヴァメントエリア)地下収監所に収監されている。

かつて同じ分隊にいたドルフがうなずく。


 《あの野郎は言わば客員だったな。なら対面した可能性はある》

 《早めに行こう。スコルピオの件を収束させようとしているということは、あちらも時間はかけられない》


 ダイアンが促すと全員が立ち上がり、会議室を出てマスク類を外し、署の前に停めていたミニキャリアに乗り込んだ。

その間にスタンツマンがタブレットを操作し囚人との面会許可証の発行手続きを済ませる。

ドルフが運転し、助手席にスタンツマン、後部座席にルナとダイアンとヘイディが座るが。


 「……すまないヤンセン君、狭くないかい?」


 身長二メートルのダイアンが座席の半分と少々を占有し、間にルナを挟み反対側のヘイディがドアに押し付けられる形となった。

が、明らかにそれと関係なくヘイディはルナにしがみついている。


 「い、いえ富士見隊員と密着でき…大丈夫です私小柄なので」

 「本音が出たな。そうか、じゃあしばしそのまま我慢してくれたまえ」

 「は~~~い」

 「アタシも狭いんですけどねボス」

 「ハハハ」


 ダイアンはルナの陳情を却下した。そんな光景をげんなりした顔で見ていたドルフが前に向き直り、車をスタートする。


 「おめーら楽しそうだな…重要参考緒人に会いに行くっつーのに」

 「気のせいさ。それより早く行こう」

 「あいよ」


 区画と区画の間の十六車線道路を走り抜け、ミニキャリアは沿岸近くの第三区へ向かう。

プリフェクトラル・オフィスの横を通り過ぎると、高架下に入ったところでスタンツマンがタブレットを操作する。

道路の途中の擁壁がスライドして、収監所への通路の入り口が開いた。

ミニキャリアが入り口を通り過ぎると再び擁壁が閉まる。


 ちなみにイーストシティの市役所(シティオフィス)は四十五区の方にあり、そこでは住民の戸籍管理などを主な業務としている。

市政は三区のプリフェクトラル・オフィスで他のシティとまとめて運営していた。

二十一世紀以前で言う都道府県庁に相当する機関だ。

 しばらく暗いトンネルを走ると、鋼鉄の分厚いシャッターの前でミニキャリアは停まった。収監所の正面玄関だ。

エンジンを切り、ドルフが全員に尋ねた。


 「どうする。全員で行くか?」

 「それが良いと思います。何かあった時のために、一応全員武器を持って」

 「……そうだな」


 ルナの答えに対し、ドルフは少し考えてからうなずいた。

九.五係のメンバーが言うに、ポリスにはスコルピオの手が伸びている。

となれば、囚人が多数いる収監所などは取りこまれている可能性が大きい。周囲が敵だらけということも考えられる。

五人は警戒しつつ収監所の正面玄関ドアを開け、中に入った。

スタンツマンがタブレットを警備員に見せて、全員の身分、面会許可証、武器の所持を確認する。

そして監獄棟のゲートのリーダーにタブレットをかざし、顔写真とID番号の認証で開錠しようとしたとき。


 《This account is currently not available》

 「―――あれ?」


 アカウント使用不可を知らせる音声が鳴り、開錠が拒否されたのである。二度三度と繰り返すが、音声と開錠拒否が帰って来るだけだ。

何事かとヘイディが覗き込む。


 「どうしました、スタンツマン隊員?」

 「いえ、何故か僕のアカウントが使用不許可になっていて…ヤンセン隊員のアカウントでやってみてくれますか?」

 「いいですよ。どうしたんでしょうね…」


 ヘイディが自分のタブレットをかざして開錠しようとする。が、


 《This account is currently not available》

 「……私のもです」


 結果は全く同じ。続けてドルフ、ルナ、ダイアンと試してみたが、結果は全て同じだった。

予告なく全員のアカウント使用不可。会議室の使用には使えたのだから、この収監所だけでのことだ。


 「おっかしいですね。メンテとかはしてないはずですけど…」


 警備員が開錠しようとしたが、こちらも使用不可。

そんなバカなと首をかしげ、警備員はやむなくタブレットと認証用リーダーをケーブルで接続し、管理者用のアカウントでの開錠を試みた。


 《This account is currently not available》

 「嘘だ! 管理者でも開けられない!? クラックか…?」


 警備員が認証リーダーのログを調べ始める。だが画面を覗き込んだスタンツマンともども、クラッキングどころかシステム更新のログも無い。

その時、ルナが突然銃を取り出し、銃口をゲートに押し付けた。慌てて警備員が止めようとするが、ルナに遮られる。


 「ごめんなさい、時間が無いの。修理代はアタシの給料から引いておいて!」


 それだけ言うと発砲し、ゲートのロックを破壊したのである。静かな棟内に金属片が散らばる音が響いた。

なんてことをと警備員が叫ぶが、聞き入れずにルナとヘイディがゲートを力づくで開け、監獄棟へと駆けこんだ。

ドルフ、スタンツマン、ダイアン、少し遅れて警備員が続く。

収監所にエレベーターやエスカレーターなどは無く、上り下りは全て階段で行う。

 ジェイソンが収監されているのは監獄棟三階の一番奥だ。五人と警備員が辿り着き、今度はドルフとダイアンが牢を開ける。

本来なら外部からの操作が必要なはずの牢が、人力のみで開けられた。

そして狭い牢内は―――もぬけの殻であった。


 「…脱獄……?」

 「いえ、それは無い筈です。これらの扉は内側からは開けられないですし、破壊の跡もありません」


 ヘイディが牢内に入り込んで観察する。彼女が言う通り、牢の内部には破壊した形跡が無い。

が、ルナは一つの可能性に思い至った。警備員の肩を掴んで問い質す。

彼自身はシティポリスの職員であり、その名前も顔もルナは記憶している。だが、懸念点はそこではない。


 「あなた、いつからここで仕事してる?」

 「オレですか? 三日前に引き継いだばかりですけど…」

 「その時点でこの牢屋に誰か入ってた?」

 「いえ、カラでした。名簿にもありません」


 引継ぎ時点でジェイソンはここにいなかったという。だが、シティポリスにそれが告知されることは無かった。

まだ懲役刑こそ執行されていないが、その間も収監所から出ることはできないはずだ…誰かが意図しない限り。

何が起こったのか、全員が気づいた。


 「やられた…!」

 「ああ。恐らく引継ぎに合わせて出所、というか収監の事実がもみ消されたんだな」


 青ざめるルナとダイアン。


 「リーダーのデータベースからは、第八分隊を除くアカウントが全て除外されています」


 スタンツマンも認証リーダーの更新ログを見ながら発見したようだ。

警備員が驚愕に叫び、ドルフが苦虫を噛みつぶしたような顔をする。


 「ポリスが勝手に更新したんですか!?」

 「そーいうことだ。おい九.五係(きゅーご)のお二人さんよ、あんた達の心配した通りだな!」

 「まったくだ。私はオフィスに戻ってシティのカメラを確認し、発見次第居場所を各ポリスに送る。シティにも警報を出す」

 「頼む、俺は緊急出動を要請しとく。…射殺魔の野郎がうろついてるなんざ、本気でゾッとするぜ」


 五人は収監所を出て、急ぎ署に戻りそれぞれに行動を開始した。

ルナはSMSを着用、レッシィと共に出動した。

サイレンが響く街中を、レッシィが空中からスカイグラップで、ルナが地上をストライクハートで走行し、ジェイソンを探す。

ドルフの要請は無事通ったらしく、途中で他の分隊の隊員達とすれ違った。

彼らも懸命に捜索しているが、すぐには見つからないようだ。

レッシィから送信されるレーダーのディスプレイにも、特に反応らしい反応はない。

以前乗っていた『ニードルフィッシュ』と同様、レーダー探知を妨害する機能があるマシンにでも乗っているのか。


 否、とルナの勘は告げていた。

ジェイソンの収監記録抹消の目的は、九.五係の壊滅ではあるまい。大規模な兵器は持ち出さないだろう。

ルナは頭の中で、偽のスコルピオ首領逮捕と第八分隊隊長ダニー・シラノ・サナダの目的、さらにスコルピオの兵力を組み合わせ、仮設を組み立てる。


 かつて、サナダはライを救出するはずの…実際はスコルピオ傘下の施設に送る任務に就いていた。

が、そのライは公式には行方不明だ。

サナダがスコルピオと手を組んでいるのなら、今もライを探している可能性は十分にある。

 しかしライは外部の人間だ。少なくとも書面上では九.五係の隊員ではない。公的には一般市民である。

両親が行方不明という彼女に戸籍があるかは不明だが、それでも一般人を捕獲・強制連行することなどポリスには不可能だ。


 だが署長が後ろ盾となれば、事情は異なる。今回の功績(・・)によって、様々な申請が通りやすくなる可能性はある。

彼女を連行するための手続きも、時間はかかるであろうが、署長が味方となればだいぶ通りやすくはなるはずだ。

であれば、ジェイソンの『出所』はライを探す間の時間稼ぎが目的であろう。

ジェイソン程度にできるのは、せいぜいポリスの撹乱くらいだ。わざわざ仲間に引き入れるほどの人材ではない。


 問題はサナダがライの所在を知っているかどうかだ。


 彼女を保護したのが元同僚であるルナの父、つまりシティポリスである以上、所在が知られている可能性はある。

これまでそれらしい動きは無かった。恐らく気付かれてはいなかったのだろう。

 それが突如行動を開始した…ということは、ライが九.五係にいると気づかれたのではあるまいか。

このタイミングに重なったのは―――先日のEヘッド戦、クィンビーが初めて起動したときだ。

ルナは、ライを連れていってはどうかと自分が進言したのを思い出した。


 「…アタシのせいか……! アタシが連れ出したから、あの野郎はライの存在に気付いた…!」


 後悔にルナは歯噛みする。それを通信で聞きつけていたメルからフォローが入った。

話しの大本、そしてルナの推測をはダイアンから聞いたのだろう。


 『ルナちゃん、それは違うわ』

 「どういうことですか、ママ?」


 メルの声は沈痛だ。


 『サナダ隊長はライちゃんの能力を知っていたからこそ、クィンビーを起動したのはライちゃんのおかげだと勘付いたんじゃないかしら。

  あれだけの巨大ヒト型マシンを精緻に動かせるOSなんて、普通の人では組めないもの。

  そしてスコルピオとの闘いが激化した以上、クィンビーの起動は避けられないことだったわ。

  たとえライちゃんが現場にいなくとも、彼は気づいたはずよ。だれも責められることじゃない』

 「……ありがとうございます」

 『どういたしまして。それより、その近くに妙なバッテリー反応が出たわ。製造元不明。恐らくスコルピオ製よ』


 メルに言われ、ルナはヘルメットのレーダー画面を確認した。どうやら今しがた出現した反応らしい。

距離は近いといえば近い。約五キロメートル。―――ジェイソンの狙撃における最大射程だ。

思い出した直後、フェイスシールドに赤い光点が映った。


 『ルナちゃん?』

 「いました!」


 発砲音が聞こえた。ルナは走りながらバイクを横倒しにし、路上を滑って弾丸を避けた。アスファルトが砕ける。

すぐさま起き上がり、バイクを停止させて音が聞こえた方に銃を向ける。五キロ先のビルの屋上に、捜索中のジェイソンがいた。

ルナは発見と同時にレーダーを表示。ジェイソンが立つ地点と同一の場所にバッテリー反応が出る。


 『よぉ、マッドポリス!!』


 エアロマイクからの声だ。思い出すだけで虫唾が走るこの声は、間違いなくジェイソンの声であった。


 『お前らには世話になったよなぁ。とくにお前だよ、マッドポリス! 大事な手を粉々にしやがって、あれからまともに銃も持てやしねえ!』

 「どうせヘタクソなんだから。持つだけ無駄でしょ三下」

 『黙れぇ! お前を殺したら、その次はフォンテーヌだ。無様に死ぬんだな!!』


 憎悪の叫びの直後、再びジェイソンは発砲した。だがルナがバイクを走らせた直後のために外れ、弾丸がアスファルトに突き刺さる。

まともに銃を持てないと言った割に、逮捕した時点から狙撃手の腕は落ちていないようだ。代わりに上がってもいない。

ルナは細い道路を巧みに走り、バッテリー反応を表示させてジェイソンを追った。反応が移動するが、その速度は明らかに人間が走る速度を超えていた。


 (何かに乗ってる…?)


 だが、ジェイソンの横にはマシンの類は無かった。となれば携帯用の小型ジェットパックか何かだろう。

気付いた瞬間、三発分の発砲音が聞こえた。バイクを加速させると、その後を追うように弾丸が地面を直撃する。

普通の狙撃銃ではありえない連射速度だ。かつて回収した狙撃銃は既に破壊した。新しい銃を入手したのだろう。

 それに加えて高速で移動する手段まで持っている。上空に逃げられれば再逮捕は困難になる。

ルナは両肩から重力アンカーを発射し、正面に立つビルの壁に固定すると、バイクに乗ったまま地上からビルの外壁に跳び移った。

ストライクハートは垂直の壁を上り、すぐに屋上に到達する。

直後、その眼前に銃口が突き付けられた。


 「…!」


 ごくわずかな金属音から発砲を察知し、ルナは体をのけ反らせた。弾丸は向かいのビルを直撃した。ガラスが砕け、ビル内から悲鳴が聞こえる。

バイクの上でのけ反った姿勢のまま、ルナは銃を抜き、発砲した。視界内にジェイソンを捕らえていないため、狙いは大きく外れた。

―――と、ルナは思った。異様な金属音が響くまでは。


 体を起こしてジェイソンと対面する。顔が見えなかったのは彼が左腕に装備した超合金(スーパーアロイ)シールドをかざしているからだ。

ジェイソンはゆっくりと左腕を下ろした。

両腕に機械のアーム、顔は左目側のみゴーグルを装着している。左腕にはシールド、そして右手には大型狙撃銃を軽々と抱えていた。

さらに背中に火を噴くジェットパックを背負うその姿は、機械と一体化したかのごとき異様さであった。


 「何、それ…」

 「スコルピオがくれたのさ。狙撃用の補助器具だ!」


 それだけ言うと、ジェイソンは銃口をルナに向け、三連続で撃った。

構える動きを見て、ルナはすぐにバイクを走らせ、隣のビルの屋上に跳び移る。

連射可能な、しかも精度は一般流通しているものと大差が無いという、類を見ない狙撃銃だった。これもスコルピオによる開発だろう。

ルナは着地後、すぐにバイクをターンさせた。同時にジェイソンのジェットパックが火を噴く。

両手は銃を抱えたままだ。ジェットパックは恐らく脳波か何かでコントロールしている、とルナは推測した。

バイクで飛び掛かるルナを垂直上昇で回避し、真上から撃つ。バイクの外装に弾かれた弾丸が屋上の一角に穴を空けた。

ルナはバイクにまたがったまま、ビルからビルへと跳び移る。ジェイソンはそれを追って飛行し、狙撃銃を乱射した。


 「ぃひはははは! 逃げても無駄だぜぇ、俺の銃から逃げられるものかァ!」


 笑いながら銃を乱射する姿は、もはやただの殺人狂であった。

かつてはそれなりの腕を持ち、必殺の一射で確実に仕留めようとした男とは思えない狂乱ぶりだ。

しかし乱射しながらも狙撃の腕そのものは落ちておらず、動きを停めれば確実に撃ち抜かれるだろうことはルナにもすぐ判った。


 (面倒な奴に厄介なものを…!)


 射程と精度ではジェイソンに圧倒的に分がある。

だがジェイソンは、ルナを殺す好機とあってか冷静さを欠いていた。

瞳孔は散大し、口の端に泡を吹いている。狂人の様相―――かつて彼が射殺したカルト教団の教祖に似ていた。

以前メルの目の前で自身の本性と怠慢を暴かれ、自信を打ち砕かれた反動もあるのだろう。

勝機はそこにある―――ルナは一計を案じ、屋上からバイクに乗ったまま飛び降りた。


 「なんだなんだなんだなんだぁ!? 運転をミスしたか、バァカめ―――なっ!!」


 飛び降りた直後、垂直の壁でターンしたストライクハートが、ジェイソンの目の前まで跳び上がった。

ジェットパックで後方に飛び、激突寸前で回避する。だがバイクは屋上に着地した後、無人のまま急停止した。

ライダーであるルナの姿は、バイクの上には無かった。

 ジェイソンが呆気にとられた、その直後。


 「どりゃぁああっ!!」


 真上から何者かに飛び掛かられ、一瞬ジェイソンはパニックになった。

振り返って背中にしがみつく人物の顔を見た。ヘルメット越しにルナと目が合った。

ルナはビルの外壁でバイクだけをターンさせ、ジェイソンの目の前まで飛ばしたのである。

ジェイソンが無人のバイクに気を取られている間に重力アンカーで高いビルまで跳び移ると、壁を蹴ってジェイソンに飛び掛かったのだ。


 「ムチャクチャしやがるぜ、このキチガイ女が!!」

 「今すぐ降下して降伏しなさい。でないと頭吹っ飛ばすわ」


 ルナはジェイソンの額に銃口を押し付けた。抵抗を続けるのであれば射殺する、という警告だ。

だがジェイソンもジェイソンで、ルナの警告がただの脅しではないことをよく理解していた。

ならばとジェイソンはジェットパックを噴射させ、空へと上昇していった。

あっという間に全てのビルの高さを越える。この高さからパラシュートが無しで落下すれば、間違いなく即死する。


 「はははは! 俺を撃てばお前も落ちるぜぇ、そして死ぬんだよ!」


 いかにマッドポリス・ルナとて、ビルを越える高さから落ちれば死ぬ。

流石の彼女も恐怖するであろう―――そう踏んでの事であった。


 「撃てるか! 俺が撃てるのか!? あぁ!!?」

 「…フン」


 だが高笑いするジェイソンを、ルナは鼻で笑った。そして彼女の行動には全くためらいが無かった。

銃口をジェイソンの頭から逸らし、ジェットパックに押し付け、そして発砲した。

ジェットパックは爆発、炎上。空にオレンジ色の火花が飛び散る。当然飛行能力を失い、即座に落下が始まった。

ジェイソンの顔が途端に恐怖にゆがむ。


 「うわ、うわあああああ!!」

 「このまま落ちたら死ぬわよ。それともアタシにアタマ吹っ飛ばされたいかしら。どっちも嫌ならさっさと降伏するのね」

 「て、てめえも死ぬんだぞ! 何やってんだこのキチガイ、っぁああああ!!」


 恐怖に泣き叫ぶジェイソンに、ルナはあくまで冷徹に銃を向けている。

避けられぬ死の恐怖から、ジェイソンは僅かな生存の可能性にすがりつくことを選んだ。


 「す、する! 降伏するから、スコルピオの事も言うから! だから早く助けてくれ! 助けて!」

 「そう。それじゃ」


 ジェイソンの降伏を受け入れ、重力アンカーを付近のビルに向けて発射しようとした時だった。

ジェイソンの左目側ゴーグルから警告音が聞こえ、ルナは僅かに体を離す。同時にジェイソンの側頭部が吹き飛んだ。

ゴーグルには爆薬が仕込まれていたのだ。スコルピオが仕込んでおいたのだろう。役に立たねば消すというわけだ。

 ルナは空中でジェイソンから離脱した。そこへスカイグラップが到着し、虚空に身を躍らせたルナを天面で受け止めた。

スカイグラップにはストライクハートも立てかけられている。レッシィが回収してきたようだ。

一方、ジェイソンの死体は地上に激突。派手に血をぶちまけた。地上で市民たちが悲鳴を上げる。


 『ルナ。あのおっさん、何があったの…?』

 『フニ~』

 「消されたらしいわ。装備に仕込まれた爆薬で」



―――〔続く〕―――

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