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【完結】爆装特警クィンビー  作者: eXciter
本編
12/23

FILE4.[ライ・イン・ザ・デイドリーム]④



 夜。シティオフィスからは一人の脱走も許されず、業務時間を過ぎてもビル内の照明は点灯していた。

恐らく食事も満足に取れていないだろう…ビルの前で待機しているシティポリスは、焦燥感に駆られていた。


 「野郎ォ、完全に余裕ブッこいてやがる」


 装甲車の運転席で、ドルフは歯噛みしていた。

(エレファント)ヘッドのパイロットはもはや警戒しておらず、コックピットで電子書籍を読んですらいた。

既にシティポリスが抵抗を諦めたものと見ているのだろう。

後は降伏宣言を待つばかり、というわけだ。

運転席ドアの側に立つヘイディも、それをみてつぶやいた。


 「腹が立ちますねえ。電磁加速ロケット砲の一つ二つ撃ってきてやりましょうか」

 「ヤンセンの嬢ちゃん、意外と血の気が多いな…」

 「ダメですよヤンセン隊員、ロケット砲程度ではあの装甲を破壊できません。

  もっと質量の大きい物を用意しないと」

 「違うそうじゃない」


 スタンツマンに突っ込みを入れつつ、ドルフは監視し続ける。

彼が率いる第二を始め、第八以外の各分隊も戦闘の用意だけはしている。

だが、彼らが攻撃を仕掛けないのは幾つか理由がある。

一つには、シティやオフィスの職員の安全のため。迂闊に動けばEヘッドも動くだろう。

加えて、Eヘッドを鎮圧するに充分な火力が無いこと。

そして何より、もっともふさわしい分隊があること。


 「あいつらが来るまで待つしか無ェか…」


 彼らが待っているのは九.五係のメンバーだった。

Eヘッド撃滅作戦の主導は九.五係に任せる…これは先の緊急会議での決定だ。

どの分隊長もダイアンの、そして後押しするドルフの意見に賛成した。

それが各分隊に伝えられたのが二時間前。現在、タイムリミットまで八時間だ。


 九.五係が対キング・スコルピオ戦に特化した分隊であることは、シティポリスの間で急速に浸透した。

彼女達がいなければスコルピオには勝てないと、第八以外のポリス全体が思い始めている。

強大なマシンを複数持ち、スコルピオの手先を逮捕した事実がそうさせていた。

もはや違法改造の域を完全に逸脱したスコルピオのマシン、それを撃破できるのは彼女達だけだ。

頑強極まるボディにすさまじい火力を持ったEヘッド相手でも、何とかしてくれる―――

全員がそう思った、まさにその時だった。


 「―――あの音は!」


 最初に気付いたのはヘイディだった。

静かだったこの場に、いくつかのエンジン音が聞こえた。

普通の自動車やバイクでは到底出しえない、大地を揺らすようなエンジン音。

そしてシティオフィスビルに立つEヘッドの背後から、何かが飛来した。


 「来たぞ! 全員、道路わきに退避しろ!!」


 ドルフが全員に号令をかける。

彼らの役目はオフィス前の道路に集まり、Eヘッドの注意を引き付け続けることであった。

真正面に彼らが居座ることで、同じ方向から九.五係が来るものと思わせる…

作戦のごく最初の段階は成功した。

昼の戦闘でビルが倒壊し、道路はだいぶ広くなっていた。

戦闘に敷地を利用することは、既に土地の権利者および各企業に連絡済みだ。

相当渋られたものの、Eヘッド撃滅のためと言ってどうにか説得には成功した。


 飛来した物体―――コマンドバルクとスカイグラップが発射した質量弾ミサイル『ワスプスティンガー』だ。

ワスプスティンガーは、完全に正面にポリスに気を取られたEヘッドの後部に直撃した。


 『うおぉぉっ!?』


 突然の衝撃に驚愕し、プロフェッショナルのパイロットもさすがに慌てる。

立て続けに、その背後から細長い何かが飛来した。

底面にAGMTを搭載したセイルステッパーが超高速で飛行し、先端から激突したのである。

立ち上がりかけたEヘッドが地面に落下した。アスファルトが砕け飛散する。

パイロットが機体を起こそうとする間、九.五係のマシンがシティオフィスを周りこんで到着した。


 Eヘッドの落下地点はシティオフィスからだいぶ離れていた。

いくら大型とはいえ、クルーザーが巨大なドローンを吹き飛ばしたことにその場の全員が驚愕する。

しかしすぐに冷静さを取り戻し、ポリス達はシティオフィスの職員たちの避難に当たった。

これで人質は救出した。ドルフは手に持ったマグライトを点灯させ、九.五係に合図を送った。


 「あとは頼むぜ、嬢ちゃん達!!」


 それを受けて、ルナ達九.五係はEヘッドに向き直る。

ルナは出動直前のことを思い出していた。


 『ライも連れて行きませんか?』


 ルナがそう言うと、当然全員が難色を示した。

だが一人で置いていくこともできない。ならば、少しでも共にいられる方が良いだろう。

ダイアンがうなずき、ライをこの場に連れてくることが決定した。

今はダイアンと共にコマンドバルクに乗っている。


 わずかな時間で完璧なOSを組んだライに感激し、レッシィが抱き着いた。

ずっと助けようとしてくれていた彼女に、ダイアンとメルは感謝して手放しで賞賛した。

両親と出会ってくれたことを喜び、ルナもまたライを抱きしめて感謝の意を示した。

ライは仲間なのだ。例え言葉をもって話せなくとも。


 『みんな行くぞ。準備はいいな』


 ダイアンからの通信で、ルナは我に帰る。

空中にはスカイグラップとセイルステッパー。地上にコマンドバルクとストライクハート。

Eヘッドが起き上がる前に、全てのマシンが一斉に前進した。


 『シフトプロセス!』


 ダイアンの号令で全員がQスマートを操作する。

普段ヴィークルとして使う各マシンのOSから、別のOSに切り替わる。

各マシンのモニターにモードチェンジのサインが表示され、音声が合体開始を告げた。


 《Operation Queen-Vee Start up》



 『『『『―――爆 装 合 体 ッ!!』』』』



 直後、まずセイルステッパーが形を変えた。

船体が前後で各二メートルほど延伸し、中央部から二つに折れる。

前後両端が跳ね上がると、コックピットが本体から分離、飛行してコマンドバルクの格納庫に収納。

残された本体は垂直に立ち上がり、折れ曲がった中央部から大きなコネクタが上方に伸びる。


 続いてスカイグラップが変形する。

こちらは前半分の外装がスライドし、機体の先端から巨大な拳が現れた。

さらに機体が中央で割れ、広がってカタカナの『コ』の形になる。

こちらもコックピットが分離し、コマンドバルクに格納された。


 コマンドバルクのタイヤが水平に倒れ、バーニアになったホイールから炎を噴射して浮き上がる。

中央の運転席と格納庫をそのままに、ボンネットと後部が下方に倒れた。

運転席部分は下方にスライド、代わってその下から現れたのは、昆虫の顔を思わせる頭部だ。


 コの字状になったスカイグラップの真上から、コマンドバルクが覆いかぶさる。

さらに真下のセイルステッパーに、コネクタを介して結合する。

重々しい金属音、そして三機のマシンが結合したその姿に、待機するポリス達が驚きの声を上げた。

(エンタテインメント)ムービーで見たぞ」「すっげぇ! オレ、ああいうの大好き!」など、特に男性隊員が喜んでいた。

 出来上がったのは、巨大な人体を思わせる姿だ。

人体とほぼ同じ位置に可動関節がある…それこそ人体と似た動きができることが、一目でわかる。


 そして先頭を走るストライクハートが跳び上がった。

下方を向いたコマンドバルクのボンネット、人体でいう胸部のパネルが開き、バイクを収納する。

すぐにパネルが閉鎖され、内部のスペースで左右から伸びたコネクタがバイクを固定した。


 「ライ、あなたが動かしてくれたこのマシン。見せてあげる―――ストライクハート、OK!!」


 ルナからの合図に合わせ、OSの切り替え…同時に全四機のマシンの合体が完了した。

頭部ユニットの一部が赤く発光。両腕を大きく広げ、鋼鉄の拳を握る。

この合体は、第二のOSを起動するための予備動作でもある。

そしてこの合体シーケンスはレッシィが決めたものだ。

ある日Eムービーを見てこのプロジェクトを思いつき、ずっと温めていたという。

合体が完了し、全員がその名を斉唱した。


 『爆 装 特 警 ッ! ―――クィンビー!!』


 合体ロボとしか表現できぬそれに、ポリス達は歓喜し、Eヘッドのパイロットは驚愕していた。


 全体の中核部、体躯(バルク)。敵に掴みかかる両手(グラップ)

体を支え、走る両足(ステッパー)。そして合体モードでの起動キーにしてエンジン、心臓部(ハート)

結集したマシン四台が、ついに一つの巨大なマシンとなった。

コックピットスペース内で、ルナの目の前に、高さ十五メートルほどの高度での視界が広がる。

クィンビー頭部のカメラアイが捉えた視界だ。


 スズメバチ(クィンビー)。スコルピオに必殺の一撃を叩き込む、彼女達の象徴とも言える名だ。


 「覚悟しろ、この野郎ォォ!!」


 ルナは絶叫と共にハンドルを握りこみ、スロットルを回転させた。

クィンビーは足裏とふくらはぎ…セイルステッパーに搭載したAGMTで僅かに浮き上がると、

背部のバーニアが強烈に噴射し、クィンビーが超低空・超高速滑走で前進。

両腕…スカイグラップの機首に搭載された機関砲を乱射した。

その性能は合体前と変わらないが、迫る巨体と合わせてEヘッドを怯ませるには充分だった。


 Eヘッドは弾丸から逃れるべく、右側に滑るように移動した。

こちらもAGMTと機体後部のバーニアを使い、巨体に見合わぬ素早さを見せる。

ルナはハンドルを操作し、クィンビーの巨体を回転させ、真横に向かせた。

同時にEヘッドが機銃を乱射。空中で無数の弾丸同士が激突し、弾頭が路面に散乱する。

Eヘッドは都心へと逃げ込もうとしていた。

市街地での戦闘すれば甚大な被害をもたらす…不利になるのはルナ達の方だ。


 『奴に接近し、捕まえて格闘戦で破壊しろ!』

 「了解!」


 ルナがスロットルを回すと、クィンビーが前進する。

Eヘッドは逃れようとするが、その速度はクィンビーに及ばない。

レッシィとトラゾーの操作で、クィンビーの左の掌がEヘッドに掴みかかった。

EヘッドはABEMBポッドを散布、バリアを展開する。

そのまま腕を突っ込めば、バリアに攻撃されて外装がはがれ、内部のパーツも破壊されるはずだった。

だがクィンビーの左手にスパークが発生。バリアに接触し、分解、消滅した。


 『な、何だと!?』

 「さすが、レッシィに次ぐポリスのメカニック!」


 スタンツマンが制作したアンチバリアチップによる効果だ。

彼が言った通りにバリアを消滅し、効果を如実に示した。

そしてパイロットの驚愕をよそに、鋼鉄の指が眼前のEヘッドのボディにめり込んだ。


 「いっけぇ、レッシィ!!」

 『うにゃああああ!』

 『フニ~』


 レッシィとトラゾーの叫びと共に、クィンビーが右の手を握りしめ、大重量の拳を叩き込んだ。

ロケット砲の砲弾すら弾いた外装にめりこみ、抉り、さらには左のアームを根元から引きちぎる。

まさに鋼鉄の暴力であった。

 混乱しながらもパイロットはEヘッドを操縦し、残された右のガトリング砲をクィンビーに向けた。


 「ママおねがい!!」

 『任せてっ!』


 今度はメルが脚部を操作する。

クィンビーの左の膝を鉄塊とは思えぬ速度で跳ね上げ、ガトリング砲を逸らす。

続けて下段の蹴りで、Eヘッドの脚部を片方破壊した

格闘術の達人である彼女は、直感的に「どう動かせば効率的な技が出るか」を理解している。

その巧みな操縦により、クィンビーの巨体で彼女自身のものと遜色のない技を繰り出したのだ。


 『おのれっ…!』


 EヘッドはAGMTを起動し、空中に逃れた。

機体先端のハッチを開き、機関砲をクィンビーの頭部に向ける。

だがそれを見越してか、クィンビーが突如地面に伏せた。直後に背部のハッチが開く。

内部には『ワスプスティンガー』が大量に詰まっていた。


 『させるかぁッ!!』


 ダイアンが叫ぶと、大量のミサイルが一斉に発射された。

通常であれば直撃してもEヘッドは無傷で済む。パイロットはそれを思い出し、安堵した。

だが複数のマシンで電源を共有し、余剰電力をミサイル発射装置の動力強化に回したことで、

射出速度は合体前のそれを大きく上回ったのである。

数十倍の速度で発射されたミサイルが、機関砲の弾丸を粉々に砕き、

Eヘッドの全身に容赦なくめり込んで、外装も内部骨格もズタズタに引き裂いた。


 『くそっ、フレームまでが…もはや動かんか!?』


 パニックになったパイロットの声が聞こえた。

伏せていたクィンビーが垂直に飛び、空中でバーニアを噴射する。


 『おぉぁたぁああああっ!!』


 メルの叫びと共に急降下からの飛び蹴りが直撃し、Eヘッドの本体をくの字にへし曲げた。

着地して体勢を立て直したクィンビーの右腕のハッチが開き、巨大な杭…

オストリッチを破壊したパイルバンカーがせり出した。


 「レッシィ、とどめ!」

 『うにゃっ!!』


 両脚のAGMTで浮き上がり、背中のバーニアを噴射して高速で前進する。

地面が抉れるほどの速度での突撃だ。

更に腕部のバーニアを噴射させ、クィンビーがパイルバンカーを突き出した。

超合金(スーパーアロイ)の杭の先端が、へし曲がったEヘッドを真正面から貫通した。

さらに勢いあまって拳までめり込み、真っ二つにしてしまう。

断面に火花が飛び散り、小さな爆発がいくつも起こった。


 「いよっしゃぁあああ!」


 ヘイディの叫びを皮切りに、ポリス達が歓喜に湧いた。

と、その直後にダイアンの通信が入る。


 『ルナ、奴のコックピット周辺で機械の作動音が発生した。恐らく離脱する気だ、すぐ追え!』


 クィンビーの視界をルナが担当しているのに対し、ダイアンが担当しているのはあらゆる音、温度、電気等の発生と変化だ。

レーダーでそれらを捕らえ、行動の方針を決めるのがボスたるダイアンの役目である。


 『ハッチ開く! スロットル回せ!』

 「了解!」


 固定していたコネクタが外され、ルナはQスマートを操作してOSを切り替えた。

すぐさまハンドルを握りこんでスロットルを回す。視界内でメーターが大きく上下し、数秒で時速二千八百キロに到達。

胸部ハッチが開くと、Eヘッドのコックピットが本体から分離しようとする瞬間だった。

オストリッチからフィードバックされた、コックピットの分離機能だろう。

当然、逃がすつもりなどルナには無かった。


 「逃がすかァアアア!!」


 最高速度で飛び出したストライクハートが、分離しようとしたEヘッドのコックピットを直撃した。

そのまま両者は巨大な本体を跳び越え、無人のビルの壁に諸共に激突する。

さらに勢いに任せたルナは、コックピットのキャノピーを蹴破り、パイロットの顔面まで蹴り付けた。


 「どるぁあああ!!」

 『うぼぇぇっ!』


 悲鳴を上げたパイロットの口から、折れた歯が何本も飛び出した。顎も砕けたかもしれない。

続けて重力アンカーを射出すると、自身とバイクを壁に固定した。

そのままバイクのフロント部を下方に向け、コックピットの残された外装に押し付ける。

コックピットを押しながら、外壁を下方へと垂直に走る気だ。


 『あひっ…やめ、やっやめ…あうぅっ!』


 ルナの意図に気づいたパイロットは逃げ出そうとして、

しかし二十メートル近く上空にいるのを思い出し、すぐ座席に座り込んだ。

そしてルナは重力アンカーを収納し、バイクを走らせたのである。

ストライクハートの最高速度、二千八百キロ―――その速度で、一瞬にして地上に激突した。


 砕けた地面の上、地上に激突したコックピット部は粉々になっていた。

パイロットの手足は奇妙な方向に曲がっていたが、幸か不幸か命は無事であった。

 スコルピオ所有の中でも最高性能の機体を破壊された挙句、自身まで追い詰められて、パイロットは恐怖していた。

そんな彼の目の前に、真っ赤なブーツが立ちふさがった。ルナである。

彼女とストライクハートは全くの無傷だ。そんな理不尽な、とパイロットは驚愕した。


 「良かった、アタマと心臓と喉と口は無事みたいね。洗いざらい吐いてもらえるわ」


 警告の直後、Eヘッド本体が爆発した。

爆音がビルを揺らし、オレンジ色の炎が市街地を照らした。鉄の破片が砕けた路面に飛び散り、跳ねる。

爆破する鉄塊を背にしたルナに銃を向けられ、パイロットは思い出していた。

凶暴極まる正義感を持つ、この街でもっとも警戒すべき存在…もっとも危険な存在、富士見 ルナ。

数々の犯罪者を恐怖のドン底に叩き込んだ、彼女の通称を。


 「……マッドポリス・ルナ」


 警戒を全く怠ったわけではなかった。Eヘッドの装甲と火力と機動力を以って、叩き潰そうとした。

だが、そんなものは彼女に…あるいは彼女が所属する分隊にとって、何なら屁でもなかったのである。

―――勝てない。キング・スコルピオは、この女達に勝てない。

パイロットは絶望に駆られ、最早あらゆる気力を失ってしまった。

最後に彼の耳に聞こえたのは、ルナが護送用の救急車両を呼ぶ声だった。




 第八分隊の隊長は、薄暗いモニタールームでこの映像を見ていた。

九.五係が大型のマシンを数台持っていることは知っていたが、

このような荒唐無稽な運用は予想外であった。

起動キーのバイクに乗っていたのがルナであることを考えれば、

まさに彼女の引き抜きこそが招いた事態であった。


 「…メス豚どもめ……」


 忌々し気に彼はつぶやき、ルナの異動時のことを思い出していた。

何とか異動を止めようとしたが、いつの間にか決定されていたのだ。

より上層部の思惑があったのではないか、と彼は疑っている。

第八に閉じ込めておけばこの事態は起こらなかったものを…と悔やんだ。


 そしてもう一つ、彼が九.五係に対して抱く疑問があった。

彼はある少女を追っていた。この九.五係の前隊長と副隊長が、その人物に接触したのを知っている。

当時隊員であった現隊長と副隊長も恐らく関わっているはずだ、と彼は睨んでいた。

だが、追っている相手の消息はそれ以後途絶えている。


 その少女を連れ去ったのは、当時彼が最も敵視していた男…富士見 英雄とその妻だった。

彼の思惑を確実に阻みうるであろう、あまりにも強い正義感と公正な心の持ち主であった。

同期入隊できたのは、果たして幸か不幸か。

しかも今はその娘が彼の邪魔をしている。

とにかく、英雄と当時の九.五係が少女をどこに逃がしたかが問題だ。

そこまで考え、彼はふと思いとどまった。


 (逃がした(・・・・)?)


 使いうる様々な手段を用いて捜索したが、結局のところ少女の痕跡は見つからなかった。

であれば、巧妙に痕跡を消去したのではなく―――痕跡を残すような行動自体、起こさなかったのではないか。


 考え直した途端、彼は全てを理解した。

画面に映る巨大ロボット。いくらマシンそのものが高性能とはいえ、余りにも荒唐無稽な運用だ。

荒唐無稽な運用ができるような…そんなOSが組める人物。

考えられるのはただ一人だった。

ただの一言も話せず、自ら歩くことすらもできない…

にもかかわらず、プログラミングにおいて右に出る者が存在しないとすら言われた少女。


 樹 ライ。


 「そうか…ククッ…そうか! 見つけたぞ、そこにいたのか!」


 彼は私物のタブレットを取り出し、ある人物との通話を始めた。

通話相手の顔は画面に出ない。だが彼には相手が何者か判っていた。いつもの取引先だ。

通話相手を示すアイコンには、サソリのマークが明滅していた。




 九.五係のメンバーはオフィスに戻ってきた。

巨大ロボットによる戦闘で、ルナ達は予想以上に疲労していた。

年少組のルナとレッシィとライは入浴を済ませてソファでくつろいでいた。

トラゾーは最初に自分で入浴を済ませたという。今はレッシィの膝に座っている。

レッシィによるといつものことだそうだ。器用な生き物だ、とルナは感心した。


 「……お疲れ様だったね、ライ」


 ルナは隣に座ったライを抱き寄せ、しっとりした黒髪を撫でた。

今日の闘いで何よりの力になったのは、言うまでも無くライだ。

彼女がいなければ、間違いなくEヘッドには勝てなかっただろう。

感謝と共に、ルナはライの肩を抱きしめた。

気のせいであろうか、ライの表情は僅かに安堵が浮かんで見えた。


 いつもは二つに結んでいる髪を下ろし、ライはいつも通り膝を抱えていた。

当然ルナの言葉にも答えない。彼女と目も合わせられない。

それでも言葉は通じているのだと、ルナには理由なく判った。


 と、反対側の腕にレッシィがしがみついてきた。


 「お、っと…どしたのレッシィ?」


 わずかに頬を膨らませ、レッシィは不機嫌そうにルナに抱き着いている。

ルナが首をかしげていると、レッシィはうつむきながら答える。


 「…あたいも。あたいも、がんばったもん」


 …つまり褒めて欲しいのだ、とルナは気づいた。ライだけが褒められるのが気に入らないのだろう。

そもそも、レッシィの計画あってこそのあの戦闘だ。褒めないわけにはいかないのである。

ルナはレッシィの頭を撫でた。頬を染め、レッシィは照れながら笑った。


 「うん。レッシィも頑張った!」

 「んにゅ。えへへ…あっ、でもライががんばってくれたから」


 そう言いながら、レッシィもルナと同じくライを撫でてやった。

ついでにトラゾーもライを撫でる。つかの間の平和な時間だ。

そこへ入浴を終えたダイアンとメルがやって来た。

二人は揃いのガウンを纏っている。


 「三人とも、あとトラゾーも。お疲れ様」

 「フニ~」


 ダイアンがねぎらうと、トラゾーが前足を上げて答えた。

全員が応接用のテーブルを囲んでソファに座ると、ダイアンは切り出した。


 「今回は様々な動きがあった。我々の戦力増強だけじゃない。

  第二分隊の調査や四十五区の現場検証に対して第八が動いたこと。

  それに署長も加担しているらしいこと。

  ポリス内の異常に気付いた隊員が我々以外にもいたこと…」


 全員が話を聞いていることを確認し、ダイアンは続ける。


 「第八に気を付けなくてはいけないというのは、先に言った通りだ。

  ジェイソンの事やマシンの件からして、スコルピオはポリスに深く食い込んでる。

  恐らく第八の隊長が手引きをしている」


 その言葉を聞き、ルナは戦慄した。

 第八分隊は仕事をしないことで、悪い意味で有名な分隊だ。

それだけなら世迷言と思って聞き流すだろう。

だが彼らは、シティポリス支給のマシンの選定を担当していた。

そして配備されたのは砂生理工製の部品を用いた、自称『十年もの』。

少なくとも、ルナ一人で三桁の台数を潰すほどには支給されている。


 「ルナ、わかるな?」

 「……はい」


 さらに隊員達が仕事を放棄しているにもかかわらず、署長からの指令で現場検証に出た。

そのくせ対策会議には出席せず、ルナ達の現場検証を邪魔しただけだ。

しかし、指令書そのものは正式に第八分隊へと出された物だった。

 これらの事から、第八分隊はスコルピオ援助の隠れ蓑にして、ポリスへの足枷のために編成された分隊…

ではないかと、ダイアンは言っているわけだ。

第八の所業を冷静に考えれば、可能性はゼロではなかった。


 「…じゃあアタシ、あそこにいたままだったら……」

 「そうだ。使えないどころか、ポリスの妨害に加担していたことだろう」


 そこまで言うと、ダイアンはライの方を見た。


 「そしてスコルピオとは別に、隊長にも大なり小なり考えがある筈だ。

  少し調べたが、彼はかつてルナのご両親と同じ分隊にいた。

  当時、ライを救出し、児童養護施設に護送するはずの(・・・)任務についていた」

 「…はず、の?」


 嫌な予感に顔をしかめたルナに、ダイアンとメルが告げた。


 「同じ任務に就いていながら、何故かご両親だけがここにライを連れて来た。

  恐らく彼と、そしてスコルピオから逃がすためだ」

 「そしてお二人は消息を絶って、殺害された富士見隊長のご遺体が見つかったの。

  その後、奥様…つまりルナちゃんのお母様も、相次いで。

  彼が分隊長に就いたのはその直後よ」


 両親の死は入隊前のことだった。だが殺害されたことは親戚達、そしてポリスからも伝えられなかった。

両親の死の真相は、すなわち隠蔽されたのだ…とルナは知った。

怒りと屈辱にルナの手が震える。その手をレッシィに握られると、少しだけ落ち着いた。

ルナが冷静に座り直したところで、ダイアンが全員に告げる。


 「ことによってはポリスも相手にする必要がある。

  他の分隊にも味方はいるが、敵は遥かに大きい…

  だが、我々がやらねば本当の意味でスコルピオは倒せない」

 

 ダイアンの言葉に全員が息を呑んだ。

一部の分隊ならともかく、相手は署長を抱き込んでいる。

場合によってはイーストシティのポリス全体を使ってくることも考えられる。

そして、それが『キング・スコルピオ』と徒党を組んで襲ってくるかもしれない。


 「明日からは向こうも何かの動きを見せるだろう。

  いいかみんな、できる限り警戒しろ。警戒しすぎるくらいに」

 「判ってます、ボス。あいつらはあれで狡猾ですから」

 「うん。恐らく、今も…特に隊長は策を練っているかもしれない」


 ダイアンは全員の顔を見て告げた。


 「我々は勝たねばならない。正義を…そしてこの街を守るために」


 ルナ達全員がうなずく…心なしか、ライも首肯したように見えた。

彼女達がいるのは、正にそのためである…正義を守り、人々と街を守る。


―――そして、正義の味方であるシティポリスを守る。


ルナの父、英雄がこの九.五係を発足した真の目的だ。

その娘であるルナは、父から知らされていなくとも、自然とその意思を継いでいた。

 彼女達が決意を新たにする中、嵐の前の静けさのごとく、この日の夜は何事もなくすぎていくのだった。



―――File4.完―――

登場人物紹介


▽樹 ライ(いつき -)

 所属:不明→イーストシティポリス機動部隊第九.五係


 ルナが入隊する前に九.五係に匿われた少女。十六歳。

 常に黙り込み何かをつぶやきながら手を動かすなど、自力での行動はできず、一見すると精神に障害があるかのように見える。

 実際は脳内にコンピュータ言語らしき文字や記号が常に湧き出しており、あらゆる脳機能がその受容と処理に使われている。この能力は生まれながらのものらしい。


 ・名前は「木曜日」+雷神ユピテルから。


▽他の分隊のメンバー

 所属:イーストシティポリス機動部隊


 第二分隊隊長で面倒見のいい親父であり対戦車ライフルを軽々振り回すスティーヴン・ドルフ、第三分隊メカニックで隠れた熱血野郎のアイヴァン・スタンツマン、第六分隊新人隊員でルナに憧れていて血の気が多いヘイディ・ヤンセンが登場。

 分隊の枠を超えて共同で任務に就き、ルナ達九.五係を支援する善良なシティポリス達である。


 ・名前はそれぞれアクション俳優、映画監督、映画の登場人物、ヘヴィメタルバンドのヴォーカルから拝借して合成。仲良しトリオ感があって好きなキャラ達。

 



用語解説


◇ルナの両親

 本編中に記載した通り、ライを九.五係に届けてからの消息が完全に断たれている。ダイアンは当時同期であった第八分隊隊長の関与を疑っている。

 なお、ルナが入隊したのは両親の死から三年後である。


◇「やったか!」

 やってない。飛び道具の乱射後に絶対言ってはいけない一言。


ガジェット解説


〇ABEMB (エイベム)

 熱探知式対弾道特化型EMバリアフィールド発生器。

 Anti Ballistic Electro Magnetic Barrierの略。

 小型ポッドを散布してポッドとポッドをつなぐロープ状電磁バリアで網目型のバリアを形成する。

 弾丸、ミサイルなどを探知してバリアを一部だけ変形させて迎撃するシステム。

 連合国軍の対弾道ミサイル迎撃システムとして考案されているが、劇中時点では公式にはまだ実用化されていない。


〇人工皮膚包帯 (スキンバンデージ)

 この時代の医療に用いられる包帯。

 周辺の皮膚と融合・一体化する人工皮膚の層と、それを固定する布の層でできた、多層式の包帯。

 擦過傷の治療などに用いられる。


〇解体スタンド、アンチバリアチップ

 スタンツマンが開発したメカ類。

 解体スタンドは人工無重力状態を発生させ、機械のパーツを空中に固定しつつ分解する補助器具。機械のパーツ配置を維持しつつ分析するのにつかわれる。

 アンチバリアチップはABEMBのバリアの周波数を解析、逆算してバリアを消滅させる電磁波を発生させるチップ。

 いずれも直接・間接の形でEヘッド攻略に用いられた。


〇電磁ステープラ(エレクトロステープラ)

 レッシィが開発した事務用品。

 ごく狭い範囲にライン状の電磁バリアを発生させ、長期間その状態を維持することができる。

 主に紙の書類をまとめるのにつかわれる。


〇爆装特警クィンビー

 レッシィが考案した合体戦闘形態。胴体部をコマンドバルク、両腕をスカイグラップ、両脚をセイルステッパー、メインコックピットをストライクハートで構成する。

 頭頂高十六メートル、本体重量四十六トン。武器は両腕の機関砲とパイルバンカー、背部と両肩のミサイルポッドから発射する質量弾ミサイル「ワスプスティンガー」。

 いくつかの飛び道具を搭載しているが、通常は手足を用いた格闘戦を行う。

 AGMTを利用した高速低空飛行で高い機動力を発揮し、大質量の手足ですさまじい破壊力の打撃を繰り出す。

 対『キング・スコルピオ』特務部隊の切り札にして、現時点では巨大ドローンに対する唯一の戦力。



・ガジェットは「こんなのあったらいいな」という願望と「二十二世紀くらいにはできるよなァ」という希望的観測を元に設定していましたが、

二十二世紀に巨大ロボなんてできるのか…!?

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