FILE4.[ライ・イン・ザ・デイドリーム]②
第八への警戒を強めること、スコルピオと結託したポリスがいる可能性があること。
この二つを周知してから、九.五係はいつもの業務に戻っていた。
だが敵が組織内にいるとあって、どこかオフィス内に緊張感が漂っている。
そんな雰囲気にあって、部屋に籠っているのも飽きたのか、
レッシィは応接用のソファでごろごろしながら唸っていた。
ちなみにダイアンは署で仕事をしている。
「んむ~~~~~~」
ライの隣でVRボードを幾度も叩き、しばし待っては落ち込む。その繰り返しだ。
洗濯を終えたメルがソファの前にかがみ込み、VRディスプレイに移る映像を覗き込む。
自分達が乗るマシン四機で何かをシミュレートしているようだ。
適度に冷ましたホットミルクのカップを目の前に差し出してやると、
さすがに気づいたようでレッシィは顔を上げた。
が、酷使した両目がショボショボしている。
「レッシィちゃん、この前からお悩み中ね」
「んー。ずっとうまくいかなくって」
「フニ~」
レッシィの小さな背中にうずくまるトラゾーもお困りの顔であった。
四機のマシンが本格的に稼働を始めてからこの数日、レッシィはずっとこの様子だ。
「なにがうまく行かないの?」
「んっとー…マシンからのきりかえっていうか…んー…」
モチベーションとインスピレーションで開発するレッシィにとって、
自分の抱える問題を言語化するのは難しいことであった。
メルは急かさず、根気よく説明の続きを待っている。
が、そこでルナから通信が入った。二人とも一旦会話を中断する。
『ルナです。オフィス、聞こえます?』
「聞こえるわ、どうしたの?」
『ちょっとモニター見てみてください。強いバッテリー反応があります』
二人はモニタールームにルナのヘルメットの映像を映した。
ルナがいるのは第二十一区、緑化地域Aセクションだった。
そこから東方向に二十キロメートル、確かにルナが言う通りのバッテリー反応がある。
正体不明であることからスコルピオのマシンと思われるが。
『電力が巨大すぎます』
「ええ。このバッテリー一つで、都市の電力半年分が賄えそうだわ」
「こんな反応見たこと無い。市販品の登録データにも、ポリスの記録にも無い」
レッシィが現場検証の記録のデータベースを開き、画面をスワイプしてページをめくる。
当然、同レベルの電力を保持するバッテリーのデータは無い。
『ボスも呼んでください。ウチのマシン総出で対処すべきかも』
「ええ。でも、セイルステッパーは…」
『そうか、機銃はアタシの銃が無いと使えないんですよね』
そもそも海上でないため、ボートであるセイルステッパーは戦闘力も充分に発揮できない。
地上を移動するには、AGMTを搭載する必要がある。
つまりストライクハートにスカイグラップにコマンドバルク、必然的にこの三機での対応になる。
しかも大電力バッテリーを搭載しているということは、マシン自体のサイズが巨大、
さらに長時間稼働できる可能性が大いにある。
メルがQスマートでダイアンを呼び出すと、返事はすぐに返ってきた。
『メルとレッシィは衛星カメラで発信源を探してくれ。
見つかったらルナは望遠モードで録画だ』
「了解。レッシィちゃん」
「まかして!」
レッシィがVRボードを叩き、シティポリスが所有する監視衛星にアクセス。
Qスマートに表示された操作画面を指で撫で、イーストシティ上空の衛星カメラの角度を操作する。
ルナの送った発信源と一致する座標に、巨大な航空車両を発見した。
第四十五区、行楽海浜エリアの上空だ。
ルナがいる二十一区からはだいぶ離れているが、その姿形ははっきりと視認できたようだ。
「見つけたよ!」
『こっちでも見つけた。何あれ、でかすぎない…?』
ヘルメット搭載カメラを望遠モードに切り替えたルナが、驚愕の声を上げた。
真昼の空に浮かぶ航空車両…AGMTを搭載した公共車両の総称である…の巨大な姿に、
モニタールームにいたメルとレッシィも青ざめていた。
底面に巨大なAGMTが光るそれは、各辺二十メートルほどの四角形の左右に小さな水平翼が備えられていた。
翼の基部と底面には、角ばった凹凸と可動関節がいくつかあった。本来なら航空車両にはあり得ないものだ。
つまり、この機体が公共どころかただの航空車両ですらないことの証左だ。
メルは運送会社やバス会社のデータベースから、ポリスとシティに申請済みの車両を全て洗い出した。
当然、その中にも含まれていない機体だった。
こんな容貌魁偉なマシンを作るのが何者か、火を見るより明らかだった。
「間違いない、スコルピオだわ」
『まずいぞ。あそこには観光客がいる! メル、すぐ全隊に緊急招集!』
「了解!」
メルがQスマートから署のサーバーに直接アクセスし、緊急招集のコードを打ち込む。
九.五係のオフィスを含めたシティポリス署全体にサイレンが鳴り響く。
そこにダイアンが駆け込んできた。
「メル、ライを頼む。レッシィ、行くぞ!」
「うん!」
「二人とも気を付けて。―――それに、ルナちゃんも!」
『了解! アタシは先に現場に行って、避難誘導してきます!』
レッシィがトラゾーを抱え、ダイアンと共に格納庫に上がる間、
メルはモニタールームかがリフトを操作してスカイグラップを下ろし、
コマンドバルクのホイールを固定していたフックを外した。
すぐさま二機のマシンがカタパルトから発進する。
直感的に、ダイアンは正体不明機の危険性を感じていた。
ただ大きいだけ、あるいは大型の武器を備えているだけではない。
もっと恐るべき何かを備えているのではないか…
確かに九.五係のマシンは高性能、それを操作するメンバーも卓越した技術を持っている。
だが、それで敵う相手とは、どうしても思えないのだった。
四十五区に先に到着していたルナは、同じく招集されたポリスたちと共に避難誘導を行っていた。
第二分隊がバリアポールを手早く設置、第三分隊が大型のバイクや車両を街路の端に並べ、
さらに第六分隊が車両の屋根に乗ってEMバリアシールドをスタンバイ。
他の分隊は海岸や市街地を見回り、逃げ遅れた市民や観光客がいないかと探している。
海岸の上空に浮かぶ正体不明の機体は、それを待っているかの如く悠然と浮遊している。
「こっちが逃げるまで待ってやるって魂胆ね…」
「おい、嬢ちゃん!」
「富士見隊員!」
不明機を見上げるルナに、二人のポリスが声をかけた。
第二分隊隊長のスティーヴン・ドルフ、そして第六分隊のヘイディ・ヤンセンだ。
まだ少女の面影を残すヘイディは、ルナにあこがれてポリスに入隊したばかりという新人だ。
ルナがSMSとバイクを新調した時に真っ先に彼女に気付き、声をかけたのが彼女である。
「嬢ちゃん。間違いなくスコルピオだよな?」
「はい。コックピット横、『キング・スコルピオ』のエンブレムがあります」
ルナはヘルメットの望遠モードで撮影した映像をQスマートに映し、二人に見せた。
「あの連中、とうとう本腰入れる気だな。差し詰めデモンストレーションってとこか」
「まず第六で警告してみます」
ヘイディが言うのは、ルナが到着する間に各分隊で決めた作戦であった。
第六の警告。それで正体不明機が投降すればそれで良し、ただし一番成功率が低いと見られている。
「ただ、期待はしないでください。あんな要塞みたいなモビルで来る連中が聞くとは思えませんから」
「だな…向こうが抵抗したらすぐに撃つぞ」
「九.五係は遊撃で、自由に動いてくださいと、隊長さんに連絡お願いします」
「わかりました。では各自配置に」
ルナは二人と別れ、ストライクハートを押してコマンドバルクの横まで退避した。
ルナの姿を認め、ダイアンがウィンドウを開けて顔を出した。
「ボス、連絡です。ウチは遊撃で自由にうごけと」
「了解。―――第八は来てる?」
「……来てない、ですね。少なくともこの場には」
ルナは現場にいるポリスを見回した。少なくとも見覚えのある第八分隊の顔は無い。
上空のレッシィからも連絡が来た。
『こっちからもそれっぽいのは見えないね。生体反応もこの周りに無いよ』
「了解。来ないでいてくれるのはありがたいですね」
「うん…」
先刻のドルフとヘイディとの会話では、第八の話が全く出なかった。
他の分隊にしてみれば、碌に仕事をしない分隊として事実上の戦力外扱いらしい。
が、実際は『キング・スコルピオ』とつながっている可能性がある不穏な分隊でもある。
ここに来ていない彼らがどこで何をしているか、考えると不安にさせられる。
だが、今は第八のことを考えている場合ではなかった。
第六分隊の隊長らしき人物が、飛行型拡声器を不明機の前まで飛ばした。
不明機の正面に到達すると、隊長の全身像が空間に投影され、マイク越しの声が周囲に響く。
『こちらシティポリス機動部隊。不明機に告ぐ、ただちに降下し攻撃の意志が無いことを示されたし
繰り返す―――』
警告に対し、しかし不明機は特に行動を起こさない。
だが隊長が再度警告を告げようとしたその時、不明機正面のハッチが開き、機銃の銃口が飛び出した。
ルナの鋭敏な聴覚は、弾倉が動く金属音を聞き取った。つまり―――
「全員退避!!」
咄嗟にルナが叫ぶと、ポリス全員が車両の陰に身を隠した。ルナもバルクの格納庫に避難する。
直後、不明機の機銃が火を噴いた。
屋根に、ドアに、路面に、弾丸の雨あられが降り注ぐ。
火花を上げて車体がへこみ、アスファルトが砕け散った。
ヘイディの懸念通り、警告を無視して攻撃を仕掛けてきた…
機体コックピット横のエンブレムを見た時には判っていたことである。
「レッシィ、パイロットは見えるか?」
ダイアンがQスマートで上空のレッシィに問うと、すぐに答えが返ってきた。
『うん。多分おっさんのヒト、オストリッチの時とかよりプロっぽい!』
「てことは、余所にレンタルしたマシンじゃないな」
「スコルピオ所属のパイロットでしょうね。
ギャングだかマフィアのくせに、変なところにお金かけて…」
ルナが愚痴を吐いたところで、機銃の掃射が止んだ。
ほぼ同時に各分隊が様々な銃器を持ち出し、車両の荷台や路上で一斉に構えた。
「撃てぇッ!!」
号令を出したのは第二分隊の隊長ドルフだった。
彼自身も熱探知誘導式対戦車ライフルを担ぎ、自ら射撃を行っている。
シティポリスがSMSを着用しているとはいえ、なかなか無茶な兵器を持ってくるものだとルナは感心した。
SMSを着ているとはいえ、彼は重火器を軽々と振り回す剛の者である。
対する不明機は、機銃と別のハッチから何かを射出した。空中に散布されたそれは小さな金属球だ。
球体と球体の間に網目状に光線が走り、バリアを形成する。
だがその直後、バリアの一部が突然伸びて、全ての弾丸に接触すると、粉々に破壊してしまった。
「何だありゃ!?」
「熱探知式対弾道特化型EMバリアフィールド発生器、略してABEMBです!
散布したポッドでバリアを張り、弾丸やミサイルの熱を探知して、バリアの一部を植物のツタのように伸ばします!
軍の対弾道ミサイル迎撃システムとして考案されていましたが、実用はされていないはず…!」
驚愕したドルフに答えたのは、第三分隊のメカニック担当アイヴァン・スタンツマンだ。
ケイ素形成ノンフレームグラスが特徴のメカオタクだが、
マシンのフルスペック運用や敵の兵器の分析のために常に現場に出る、隠れた熱血野郎である。
「つまり飛び道具はムダってことかよ!」
「いえ。ずっと展開しっぱなしだと、あのマシン自身の飛び道具まで破壊します。
奴が何か撃つ時はこちらのチャンスでもあります」
「つっても奴の方が火力高ェんだろ!? 撃つってこたぁ結局こっちが押されるじゃねえか!」
「コックピットのコントローラーを破壊すれば制御を奪えます!」
「んな精密すぎる射撃できるかーっ!」
ドルフとスタンツマンの問答の間も、電動ガトリングガンや電磁加速ミサイルランチャーによる射撃が続くが、
やはりABEMBによる迎撃で機体には全く届いていない。
全員撃ち方やめ、とドルフが号令を出してやっと止まるが、当然不明機は無傷だ。
ルナはバルクの格納庫から顔を出し、不明機の様子を伺った。
射撃をやめたということは、次の行動に移る準備が整った可能性がある、ということだ。
上空で不明機と正対しているレッシィに尋ねる。
「レッシィ、何か反応はある?」
『機体全体に何か動きがある。これ聞いて、多分機械が動く音だけど。みんなにも聞かせて』
レッシィから送られてきた音声データ…それは彼女が言う通り、機械の駆動音だ。
だが音量が極めて小さく、機体外側に殆ど漏れていない。
レッシィが録音できたのは、超高性能録音マイクがスカイグラップに備わっているからだ。
不明機の内部から聞こえる音と説明し、ヘルメットのスキャナで走査した機体構造のデータも合わせ、
ルナはポリスの全車両にデータを送信した。
真っ先に反応したのは、第六分隊のヘイディだった。
『富士見隊員、この音聞き覚えがあります。以前のオストリッチの起動音に似ています』
ヘイディからの通信もまた、全ポリスに伝わった。各車両から通信がさらに分散し、分隊員へと送られる。
巨大な戦闘ドローンの起動音に似た音…そして機体表面に見られる分割線と可動関節から、ルナは予感した。
「全隊警戒してください。ヤンセン隊員の言う通りなら、
あの不明機はオストリッチ改良型の可能性があります」
『機体構造を見る限り、可動関節構造と動力部が酷似していますね。
フィードバックがあるのは確かです』
スタンツマンからの回答で、ルナは確信した。
オストリッチからのフィードバックがあり、かつ酷似した構造を持つ。
ということは…
そう考えたところで、不明機の機体外装が突然割れた。
フライトモビルとしては不自然な線に沿って分割され、関節の可動により外観を変えていく。
平坦な四角形の本体真横に太いアームとバーニアスラスタ、底面から伸びる脚部は人体と逆方向に膝を曲げ、
ふくらはぎにあたる部分にAGMTを備えている。アームの先端には電動ガトリング砲の銃口が光る。
その全高はおよそ二十メートル強。
「変形した! 全隊斉射!!」
ドルフの素早い判断により、再び一斉掃射が開始された。
今度は空中でスカイグラップも移動し、機関砲を連射する。
だがどの弾丸もABEMBにより空中で破壊され、本体には全く届かない。
ルナはストライクハートに乗り、隊員の間をすり抜けて不明機に接近した。
ABEMBは鋭敏にストライクハートに反応し、網目状のバリアの一部を伸ばしてくる。
バイクを強引に横滑りさせ、伸びてきたバリアをルナは回避した。
(一基でも落とせば、連鎖的かつ部分的にバリアが破壊できるはず…!)
目の前で見るABEMBポッドは、意外にも直径二メートルほどのサイズが合った。
バリアの攻撃を回避した直後、空中に浮かぶABEMBの一基を銃で狙い打つ。
いつもの散弾モードではなく、レッシィの手による改良で搭載された狙撃モードだ。
一基に狙いを定めた所で、視界に後ろから随伴する姿を見つけた。ヘイディだ。
同じくバイクに乗り、超合金弾頭弾を装填した対戦車ライフルを構えていた。
彼女にはルナの考えが読めたらしい。
「撃ちます!」
ルナの銃弾が一基のABEMBポッドを撃ち落とすと、網目状のバリアに大穴が空いた。
直後、ヘイディが対戦車ライフルでその穴を狙い撃つ。
バリアが修復を始めるものの、超合金弾頭弾はそれをすり抜けて不明機の足首関節部を直撃した。
特に機体重量のかかる部分であり、超合金弾頭弾の硬度を持って破壊すれば、ただちに機体は行動不能になる筈だ。
だが、関節部分を直撃したにもかかわらず、不明機の足はまったくの無事だった。
「硬い…!」
「バリアが修復します! 富士見隊員、下がって!」
撃墜されたポッドの分をカバーすべく、たちまちのうちにバリアの密度が元に戻った。
更にバリアは一部分を伸ばし…スタンツマンの言うツタより、オクトパスの脚に似ている…、ヘイディのバイクの動力部を貫く。
「あぅっ!!」
ヘイディは転倒し、バイクと共に地面を転がった。
接敵のために時速二百キロ近くを出していたこともあり、その衝撃は大きい。
瓦礫に激突し、ヘイディもバイクも動きを停めた。
「ヤンセン隊員!」
「―――富士見隊員、奴が動きます!」
ヘイディの言葉に振り向くと、不明機はバリアを解除し、両腕のガトリング砲をポリスに向けた。
すぐさま各分隊の隊員達が前方に集まり、両腕で持った電磁バリアシールドでバリアを発生させる。
個々のバリアが連結し、巨大な電磁バリアを成型した。
その直後に不明機のガトリング砲が火を噴いた。
分厚い電磁バリアの表面で弾頭が砕け、破片が飛び散る。
だがガトリング砲の強烈な威力により、ところどころ電磁バリアの層が薄くなる。
「外部から操作して、電磁バリアの出力を上げます!」
スタンツマンがポケットから出したタブレットを操作すると、連結したバリアが厚みを増した。
だが容赦なく振りかかる弾頭が、無情にもその一角を貫き、地面に着弾した。
一発一発が対戦車ライフル並みの破壊力を誇る弾頭で、アスファルトの路面に大穴が空く。
飛び散ったアスファルト辺が、電磁バリアシールドを構えていた隊員の一人の側頭部を直撃した。
「ぐあっ!」
「おい、しっかりしろ!!」
その威力は破片すら武器と化す。それが無数に降り注ぐのである。
一方でポリスが張るバリアは、一人分が減ったことで一気に面積が狭くなった。
それを機にバリアは削られ、隊員達が砲弾に倒れていく。
SMSやヘルメットで防御されているとはいえ、対戦車ライフル弾をまとめて数発食らっているようなものだ。
最低でも骨折は免れまい。
「そんな! プロフェッサー・レッシィ謹製のバリアシールドが…!」
スタンツマンが驚愕に青ざめる。
この電磁バリアシールドは、オストリッチの破壊行為から市民やポリスを守ったものだ。
それがいとも簡単に破壊された。
「こンの野郎ッ!!」
シールドが撃破された分の穴をカバーすべく、ドルフが右手に対戦車ライフルを、
左肩に電磁加速ロケットランチャーを担いで乱射した。
普通の犯罪者ならこの姿だけで鎮圧できるのだろうが、今の相手は巨大な戦闘ドローンだ。
バリアなしでも頑強な装甲で弾丸を全て防がれ、全くの無傷であった。
ルナは改めてスキャナを起動し、この不明機を走査した。
装甲材質は先日の航空バスや盗聴ビスに使われた、砂生理工開発の新型合金。
関節及び内部骨格には硬度を強化した超合金が使われていた。
関節にすらロケット弾が通じないのも道理である。
「でも、今なら!!」
ルナはストライクハートのスロットルを回した。
視野に映るメーターが大きく上下する。すぐそばにヘイディが倒れているが、かまってはいられない。
ルナの行動を見て、レッシィとダイアンはすぐに意図を理解した。
『レッシィ、トラゾー、撃て!』
『りょうかい! あったれえ!!』
『フニ~』
スカイグラップが機関砲を乱射する。
注意をそらすため、当たれと言いながら意図的に狙いを付けずに撃ちまくる。
続いてダイアンがコマンドバルクのコックピットパネルを操作した。
巨大な車両のボンネットがハッチを開き、内部から大量のミサイルを発射。
レッシィが開発した熱探知式質量弾ミサイル『ワスプスティンガー』だった。
一度上空に高く飛び、鋭く弧を描いて降下すると、不明機にまとめて激突した。
重量のある無数の鉄塊が高速で激突し、甲高い破壊音が周囲に響く。
流石に不明機の行動も止まった。ドルフが思わず叫ぶ。
「やったか!」
『全隊退避してくれ!』
だがミサイルを撃ったダイアン当人は、すぐさまクラクションを鳴らしてアクセルを踏みこんだ。
果たして現れたのは、全く無傷の不明機であった。
隊員達が車道の脇に逃れ、高速で突っ込む巨大な車両から逃れる。
ほぼ同じタイミングで、ルナがSMSの両肩から重力アンカーを発射し、不明機の脚部に固定した。
ストライクハートの速度メーターは限界値、時速二千八百キロに達している。
「ボス、行きます!」
『了解!』
重力アンカーに牽引され、ストライクハートが跳ぶ。
全く同じタイミングで、不明機の足元にコマンドバルク、同じく機体後部にストライクハートが激突した。
金属同士が激突する轟音。
いくら頑強とはいえ、桁外れの速度のバイク、巨大な車両が前後から同時に激突したのだ。
転倒くらいはするだろう―――だがそんなポリス達の期待はたやすく裏切られた。
不明機の脚部は変形もせず、わずかによろけたのみで傷もつかない。
更に脚部のAGMTを起動して跳躍しつつ、ストライクハートとコマンドバルクを蹴散らしたのである。
『うおっ!』
コマンドバルクが横転し、さすがのダイアンも声を上げる。
ルナに至っては機体後部AGMTの反重力作用を全身に受け、大きく吹き飛ばされた。
「うぁあああっ―――!!」
『ルナ―――んにゃっ!』
『フニ~』
レッシィとトラゾーの悲鳴が、ルナのヘルメットの中で響いた。
跳び上がった不明機が正面から激突し、スカイグラップが撥ね飛ばされたのだ。
コントロールを失ったスカイグラップは付近のビルに激突し、機首が外壁に突き刺さった。
不明機は浮かび上がると、高度数メートルを維持したまま低空飛行し、途上にいるポリス達を吹き飛ばしていく。
両腕のガトリング砲でビルを破壊し、道路を粉砕し、ポリスの車両も粉微塵にしていく。
ダイアンがコマンドバルクから一度降り、横倒しになった巨大車両を軽々と起こす。
再度乗り込んで追いかけようとするが、その先には負傷したポリス達が倒れ伏していた。
そして不明機が向かったのは市役所。シティの機能を人質に取る気だ。
不明機はオフィスの真上に飛ぶと、屋上に着地。ガトリング砲を真下、ビルへと向けた。
『シティポリスに告ぐ』
初めて、不明機のパイロットが発言した。低くねちっこい声だった。
タブレット等で状況を知ったオフィスの職員が慌てふためく様子が、遠目にも見えた。
『投降しろ。ここにいる隊員だけではない、組織ごと我らキング・スコルピオに投降しろ。
我々の要求が受け入れられねば、シティオフィスを破壊する。なお、職員の身の安全は保障しない』
起き上がったポリス達は、その警告に戦慄した。
要求を拒否するということは、市役所の職員の命を危機に晒し、挙句市の機能まで停止するということだ。
相手はただの犯罪者ではない。シティポリスの数々の火器を受けて、無傷でいられる戦闘マシンだ。
しかも生身の人間に対して躊躇なく発砲してくる。死者こそ出ていないが、これからでないと限らない。
そしてその葛藤を煽るべく、不明機のパイロットは続けて告げる。
『今から二十四時間待ってやる。返答は二十四時間後までに、シティポリス代表者に宣言させろ。
返答の際は私のみならずシティ全域に伝わるよう、公共の放送を使え。
返答なし、もしくはあっても時刻を過ぎた場合―――』
ガシャリと音を立て、ガトリング砲の砲身が回転する。
弾丸が改めて装填された音だ。ビルを破壊する準備が、僅か一動作で整ったのである。
『この"エレファントヘッド"でシティを破壊する』
その宣言が冗談ではないことを、この場にいるポリス達全員が実感していた。
一時間後、九.五係のオフィスに一度全員が戻った。
レッシィは部屋に籠って作業中、メルは傍らにライを置いてマシンのメンテナンス中だ。
モニタールームにはルナとダイアンだけがいる。
『九.五係のマシンでも歯が立たないとなると、攻略は難しいですね』
画面に現地状況を映しながら苦々しく言うのは、第三分隊メカニックのスタンツマンだ。
『送っていただいた合金サンプルの成分と硬度は、通常の超合金の約三十倍。
まず我々の所有する兵器で傷は付きません』
「兵器の方を改良してもだめですか?」
ルナがスタンツマンに問うと、代わりに第二分隊隊長のドルフが答えた。
『俺達が使ったのが現時点での最新型だ。今の時点じゃ改良は見込めない。だな、スタンツマン?』
『ええ…残念ですが』
ドルフとスタンツマンが揃って苦々しい顔をする。
通信会議で今顔を合わせているのは、各分隊の中で現地にいたメンバーの中からの代表である。
会議にルナが出ると知り、特に彼女と顔見知りであったり、あるいは九.五係に興味のある者が出ている。
通信会議用のアプリケーションによるもので、お互いに顔が見えている…
全員が顔に何かしらの傷を負ったり、治療後のギプスや人工皮膚包帯を体のどこかに巻いていた。
ルナとダイアンも同様だった。
『打つ手はない、っていうことですか…?』
第六分隊新人のヘイディが気落ちしながら問うと、全員が黙り込んだ。
そこで顔を上げたのはダイアンだ。
「すまない。残り二十三時間、ウチにくれないだろうか?」
下を向いて考えていた全員が顔を上げ、ダイアンを凝視する。
「ボス…?」
『何か対策があるのか』
ドルフに問われると、ダイアンはうなずいた。
それに疑問を呈したのはスタンツマンだ。
「ただ、成功するかはまだ判らない」
『不確かな作戦なら賛成はできませんよ』
「目途は立ってる。ただ、成功すればの話でもある」
会議に参加している全員が、再び黙り込んだ。
過去に大型のマシンを撃破した経歴のある九.五係の隊長の発言だ。無視はできない。
だが、相手が悪い。一時間ほど前にその堅牢さ、破壊力を見せつけられたばかりだ。
これは九.五係でも相手にならないのでは…ドルフとスタンツマン、それにヘイディは半ばあきらめていた。
だが、ルナの言葉がその諦観を払拭する。
「賭けといえば賭けですけど。ウチのマシンなら、間違いなくあれを撃破できます」
『…あと二十四時間だ。できるのか、嬢ちゃん』
「できます」
チームへの信頼から出た一言であった。その発言にヘイディが乗る。
『富士見隊員。私も、何か手伝えることがあれば』
「お願いします。―――じゃ、これから現場検証を手伝ってもらえますか?」
『了解です!』
憧れのルナに同行できるということで、ヘイディは嬉しそうだ。
ならばとばかり、ドルフとスタンツマンも乗ることにしたらしく、表情が明るくなった。
『じゃスタンツマンよ。俺がMCを出す。落ちたポッドをそれに乗せて持っていこう』
『わかりました。あれの解析と対策は僕に任せてください』
『検証の事は俺が上に報告しておく。全員すぐ準備しろ』
その後は今後の方針などを軽く話し、会議が終了となった。
ダイアンは背もたれに寄りかかり、複雑な表情でルナを見た。わずかに疑念が浮かんだ目だ。
ルナはその視線の意味に気付き、座ったまま向き合う。
先に口を開いたのはダイアンだった。
「私が言うのも何だけど、本当にできると思うかい?」
「はい」
「今、レッシィは悩んでいるようなんだ。例の計画がうまく行かなくて。
―――これから二十三時間で解決すると?」
ルナはためらいなくうなずいた。
「はい」
何の躊躇もない返答に、ダイアンはため息を吐きつつ、どこか嬉しそうに笑う。
そしてその答えは。
「私もだ。じゃあルナ、ドルフ隊長たちと現場検証を頼む」
「了解!」
―――〔続く〕―――