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【完結】爆装特警クィンビー  作者: eXciter
本編
1/23

FILE1.[爆走! マッドポリス・ルナ]①

新作です。

百合分やや控えめ。



 西暦二一九〇年代。飛躍的に進歩した科学技術は、人類の社会に繁栄をもたらした。

だがそれは同時に、犯罪の増加、多様化をも促進させた。

一市民でも持てるサイズの熱線銃から、都市一つを破壊できる巨大ロボット兵器まで。

巨大犯罪組織「キング・スコルピオ」が流通させた兵器により、

大小さまざまな犯罪が世界中で起こるようになった。


 これに対抗すべく、全世界の警察組織が結集し、「国際警察連合」を発足。

世界各国に支部、都市ごとに「シティポリス」を設立し、犯罪を徹底的に取り締まり始めた。

だが彼らの奮戦空しく、「キング・スコルピオ」の実態は影も形も出てこなかった。

犯罪の発生とシティポリスによる逮捕は繰り返され、やがて状況はイタチごっこから泥沼と化した。


 人々は知らなかった。犯罪者はおろか、連合各国支部にさえも知らされてはいなかった。

泥沼の状況を打破すべく、一つのチームが結成されつつあったのである。


 時は西暦二一九五年。

ある一人の警察官が、メガロポリス・イーストシティのシティポリスに入隊してから数年経ったある日。

 事態は動き出す。




 爆装特警クィンビー

 FILE1.[爆走! マッドポリス・ルナ]




 真夜中の大都会。爆音を上げ、メインストリートを一台の自動車が暴走している。

破砕音、タイヤの摩擦音、サイレン、悲鳴が響き、街は騒然となった。

人々は自宅、あるいは大きな店舗や施設に避難した。


 自動車の予測進行方向にバリケードを設置し、待ち構える集団があった。この都市を護るシティポリス、機動部隊の隊員たちだ。

彼らは全員が専用の黒いレザージャケット…筋力を補強する強化スーツ「(サブ)(マッスル)(スーツ)」で身を固め、

制式装備の散弾銃を携えて警察車両の後ろに並び、犯人を待ち構えていた。

 だがその表情はまちまちであった。決意をみなぎらせた若者たちに対し、年かさの者達…特に男性の表情は怠惰であった。

泥沼と化した状況の成れの果てである。

そしてその中で、一際大柄な男が焦りの表情を浮かべていた。


 「早く片付けねばならん…あいつが来る前に…」

 「隊長?」


 隊長と呼ばれた男は、咥えていた電子タバコを路上に吐きすてた。

何でもない、彼はそう答えようとしたのだが―――それを遮ったのは、暴走車とはまた別のエンジン音だった。

その音に隊長はビクリと身を震わせた。


 「くそ、全員あいつ(・・・)を止めろォ! 何をしても構わん、止めろ!」


 隊員たちのうち、動きを見せたのは年かさの者達だった。若い隊員たちは首をかしげ、その場にとどまっている。

理由は一つ、エンジン音が彼らの乗る制式のバイクと同じ音であったからだ。

だがその音量は普段の彼らの運転とは桁が違う、すさまじい爆音であった。

下手をすれば暴走車を上回る。

 音の発生源であるバイクは、間もなく彼らの背後に現れた。

そのままの勢いで突っ込んでくるバイクに恐れをなし、隊員たちは左右に分かれて列を崩す。

爆走バイクはバリケードを粉々に粉砕し、幅の広い道路へと突入した。

隊長は自らが乗っていた車両の通信スイッチを入れ、叫んだ。


 「ぐんぬぅぅっ…おい、おいこのバカ! 止まれ、止まらんか! 富士見(ふじみ) ルナ!!」




 シティを爆走するバイクを運転するのは、若い女性警官であった。

他の隊員たちと同じSMSに身を固め、腰のホルスターには銃身を短く切り詰めた散弾銃を収めている。

フルフェイスのヘルメットのフェイスシールドから覗く瞳は凶暴に輝き、暴走車を探している。

待機していた他の隊員たちには見られない強烈な意思を湛えた目であった。

バイクのコンソールから隊長の通信が聞こえた。


 『止まれ、止まらんか! 富士見 ルナ!!』

 「犯人は女の子を一人誘拐している―――アタシが救助します」

 『貴様のやり方ではできん! さっさと戻ってこい!』

 「隊長」


 苛立ちにかられた隊長と異なり、女性警官―――ルナの声は冷ややかで鋭い。


 「隊長、邪魔をしないでください。被害者を助け、容疑者を必ず確保します」

 『貴様が!? いつも通り暴走して、今度こそ被害者を巻き込むのがオチだ!』

 「助けます。隊長、アタシはシティポリスです!」


 答えた直後、ビルを挟んで隣の道路から暴走車のエンジン音が聞こえた。

ルナは通信を一方的に切ると、交差点を曲がってメインストリートに入った。

後部座席から乗り出した犯人グループの一人が、数十メートル後方に位置取ったルナに向けて機関銃を乱射した。

ルナは別の車線に入り、機関銃の射線から逃れる。銃弾に砕けた路面が抉れた。深さは二十センチ近くあろうか。


 (―――間違いない。非合法の改造銃(カスタムガン)だ)


 二十二世紀最初の十年間の間に、道路の舗装に使われるアスファルトは材質が大幅に変更され、

大地震に耐えるほどの強固さとあらゆる衝撃を吸収する柔軟さを兼ね備えている。

結果として事故や災害による道路の陥没は大幅に減少したが、

犯人グループはそのアスファルトを破砕するほどの機関銃を所持している。

一般の銃砲店への流通は愚か、シティポリスや自衛隊・各国の軍隊が委託している工場でも製造されたことが無い銃だ。


 「また『スコルピオ』絡みか!」


 世界を密かに牛耳っていると言われる巨大犯罪組織、「キング・スコルピオ」。

二十二世紀にもなってダサい名前だ、とルナは思う。

彼らが各国で流通させている兵器は、大小さまざまな販売組織にもたらされている。無論、個人での購入もできる。

今回の犯人グループもその武器を入手し、誘拐に踏み切ったというところだろうか。


 事前に入手した情報では、誘拐されたのは一般市民の子供だという。計画的に誘拐を行うような相手ではない。

兵器の性能を試したかったか、あるいは武器さえあれば自分達にもチャンスが掴めると思ったのか…

動機は定かではないが、いずれにしろ少女を救い、犯人は叩きのめし牢獄にぶち込まねばならない。

ルナはバイクを加速させると同時に、ヘルメットに搭載された物質分析機能マテリアル・アナライザーを起動した。

暴走車に並び、一瞬のうちに車内を、そして車両の外装を一通り観察する。


 (女の子は後部座席。車両の外装は高弾性カーボナイト、窓は同じく高弾性の防弾ガラス…)


 その強度は戦車砲にも耐えるほどだ。一般の車両に用いられるものではない。

分析を終えた直後、グループの一人の男が被害者の少女を抱えて窓に顔を寄せた。

何かしら摂取したのか、薬物の影響で弛緩した顔だ。

男は窓を開け、顔を出した。右手には電子制御式の拳銃を、そして左腕には恐怖に泣きじゃくる少女を抱えていた。

先ほどの機関銃は座席の上に無造作に放り出されている。

銃口を少女のこめかみに当て、男はげらげらと嗤っていた。


 「おォ!? ポリじゃん! 撃つ? 撃つの!? 撃っちゃうのォ!?」


 ゲスが、とルナは内心で毒づきつつ、一瞬のうちにプランを立てると散弾銃のグリップを握った。


 「た、たすけて、おねがい、おねが…」

 「撃っちゃう気だよぉ!! 撃っちゃうんだってよォ、兄貴ィ!!」


 男の下卑た笑い声が、すすり泣く少女の声を遮る。

だがその一瞬、少女と目が合ったまさにその一瞬、ルナは―――ヘルメット越しに、笑ってみせたのである。


 「大丈夫。おまわりさんを信じて!」


 恐怖に泣き叫んでいた少女は、その一言で泣き止んだ。

そして直後、散弾銃が火を噴いた。弾丸が直撃したのは、目の前の男でもなく、運転するもう一人の男でもなく、運転席のシートであった。

突然の衝撃に運転する男が驚愕して大声を上げ、ハンドルの操作を誤った。

同時に後部座席の男は飛び散ったシートの破片…大量のウレタン片を浴び、突然のことにパニックになる。


 車両は大きくカーブし、ルナのバイクに接近した。少女は男の手から逃れたものの、悲鳴を上げてうずくまろうとする。

ルナは窓枠に散弾銃のグリップを引っ掛け、力づくでドアを引きはがした。

ドアを放り投げ、散弾銃をホルスターに収めると、うずくまった少女を片手で抱き上げて暴走車から離れた。

細くも力強い腕に抱かれ、少女はルナにしがみつく。ルナも少女を抱きしめ、安心させた。

折よく、横の路地からシティポリスの若い男女の隊員たちがバイクに乗って姿を現した。


 「この子をお願い!」

 「了解しました!」


 ルナは若いポリスたちに少女を預けると、バイクを再び加速させ、蛇行運転する暴走車を追い越した。

追い越して百メートルほど走った所で急カーブし、元の方向に引き返す。

途端、エンジンから異音が聞こえた。既に三百と二十五回ほど体験した、慣れた異音だ。もうすぐ煙を吹くだろう。

十年乗り続けられるとメーカーは言っていたが、このバイクは三十分ほど前にエンジンスタートしたばかりだ。

最高速度を出し続けたとはいえ、わずか三十分間の運転で、エンジンは焼け落ちる寸前であった。


 (せめて、あいつらを逮捕するまではもってよね!)


 目の前に暴走車が迫る。ルナは更にバイクを加速させた。ハンドルにしがみついた運転手の男が、突撃してくるバイクに悲鳴を上げていた。


 「むち打ちタンコブ脳震盪、十や二十の覚悟できてんでしょうねえ!!」


 そしてルナはブレーキをかけることも無く、暴走車に真正面からバイクを激突させたのである。

金属のフレームがひしゃげ、タイヤは裂けて爆発の如くはじけた。

一方の暴走車は、すさまじい加速で激突したことにより大きく跳ね、上下反転しながらルナの頭上を跳び越えた。

いかに外装が頑強とはいえ、乗り込んだ人間は耐えられず、車両も落下による破損に耐えられない…

それを理解したルナの、ある意味では最適な判断である。


 「あわぁああああああっ!?」


 そして路面に屋根から落下。車内にいた誘拐犯たちは天井に頭をぶつけ、気を失ってしまった。

車両は全体がひしゃげつぶれ、せっかく引きはがした後部ドアもねじ曲がり再び塞がってしまった。

バイクの方が吹き飛ばなかったのは、SMSの補助によって強引に体重を前にかけ、車体を押さえ込んでいたルナの力技の賜物であった。

 爆発四散した前輪とフレームを見て苦い顔をしつつ、ルナはバイクから降りて暴走車…()暴走車の横に立った。

ドアを散弾銃のグリップで叩くと、気を失った犯人たちがその音で目を覚ました。銃口を向けた途端に二人ともヒィィと情けない悲鳴を上げた。

だが、その後すぐに兄貴分の方が笑いだした。


 「…へ、ポリが撃てんのかよ? フヌケのポリがよォ?」


 だが、ルナは微塵もひるまない。


 「死にたくなければ十秒以内に出てきなさい」

 「お優しいもんだなァ、待ってくれるのか」


 兄貴分が嘲笑で返そうとしたその瞬間、ルナは車両の動力部に発砲。エンジンが派手な火花を上げた。

放っておけば数秒で爆発してしまう。犯人二人は今度こそ恐怖に泣き叫んだ。


 「ててててててめぇ、ポリ公が人を殺していいと思ってんのかぁ!? キチガイじゃねーかてめェ!?」

 「繰り返す。死にたくなければ十秒以内に出てきなさい」

 「あひいぃぃぃ!?」


 恐慌状態の犯人たちは脱出しようとするが、ひしゃげた後部ドア部分の隙間は狭く、

無事であった前部ドアも折れ曲がってしまい、開けられなくなっていた。


 「たったすったすけっ助けて! 死にたくない! 死にたくない!!」

 「……」


 助けを乞う犯人たちを見下ろすと、ルナは車体を持ち上げ、二人を引きずり出し踏みつけた。

死の危険にさらされた挙句、強靭な脚力で踏まれ、二人ともすっかり気力を失っていた。

 途端、轟音を上げて車両が爆発した。オレンジ色の火柱が上がり、熱のこもった爆風が犯人たちの頬を叩く。

そんな状況にいながら、ルナは無表情で犯人二人を見下ろしていた。

そして二人がすっかり呆けた顔で抵抗をやめた所で、ヘルメットに手を当ててどこかに連絡を取った。


 「犯人、確保しました。車両よこしてください」


 無表情の顔と同じ涼しい声で、彼女は犯人確保を宣言したのである。

ほどなくして警察車両が来ると、犯人グループの男たちは手錠を掛けられて車両の後部座席に叩き込まれた。

金属製のワイヤーで拘束され、シートに座らされたところで、兄貴分の男がつぶやいた


 「思い出した……」

 「何だい兄貴?」

 「あのポリ。あいつは」


 二人そろって窓の向こうにいるルナを見た。ルナは半ばくず鉄と化したバイクを見て、絶望的な顔になっていた。

最高速度を越えて正面衝突したのだから、生き延びた方が異常である。

しかしバイクは衝突時の影響ですべての部品が破損、あるいは変形してしまったらしい…バイクは犠牲になったのだ。


 ためらうことなく銃をぶっ放し、暴走車に自ら正面衝突する狂気の警官。

解決した事件の数は入隊から三年で五百八十一件、心身とも再起不能にされた犯罪者は数知れず。

それでいて常に被害者は無傷で救助しているという。

犯罪者たちは、陰で彼女をこう呼ぶ。


 「マッドポリス・ルナ…」


 二人は身を寄せ合い、魂の抜けた顔でため息を吐いた。


 「そっか。最初から勝ち目は無かったんだね、兄貴…」

 「そうだよ、弟よ…」




 そんなキチガイ警官(マッドポリス)こと富士見 ルナは、シティポリス署に戻り小会議室に連れてこられ、

機動部隊第八分隊の隊長に怒鳴られていたのであった。


 「このバカ! 大バカ!! 富士見お前、これで廃車にしたのが何台目か判ってるのか!!」


 怒鳴られているルナはといえば、床に正座させられて申し訳なさそうに目を逸らしつつ答えた。

ヘルメットを脱いだ彼女は金色のロングヘアを背中に流した、美人と言って差し支えない類の顔立ちだ。


 「………三百と二十五台目です…」

 「先々月配備された新型バイクは、試運転分も含めれば五百七十台」

 「うぐっ…」

 「十年使えるはずだったんだぞ! それをお前、二か月で半分以上スクラップにしやがって」


 隊長は深いため息を吐きだし、でっぷりした腹を揺らしつつルナの向かいの椅子に座った。


 「…どうしてお前は加減ができんのだ」

 「それはその、犯人を捕まえるにはあのくらいしないとダメでしょう」

 「その結果どうなった? 倉庫はガランガランだろうが。

  捕まえるための足が、およそ六か七割失せたんだぞ」

 「ぐっ…」


 二か月ほど前に配備されたバイクは、先述の通り十年は使えるはずだった。それが五百七十台。

だが現在、シティポリス機動部隊第八分隊が所持するポリスバイクは、隊員四十名に対し僅か十五台しか残されていない。

他の部隊も同程度しか所持していなかった。ルナが他チームの分まで物理的に(・・・・)乗りつぶしてしまったのだ。

 四駆の方も同様、ルナが犯人を逮捕するために暴走させ、大半をスクラップと化してしまっていた。

そしてここまでマシンを潰しながら機動部隊にいられるのは、偏に彼女の犯人逮捕歴が署でもトップクラスだからである。

…と、ルナは思っている。


 「お前は腕がいい、全機動部隊で間違いなく最高だ。だからこそマシンも大事にできるはずだろうが」

 「それで犯人を逃したら本末転倒じゃないですか!」

 「足を自ら潰すなと言っておるのだ。これ以上大事な車両を失うわけにはいかん」

 「……で、でもですね隊長! 言わせてもらいますけど!」


 ルナは立ち上がり、両者の間に合ったテーブルに両手を叩きつけた。


 「あんなバイクで『スコルピオ』を捕まえられると、隊長は本気で思ってたんですか!?」

 「何…?」


 訝る隊長に顔を寄せ、今度はルナが怒鳴り声を上げる。


 「確かに安全運転してれば十年は持ったでしょうよ。

  けどその間に、スコルピオのマシンはどのくらい進化するか考えたことあります!?」

 「それも込みで十年だろうが」

 「無理です。今度の犯人のクルマも銃も、一般やポリスどころか連合国軍の委託先ですら作ってない。

  そのくせ超高性能なんですよ。十年の間にどれだけ進化するか!」

 「……」

 「こっちのバイクはアタシが三十分走らせただけでエンストする、自称(・・)十年モノです!」


 危険な任務に就くシティポリスが運用しても十年間は使える…

その耐久性を売りとした、メーカーの肝煎りのはずのバイクだった。

それだけ設計と開発に時間をかけた末での完成・量産・配備である。

だが、ルナはその欺瞞を完全に見抜いていた。


 「前にメーカーに依頼して設計書を取り寄せましたけど、いつの設計だと思います!?

  二十年も前のです! 量産の開始時期に合わせたアップデートも全く無し!

  あのバイクは生まれながらのロートルです。廃車以前にまともに使えるバイクじゃない!」

 「仕方ないだろう、契約しているメーカーの意向は無下にできん」

 「意向!? ロートルを売るのが意向ですか!?」


 だがルナの訴えを無視し、体長は椅子から立ち上がった。


 「話は終わりだ。では富士見、お前を明日から当面の間出動禁止にする」


 彼の冷酷な宣言に、そして訴えを無視されたことに、ルナは困惑と怒りの混ざった表情で掴みかかった。


 「ウソでしょ!? この隊ってアタシ以外、ロクに犯人確保できてないじゃないですか!」

 「決定事項だ、話は聞かん。これ以上足を潰されるわけにはいかんからな、諦めろ。

  ―――ああ、廃車の申請を忘れるなよ」


 隊長はそれだけ言うと小会議室から出て行った。

一人残されたルナはため息をつき、小会議室を出て第八分隊のオフィスに戻った。


 オフィスでは同じく第八分隊の隊員が、デスクに座って仕事を―――していなかった。いつもの光景である。

ルナはげんなりしながらデスクの間を通り抜け、事務担当者の机に辿り着き、

表計算ソフトで作られた廃車申請届を自分用のタブレットで受信した。

 シティポリスでは隊員からの届けを事務担当者が受け取り、総務でまとめて業者に申請している。

必要事項を記入し、事務担当に送信すると、ヘルメットを抱えてオフィスを出ようとした。

これ以上仕事をする気になれなかったのだが、その背に声がかけられた。


 「よーぉ、まぁたツブしたのぉ!?」


 顔を見なくとも判る、たるんだ頬肉の間から出た声だった。

出入口ドア横、カードリーダーに勤怠カードをかざそうとするルナの手が止まる。

続いて酒の飲みすぎで焼けた喉からひり出した声。


 「頑張んのはいーけどよォ、そんなんじゃ男にモテねぇぞォ」

 「もったいないねェ! あッははははぁ」


 中年男どもの汚らしい声を背中に浴びせられ、激昂しかかるのを無理やり押さえ込む。

女性隊員もいるにはいるのだが、そんな状況を見ても見ぬふりを決め込み、だるそうな顔で無用な事務処理をしている。

そして彼らが先刻何をしていたかと言えば、バリケードに隠れて電子タバコを吸ったりコーヒーを飲んだりしているだけであった。

 現場でもオフィスでも仕事をせず、ルナをなじるかそれを傍観するかしかしない同僚ばかりだ。

つまるところ、このオフィスにルナの味方はいないのであった。


 (うるさい…)


 彼らに怒りの声を上げていたのは、シティポリスとしての仕事に慣れて数ヶ月の間だけだった。

どれだけ言っても無駄だと、ルナは悟りきってしまった―――ただ、それと怒りが無いこととは別である。

ルナはカードをリーダーにかざし、退勤の時刻を入力すると、オフィスを出ていった。

閉ざされたドアの向こうからは、下卑た笑い声が聞こえるだけだった。


 (何であんな連中がポリスなんてやってんのよ…!)


 怒りのままに壁を殴りつけると、ルナは他の分隊のオフィスを覗きながら廊下を歩いた。

各隊ともに提示間際のリラックスした空気はあるが、ベテランも若いメンバーも和気あいあいと仕事をしている。

 先刻の誘拐犯の逮捕にも、ルナの要請に応じて別の部隊の隊員が出動してくれた。

彼らがいなければ、ルナ一人で全てを処理することになっただろう。犯人の護送中に何度も礼を言ったが、それでも足りない。

ルナは彼らの仕事風景を、羨望の眼差しで見つめた。仕事中の隊員の一人と目が合うと、互いに軽くお辞儀をした。

立ち止まることなく、ルナは廊下を歩いて行った。


 この街のシティポリスの機動部隊には、一チームにつき約四十人、それが第一から第八までの分隊(チーム)がある。

各チームごとに大型の車両、バイク、船舶、潜水艦、ホバークラフトなどを所持している。

ルナが所属するのは第八部隊。主に市街地での犯罪を取り締まるチームだ。

だが現状は、先刻の通りである。


 思い返して苛立ち、再度壁を殴りつけようとしたところで、事務室から出てきた数人の人間が彼女の前で立ち止まった。

一人は先ほど助けた少女。その両隣に立つ彼女の両親。そこまではいい。

だが、その背後にいるのは何者だろう。見たことも無い顔、否―――見たことも無い美女だった。

彼女に気を取られていると、美女の視線が家族の方に向いた。ルナもつられて同じ方向を見る。


 「あっ…おまわりさん!」


 目が合うと、少女はルナに駆け寄ってきた。両親がそれについてくる。

親子三人そろって、ルナに頭を下げて礼を言う。


 「娘を助けていただき、ありがとうございます…」

 「ありがとうございます!」


 それに対し、先ほどまで内心で同僚への愚痴をこぼしていたルナは、一瞬狼狽してしまった。

あんな連中の同類である自分に、その感謝を受け取る資格は無い。

そう言おうとして、少女もその両親も、第八分隊の実情を知らない事を思い出す。

一度深呼吸して、頭の中を冷静な状態に戻すと答えた。


 「いえ、お嬢さんがご無事でよかったです。―――あなたも、怪我が無くてよかった。でも怖かったでしょう」

 「う…うん、はい」


 ルナがかがみこんで少女の手を取ると、少女はためらいながら答えた。

彼女を喜ばせるべく、ルナは僅かに脚色して結果を伝える。


 「犯人はボコボコに叩きのめして牢屋にぶち込んでおいたよ。だからもう大丈夫」

 「おまわりさん… ありがとうございました!」


 気力は完全にもぎ取ったが、残念ながら顔面をボコボコにはしていなかった。

してやろうかと拳を振りかざしたところで、別のポリスが犯人を牢屋に叩き込んだのだ。

尋問があるからこらえてくれと、彼らは申し訳なさそうにルナを押しとどめた。

 少女はもう一度頭を下げると、改めて家族と共にルナに礼を言い、親子三人仲良く帰っていった。

その背を見送るルナの肩に、先ほどの美女が手を置いた。


 「お疲れ様。犯人逮捕、見たよ。最高だった」

 「…どうも。あの、貴女は?」


 ルナは改めてその美女を見上げた。

身長は二メートル近く。筋肉質だがゴリゴリのマッチョではなく、モデル並みのプロポーション。声も低くよく通る。

波打つ金髪はルナの染めたものと違い、自然なに輝きを放っている。

がっしりしたレザーの靴に同じくレザーのパンツ、淡いブルーの開襟シャツの上にこれまたレザーのジャケット。

かつて父から話に聞いた、二十世紀後期に流行したという「アメリカンポリス」の服だ。

そして穏やかで理知的な笑顔からは、凶暴さよりも安心感が漂ってくる。

 どうも、とルナは言う。そして同時に、自分が犯人を逮捕したことに、誰も何も言わなかったことを思い出した。

美女はルナの質問には答えず、肩から手を放すと背を向けて署内のオフィスに向かった。


 「そのうちイイ事あるかもね。じゃ、おやすみ」

 「はあ。おやすみなさい…」


 何のことやらと首をかしげるルナだけがその場に取り残された。

美女の背を見送り、ルナは寮の自室へと帰っていった。




 翌日の夜。ルナは一人オフィスで自席に座り、タブレットの映像を見ていた。

動画サイトなどではなく、現地の監視カメラでシティポリス各分隊の動向を観察している。

何かあれば連絡し、適宜サポートを行うようにと隊長から指示されているのだが。


 「…もしもし、第八分隊聞こえます? もしもし? ……ウッソでしょこれ、何でつながってないのよ!?」


 肝心の通信がオフラインになっており、第八分隊にはルナの声が全く届いていない。

ルナのタブレットの方では音声切り替えのアイコンがオンになっているため、現地の方でオフにしているのだ。

しかも一人二人ではない、一斉にである。


 「バカじゃないの…まさか隊長が指示したの…!?」


 抗議すべく、ルナはオフィスの奥の隊長専用スペースに向かおうとした。

が、ちょうどその瞬間に隊長からタブレットへの通信が入った。


 『富士見。話がある、来い』

 「何です!? 今現場の連中が全員通信をオフにしてるんですよ、隊長がやらせたんじゃ」

 『この時間をもって分隊でのお前のアカウントは廃止された。我々の通信機器にアクセスする権限はお前にはもう無い』

 「はぁ!?」


 全アクセス権限の廃止。すなわち退職か謹慎だ。それも本人が知らぬ間に。まさか懲戒免職であろうか。

以前から分隊全員に疎まれていたが、とうとうこの時が来たかとルナは腹をくくった。

 が、続いて聞こえた予想外の言葉に、ルナは半ば呆然となった。


 『異動だ。辞令書を取りに来い』

 「異動、ですか。……異動!?」


 通達のタイミング、免職ではなく異動、テメエで届けに来やがれクソ親父との文句など、口から飛び出そうになったがルナは押し込めた。

隊長専用スペースで辞令書(アカウントを停止したため、二十二世紀にして紙に印刷された物だ)を受け取り、

記載された異動先の名称を見てルナは顔をしかめる。


 「…九.五(きゅうてんご)係? 聞いたことのない部署ですけど」

 「私も詳しいことは知らん。場所はそれに書いてある。荷物をまとめてさっさと行け」

 「え、もう?」

 「今この時間をもっての異動だ。さっさと行け」


 隊長は手を振ってルナを追い払った。幸い、オフィスに置いてある私物はステーショナリーとSMSくらいで、すぐにまとめられる。

隊長は苦虫を嚙み潰したような顔をしていたが、ルナは全く気にせずに荷物をカーボン製の箱に入れ、抱え上げて分隊のオフィスを出た。

他の分隊も出動して、署内は静かであった。辞令書に書かれた案内図に従い、一度署を出てビルの裏手に回る。

夜の闇に包まれた署の裏側には、プレハブの小さな倉庫が建っていた。案内図通りならこのプレハブの筈だが。


 (係っていうか…何これ、窓際以下じゃない?)


 二十二世紀になっても窓際部署という概念は存在するのであった。

それはともかく、ルナはマグライトを点灯させるとプレハブに歩み寄り、ドアを開けようとする。

と、その足元から気の抜けた鳴き声が聞こえた。ライトを足元に向ける。


 「フニ~」

 「………ねこ? トラ猫?」


 犬か猫か、全長三十センチ程度でモフモフの毛におおわれ、雪だるまのような体形で四肢は短い。

チャウ・ドッグあるいはストライプ・キャット(二十一世紀以前でいう「チャウチャウ」「キジトラ」にあたる)に似ているが、

明るめのイエローに黒いストライプの模様は、どちらかと言えば動物園のアムール・タイガーあたりを思わせる。

顔立ちは若干シワが寄っていたが、幼体のためか眠たげな子供にも見える。

その一方、二十世紀中期から後期のエンタテインメント・ムービーに出てくる活劇俳優(アクションアクター)に似てもいた。


 (なんとかルズブロンソンだったっけ…パパが見てたムービーの…)

 「…キミ、このオフィスのひと?」

 「フニ~」


 毛玉のような動物は一声鳴くと、器用に後ろ足だけで立ち上がってプレハブの引き戸を開けた。

この二十二世紀に博物館級のプレハブオフィスか、と落胆しかけたルナは、思わず目を見開いた。

引き戸の向こうには、地下へ向かって暗い階段が伸びている。


 「ここを降りろっていうこと?」

 「フニ~」


 ぽてぽてと階段を降りていく毛玉を追い、ルナも降りていく。

と、その耳に小さなハム音が聞こえた。左右の壁を見ると、青白く光る小さな光点が見えた。金属探知機か何かであろうか。

階段を下りた先には、これもまた薄暗い廊下が伸びていた。その途中、開いた扉から漏れた光が見える。


 「フニ~」

 「…なるほど。地下のオフィスね」


 毛玉が一声鳴き、ついてこいとばかりにぽてぽて歩いていく。明らかにこの施設を歩き慣れていた。

ルナはためらうことなく毛玉についていった。毛玉は扉をくぐってオフィスに入った。

二十二世紀にもなろうというのに、この扉は未だにノブをひねるタイプのドアであった。

 毛玉を追ってルナもオフィスに入る。と、毛玉は駆け出し、ソファに座る人物の膝に飛び乗った。

迎えたのは、年端も行かぬ少女であった。


 「おー、トラゾー! おかえり!」

 「フニ~」


 抱き合った少女と毛玉ことトラゾーが、互いの頬と頬を合わせてモフモフしている。

こんな地下倉庫のような場所には似つかわしくない光景に、ルナは呆然とした。

ついで室内を見回すと、キッチンらしき奥のスペースでコーヒーを淹れる女性がいた。

大人びて…というより、やわらかく温かい笑顔でルナに手を振る。若妻を思わせる雰囲気だ。思わずお辞儀を返した。


 そしてもう一人、部屋の隅にはソファの少女より少し年上らしい少女がいた。

が、彼女はルナの方を一瞥もせず、ブツブツとつぶやきながら膝を抱えて座っていた。両手がせわしなく動いている。

異様な光景であった。ポリスらしき人物が一人もいない、しかもこのうち二人は明らかに未成年だ。

怪訝に思いつつ、ルナは一番年上らしいキッチンの女性に尋ねた。


 「あの…係長さんはいらっしゃいませんか? アタシ、今日からここに配属されたんですけど」

 「ごめんなさいね、ボスはお出かけ中なの。そちらで座って待ってて」

 (ボス…?)


 女性に促され、ルナはトラゾーとソファの少女の対面に座った。


 「オマエ、トラゾーがつれてきたヤツか?」


 ソファの少女は視界に入ったことで初めてルナの事を認識したらしく、やっと気づいて尋ねてきた。


 「あっ、はい。今日からこちらに配属になった…」

 「フーン」


 が、ルナが答えようとすると、少女はすぐさま興味を失って、ソファに寝っ転がりトラゾーと戯れ始めた。

呆然とするルナは、今度は部屋の隅の少女の方を見る。先刻と変わらずブツブツつぶやいていた。

自閉症の類であろうか、詳しくないルナにはそう推測することしかできなかった。意思疎通は困難だろう。


 (ここ、ホントにシティポリスの部署なのかな…)


 ルナがそう思うのは当然であった。未成年が二人、主婦らしき女性が一人。

児童保護施設に見えなくもない光景だ。九.五係とはつまり、保護した児童の世話係の事か…

悪い仕事ではないが、要するに事実上の左遷ではないか。

ルナの疑問が疑いに変わりかけたその時、廊下から足音が聞こえ、一人の女性がオフィスに現れた。


 「もう来てたか。遅れてすまない」

 「いえ、先ほど来たばかりで―――え、あなたは」


 見覚えのある姿に、ルナは目を見開いた。先日の誘拐事件で被害者に事情を聴取したらしい、長身の美女だった。




―――〔続く〕―――

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