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8 なんとプリンさんが舐めていたんです。




「お客さん来ないですねえ……」


 いよいよ僕の地図店がオープンした。

 ——が、

 客が来ない。一人も。閑古鳥が鳴きっぱなしだ。


 まあそもそも宣伝らしい宣伝もしてないし、ここって店構えからして店感ゼロだからな。なんて言っても軍事基地の一室だし。

 このままだとマズいかもしれない。


「ビラでも撒くか……。それか……」


 可愛い売り子でも立たせるか。

 僕は何ともなしにエリアーデの方を見る。彼女の服装は基本的にいつもラフめで、今日にいたっては薄手のシャツに脚の付け根までしかない短いショートパンツである。

 嫌でも際立つ。そのスタイルが。

 全体的にスラッと細身でありながらも、独特の肉感を持つ身体。

 顔はもちろんずば抜けて可愛いし。


 ううむ……これは来るぞ、きっと客が……こやつに惹かれた阿呆なオスどもがたむろしてくる。


「え、えと……そんなに見ないでください。もしかして……今なにかエッチなこと考えてます?」


 顔を真っ赤にして、ギュッと、身体を隠すように身をよじるエリアーデ。

 この感じを見るに、彼女は男の視線に耐性がないのだろう。売り子なんてさせたら恥ずかしさで死んでしまうかもしれない。


「仕方ない、諦めるか……」

「な、何をです!? やっぱり何かエッチなことを私で……?」

「まあ気にするな」

「気にしますよぉっ!!」


 恥ずかしがって慌てているエリアーデはとても可愛い。




「それにしても……。マールさん、ずいぶんと懐かれましたねえ」


 ——と、店番の合間にエリアーデが僕の状態を確認してボソリと呟く。


「そうだな」

「ヘッヘッヘッヘ…………ハッ! も、もしかしてそれってあたしのこと!?」


 それまでずっと、犬のように僕の身体に自身の身体を戯れるように擦り付け、僕の指とか首筋とかを嬉しそうに舐めつつ、尻尾をご機嫌に振っていたプリンタルトが遂に我に返る。

 最近分かったことだが、犬科の獣人はことのほか、犬である。愛情表現から何まで、気を抜くと犬のようになりがちだ。


「他に誰がいるんですか」

「じょ、じょじょじょじょっじょ、冗談じゃないわよ! べ、別に懐いてなんかいないし!」

「よく言いますよ。いっつも朝から晩までマールさんにベッタリじゃないですか」

「べ、べっべっべ、ベッタリなんかじゃないわよ! ねえそうよね爺や、あたし別にベッタリなんかしてないわよね!?」


 爺と呼ばれた、近くで待機していた彼女の腹心——例の執事風の部下はこくりと頷いて答える。


「は、とてもベッタリかと」

「爺や!?」


 彼はとても正直な男である。好感が持てる。


「それに今日、わたし見ちゃいました。プリンさん」

「な、なにをよ……」

「プリンさんが、マールさんを起こすところを、です。今朝、私もマールさんを起こそうとあの部屋に行ったんですよ」

「え……」

「中で何か音がしていたので、こっそり中を覗いてみたら……」


 ちなみに今、僕とエリアーデは共にこの基地に住んでいる。


「なんとプリンさんが舐めていたんです」

「は? な、なにを?」

「顔を」

「え?」

「犬みたいに尻尾を振って、ご機嫌に、笑顔いっぱいに……マールさんの顔面をペロペロとそれはもう念入りに舐め回してました……。まるで朝の散歩をせがむ犬のように」

「いやあああ! 違うの! ねえ爺や! あたしそんなことしてないわよね!」

「は、めっちゃしているかと」

「爺やぁ!!」


「まじか……」

 衝撃の事実だ。

 たしかにここ数日、目覚めると嬉しそうなプリンが目の前で「ハッ」とする日が続いていて、且つ顔がとてもべたべたで、そこはかとなく臭った……。


「エリアーデ」

「はい」

「おまえが今朝くれた『これからは朝の洗顔により一層力を入れた方が良いですよ』っていうアドバイス……今になってとても身に染みてきているぜ、サンキュな」

「いえいえ」

「ちょっとお! なんか汚物扱いするのやめなさいよ! むしろ喜びなさいよ! あたしよ!? ねえあたしが舐めてんのよ!? 垂涎ものでしょうが! ねえ爺! そうよね!」

「……は、」

「え、ちょっ爺!? なんでマールに高級薬用石鹸を渡しているの!? それでいったいアンタ何を浄化させるつもりなの!?」


 ——と、そんな和気藹々の中、


「こんにちは、やってますか?」


 気付けば店に客が一人、やって来ていた。

 小柄なフードの男。


「いらっしゃい! やってますよ! どうぞ好きに見ていってください!!」


 歓喜する僕たち。

 初めての客である。嬉しい。


「……なるほど、これはすごい。エリテマから聞いていたとおりだ」


 彼は街の地図を手に取り、ため息を漏らす。そして妙に納得している。

 ていうかエリテマって誰だっけ? なんか見覚え(、、、)のある名だが。


「え……、こ、これは……!?」


 次に彼は現在のうちの目玉商品を手に取る。


「これは”ゲルゲンシタの窪地”の地図!? 最近見つかったばかりの、未踏破の攻略ポイントじゃないか!! なのに全域の詳細がこんなにつまびらかに載っているなんて!」

「お目が高いですね。それは今朝、作り終えたばかり。まだ誰の手にも渡っていない代物です。それを手に攻略を行えば、他のパーティを出し抜くことも可能でしょう」

「し、しかし、この地図に書いてあることは正しいのか?」

「正しいですよ。僕が探知フィールドで調べましたから」

「フィールドで? しかし、それじゃあ…………——!! ふふ、はははは、そうか、ということはボクの想像よりも遙かに……、そういうことなのか」


 突然笑い出す客。


「ボクはてっきり、キミは常人よりも遙かに広い半径五百メートルほどの探知フィールドを持った、人並み外れた探知士であると想像していたわけなんだが……どうやら違ったみたいだ。ひょっとすると、もっと上なのか?」

「……どこかで会いましたか?」


 客はフードを脱ぐ。

 その男は——


「きゃっ!」


 エリアーデが悲鳴をあげる。

 なぜなら彼は、彼女を路地裏で囲んでいた一人——あの探知士サルコだったからだ。

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