4 そのころイーゴンさんは……①
「アニキ、ウマいこといきやしたね! ぐふふふ」
夜、人の出払ったギルドのテーブルで、一人イーゴンが晩酌をしていると、盗賊のパッチが話しかけてきた。
「まあな、クソを追い出した後に飲む酒は格別だぜ」
マールをギルドから追い出したその日、彼は他の支援・管理クラスの冒険者たちにも待遇の変更(減俸&労働時間増加)を言い渡した。
決定を突き付けられた時の奴らの顔は素晴らしいものだった。
絶望——。
しばらくはあの顔だけで美味い酒が飲める。
あんな腰抜けどもにはどうせ文句を言ってくることすら出来まい。
低賃金でボロ雑巾のように使い倒して捨ててやる。
「しかしマールの奴はずいぶんとあっさり出ていきましたねえ? あっしはアイツがもっと悔しがるところが見たかったでさ」
「くくく、強がってたんだよ。しかしそれも今だけだ。すぐに音を上げて頭を下げてくるに違いねえよ」
「たしかに! そうでありんすね! あんなゴミ、うち以外でどこも雇うはずがねえ!」
「その通りだ」
マールは前任のギルマスからは何故か高い評価を受けていて、このギルドの全ての冒険の探知をたった一人で回していた。
故に報酬も高額で、戦士クラス筆頭のイーゴンとほぼ同額。
しかし——
(納得できるかそんなん!!)
探知士なんて役立たずが、前衛で無敵を誇る自分と同評価——!? 不当だ!
(そもそもあんな奴が一人で担えている時点で、探知士自体が大した仕事じゃねえんだ! 探知士なんて不要だ。敵の位置も、罠の位置も、地形も、教えられる必要もなく、むしろ俺の方が察知が早いまである!!)
それが彼の持論だった。
故にゴミ——! 探知士はゴミだ。そしてマールはその中でも最たる廃棄物である。
「別にいなくても困らねえが、一番は相応しい額でこき使えることだ。だから一度追放して、身の程を分からせ、戻ってきたところで足下見て低賃金超絶ブラック再雇用——これがベスト!」
「けっけっけ、今ごろアイツ、涙目でいろんなギルドを駆け回っているところですかねえ?」
「だろうな、バカな奴だ」
「ですねえ、はじめから頭を下げて、どんな条件でも是非あなたの下で働かせて下さい——と言っていれば良かったものを」
「くく、ま、反省する良い機会だろ」
パッチが良いことを言ったので、褒美に酒を注いでやる。
「あざす!」
いい顔でへつらうパッチ。
可愛い奴だ。やっぱり雑魚はこうでなくちゃいけない。マールもこうなるべきだ。
(まったく、楽しみだぜ……)
更生が済んだら、あの探知士はいったいどんな顔で媚びへつらってくるのだろう?
考えるだけでぞくぞくする。
「ところで、マールが戻ってくるまでは、探知士の仕事はどうするんで?」
「あーん? そうだな、俺クラスになるといなくても無問題だが、お前らはそうもいかねえか。じゃあ適当に安いのつかまえてこいよ」
「了解っす! ぐふふ、もっと良い奴が見つかって、マールの戻る席が埋まっちまったら、アイツいったいどんな顔するでげしょうなあ!?」
「くく……その時はその時で、楽しめそうだな」
※※※
翌日。
朝イチでパッチが満面の笑みで報告してきた。
「アニキ!! 良い奴が見つかりましたぜえ!」
「なに? 探知士か?」
「そうでげす! なんと、旧大陸の元王宮探知士らしいでげさ!」
「ほう……悪くないな」
「へい。しかし少しばかりマールの奴より根は張りますが……」
「まあ、多少は目をつぶってやるよ」
「へい!」
「くくく、ゴミを廃して元王宮探知士を入れるか……我ながら図らずも名采配をしちまったな」
「まったくでげさ! 楽しみっすね! きっとマールなんかとは違う、もの凄い探知士なんすよ!!」
「けっ、そもそも探知士って時点で、高が知れてんだよ。しかし、まあたしかに、多少はマシだろうな」
どんどん俺のギルドは良くなっていってる——
イーゴンはその考えを、少しも疑っていなかった。