3 三十キロ先にある本を読める男
翌日からさっそく商売の準備をはじめる。
「でも、いったい何のお店をはじめるんですか?」
「地図屋だよ。昨晩ちゃんと説明したろ?」
「聞いたけど、正直、イマイチよく分からなくって。地図って何ですか?」
朝の食卓のテーブルでエリアーデは「テヘ」と舌を出し、片目を瞑る。可愛い。
「地図は造語。僕が考えた。要は地形情報を記した図面だ」
現在の冒険は、探知士を連れて出かけ、実際に歩きながら地形を把握、攻略していくというもの。
「でもこのやり方は非効率だ。どんな場所か分からないから準備時間は増え、当日の荷物も多く、そして攻略ルートも無駄だらけでリスクと所要時間ばかりが嵩む」
「まーでも、仕方ないですよね」
「うん。でもその場所の”地図”があれば、これから攻略する場所を事前に把握でき、且つパーティ全員での共有できる。するとどうなる?」
「あー……準備時間と荷物が減り、攻略もゴールに一直線……?」
「正解」
「……なるほどお! たしかに地図ってすごい便利ですね!」
「ふふふ、発想の勝利! 地図が普及すれば、探知士の負担が減り、冒険者の安全性も向上する」
「良いことづくしです! ……あれ? でも、よく考えると変じゃないですか? どうやって地図を作るんです? 私たちが徒歩で下調べして? でもそれだと本末転倒ですよね?」
ダンジョンを攻略する為の地図をダンジョンを攻略して作る。
なるほどそれはたしかにおかしい。
「でも大丈夫。ほら、僕は探知士だから。探知フィールドで調べれば良い」
「いや、でも探知士の探知フィールドの範囲って、数十から百メートルくらいですよね? それだと結局、自分でダンジョンを歩く必要が出てくるんじゃ……?」
僕は少しだけ得意げにする。
「ふふふ……、まあ聞けよ。実は此処だけの話、僕にはたった一つだけ人に自慢できる長所があるんだ」
「長所……? とても優しいところ、とかですか?」
「え、いや……」
なにそのトキメキの答え。めっちゃグラッときたんだけど。やめろよな、好きになっちゃうだろ。
「違う。探知フィールドが少しだけ他人より広いんだ」
「へえーなるほどー。広いってどれくらいですか? 数十から百メートルとかです?」
「いや、流石に。それだと人より広いって話にはならないだろ?」
「……? じゃあどれくらいなんです?」
「ふふふ、聞いて驚け、直径約六十キロだ」
「——っっ!! エええぇえッッッっ!!?」
エリアーデは驚きすぎてテーブルのミルクを倒してしまう。ごめんなさいと店員に謝って、急いで拭いて、それからもう一度僕に向かって告げた。
「いや、エッっ!??」
「わざわざ驚き直さなくても」
想像以上のリアクションだった。
もっと、「えースゴーい。きゃー」みたいな、カジュアルなリアクションを期待していたんだけど。
長所とは言っても、別にそこまで驚くほどじゃないだろ。
「いや、えっ!?? 普通に前人未踏でスゴすぎますよ!? いや、ていうか、人間ですか?」
「いや、流石に失礼だろ。めっちゃ人間だわ。むしろ普通より少しだけ頭の先出ている程度のわりと凡夫だぞ」
「でもエルフですらそんなに広いフィールドを持つ人っていませんでしたよ?」
「じゃあエルフが人間より探知を苦手としているんじゃないのか?」
「……そ、そうなのでしょうか……?」
「そうだろ、たぶん。昔人から聞いた話だと、人間の探知Fの平均は約直径五十キロとからしいよ」
「う、うーん……それほんとですか? 五十メートルの間違いじゃなくて?」
しかし彼女は半信半疑だ。
まあ、別に信じないのならそれで。
「ちなみに、地図はこんな感じのを考えてる」
僕はテーブルの上に羊皮紙を広げると、ペンで現在地を記す。
そこから、その周囲の建物とルートを書きこんでいき、最終的に、この仮設街ヤーナムの全体図に仕上げた。
「す、すごい……これ全部正しいんですか?」
「うん。今この場で探知した情報をそのまま書き写してるから、今現在の最新情報だね」
「でもこの街って全体で十平方キロメートルくらいありますよ……?」
「だからほら、僕は平均より少しだけ探知Fが広いから。これくらいの広さの街なら全把握なんて余裕なんだよ」
「ほ、ほんとですかあ……? やっぱりマールさんがスゴすぎるだけの気がするんですけどお」
——と、僕たちのテーブルの横を通り過ぎた人が歓声を上げる。
「ファッ!!?」
白い司祭のようなローブを身にまとったボサボサ頭の髭面のおっさんだった。
彼はテーブルの上のヤーナム地図を見て、目を輝かせている。
「な、な、な、なんだこれ!? こんなの初めて見たぞ! この図、もしかしてこの街なのか!?」
「そ、そうですけど……」
「すげえ! 俺昨晩この街に来たばかりで、武器屋……探してたんだ! こんなとこにあったのか! 防具屋は——ああ、路地裏!? 見つけられるかあー!! 宝石店は——」
「良ければ差上げましょうか?」
「なっ!? 良いのかアンチャン!? こんな素晴らしすぎる代物を! いや、しかし俺の主義に反する! 素晴らしい働きには相応しい報酬を!! これ、受け取ってくれアンチャン!!」
そう言うと彼は、翡翠色の巨大な宝石が埋め込まれた鞘付きの短剣を僕に押しつける。
そして地図を持って鼻唄交りに去って行った。
「……エッ!? それ、」
エリアーデは貰った短剣を見て、驚く。
「たぶんもの凄く良いものです! 宝剣……! エルフ界でもなかなかお目にかかれないクラスの代物です」
「へえ?」
試しに世界分析で短剣の情報を取得してみる。
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名称:トールギスの試製の短剣
レア度:S
持ち主:心臓教会 血刀隊第七師団長・エリテマ
特効:攻撃の際、相手の防御力を反転させる。
説明:永劫級鍛冶師トールギスが打った試製の短剣。刃の長さは異様なまでに短いが、其の分いたく研ぎ澄まされており、故にその刃は強い者にほどその身に深く突き刺さる。
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「永劫級鍛冶師の短剣……?」
永劫は最高の鍛冶師に与えられる等級だ。
「てことはマジで宝剣クラスだ。すご……」
「しゅ、しゅごい……しゅごいですう!!」
「え……どした、エリアーデ」
目の前の彼女はいたく興奮しはじめている。
そして僕の手をガシッと掴むのだった。
「マールさん!! この商売……イケますよ!! じゅるり」
ダメだこの女、金で人生滅ぼすタイプだ。