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10 そのころイーゴンさんは……③




「アニキ! また一つパーティがボイコットしてきやした!」


 パッチの報告にイーゴンは大きく舌打ちをする。

 既に今週に入って四組目の冒険拒否(ボイコット)だ。


「どいつもこいつも、ふざけやがって……! 探知士がいないくらいなんだってんだ!」


「しかもギルドの運営姿勢に疑問を感じると脱退申請する者も相次いで来ちまってます!!」

「引き留めろ」

「無理っす! 先日のあの宮廷探知士のせいで今うちにはギルド連盟の監査が入ってるっす! そんななかで無理は出来ないんす! 脱退申請は速やかに受理しなくてはならないと連盟規則に定められているんすよ!!」


 相次ぐ脱退者とボイコットで、今やフロントワークスの登録冒険者数はかつての半分ほどにまで落ち込んでしまっている。

 そして冒険成果にいたっては今週は未だゼロの有り様。


「い、いったいどうなってやがんだ……?」


 イーゴン・ダーク——ここが間違いなく正念場だった。


「失礼」


 ——と、そこで一人の来客。

 複数の護衛を引き連れた、いかにも羽振りが良さそうな髭面の男である。


「我が輩はローランド・カイザー伯爵である。兄、トゥンメル王家トゥンメル・カイザーの命を受けて来た。ギルドマスターを今すぐここに呼べ」


(トゥンメル王家だと!? うちのスポンサーじゃねえか! なぜこのタイミングで!?)


 フロントワークスは旧大陸の古王家であるトゥンメル王より出資を受けた冒険者ギルドだ。

 資材、装備、人、拠点——新大陸の冒険事業には莫大な金がいる。

 故に彼らからの出資はギルドにとっての生命線であり、逆に言えば、絶対に失態を知られるわけにはいかない相手ということになる。


「これはこれはローランド閣下! いったいこんな僻地にどのような御用件で?」

「兄者より新大陸の攻略状況を見てこいと言われてな。はるばるやって来たよ」

「わざわざ足を運んでいただかなくとも、毎月活動報告は手紙にてさせて頂いてますのに」

「この新大陸の攻略競争(レース)は、我々にとっても重要だ。手紙なんぞで済ましておけるものではない」


 新大陸における各ギルド同士の攻略競争の実体は、そのギルド出資者たちの代理戦争である。

 旧大陸の利潤をあらかた食いつぶした有力者たちが、次に目をつけたこの宝の山(新大陸)——ここでの競争に敗北することは、次世代の勢力争いに敗れることと同義なのである。


 つまり何の成果もあげられず、どんどん他ギルドに水をあけられている今のこの状況は、知られると非常にマズい。


「こ、これは……いったいなんだ……!?」


 しかし不運なことに、ローランドはギルドの活動記録帳を見つけて手に取ってしまう。

 そしてその中身を読んで、恐ろしい表情を浮かべる。


「どういうことだ……これはなんだ?」


 赤字だらけのページを開き、イーゴンに詰め寄った。


「そ、それは……」


 汗をダラダラかき、縮こまるイーゴン。

 そんな憐れな様子を、周囲のギルド冒険者たちは冷ややかに見物している。


(屈辱……——!!)


 イーゴンは心中で怒り狂う。

 しかし目の前のローランド卿はもっと怒っていた。狂乱気味で捲し立ててくる。


「この一週間……一つも、一つもまともに攻略を終えられてないだと!? 冒険者もどんどん辞めていっている……それにボイコットまで……!! 連盟からも指導が入っているぞ!!?」

「は、はい……!」

「貴様ァ、死にたいのかあっッ!!!!」

「そ、そんな、滅相もない——」

「我が栄光のギルドが……なんだこの有り様は! 一刻も早く立て直せ! いったい何があったと言うんだ? 先月まではこの最前線で先頭を走るギルドの一つだったはずだ!」


 その時、ポツリと、野次馬の冒険者が呟く。


「マールさんを辞めさせちゃうからだよ」


 事も有ろうに、それに伯爵が反応した。


「マールだと?」

「た、戯言です、耳を貸してはダメだ!」

「いや、しかし聞き覚えのある名だぞ。たしか前任のギルドマスターがよくその名前を出していた。希有な才能の持ち主であり、今のギルドの中核を為している存在だと——!」

「なっ——!?」

「貴様、辞めさせたのか? すると今のこの状況はその愚行が招いたことなのか?」

「そんな、滅相もない——! あんな奴、いてもいなくても同じだ!」

「なら、証明しろ」


 伯爵は冷徹に告げる。


「先日、前線地区で新たに”ゲルゲンシタの窪地”というデカい攻略ポイントが発見されたと聞く。そこをなんとしても我が物としろ」


 今全ギルドが我先にと狙っている特A級攻略ポイントである。


「一番に攻略するのは我がギルドだ。いいな? もし万が一、他ギルドに取られた場合は——」


 伯爵は首の前で横一文字を切った。


「最悪、出資を打ち切ることも考えなくてはいけない」

「なっ!? そんな!! 今出資を絶たれたら、俺たちは……!!」

「知らん。我が輩たちは慈善事業をしているわけではない。ビジネスなのだ。結果を出せないお前が悪い。……いや、結果を出せていたのに、それをぶち壊したお前が悪い——というのが、正しいか」


 イーゴンは悔しさで表情を歪める。


「なんとしても”ゲルゲンシタの窪地”は俺たちが取ります!」

「そうすべきだろうね、キミ自身の為に」


 もしスポンサーを失えば、新たな出資者を探すか、ギルドマスターの自費運営になる。

 しかしイーゴンに貯えなどないし、今のこのギルドに出資する者もきっと見つからない。


 つまり——倒産だ。

 それによるすべてがイーゴンの負債になる。


(なんとしても攻略を一番に成功させる……俺なら出来るはずだ)


 ”ゲルゲンシタの窪地”はかなり広大だ。故に他ギルドも攻略には相当の時間がかかるはず。


(三週間は最低でも必要のはずだ……)


 なので自分たちはある程度のリスクは覚悟し、事前準備を短くし、二週間を目安に攻略を行う。


(これでイケる! なんてったって俺は、栄光のナンバーワンギルド、フトントワークスのマスターなんだからな!)


 そう——思っていた。

 しかし——。


 翌日。


「あ、アニキ……」


 真っ青な顔で、パッチがイーゴンに報告する。


「”ゲルゲンシタの窪地”が……落ちました……」


 はあ?


「バカいってんじゃねえ! まだ発見から二日だぞ!? たった二日であの広さの所をどうやって攻略するって言うんだ!!」

「なんでも……”マップ屋”というものが出来たそうで。どうもその店で売っている地図とかいうもののおかげらしいっす」


(地図……? マップ……?)


「とにかく一度その店を見に行きましょうぜアニキ。トゥンメルへの交渉材料になるかもしれねえ」

「……いいだろう」


 どんな眉唾物か、見定めてやる——。

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[一言] そろそろタイトル回収かな
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