クリームビスケット
「ねえ」
甘えるような声に目覚める。
彼女はちょっと怒っているように見える。
甘えるのが下手くそで、いつもどこか緊張したような顔をするからだ。
「起きた?」
「どうしたの」
「コーヒー飲む?」
シーツのサラリとした感覚と、彼女の栗色の髪に落ちる光がくすぐったい。真っ白で暖かに膨らんだ幸福が体を包んでいる。
「飲もうかな」僕は答えた。
「・・・あ、あとクリームビスケットね」
「クリームビスケット?」
「うん、ヤマタキのくりぃむ♡びすけっと」
不思議と完璧に字面が見える。
また、これか。
そう思った途端に目が覚めた。
仄暗い部屋が、本当の人生を迎え入れる。
雨だれの音がする。今日は最悪の天気みたいだ。
洗濯してないシーツは肌にまとわりつく。
昨日の酒がまだ体中を這い回っている。ほとんど記憶もない。
昨日、どうやって帰ってきたんだろう。
ベッドを椅子代わりにしているため、手が届く所にあるローテーブルには空いた缶チューハイが置いてある。
帰ってきてからも飲んだのか、と重い頭を手で揉んだ。
隣には彼女の言った「くりぃむ♡びすけっと」があった。数枚食べた痕跡がある。
千鳥足でこれと缶チューハイをコンビニのレジに運んだか。
あの目覚め際に見る「広告」は本当に強力みたいだ。
1本2,000円もするアルコールの分解アンプルを使うかを思案していると、ニュースが飛び込んできた。
石川みゆ、ストーカーに襲われ重体。
刹那、さっきまで「一緒にいたのに」と思ってゾッとした。
反射的にネットを開く、耳の早い奴らが「え、もしかしてあの広告停止されるの!?」と盛り上がっている。
「ストーカーまじでぶっ殺す」
「みゆが起こしてくれないともう会社行けないわ」
「ビスケット買い占めますね」
パラパラとフィードを読み漁ってネットを閉じた。
ちょうど入れ違いに見たあの広告は何か意味ありげだな、と錯覚しかけて「重症だな」とひとりごちる。
手を伸ばしてビスケットを手にとって頬張った。意外としょっぱいぞ。
嫌いな味だ。




