表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆食いしん坊転生者が食卓の聖女と呼ばれるまで◆  作者: ナユタ
◆熟練度・後期◆

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

79/86

*33* 食卓の聖女と、施しの従者。


 ウィルバートさんと私がウルリックさんに助け出された日から一ヶ月。


 あの後ウィルバートさんの尽力のおかげで、ヨハナさんとディルクさんの二人は晴れて平民になって国外追放。二度と母国の地を踏めないという罰が重いのか軽いのかは人によってそれぞれだろう。


 二人を使って余計なことを企んでいた両家のうち、ヨハナさんのお家は考えが卑しいということで中央から睨まれ、今後は一切国の重要な部分に加わることはなくなり、野心どころか出世の芽が金輪際芽吹くことのない土地に封じられ……。


 ディルクさんのお家は当主と跡取りが相次いで病死(・・)し、お家の方も取り潰しの上、一生涯国の監視がつく状態での平民降格と相成った。


 罪状はたぶん国家転覆罪とかっていうのだろう。無関係な人を巻き込むだけでも大問題なのに、それを足がかりに自分達の発言権を強めようなんて以ての外。


 これを機に歪だった魔力重視の貴族社会に、ウィルバートさんとアルフォンス陛下が大鉈を振るったこともあり、一部のお家からもチラホラと不正や非人道的な行いをしていた貴族達が炙り出され、中央の方は人事が大変なことになっているとか。


 ちなみにウィルバートさん直々のご指名で、二人をアトアリア国のノーゼットの街まで送り届ける護衛任務はウルリックさんに依頼された。その依頼を境に、未だに少しギクシャクとはしているけれど、義兄弟の距離は縮まったように感じる。


 でも意外なことに最後まで揉めたのは私の身柄で。家政ギルドの人からの熱心なお誘いや、お城の一部の人達からは今後も毒味として手許に置くべきだなんていう、まったく嬉しくない案まで出た。


 それを納めてくれたのは未来の賢王であるアルで、彼は私の夢である“お店を持ちたい”という希望を、今回の褒美として与えると明言してくれたのだ。


 でもそこでまた新たに、お店を取得するお金を国庫から出すのは如何なものかというのが出たのだけど、そこはイドニアさんとガーランドさんが約束通り出資すると申し出てくれた。


 なので私はそのお言葉に甘えつつ、ウィルバートさんとウルリックさんと一緒に、熱心にリンベルンの市街地を歩き回って、とある場所に白羽の矢を立てた。それが王都の中では比較的治安の良い場所にあるライマール通り。


 ライマール通りは前世で好きだった世界ふれ○い○歩きみたいな場所だ。


 緩やかな坂にある古い煉瓦の建物が建ち並ぶそこは小さな飲食店が軒を連ね、本通りほどの賑わいはないものの、まだアクティアの建国当初からの風景が残っている場所を求める通な観光客には人気があるらしい。


 そして現在私はそんな素敵な街の一角にある建物内で、とても幸せな相談を受けている真っ最中だった。


「ああ、ちょっと待ってアカネ。やっぱりメインは川魚じゃなくて、海の幸にしたいわ。ポートベルのレストランで作ったって言っていた貝料理。あれって簡単に数をそろえられるかしら?」


「うーん、どうでしょうね? そこまで珍しい貝ではないようでしたし、式の二週間前くらいから出席者の人数分予約をしておけばいいかと。余裕を持ってお願いしておけば、漁師さん達も数が足りないときの差し替えができますから」


「あ……そういうことも考えないと駄目よね。気がつかなくてごめんなさい」


「イドニアさんてば、せっかく幸せな打ち合わせの最中なんだから謝らないで下さいよ。それにお相手にも他のお仕事の都合があるでしょうけど、今から手紙でポートベルの漁港の網元に連絡を入れておいたら大丈夫。はあぁ、楽しみですねぇ」


「え、ええ……あの、ありがとう」


 真っ赤になって俯く幸せオーラ全開のイドニアさんは、最初に会った頃の険がすっかり取れて、ただの美の化身になっている。しかもそこに可愛さまで足してしまって何になるつもりなのか――って、花嫁さんです。現実世界でなれる唯一のお姫様。王子様はガーランドさんだ。


 イドニアさんからは一番最初の招待客として、私とウルリックさんとシュテンに招待状を届けてもらった。そのときに結婚式に出すお料理の相談を受けたので、俄然やる気になっている。


 まだまだ外は雪景色ではあるものの、心はイドニアさん達の結婚式が執り行われるユタを先取りしてポカポカしている。何よりすきま風が多少あるとはいえ、建物内にある古い暖炉には火が入っているし。ほんのちょっとだけ暖炉に火が灯ってから室内が暖まるまで時間はかかるけど、その分一度暖まると長持ちだ。 


 二人でテーブルの上に広げた式の予定表を眺めて楽しんでいたら、いきなり室内に雪が吹き込んできて。寒さに顔を上げれば、ドアから肩に雪をうっすらかぶったウルリックさんとガーランドさん、それからシュテンの姿があった。


「こら、アカネ。午後からは店の内装の打ち合わせをするって話だったろ。いつまで結婚式で出す料理の打ち合わせしてんだよ」


「お帰りなさいウルリックさん、シュテ……んあああ、重い、冷たい! でもお前は可愛いねぇ!」


 鼻の頭を少しだけ赤くしたウルリックさんにお帰りを言った直後、飛びかかってきたシュテンに抱きつかれ、冷たいやら可愛いやらで雪でパリパリになった毛皮に顔を埋める。離れていた間のスキンシップを全力で楽しみたい。


「君も忙しいだろうにイドニアの世話を任せてすまない、アカネ。ただ、やはりこの気候だとこの建物ではまだ寒いな。支払いの件なら心配しないでもいい。内装に手をつけていない今ならば、まだ他の店舗を捜せるぞ?」


「いえいえ、結婚式のお話を聞くの楽しかったですよ。それにお礼を言うなら私の方です。冒険の途中で口約束はしましたけど、まさか店舗付き住宅を用意してもらえるとは思ってなかったですから。ここは充分すぎるお城ですよ」


 そう、イドニアさんと相談していたこの建物。何を隠そうこの建物こそ私がイドニアさんとガーランドさんに買って頂いた物件なのである。


 元々昔は小さなバーだったらしく、店内にはカウンターが六席に、二人用の席が三つ残っている、いわば居抜き物件だ。立地条件的にはあまり良くない。緩やかとはいえ坂の一番上で、すぐ後ろは街を取り囲む城壁がある行き止まり。


 でもそのおかげでお店の前には階段の踊場があるから、お天気の良い日は外にも四人席が二つくらいとれる。夜だと踊場からなだらかに見下ろせる他の飲食店の灯りが光の筋みたいで綺麗だし、何より立派に育ちすぎたシュテンを繋がないで、看板犬としてウロウロさせてあげられるのが良い。


 それに明るいうちは目立ちにくいけど、暗くなれば下から見上げる分には目立つ。後ろが行き止まりだからある意味では角打ちの条件も満たして……いるよ?


 私の偽らざる発言にホッとしたのか、ガーランドさんは穏やかに微笑みながら「気に入ってくれているならそれで構わないが、何かあればオレ達がラブロに発つ前に言ってくれ」と言ってくれる。


 それから四人と一匹で結婚式の話や、暖かくなる前に店の壁の塗り直しや、傷んだ内装を取り替える打ち合わせをしたけれど、店内に唯一あるインテリアらしい時計が五時を指したところで、ガーランドさんとイドニアさんが揃って「「もうこんな時間」」と口にする。


「イドニアそろそろ出よう。続きはこちらに来る途中に、なかなか良さそうなところがあったから、その店で聞こう」


「あら、それなら是非行くわ。アカネのお店の好敵手になりそうなお店は、ちゃんと下調べをしておかないと。それじゃあ、相談に乗ってくれてありがとう。またくるわ」


 席を立つ二人を「また遊びにきて下さいね」と言って見送ってしまえば、残るのは当然ウルリックさんとシュテンだけだ。


 このお店は店舗の方はまだほぼ手付かずの状態ではあるものの、簡単な食事を作ることは可能で、住居部分の二階においては寝起きができる状態に整えてある。とはいっても、それを整えてくれたのはウィルバートさんだけど。


 ウルリックさんは大抵食事はここで一緒に食べてから、二階の三つある部屋のうち、客間用に作り直した一室に泊まる。冒険者生活だと一部屋で一緒に生活していたので、ちょっと不思議な感覚だ。


 ――おまけに最近、私はちょっとおかしい。


 ウルリックさんと二人っきりになると、最初の十分くらいは挙動不審になってしまう。ウルリックさんもそれを感じているのか、暖炉の前でシュテンを乾かして寝かしつけたあとは、私が通常運転に戻るまでぼうっと店舗の設計図を見ている。


 けれど、そんなウルリックさんがふと「この店が完成したら、俺は冒険者生活に戻ろうと思う」と言った。ちなみに最初の契約通り、私はすでに手持ちの調味料を売り払って手にしたお金で、護衛料や宿泊費もろもろを完済してしまっている。


 それはつまり、私達が一緒にいる必要がもうないということで。このところ忙しさを楯にしてウルリックさんが何か言いたそうにしている気配に、ずっと気がつかないふりをしていた。


 でも、ついにこのときがきてしまった。何の言葉も出てこないで俯いていたら、設計図をたたんで立ち上がったウルリックさんが外を眺めていた私の隣に立つ。


「式典の夜の質問をもう一回したい。オマエ、今は俺のこと“好き”か?」


 突然の脈絡のないウルリックさんからの問いかけに、何故だかカッと全身が熱くなる。すると彼はそんな私を見て、一瞬だけ暗緑色の瞳を見張った。


 そしてどこか困ったように苦笑しながら「なぁ……そういう反応なら、こっちもそういうつもりで触れても良いか?」と尋ねてくる。


 けれど“そういう反応”がどういう状態を指しているのか分からなくて。何とか上擦った声で「き、聞かれると、困ります」と答えたら、また笑われてしまう。


「ん、まぁ、だよな。嫌だと思ったら途中で殴ってくれ」


 そう言って、見上げる私の肩にそっと触れたウルリックさんが身を屈める。最初は、額。次は、目蓋。その次は頬へと口づけられた。頭がクラクラするけど、彼からされることが嫌じゃない。

 

 すでにいっぱいいっぱいではあったけれど、ギュッと目蓋を閉ざしたところでウルリックさんの体温が離れていく。てっきり次は――……だと思っていたから、困惑と同時につい「あの、えっと、く、口にはしないんです?」と自爆してしまった。


「オマエは人がせっかく……五秒脳みそに留めろって教えただろうが。言ったからには今更“嫌だ”はナシだぞ」


 苦虫を噛み潰したみたいな顔が、たぶん、今の私と同じくらい赤いから。緊張で強ばっていた肩から力が抜ける。仕切り直しの瞬間は、一回目より気恥ずかしいけど。


 暗緑色の瞳が半月状に細められ、そんな見慣れた不器用な微笑みに心臓がギュウウッと縮こまる。式典の夜に感じたものに似てるけど、あの夜よりもずっと強いこの気持ちに名前をつけたい。


「えぇと、その、さっきの答え、本当は大好きです、ウルリックさん」


「ああ、そりゃ奇遇だなと言いたいが……俺のはそれのもうちょい先だから、早く追いつけよ」


「だ、大丈夫です。この一回で追い越せそうです」


「その言い分だと二回で俺が巻き返すけどな?」


 そんな風に鼻先が擦れて、指先が頬に触れて、唇がためらいがちに重ねられたら。どうか神様。この先もずっとずっと、この人と勝負がつかない日々が続きますように。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ