*27* 優しいお姉さん。
前回の約束をすっぽかされたのを境にウィルバートさんの姿を見なくなったものの、当初は翌日にイドニアさん達との約束があったので、もちろん心配ではあったけど、余計なお節介だと思われたうえでの社交辞令だった気もして放置した。
しかし三日目の昼に、アルの護衛をしていたはずの騎士さんがやってきて“授業の予定なのに二日も姿を見せない。屋敷にも帰っていないそうだが、ウィルバートの居場所を知らないか”と聞かれたときになって、初めておかしいと気づいたのだ。
職業倫理の権化のような彼が、私のところに顔を出すことを忘れることはあったとしても、上司で生徒なアルのところに顔を出さないはずがない。急いでアルにそう報告をしたところ、さすがは十四歳でも最高権力者。
あっという間に他の絶対に信頼できる一部のお偉方を呼んで、即刻秘密裏に捜索を開始してくれた……まではよかったのだけれど。
困ったことに一緒に捜索をしたいと申し出た私にアルが出したのは、当然とはいえ自室待機命令だった。
『毒物混入事件について騎士団以外に調べていたのは、ウィルバートだけだ。そうなると相手の目的には、毒殺を邪魔したアカネも含まれていると考えた方が妥当だ。不便だとは思うが、よろしく頼む』
そう言って頭を下げられてしまっては、もう何も言い返せない。毒味役はしないでいいと言われたけれど、それではアルに何かあったときにウィルバートさんが気に病みそうだから、そこは固辞。
家政ギルドでの炊き出しも止められてしまったものの、幸いウルリックさんのお弁当作りを止めるようには言われなかった。
ただお弁当につける手紙の中身については、アルの護衛の誰かに確認してもらってから出すという手順が。城内で起こっていることを、うっかり悪気なく書きそうだからということらしい。確かにやらないと断言できない自分がいる。
だから特に恥ずかしい内容を書いているわけではないけれど、つい畏縮してしまって手紙そのものが短くなってしまう。いや、もともとウルリックさんから返ってくる手紙は簡潔なものが多いから、これでちょうどいいくらいなのかもしれない。
――、
――――、
――――――とかなんとか考えているうちに、軟禁状態の生活も四日目。
ウィルバートさんが行方不明になってからすでに八日目。
当初はアルの魔導教師として、家庭教師一人を捜すのに国の中枢部関係者が動くという異例の事態だったから、すぐに発見できるとまではいかないでも、二日もすれば足取りくらいはつかめると誰もが思っていた。
けれど現状は毒を盛った犯人も、使われた毒も、さらにはウィルバートさんすら失ったまま日にちだけが過ぎていく。
本当は義理の弟であるウィルバートさんが行方不明だと教えたい。しかしその私の先回りをする形で、ウィルバートさんが行方不明になった直後から、すでにイドニアさん達との面会が禁止されている。
完璧に外からの人とは遮断された状況の中では、お弁当だけが唯一外との通信手段になっているけど、ガーランドさんのお家の人経由からお城の人経由になっている。どちらにしても内容は改められるわけだから、配達人に迷惑をかけないためにも下手なことはやっぱり書けない。
結果として私がやるべきことはウィルバートさんが消える前と何ら変わらず、三食食べ、その内容を日誌に残して、朝食を終えた時分にお昼に届けてもらうお弁当を作るだけだ。
料理をしている間だけは、ヤキモキと落ち着かない心を僅かでも宥めることができる。そのせいか新しいメニューを考える機会が減っていた分、やけに思いつけるのは嬉しいけどね。
一つだけ以前と変わったことがあるとすれば、お弁当作りは厨房で働く女性陣の心を掴んだらしく、日に日に見学者が増えていることだろうか。
朝食用の厨房の食材が足りなくなったら、まさかの夜用の厨房から料理長が一部の食材を持ってきてくれる。日によっては、それに家政ギルドから届く冒険者達からの食材箱が届く。その中身を加えれば、結構豪華なお弁当ができるのだ。
ただし、箱の中には色んな毒々しい食材が詰まっているから、パッと見た感じだと嫌がらせを主目的に置いた呪いの箱に見える。実際に悲鳴を上げて見物人達が逃げることもあるけれど、私にとっては紛れもなく宝の山。
今日はその中から勝手に人面草と名付けた、もとは石膏で造られた美女のように真っ白い花をむしりとって、少しだけ乾かして薄黄色くなったものを使った。質感としては前世の食材だと湯葉に近い。
味もそうだといいんだけれどと思いつつ、後ろから覗き込む見学者達にも見えるように、作業台に対して身体を斜めにして立ちながら調理開始。
◆◇◆
★使用する材料★
シシメ茸 (※しめじ)
スズミ菜 (※水菜。サラダ水菜が○)
人面草の花 (※湯葉。生でも乾物でもOK)
シカ節 (※ヤ○キの割○白だしが便利)
レモン果汁 (※柚子果汁)
あればレモンの皮 (※柚子の皮。たまに百均とかにある)
水
◆◇◆
シシメ茸はさっと水で汚れを落として石突きを切り、手でほぐす。スズミ菜は小指の長さくらいに切って水洗い。人面草の花は水に浸して少しもどしておく。
レモンは皮をしっかりと洗って半分に切り、果汁を絞る。残った皮の表面を薄く削いで千切りにしておく。
次に小鍋でシカ節を使って出汁をとり、シシメ茸と湯葉を入れてくつくつ煮る。味が少し染みてくたっとしたらスズミ菜を加え、さっと火を通す。ここで煮てしまうと色と歯応えが悪くなるので注意。
火からおろして出汁と具を分けて冷ます。お弁当に入れるなら出汁をかけないでこのままレモン汁少々と皮を乗せれば完成。お酒のオツマミにするなら冷めた出汁と一緒に盛り、レモン汁少々と皮を盛り付けて完成だ。
シカ節はまだラブロ近辺を除いては一般的に出回っていないので、数人の女性が尋ねてきたから教えてあげた。
あとはいつもの料理を少しずつ、決して大きくはないお弁当箱に隙間なく納めて、昨夜書いておいた手紙と共に配達人さんに預けて完了。
女性陣がお礼を言ってパラパラと昼食の準備のために職場へ戻った後は、私もお弁当を作った後片付けをして護衛の人に自室へ送ってもらい、次の毒味までの時間をひっそり調味料の錬成をしたりして過ごす。
カラカラと軽快な音を立てて、テーブルの上に置いたサラダボウルの中に氷砂糖が溜まっていく。両手をお椀型にしたくらいのサラダボウルがいっぱいになったら、今日の分の砂糖は打ち止めだ。
キャンディーポットにそれを納めたら、今度こそ本当に何もすることがなくなってしまった。行儀が悪いけどテーブルの上に突っ伏して、自分ができることの少なさにやるせない気分で溜息をついていたら、不意に部屋のドアがノックされる。
時間帯からしてお昼の毒味にはまだ早い。それなら何か事態が動いたのかもしれないと期待して、居住まいを正してから「どうぞ」と声をかけた。けれど残念。ドアを開けて現れたのは、私のお世話をしてくれるメイドさんだった。式典で髪飾りを褒めてくれた人で、二十三歳のヨハナさんだ。
薄茶色のふわふわな髪と青い瞳をした優しい顔立ちの美人さんで、何くれとなく私のことを気にしてくれるお姉さん的な人である。最近だともっぱら私の話し相手をしてくれるのはヨハナさんだけなので、仲良し姉妹の気分だ。
でも失礼ながらタイミングが良くなかった。勝手に期待した分、がっかり感がもろに表情にでてしまったらしく、ヨハナさんに「良い報告をお持ちできずに申し訳ありません、アカネ様」と謝罪されてしまう。
そんな彼女に「違うんです、ヨハナさんはまったく悪くなくて。私が勝手な期待をしただけですから」と謝罪をし返した。
「まぁ、アカネ様。メイドに謝る必要などございませんわ」
「いえいえ、きっと失礼な顔をしたんですから謝らせて下さい」
「うふふふ、そんなことは。こんなお顔でしたよ」
そう言って、ヨハナさんは自身の眉根を指先で押さえ、グッと下に下げる。すると穏やかな美人さんが儚げな美人さんになって、むしろこんな顔になりたいと思わせてくれた。
意外とお茶目なことをしてくれるヨハナさんとしばらくクスクス笑い合い、それから「何か私にご用ですか?」と尋ねれば、彼女は「そうでした」と両手をパンと打ち鳴らしてエプロンのポケットをゴソゴソと探る。
次にポケットから出てきた手には、鮮やかな橙色の葉っぱ(?)が入った小瓶が摘まれていた。ヨハナさんはふんわりと微笑んで「新しい紅茶のフレーバーなんです。最近お疲れのようですから、今夜はお休みになる前にこれを召し上がって頂こうと思いましたの」と優しいことを言ってくれる。
当然「ありがとうございます。どんな味なのか楽しみです」と答え、お互いに時間を打ち合わせてから仕事に戻った。けどふとどこかで見た記憶のあるような、ないような……と感じたんだけれど、どこで見たんだったかな?
割○白だしを使用する際はまんま使用すると味が濃すぎるので、
少し水で薄めて味の確認をしながら作ってみて下さいませσ(´ω`*)




