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◆食いしん坊転生者が食卓の聖女と呼ばれるまで◆  作者: ナユタ
◆熟練度・後期◆

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*24* 毒を食らうよ。


 あの後、アルフォンス陛下が朗らかに私を“食べ過ぎで食中りを起こしたお騒がせ娘”に仕立て上げ、テーブルの周囲に集まっていた来賓のうち数人は私への嘲笑を交えた“お大事に”を、もう半数は訝しみながらも陛下に直接異を唱えることはなく、夜会は未だ続いている。


 私は陛下によく身体を休めるようにと言われ、ウィルバートさんに連れられて城内に与えられた自室へと戻った。


 メイドさん達はせっかく腕によりをかけて支度を整えたはずの私が、かなり早く戻ってきたことに驚きつつ、ウィルバートさんから緊張で体調を崩したと聞かされるととても同情してくれた。


 香りの良い紅茶を淹れるよう彼が頼む前に準備を整え、淹れ終わったら人払いをしたいと言い出す前に即座に退出してしまった彼女達は、さすが王城に勤めるプロだ。仕事と察しが早い。


 ひとまず彼女達が用意してくれた紅茶を向かい合わせに座って口にする。


「件のテーブルで給仕係と厨房の人間が揉めまして。仲裁に入ったら“出席客から傷んでいるから下げるよう指示された”と言う。特徴を聞けば姿が合致する貴女は会場にいない。城の治癒師に調べさせたら、普通なら馬の従魔が口にしても致死量の毒物が検出されました」


 先にそう話を切り出したのはウィルバートさんだった。どうやらイドニアさん達がウルリックさんを手引きしてくれたことは、まだバレていないことに安心したものの、彼の発言内容にはびっくりだ。


 馬の従魔といえば、以前もお世話になったあの巨大な子達である。それを殺してしまえるほどの毒を私は食べたわけか。福引き特典のノリだったお爺ちゃん神様の加護って凄かったんだ。


 今更自分の身に起こった不運と強運に驚き、紅茶のカップを持つ手が震えた。


「まだ毒物の特定や誰からの差し金かは特定できていませんが……人間の女性が口にしても死なないとは奇跡としか言いようがありません。貴女が無事で本当に良かった」


 中性的な顔立ちを和らげて本当に安堵した様子に、さっきまでの浮き足立っていた気分が萎み「ご心配をおかけしました」と小さく謝る。そんなこちらの反応に彼は珍しく慌てた表情で「いえ、謝らないで下さい。貴女から目を離した我々の失態です」と語気を強めた。


 そのときの表情がいつもの穏やかなものと違い、男性的に見えたことに少しだけ感心してしまう。いや、元から男性なのだから感心するのも失礼だけどね。


「ただ、時と場所が悪すぎました。一年の最終を締めくくる、国の有力貴族を招いた王家主催の伝統式典での毒物混入ですからね。あの料理に陛下が手を伸ばすことはあり得ませんが、無差別で仕掛けられた毒で来賓に死者が出れば――……」


「アルフォンス陛下の統治力に疑念を抱かれかねないですよね」


「ええ、そうです。それにしても意外と貴女は聡い人だ。あの場の全部の食事に手をつけて、毒物の混入されているものだけを全部回収させてしまうとは。お見それしました」


「それはまた、褒められているのか、貶されているのか微妙ですねぇ」


 前世でだって普通に病室でニュースくらい観てましたよ。入院中に成人して社会に出たときに世界情勢や現代常識を身につけてなかったら、情報社会で浦島太郎になってしまうじゃないか。


 ウィルバートさんは「勿論、褒め言葉ですよ」と微笑んだけれど、素直な発言の後にとってつけたように言われてもなぁ。


 しかし内心が表情に出ていたのか、ウィルバートさんはそんな私をさして「口をききたくない宣言をされた記憶がまだ新しかったもので」と笑った。うぅ、確かに宣言してからまだそんなに経ってないけど。


「ま、まぁ、まだ二人を許したわけじゃないですけど、今回のは非常事態でしたし、仕方ありませんから」


 プイと視線を外してそう言ったけれど、実際はウルリックさんを追いかけることに必死だったせいで、毒物混入の件が頭の中からすっぽり抜け落ちていた気まずさのせいだ。


「寛大な措置をとって頂けてありがとうございます。けれど今の貴女の立場は、銀食器にも反応せず、馬の従魔を即死させられる毒で殺せない、非常に優秀な金糸雀になってしまった」


 素直さは美徳だと言われるけれど、これではただの空気を読まない物騒な発言だと思う。でもたぶんこれがこの人なりの気遣いの言葉だと分かるのは、眇められた暗緑色の瞳に揺れる不安の色のせいだ。


「本当なら今夜は、貴女の着飾った姿を陛下と手放しで褒める予定だったんですが。少々予定が狂ってしまいましたね」


 冗談か本気か分からない。けれどこれがこの人なりの処世術。ウルリックさんとはそういうところが兄弟らしいと感じたら、ウィルバートさんは怒るだろうか。


 その表情を観察していると、彼は少しだけ悪戯っぽく目を細めて「会いたかった人には、会えましたか?」と。いきなり何でもないことのように会話の舵を大きく切った。


 驚いたせいで飲み込みかけていた紅茶が気道のおかしなところに入って、盛大にむせる。そんな私の方を見て人好きのする微笑みを浮かべた彼は、紅茶の香りを楽しむために自身の持つカップに顔を近づけて、静かに言った。


「すでにご存知かもしれませんが、私には義兄がおりまして」


 ここで“知っていましたよ”と言ってもいいのかどうか。むせながらも頭の中を会話を進めるうえで候補になりそうな言葉が渦巻く。


 涙目になりつつも、結局は無言で頷くことにした。下手に言葉を捻り出すよりもただ聞かせたいだけなのかもしれないと感じたからだ。するとそれで正解だったようで、彼も柔らかい微笑みを浮かべて頷く。


「詳しい話は割愛しますが、あまり仲が良くありません。そんな義兄に昔のことを水に流してやる代わりに、とある取引を持ちかけました。義兄が大切にしていたものを取り上げてね」


 大切にしていたものと言われ、自意識過剰にもさっき交わした約束が脳裏をよぎり頬が熱くなる。心臓にものの喩えだから落ち着いてと言い聞かせるけれど、一向に納得する気配がない。不整脈、りたーん。


「預かりものを返そうにも取引はまだ継続中なのですが……こうなってくると預かりものの安全が第一だ。残念ですが取引は切り上げて、ほとぼりが冷めるまでこの国から預かりものを連れて出るように連絡をします」


 こちらに向かってというよりも、独白といった方がよさそうな声音でそう言ったウィルバートさんを見た瞬間に、不整脈が解除される。取引の内容は知らないけれど、またウルリックさんと冒険にいけると思ったら嬉しいはずなのに、そんな私の口から飛び出したのは「駄目です」という否定だった。


 きっと堰を開けた最初の頃は、長年溜まった感情のヘドロで濁った流れでも。堰を開ければ枯れた川の水は戻るから。


「犯人の方はさっぱりですけど、毒物の特定なら私にも手伝えるかもしれません。何でしたら犯人が分かるまで陛下の食事の毒味役だってします」


 勢い込んでそう言う私を見て、ウィルバートさんが反対するよりも前に「その代わりに毒物以外からは守って頂けると嬉しいです」という、格好悪い一文を添えることは忘れなかったよ。

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― 新着の感想 ―
[良い点] >「寛大な措置をとって頂けてありがとうございます。けれど今の貴女の立場は、銀食器にも反応せず、馬の従魔を即死させられる毒で殺せない、非常に優秀な金糸雀になってしまった」 サラッと鬼畜発言…
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