*15* 青と赤の間。
町の入口付近にあった馬車の停留場から寒い町中を歩いて見つけた、それなりにしっかりとした宿屋に泊まることに。この二ヶ月と少しの期間を自炊をしてすごしていたせいで、食事時に何も仕事がないのが少しだけ慣れないと言ったら皆に笑われてしまった。
私一人がお皿を大量に重ねていく間、三人と一匹の食があまり進んでいなかったのが気になったので、後で作り置きしてあるオツマミでお酒でも飲んでもらおうと思っていたのだけど――。
食後にイドニアさん達は少し町を見に行きたいと申し出てきた。考えてみれば甘い恋人達にしてみれば、幻灯祭のロマンチックな風景を見に行きたいというのは当然のことだろう。
せっかく婚約関係を取り戻せたのだから、二人でこれからのことを語り合う時間は必要だ。イドニアさんは誘ってくれたけど、明らかにお邪魔虫なので、ウルリックさんと二人で全力お留守番宣言をさせてもらった。
そんなわけで宿屋の食堂で二人と別れて先に部屋に戻った私達は、ひとまずオツマミタイムは後にして、各々が休むベッドでいつものように鞄の整理を始める。
弓の弦の手入れと矢の消耗度を確認するウルリックさんのベッドの下では、寒い外を一日頑張って歩いたシュテンが丸まって、身体の大きさに見合わない小さないびきをかいていた。後でベーコンをあげるときに起きてくれるといいんだけど。
鞄を開けて今夜すぐに食べられそうなオツマミを吟味する。イドニアさん達のオツマミはあとで食べられるように、お弁当箱一つに纏めて部屋に届けておこう。さぁ出でよ、選抜作り置きオツマミ軍。
◆◇◆
★使用する材料★
ベーコン (※ブロックが良い)
タマネギ
ニンジン
お酢 (※ピクルス用)
ローリエの葉 (※乾燥のやつ)
ピンクペッパーか黒胡椒
***
やたらと長くて蠢く白いやつ (※モヤシ)
オリーブ油少々 (※ゴマ油がベスト)
ニンニク (※チューブのやつ)
塩、お酢、砂糖、粗挽き黒胡椒
***
赤ワイン (※赤玉ポートワインとか、甘い系)
チーズ (※クリームチーズ)
***
ソーセージ
タマネギ
ニンニク (※チューブのやつ)
チリの実 (※鷹の爪)
トマトソース (※ケチャップ)
ウスターソース
◆◇◆
基本的に先の二種類は材料を好みの大きさに切ったものを茹でて、水気を切って冷ましたものに調味料を入れるだけ。
三種目はチーズを切って漬けるだけだし、最後の分も調味料を合わせて炒めたものを、冷まして瓶に詰めるだけというお手軽さ。将来角打ちのできるお店を目指すからには、簡単オツマミを常備しておく練習も大事だ。
せっせとお弁当箱に詰める分と自分達用のオツマミを取り分けていたら、ふと窓の外に揺らめく青いランタンの火が視界に入った。真っ暗な中に人魂のように青白く浮かび上がる様は幻想的だけれど、何となく寂しい。
「幻灯祭って言うのは、元々アクティアに根付いた精霊信仰に則った祭事だ。よそからきたアカネには馴染みが薄いだろうが、万物には精霊が宿っていて人間はその力によって生かされているって考え方だな」
入口側のベッドで鞄の整理をしていたウルリックさんが、私の視線の方向に気づいてそう教えてくれた。彼の声に反応したシュテンがハタリと一度だけ尻尾を振って、またすぐに寝息をたてる。大きくてもまだまだ子犬みたいで可愛い。
「精霊信仰……その内容からだと、私の故郷でいうところの八百万の神様みたいなものに近そうですね」
「何だ近しい考え方の国からきたのか? この辺りだともう結構廃れた信仰だから、まだ似た考え方の地域があるのは少し意外だな。とはいっても、まだ幻灯祭の本番は十日以上先だぞ」
「あのランタンの数ですもんね。準備期間を早めにとってないと大変そう」
「そういうことだ」
前世のうちの近所のお爺ちゃん神様を祀っていた神社であった、夏祭りのことを思い出す。あのときは毎年町内会から缶ビールの発注があるから大忙しで、幼い私と妹もお手伝い要員として頑張ったものだ。
うちは酒屋だったから、ご褒美はお店の外に設置してある自販機で買ったオレンジジュース。一人で一本は飲みきれなくて、いつも妹と半分こしていたっけと懐かしい記憶が甦ってくる。
「年の暮れが近くなると自分の守護精霊が一つ歳を取る。外にあったあのランタンに自分達を守護してくれる精霊達が、一年に一度火を灯しに来てくれるという言い伝えがあって……ま、要は魔力のない奴には関係ない祭りだ」
けれど私が物思いに耽る前に、青いランタン明かりがちらつく窓の外にぼんやりと視線を投げたウルリックさんが、どこか投げやりな声音でそう言った。どう答えようかと迷っていると、ウルリックさんがポツリと「生き残った個体を飼い慣らして調教か」と悲しげな響きのする声で漏らす。
独白のように漏らされたその言葉は、お昼に聞いたウィルバートさんの言葉だ。でもあのときは何も言わなかった彼が気にしているのは意外な気がする。
どうしたのかと声をかけてしまえば、正気に戻って口を噤んでしまいそうな気がしたし、何より話すことでウルリックさんの中の何かが軽減されるなら聞きたいと思った。だから言葉が途切れるまで黙っていようと口を噤む。
するとウルリックさんは弓の弦を爪の先で弾きながら、またポツリと「義理の弟なんだよ」と、溜息のように零した。
「ガーランド達も言ってただろ。アクティアは精霊の力……この場合は魔力だが、それが多くないと貴族の家に生まれても煙たがられるだけだ。魔力がないと生まれなんて関係ない。精霊に愛されなかった時点で魔導師にはなれないし、魔導師になれない貴族の子供に価値なんてねぇからな」
話の流れ的にウィルバートさんのことを言っているのだろうけど、驚きはしたものの、これでシュテンが初めて会ったウィルバートさんを敵視しなかったことの合点がいく。きっと人間には分からないけど匂いが似ていたのだろう。
でもこの感じだとウルリックさんは貴族なのだろうか。今の頼れる冒険者な彼の姿をずっと見てきた私には想像ができないし、もし貴族だとしても接し方を変えることはもう無理だろうなぁと思う。
それに誰にそんな酷いことを言われたのかは分からないけれど、ウルリックさんは自身を嘲るように笑うから、今はそのことの方が悲しくて見ていられない。
「別に良いじゃないですか。そんなの向き不向き程度の問題ですよ。魔導師としての価値がないなら別のものを極めれば良いんです。行き倒れてた私だって拾ってもらって生きてるんですから、生きる価値なんて人生時間がある限りあとからついてきますよ」
少なくとも生きる目的はあったのに、前世の時間が足りなくて転生させてもらった私はそうだった。叶える時間と人に恵まれた今世は辛いかもしれないし、怖いことも多いかもしれないけどまだまだどんな可能性だってある。
窓の向こうに映る青いランタンの火から視線を自分の頬の下に落とせば、カクタスでウルリックさんがくれた命の色と同じ赤い髪飾りが揺れるから。
「さ、オツマミもたくさん用意しましたし、そろそろシュテンも起こして一緒に楽しくお酒を飲みましょうよ。早くそっちの鞄から赤ワイン出して下さい」
そう明るい声で告げて鞄の中からマグカップを二つ取り出せば、ウルリックさんは一瞬ポカンとした表情を浮かべたけれど、すぐに初めて逢ったときから変わらない不器用な笑みを浮かべて「ん、そうするか」と、答えてくれた。




