*14* しばしのお別れ。
炊事場の壁にギバと謎の節足動物の炒め物レシピを張りつけ、一度後ろに下がってから曲がっていないことを確認して頷く。
その様子を見ていた顔馴染みの冒険者達が「まだ寒いから当分いると思ってたよ」「次にきたときに会えると良いな~」「はあぁ、これで元の不味い飯に逆戻りかよ」と、めいめい別れの言葉をかけてくれる。
そんな彼や彼女達に鞄の中から小瓶に分けておいた常備菜や、調味料を分けながら「またどこかで会えますよ。皆さんお元気で」と伝えて、玄関で待ってくれているウルリックさん達の元へと戻った。
今日はウィルバートさんがカクタスを発つ六日目の朝だ。
玄関先ですでに準備を終えて乗り込む馬車の手配をしていた皆が、こちらに気づいて手招きをしている。
何となく揉めている風なので「どうしたんです?」と駆け寄れば、イドニアさんが眉根を寄せて「ちょうど良いところにきたわ。この御者がシュテンは馬車に乗せられないって言うのよ」と、端から見ればどう考えても御者さんが悪くない案件を持ってきた。
それを聞いた男性陣からは苦笑と溜息が漏れ、イドニアさんが睨みつけると皆さん目を逸らす。何となく理解した。イドニアさんはシュテンがお気に入りなので、一緒に乗れないのは可哀想だと思ってくれているようだけど、手配されていた馬車は六人乗り。私達で一杯になる。
「シュテンはもうかなり大きいですから無理ですよ。それにこの子だって甘えん坊でも狼の従魔ですから、ちゃんと馬車を外から追いかけてこられますって。ねえ、シュテン?」
そうしゃがみ込んで視線の高さを合わせると、シュテンは尻尾をハタハタと振って「ウォフン」と鳴いた。ついでに顔面を思い切り舐められたけど、それで満足したのか玄関先から先に外へと飛び出して行った。
御者さんは気の毒なくらいホッとした表情で頭を下げてくれて、こちらも“大きくなりすぎた従魔とうちのお嬢様がご迷惑をおかけしました”と、内心で唱えながら頭を下げる。
最初にガーランドさんがイドニアさんをエスコートして馬車に乗せ、二人についでウルリックさんが乗車、何となく自分が一番最後に乗る気でいた私の前にほっそりとした手が差し伸べられて、キョトンとしていると「お手をどうぞ」とウィルバートさんにエスコートされた。
気恥ずかしくて「自分で乗れますよ」と言ったけれど、彼に「貴女に断られると、私の立つ瀬がありません」とやんわり諭され、仕方なくその言葉に従って馬車に乗り込む。
乗り込んだ私を見て「何か、悪ぃな」とウルリックさんに謝られ、お互いに兄弟設定で旅を続けてきた弊害を味わった。分かります。性別の区別って着替え事情くらいしかなかったですもんね。
大柄な男性陣と、小柄な女性と中性的な男性陣に分かれて乗り込んだ馬車のドアが閉められ、少し間をおいて鞭を入れる音が響いたかと思うと、馬車がゆっくりと進み始めた。
向かいにウルリックさん、左隣にウィルバートさんと並んでいるので、やや緊張感があるけれど、心なしかこの五日間でだいぶウィルバートさんのウルリックさんへの当たりが緩くなっている。ウルリックさんも視線を逸らしたり無言でいることはなくなった。
窓の外はアーデらしい雪景色なものの、シュテンはちゃんとついてきている。白い雪の中で紺色がかった黒いあの子の体毛はよく目立つから分かりやすくていい。
本来なら今日はウィルバートさん一人で発つはずだったのだけれど、ここにいる間にかなりたくさん魔石をもらってしまったので、さすがにご飯で帳消しにするのは心苦しくなってしまった。
そこで昨日最後の探索に出たときに、ウィルバートさんへのお礼のために彼の雇い主に一度だけご飯をご馳走したいと申し出たのだ。とはいっても今すぐに最終目的地のリンベルンまで一気に行くのではなくて、ひとまずは次の町までの相乗りだけどね。
イドニアさん達は自分達のせいだと言ったけれど、そんなことはない。カクタスにいる間にレシピだって増えたし、調味料を使う頻度が多かったから錬成度だってかなり上がった。
どのみち魔石もあと十三個で目標が達成できるし、彼女達が実家に連絡をとって粘ったおかげで、それももうあってないような目標だ。
両方の家族が折れて無事に婚約関係が復活したとあり、二人の雰囲気もどこか悲壮感が漂っていたものから、甘い恋人らしい雰囲気になっているときもある。
それにこちらに向かわせると手紙をもらっていた家政ギルドの職員さんが、二つ先の町で足止めをされているという連絡も受け取っていたし、どのみちカクタスを出立しなければならない理由は目白押しだったのだ。
唯一渋い表情になったウルリックさんにだけは、もしも危なそうだったら直前に逃げてしまおうと言ってある。イドニアさんとガーランドさんは実家と和解できたから帰る場所があるけれど、私達にはそれがないから。
でももしもそのときがきたところで、私とウルリックさんはリンベルンまでの関係だ。なので実質そうなったらどうするのかはまだ未定……と、個人的には思っていたかった。
しばらくはイドニアさんと二人、次の町についたらうんとシュテンを甘やかそうとか、何か美味しいものがあれば良いねと話していたのだけれど、彼女の返事が徐々に少なくなってきて、やがて小さな寝息と共に肩へともたれかかってくる。
目蓋を閉じれば起きているときのきつめな美人さんから、穏やかな美人さんの寝顔になるイドニアさん。
睫毛の長さとお人形のような寝顔に見惚れていると、右斜め前に座っていたガーランドさんに「すまないな。はしゃぎ疲れたんだろう。重くないだろうか?」と尋ねられたので「重いは女の子に禁句ですよ。とっても軽いのでこのままでも平気です」と答えた。
実際に軽いし微笑ましいからそれは問題ではないのだけれど、イドニアさんが眠ってしまうと車内は静かでちょっとつまらない。ウルリックさんは眠ってはいなさそうだけど目蓋を閉じているし、ガーランドさんも本来無口な人だからお喋りにつき合ってもらうのは気が引ける。
消去法でウィルバートさんに「この馬車を牽いてる馬も従魔なんですか?」と話かければ、彼はにっこり微笑んで頷くとそれまで閉ざしていた口を開いた。
「ええ、そうです。魔素を多く含んだ牧草を与えて、生き残った個体をそのまま数代飼い慣らしてこうした雪の多い道や、悪路を歩けるように調教するんですよ」
「生き残った個体を、飼い慣らして、調教」
「ああ、すみません。言葉の響きがお嫌でしたか?」
「あ、えっと……少し苦手かなと。でも飼い主さんは愛情を持って調教されてるんですから、言葉の響きだけで苦手意識を持つのは失礼ですね」
「いいえ、そういう感性は大切ですよ。私はむしろ好ましいと思います」
こちらの子供じみた解釈を、サラッとそんな風に変換してくれるウィルバートさんに「ありがとうございます」とお礼を言うと、何故か彼は「アカネさんは手強いですね」と微笑む。
よく分からないけど褒めてもらったのだろうかと首を傾げたら、ウルリックさんが目蓋を持ち上げて「からかわれてんだよ」と、呆れた様子で教えてくれた。成程、さっぱり分からない。
分からないと愛想笑いをしてしまうのは、悲しき前世の国民性か。へらりと笑った私に、ウィルバートさんは「からかったつもりはないのですが、外野がうるさいのでこのお話はまた次の機会にでも」と悪戯っぽく微笑む。
やりとりを聞いていたガーランドさんが突然むせたのには驚いてしまったけれど、そのおかげでイドニアさんが目を覚ましたから、そこからの道中はまたガールズトークに花を咲かせた。
***
それから馬車で半日と少しかかって辿り着いたアイゼンは、催しものでもあるのか町の入口からずっと青い火を灯すランタンが掲げられていて、早く暮れるアーデの夕暮れ時を幻想的な光で彩っていた。
先にガーランドさんに降ろしてもらっていたイドニアさんに尋ねたら、彼女は「アカネはこの国育ちじゃなかったわね。これは幻灯祭の飾りよ」と教えてくれる。お祭りという単語に胸が高鳴った。あとで詳しく聞こう。
馬車を降りてからすぐに駆け寄ってきたシュテンに抱きつき、目一杯褒めて撫でてあやしてと忙しくかまえば、シュテンは表面が凍った毛皮をふくふくに膨らませて「キューン」と嬉しそうに冷たい舌で顔を舐めてくれる。
しまいには押し倒される形になった私をウルリックさんが引っ張り起こし、シュテンから庇うように背中に匿ってくれた。
「それでは皆さんとは一度ここでお別れですが、またお会いできることを楽しみにしています。特にアカネさんとは」
一人だけ新しく調達した馬車で次の町を目指すウィルバートさんが、またそんな風に私をからかったけれど、今度は「はい。美味しいご飯のレシピを考えておきますね」と返すことができた。
食い気ばかりな私の答えに苦笑しつつ、ウィルバートさんが馬車に乗り込んだ。彼を乗せた馬車がアーデの闇の中に消える直前、隣に並んだウルリックさんが細く長い溜息をついた。




