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◆食いしん坊転生者が食卓の聖女と呼ばれるまで◆  作者: ナユタ
◆熟練度・後期◆

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59/86

◆幕間◆冒険者休暇。


 ずっと探していた冒険者兄弟の正体を追ってきたはずが、七年前に行方を眩ました義兄の現状を知る羽目になって今日で四日目。


 初日に会った時のあの腸が煮えくり返るような怒りは、義兄が一緒に旅をしている人物のせいで不本意にも軽減されてしまっている。義兄自身はこちらに話しかけるでもなく逃げるのに、だ。


 これまでに交わした言葉は初日の説教だけで、あれ以降は一言も口をきかないが、もう家や過去とは何の関わり合いも持ちたくないという意思表示のつもりか。


 元より私が興味を持って最初に追っていたのはこの人物の作る食事であり、兄弟の情報であるところの“兄”でも義兄でもなく、噂を鵜呑みにして“弟”だと思いこんでいたこちらの方だ。


 けれどこの“彼女”はふわふわと掴み所のない性格で、お世辞にもあまり知性があるようには見えない。しかし、人から苛立ちを消し去ってしまうような独特の雰囲気がある娘だった。


 使う食材は旅の途中でその時々に立ち寄った店の店主に見せてもらっていたまま、普通は口にしようとも思わなければ、流通もしていないおかしなものばかりで実に興味深い。


 食糧事情の厳しいアクティアでは、柔軟な食への好奇心はそれだけでも充分に利用価値が高く、さらにそれを調理する料理人としての知識と技術も兼ね備えている人間ともなれば、家政ギルドでなくとも欲しい人材だ。


 だが今は少なくともこの五日だけは王の教育係ではなく、冒険者でいようと思える程度には楽観的になっている自分がいるのもまた事実で。


 明日の最終日まではそのように振る舞うつもりでベッドから起き上がって思うのは、こうしてまともに身体を横たえて眠るのも、きっとここにいる間だけなのだろうということだった。


***


 視界に入ったけばけばしい色のキノコを反射的に手にして、隣でダンジョンの壁に走る亀裂に手を突っ込んでいる彼女に、絶対に危険だと感じつつも「これは食べられそうでしょうか?」と尋ねてしまう。


 勿論普通の感性を持っている立場からすれば、絶対に食べられそうにないのは分かるのだが、彼女であればあるいはと期待してしまうのだ。鼻先に差し出された水色のキノコを見たアカネさんは、黒い瞳を輝かせて「うわぁ、すごい色ですね。どこにあったんですか?」とはしゃぐ。


 昨日の夕飯に並んだ、あの白くて細長いものも見せたときはこんな反応だったなと思い出す。新しいものに対して貪欲に食らいつく姿を見ると、知能の問題はさて置いても案外学者向きな性質なのかもしれない。


 何の躊躇いもなく傘の一部を千切って口にした彼女を、周囲を警戒している最中に目にしたイドニア嬢から「またそんなものを……貴男も止めなさい」と怒られた。薄く微笑んで受け流す私の横から、悪びれずに「食べられそうれすよ」と咀嚼しながら笑う彼女に、ガーランド殿と義兄が苦笑している。


 視線が合えば変わらず表情を堅くするものの、昨日の夜に何か思うことでもあったのか、視線を逸らされることはなかった。それだけと言えばそれだけの変化ではあるものの、少しだけ意外に感じてしまう。


 義兄のそんな微妙な変化はさておき、本来魔素を多く含む食物を口にすることは毒を口にするのと同じこと。魔獣はそれを体内に蓄積することができるように変化し、魔力の高い一部の人間にも同様な能力があるので可能と言えば可能ではある。


 ただやはり人の身体で摂取するにはそれを口にしやすいよう、誰かが加工方法を考えて人々に教える必要があるだろう。それを担うことができるのは彼女をおいて他にいない。


 ついつい食用に向かない見た目のものが気になって採取してみても、彼女は『目の付け所が良いですねぇ』と喜んで調理を引き受けてくれる。こちらはそれがテーブルに並ぶまでどんな姿になって、どんな味になるのか想像もつかない。


 いつの間にか様子を見つつ能力を確かめるはずが、私自身すっかり彼女の料理の味と調理法に傾倒していた。呆れた表情の三人が警戒に戻ると、まだ口の中でキノコの欠片を転がしていた彼女が、ようやく一つの結論を出す。


「このキノコ、結構旨味が強いんですけど後からくるエグ味が強いですね。でも味があるってことは食べられますよ」


「味があればとは、大抵のものにはあるのでは?」


「う……えっと、そうですよね。でもあの、ほら、危ない見た目のものは毒の可能性が高いので、お腹が特別丈夫でもない人は食べちゃ駄目ですよってことです」


 何という場当たり的で頭を使わない回答かとは思うものの、それもこの人らしい気がして、相手の油断を誘う計算ではない笑いが出てしまった。この人はどこまで嘘が下手なのか。


 けれど隣にやってきた狼は水色のキノコがお気に召さなかったらしく、鼻の頭に皺を寄せてそっぽを向く。そんな自身の従魔を見て「シュテンは鼻が良いから、少しでも毒のあるものは食べないんですよ」と何でもないことのように、今し方食べたキノコに微量の毒があったことを笑い飛ばす。


 当初の噂とはかけ離れていた彼女も、獣使いという話だけは噂通りで、彼女の傍には常に二メートルはありそうな狼型の魔獣が張り付いている。あそこまで大きな個体であれば、それなりに歳を経た個体なのかと思えば、まだ一歳にも満たないというから驚きだ。


 飼い主である彼女に尋ねると『私に似たのか食いしん坊で。ご飯は簡単に調理したものを食べさせてます』と教えてくれた。どうやら彼女の作る食事は人間だけの作用に留まらないらしい。どんな質問をしても、どんなものを渡しても、笑い顔しかないような姿に戸惑う。


 彼女自身には何の付与効果もない食事は、それでもあの堅物だった義兄の顔を綻ばせ、波立つ私の心を宥め、何度かその噂を社交界で耳に挟んだ、伯爵家の魔力差婚と揶揄される二人の役に立った。


 馬鹿げている。誰もそれを自分に還元してはくれないのに。単に彼女が作った料理を口に運んで“美味しい”という感想を漏らすだけで、彼女はまるで千金の褒美をもらったように『良かったです』と笑う。


 義兄はこの料理に救われたのだろうと思うと、穏やかに流れる時間の中で忘れかけていた怒りが頭をもたげる。


 ――けれど。


「今の私は、ただの冒険者のウィルバートだ」


 ぼそりと低く呟いた言葉に「何か言いました?」と小首を傾げる彼女を目にすれば、不可解にもせめて明日の一日が無事に終わるまでは、その肩書きの自分でいたいと思うのだ。

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