*13* お弁当パラメーター。
魔獣の気配が周囲にないことをシュテンに探ってもらい、大丈夫だというようにその場で腹ばいになったシュテンの頭をワシャワシャと撫でた。気持ちよさそうに目を細めるシュテンのお腹に身体を預けてその場に座れば、皆も警戒を解いて集まってくる。
ウルリックさんが座れるように隣を空けておいたのに、何故か彼はガーランドさんの隣に座り、イドニアさんが代わりに私の隣に座った。ウィルバートさんはガーランドさんの隣……というには、少々間を空けて座る。
だけどこの皆が距離感を模索中の食事は嫌いじゃない。このパーティーには人を気遣える優しい人しかいないと分かるからだ。
全員分の昼食を一手に預かっているので、鞄から取り出したお弁当箱を各自に配り、皆の膝の上にお弁当が行き渡ったら“いただきます”の合い言葉。
「今朝は朝食の席にまで現れたものだから、少し驚いた」
シュテンに用意してきた半熟ゆで卵を剥いていたら、今日一番最初の話題を振ったのはガーランドさんだった。彼の言葉に真剣な表情でサンドイッチ擬きを食べていたウィルバートさんが視線をそちらに向ける。
「アカネさんの食事を口にするようになると、どうも今泊まっている宿の食事を食べる気になれない。それに皆さんがオベントウを用意してもらっているのが羨ましかったもので」
「あら、悪びれないのね。その気持ちは分かるけれど」
「そうでしょう? 箱はきちんと指定されたものを街で用意してきましたし、お礼はちゃんとお支払いしますよ」
同じお弁当を頬張りながら広がっていく会話を見るのは楽しいけれど、褒められすぎると恥ずかしい。
「いえ、大袈裟ですってば。お弁当箱まで持参されたら作りますよ。それに別に一つ増えるくらい何でもないですから。ただ全部同じ内容だから、交換とかの楽しみがないのはご容赦下さい」
頬が赤くなるのを誤魔化すためにおどけると、ウィルバートさんが「事実を述べただけですよ」と微笑む。
そんな華々しく初日を飾ったウィルバートさんの冒険者ランキングは、三日目には金剛石にまで駆け上がっていた。いったいどんな依頼を請けていたのか尋ねても、彼は『内緒です』と人好きのする微笑みを浮かべるだけで、詳しいところは分からず終い。
でもギルドマスターが何も言わないということは、不正の類ではないだろうとそれ以上訊くことはなかった。何より二日目の採取ではちゃんと初日のウルリックさんの注意を守って、戦闘はあとの三人と一匹に任せて私と大人しく採取に集中してくれたし。
そのせいでイドニアさんが悲鳴を上げそうになる食材が集まってしまったのは不可抗力。味は美味しいと言っていたから、味覚と視覚にややズレが生じてしまうのは仕方がない。
今日の夕飯の献立はすでに決まっていて、たぶん食材を見たらイドニアさんが絶叫する系だと思う。見つけたのはウィルバートさんだけど、使おうと決めたのは私だったり。
炊事場には絶対に立ち入らせないようにしないといけないなぁと考えていたら、ふとウルリックさんのお弁当箱に視線が吸い寄せられた。
そこにはもう皆が食べ終えそうな頃合なのに、四つ詰めたサンドイッチ擬きがまだ二つも残っている。結局お昼休みが終わるまで会話に参加する気配もないまま、ウルリックさんのお弁当箱の蓋は閉じられた。
食欲不振は不安か体調不良、もしくはその両方の合図。一番欲しい“旨い”を手に入れるためならば、以心伝心してみせますよ。
***
昼間抱いた目的のために、今日は無理を言ってダンジョンの探索を夕方の早い時間に切り上げてもらった。てっきり私が体調不良なのではないかと訝しんだイドニアさん達が調理補助を申し出てくれたけど、今日の食材の見た目で食欲不振者が増えてはたまらない。
やんわりとウィルバートさんに二人と一匹の相手を頼んで、ウルリックさんだけを炊事場に留め置く方向で危険を脱した。
会話が一番漏れにくい隅の調理台を確保して鞄の中から本日の戦利品を引きずり出したところ、久々に隣の調理台を使っていた顔見知りの冒険者から「またヤバそうなの採ってきたな~」の一言を頂戴する。最近皆が驚かなくなってきていたので、ちょっぴり嬉しくなってしまう。
取り出したのはとても細くて白い何か。たぶんモヤシっぽい食感だと睨んでいるブツなのだけど、とにかく一本ずつが長くてそのままだと使えない。
一応持ち帰りやすいように結びコンニャクっぽく纏めておいたそれは、一塊ずつウネウネと蠢いている。見た感じ幼虫というか、回虫というか……とにかく食用にしてもいい説明ができない。
さすがにこの三日間表情の乏しかったウルリックさんも、これには思い切り顔をしかめて「何で採ろうと思ったんだよ?」と尋ねてくれた。その問いかけに胸を張って「美味しそうだったからですよ」と自信満々に答えたら、呆れた様子で「眼球を取り替えてこい」と返されて。
内心私達はこうでなくちゃと思いつつ「じゃあ、張り切って作りましょうね」と、調理開始の宣言をした。
◆◇◆
★使用する材料★
やたらと長くて蠢く白いやつ (※モヤシ)
さわ蟹っぽい何かで取った出汁 (※顆粒中華スープ)
鶏肉 (※味付きサラダチキンが便利)
西洋ネギ (※白ネギ)
溶き卵
水溶き片栗粉
塩、黒胡椒
◆◇◆
蠢く白い何かを、解かないままたっぷり目のお湯にお酢と塩を入れてさっとゆがく。お湯に入れた瞬間は解けるかと思うくらい蠢いて、ウルリックさんと私を驚かせた。
ザルがあればそれにあげたいけど、ないのでお湯を捨ててそのまま放置。冷めたら麺っぽい長さに切って深めの大皿に盛る。ちなみにウルリックさんに切ってと頼んだら、滅茶苦茶嫌な顔をされた。ごめんね。
早めにお酒と塩と砂糖で下味をつけておいた鶏肉を、漬け汁ごと小鍋に入れて冷たい状態から白くなるまで火を通す。
裏返して両面が白くなったら火から下ろし、茹で汁につけたままこれも放置。冷めたら適当な大きさに割いておく。
二日目に痛い目を見せてくれたさわ蟹擬きを叩き、出汁が出やすい状態にしたものを小鍋に水と薄く刻んだネギと一緒に加える。あんまり私が私怨を込めて叩くから、途中でウルリックさんに止められた。
鶏肉の茹で汁を少しと塩で味を整えたらさわ蟹擬きを引き上げて、溶き卵と鶏肉、水溶き片栗粉を加え、とろみがつくまで煮立たせる。最後は盛っておいた白い何かの上に回しかけて、黒胡椒をたっぷりふって完成。
あんかけ風モヤシな見た目からは、調理前の危険物ぽさは残っていない。付け合わせはギバのバターソテーに、ウィルバートさんが頑張って剥がした海苔っぽいものを千切ってまぶしたものだ。
「さ、これで見た目は九割文句なしですよね? 褒めて下さい」
「馬鹿か? 俺はそのままの状態で見たんだから、九割文句しかねぇだろ。むしろあれで作って旨そうなのがかえって怖ぇよ」
「旨そうじゃなくて、旨いですよ。たぶん」
「たぶんって何だよ。そこは言い切れ」
眉間に皺を刻んで胡乱げに私を見下ろす姿に、この返しを待っていたのだよとお腹の虫が代弁した。黒胡椒が胃を刺激するんだから仕方がないね。
そこでメインの大皿と付け合わせのお皿で両手がふさがっているウルリックさんに、まだ綺麗な状態のフォークで大皿から料理を取って「じゃあ先にちょっと味見して感想を下さいよ」と言い、返事を聞かないまま口へと突っ込む。
――が、直後にウルリックさんから「熱っ」と声があがり、やや涙目になった暗緑色の瞳で睨まれた。できたてを食べて欲しかったから焦ってしまったけど「次からはフーフーしてからにします」と言えば、軽く脛を蹴られる。
彼が咀嚼する間お昼のお弁当箱を思い出して不安にかられていたら、料理を飲み込んだウルリックさんが苦笑した。その唇が開く前に「美味しいですか?」と声をかけると、ウルリックさんは一つ頷いて。
「昼の弁当の残りと一緒に食いたいから、俺の弁当箱も出してくれるか?」
歯切れ悪くそう言う彼の言葉に、私のお腹の虫も“どんなもんだ”と自慢気に声をあげるのだ。
今回の料理は一見材料と手順が多そうに見えますが、
中華スープの素で濃いめに取ったスープと、
お好みの味のサラダチキンがあれば割とすぐにできます(*´ω`*)
勿論作中にあるように鶏肉(胸肉推奨)で作っても。
鶏肉は漬ける際フォークで穴を開けておくと味が染みやすいよ。
モヤシをお酢で茹でると独特の臭みが軽減されます。
また、モヤシにゴマ油かラー油を絡めておくとさらに風味が↑↑
お醤油をちょっぴり足すと味が引き締まります。




