◆幕間◆ちらつく面影。
城で引き留めてくる年若い王の要請に応じて、屋敷に戻れない日がもう一週間ほど続いていた。教育係としては熱心に学ぶ姿勢を示す生徒は邪険にするわけにもいかず、休んでいた分の仕事をこなしているのだと自分を納得させて職務にあたる。
そんなある日、カクタスの街にあるダンジョンで爆発事故が発生したという一報が授業中に飛び込んできた。カクタスと言えばいけ好かない魔導師連中が幅を利かせている街だ。
魔術とはその日の暮らしのために行使するものでもなければ、安い収入と引き換えに切り売りするものでもない。本来在野にいるような者達を魔導師と呼ぶべきではない。魔術とは秘匿して血で伝えるものだ。
少なくともあの家で、私達はそう教え込まれた。そのせいで血で受け継ぐことのできなかった義兄が脱落したのは、何の不思議もないことだ。しかしそれが義兄のせいだけだとも言えないのは、義母の存在があるからだろう。
父方の血はともかく、あちらの血はいくらか悪い。優に劣をかけて駄目なものができたのならば、それは義兄のせいだけではなかったはずだろう。家格を釣り合わせるために魔力の方に多少目を瞑って婚姻を結ぶなど愚かしい。
授業中に割り込まれたことに多少表情を曇らせた陛下は、それでも賢王の片鱗を窺わせる笑みを浮かべ直して報告を促した。臣下の中には、年若くして王の教育係になった私の存在をよく思わない者が多くいる。
報告を持ってきた人物もそのような輩だったので、私はこれ幸いと「では、本日の授業はここまでにしましょう」と切り出して辞そうとしたのだが、陛下はそれを是とせず「物事を聞いて精査する時には、聞く耳と意見を述べる口は多い方が良いのだろう? 先生も一緒に聞いてくれ」と言った。
教えたことを正しく吸収し、二人でいる時よりもやや堅苦しい公の場で使う物言いをする生徒に、教育係の私が頷く以外の選択肢はなく。それは報告を持ってきた相手も分かっているのだろう。壮年の文官は陛下に見えぬ角度でこちらを睨み付け、事のあらましを語り出した。
ほとんどの内容は冒険者同士の下らない諍いと、その結果起こったもろもろの後始末における陳情や、街の復興支援金を国庫から工面して欲しいという馬鹿げた要求だ。確かにあの街で採れる魔石は国外との貿易にも有用性が高い。
授業でも外交の要所となっているカクタスとポートベルの街については、他の町よりも多く時間を割いた。地理的条件や気候風土は魔導を教える上で必要ではないが、聞かれたから教えただけのことを、陛下はきちんと憶えておられるようだ。
尤も私の専門教科は魔導だけなので、歴史と外交を受け持っている教育係には大層睨まれたが、陛下があの教育係を遠ざけるのは押し付けがましい先の戦争観だというのを、いい加減に理解した方がいい。あの戦争に意味などなかっただろうに。
耳に通すだけで口を挟むつもりはないという私の姿勢を感じたのか、文官は多少態度を軟化させて話を続ける。けれど聞き流していた内容の中に、ある気になる人物達が出てきた。
カクタスのダンジョンと言えば、アクティア国内でも有数の高ランクな冒険者達しか挑まない。そうしてそれは国外の人間でも知っている。
しかし不運にもその冒険者達がほぼすべてダンジョンに潜っている時に起こった爆発事故と、それにともない凶暴化した魔獣達の暴走を抑えるために冒険者ギルドのマスターが救援を要請したのは、ランキング順位のパッとしない新参者。
白羽の矢が立った理由としては、単に鼻のきく狼型の従魔を持つ冒険者がメンバーの中にいたからだとのことだったが、聞けば聞くほど奇妙な冒険者達だった。
四人組のうち男の戦士と女魔導師は例に漏れず高ランクであり、彼等だけに捜索要請の声がかかるのであれば不思議はない。
だが肝心の重きを置かれた獣使いが聞いて呆れる孔雀石。けれど代わりに魔力を回復するアイテムを錬成できるのではないかという、どこかで体験した情報に強く興味を惹かれる。それにその獣使いの世話を焼く魔弓射手の男が加われば、簡単に結びつけたくなるのは人の性か。
文官はそこで一旦話を切り、被害金額の内訳や処分対象者の金剛石クラスの冒険者達の名前を挙げ、陛下の采配を試そうとでもいうようにその指示を仰いでみせた。王の教育係といえども、政に口を挟むことはできない。
生徒である陛下の采配に耳を傾け、概ね問題のない采配にその成長ぶりに少しだけ笑みが零れた。
しかしそれも陛下自ら件の冒険者達に褒賞と労いの言葉をかけると言い出すまでだ。文官の慌てた顔に内心舌打ちをしつつ「たかが冒険者の働きに陛下自らが出向くことではありますまい。どうしてもというのであれば、誰か代理の使者を立てては如何です?」と対案を申し出てみる。
すると文官は口先では「陛下のお決めになられたことに、教育係とはいえ、貴男が口を挟むべきではありますまい」と言いつつ、明らかに安堵の表情を見せた。自己の保身のためとはいえ下らない。
このように馬鹿馬鹿しい茶番につき合わされるくらいであれば、いっそ早くここから退室させてほしいものだと思っていると、陛下はふと面白いことを思いついたとばかりに笑みを浮かべ、あろうことか私の方を振り返ってこう述べた。
「では先生にこの一件の代理を頼んでもかまわないか? そして是非、城へ戻ってかの冒険者達の話を聞かせて欲しい」
まるでこちらの出す対案を見越していたとばかりに、目の前の最高権力者は悪びれず我儘を教育係たる私に向かってのたまう。年々教えた通りに成長する歳若い王に、私は「畏まりました」と腰を折るしかない。
そうしてすべての処遇を決めて文官に退室するよう申しつけた陛下の背後で、勝ち誇った表情を浮かべて立ち去る文官の背を見送った後、ふとこちらを振り返った陛下は、元の生徒の表情に戻って私を見上げると、先程とは違う悪ガキの表情に戻って口を開いた。
「さっき先生の気配が気になると言っていました。僕もその冒険者達の話が気になるので、行って確かめてきて下さい。それでもしも先生の目に適うような人材なら、城へ招きたいと打診して下さいませんか?」
育てたように子は育つとはよく言ったものだと。目の前で人好きのする笑みを浮かべた生徒を見て、苦く小さな溜息をついた。




