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◆食いしん坊転生者が食卓の聖女と呼ばれるまで◆  作者: ナユタ
◆熟練度・後期◆

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53/86

*9* 鞄に入った飴玉で。


 ガーランドさん達をギルドの待合いホールに残し、ウルリックさんに連れられてドナドナ気分で向かったのは、冒険者ギルドの受付窓口ではなくギルドマスターの私室。


 そこで私を待っていたのは、きっとかつては色んなところで暴れ回ったんだろうなと容易く想像できる、筋骨隆々の海賊か山賊のような見た目をした冒険者ギルドのマスターだった。


 顔面に大きな傷の入った禿頭のギルドマスターの年齢は、たぶんアドルフさんと同じくらいだろうか? そんな場所に連れてこられた時点で、このあと自分が何を言い出されるのか分かってはいた。


 けれど一応無駄な抵抗だとは知りつつ「あの、まだ石炭なんですけど」と言ったら、ギルドマスターは急遽私のランクを三階級上げてくれた。


 おかげさまで【孔雀石(マラヒート)】になったけど、三階級特進とか縁起が悪すぎて嫌だ。映画や小説とかだと、挑む前からフラグが立ってるあの環境。だとしたらギルドマスターは死神か鬼軍曹に違いない。


 そしてその直感は間違えておらず、ギルドマスターからは正式に私達四人と一匹に、ダンジョンの中に取り残された冒険者達の捜索依頼が下された。


 部屋から見送りに出てきてくれるマスターは「自分も昔馴染みと一緒に潜りたいとこなんだが、商工ギルドの連中と戦わにゃならん。傷の回復が済んでる冒険者達にはもう話をつけてあるから、奴等と潜ってくれや」と、こっちはこっちで暗い顔をしているので怒るに怒れない。


 部屋のドアが閉ざされた瞬間、自分の手に余る任務の重さに泣きそうになった。


 シュテンの鼻がいくらきくと言っても、どうやって広くて深いダンジョンの中から逃げ遅れた人を全員探し出して、襲ってくる獰猛な大ムカデからも逃げろと言うのだろうか。


 そんな不安でうなだれた頭上から「心配すんな。逃げ遅れた連中を探すのも、何も闇雲に探そうってんじゃねぇよ。ギルドの決まり事を思い出してみろ」と、壁を軽く叩いて目を細めるウルリックさん。


 だけどそこまでヒントを出されてしまえば、ついさっきイドニアさんから説明を受けたことを憶えていたので、彼の言わんとしていることが分かった。いったいどこから見られていたのか気づかなかったや。


「それって壁の苔が光っていない階には人がいないと思え……ってことですか?」


「ん、正解。壁の苔が光っていない階は、今日一日まだ誰も人が立ち入ってないって証拠だ。おまけにここの冒険者達は大抵俺達よりも強い。そんな奴等が一緒に潜るのにオマエが心配するとか、随分偉くなったもんだよな?」


 ポンと頭の上に置かれた掌がくしゃりと私の頭を撫でて、素直でない励ましの言葉に頬が緩む。でも私の気分が浮上しても私が持ち帰った案件にイドニアさんが泣きそうになるのは、また別の話なのだった。



***


 また先導を頼んで先に進ませていたシュテンの雄々しい声が上がり、ダンジョン内を貫くように一直線に戻ってくる。


 その背後からは無数の脚を持った金属的な輝きを放つ巨大なムカデが、大きな塊のように群れながらこちらへと這ってくる姿。思わず不謹慎だと分かっていても“大地が怒っておる”というあのフレーズを言いたくなった。


 けれどシュテンが戻ってくるべきは私の元であり、その私の背後には目の前からやってくる巨大ムカデを絶対殺すマンになってしまった冒険者達が、三十人ほど待機している。


 意外に数が多いのは、途中で助けた冒険者達に手持ちの飴を配ったら、仲間に加えてくれと言い出したからだ。ちなみに潜ってくる時は十五人ほどだった。桃から産まれた少年の気分で飴を求める声に頷いているうちに、どんどん人数が膨れ上がっていったのである。


 現在の深度は四十層。潜るごとに道が複雑に入り組んでいくのに、誰もそのことに関して心配を感じている様子がない。大半はこの場所まですでに到達済みなのだろう。


 ウルリックさんの言っていたように、取り残された冒険者達も結構な深さまで潜れている時点で相当な高ランカー。助けに行った先では、大抵魔法でメンバー全員が入れる目眩ましのかけられた結界のようなものが張られ、その中でジバシリの目を欺きながら救援を待っていた。


 けれど怪我の手当に充てられる魔力の余力まではなかったのか、救援にきた私達を目にした彼や彼女達の安堵の表情に、膝が笑いそうなくらい怖いけど助けにきてよかったと心底思えた。


 特に女性陣はイドニアさんを筆頭に、顔色をなくしたまま「虫けら風情が……」とブツブツ言っていてとても頼もしい。実際にさっきから女性魔導師の働きは目覚ましいものがあり、ここまで潜ってくる途中の白亜の壁は、どこも前衛的なペイントが施されている。


「一波目が来るぞ! 弓を構えろ!」


 ウルリックさんの号令と共に、この街では少数派の魔弓射手が横並びに膝をつき、魔力を自らが構える矢に流し込んだ。彼や彼女達のつがえた矢は青白く輝き、術者である冒険者達が何かを唱える。唇が動かないのは号令をかけたウルリックさんだけだ。


 ギリギリ弓の射程圏内に収まったのだろう時を見極めて、ウルリックさんが「今!」と短く叫ぶと、彼を含めて七人の射手が一斉に矢羽根から指を離した。瞬間先頭を走っていたシュテンは弓の軌道線上から飛び退き、勢いを増してダンジョンの壁を走る。


 そんなシュテンの後ろで、ダンジョンの通路を流れてくる濁流のようだった巨大ムカデの真ん中部分が、そこだけ魔弓の集中射撃を受けてごっそりと消し飛んだ。


 通路いっぱいにいたはずの仲間がいきなり消え失せたことで、某パズルゲームのように隙間を埋めようと巨大ムカデが一瞬速度を緩めた。その隙を捉えて「二波目! 決めるわよ!」とイドニアさんの美声が空気を震わせる。


 それを合図にまたも魔導師達が私が聞き取れない言葉を口々に囁く間に、壁を走りきったシュテンが私の足許に戻ってきて自慢気に鼻を鳴らす。それを視界にちらりと入れたイドニアさんが妖艶に微笑んだかと思うと、白い指先でついと彼女が宙空をなぞる。


 無声の合図にも関わらず、魔導師達は魔石を填めた魔法具を媒介に一斉に自分達の相棒である精霊の力を行使した。水蒸気爆発を起こさないように、水、風、土の精霊のみで構成された魔術は這い寄るジバシリ達を、フードプロセッサーにかけたように切り刻んだ。


 耳を塞ぎたくなる生々しい体液が飛び散って壁を前衛的に彩る音と、綺麗なお姉さま達の高笑いがダンジョン内に響き渡り、パーティーメンバーや恋人達を引かせていた。


 イドニアさん率いる魔導師部隊と、ウルリックさん率いる魔弓射手部隊が後方に下がると、ガーランドさん率いる戦士部隊が前衛に出て剣を構える。


 先に物理的に散った仲間の死骸を乗り越えてくるジバシリ達に向かい、ガーランドさんが「これで最後だ。殲滅する」と静かに口にすると、散々待たされて欲求不満になっていた戦士達が一斉に駆け出した。


 いっぱい脚があると登りやすいのだろうか。彼や彼女等は他の職種よりも重装備なのに、軽々とジバシリの身体の出っ張りや脚を駆け上がって一気に頭を狙って仕留めていく。その光景は何というのか、見た目の悪いアスレチックに群がる子供のような無邪気さだ。


 ――で、その間に私は何をしているかというと……シュテンと一緒に無事な魔石を拾っては鞄に納めるという、火事場泥棒行為に精を出していた。だってせっかく拳大の紫玉がゴロゴロしているのだ。


 イドニアさん達のノルマがガンガン減らせる好機を逃がしてなるものか。コソコソと拾っている私を皆も見ないようにしてくれているおかげで、今日だけで二十個も増えた。大戦果だ。


 あとはここにくるまでに色んな岩陰に隠れたので、各層で珍しい食材も沢山採取できた。どれも見た目は絶対に食べられないものだけれど、お腹が空いていると何でも美味しく見える呪いが……かかっているとしか思えないんだよ。こんな時でも緊張感のない自分の腹の虫の鳴き声を聞いているとね?


 そうこうしている間に戦士部隊からワッと歓声が上がったことで、この層での討伐が終了したのだと知れた。岩陰から這いだして皆の顔を見回し、特に疲れていそうな人達から残り少ない飴を配っていく。


 まだ余裕がありそうな人には錬成して貯めておいた氷砂糖を配り、シュテンの案内を頼りに逃げ遅れた冒険者達の元へと救助に向かう。何もない空間に向かってシュテンが「オンッ!」と鳴き声を上げると、その部分の空間が徐々に揺れ動いて疲れた表情の冒険者達が姿を現した。


 すぐに怪我の状況を見て治癒魔法をかけてもらった彼等に、すでにお定まりになりつつある「皆さんお疲れさまです。冒険者ギルドのマスターに要請されて助けにきました。ひとまず甘いものでもいかがですか?」という一言と共に、黄金色の飴を差し出すのだった。

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