*8* 石炭には荷が重いです。
細かい切り傷やすり傷だらけのまま飛び込んできた冒険者達は、どうやら全員がパーティーメンバーのようで、男性三人と女性三人という前衛後衛にきっちり分けられる理想の人数だ。
すでに滞在期間が二ヶ月の私達があまり見たことのない顔ぶれであることから、最近ここにきたパーティーだろう。皆まだ二十代前半の働き盛り。その彼等がこうも慌てているからには嫌な予感しかしない。
動揺している彼等にウルリックさんが「まずは落ち着け、何があった?」と声をかけると、リーダーなのだろう剣士っぽい装備の男性がハッとした表情になる。
「あ、ああ……すまん。オレ達はギルドから伝令を頼まれたんだが、ジバシリが出たんだ。それも普段よりずっと浅いところに。他にここに残っている連中がいたら報せろと」
「この宿屋に残ってるのは君らだけか?」
リーダーの男性の横に並んだ魔導師っぽい男性が、追随するようにイドニアさんに問えば、彼女は相変わらずの反応で「さぁ、それは分からないけれど。今の騒ぎでここへ集まって来ないとなると、よほど眠りが深い人が残ってでもいない限りはその線が濃厚ね」と答えた。
相手側の女性陣がピリッとするのが分かったけれど、今はそんなことで揉めている場合ではないので口を噤んでくれている。うちのお嬢様がすみません。
「ジバシリが出たのは分かったが、何で爆発したんだよ? アイツは恐ろしく凶暴だが、やれることと言えば岩盤の中を走り回って街を揺らすか、人間引きずり込んで食うだけのはずだろ」
むしろそれで充分すぎる気がするのは私だけだろうかと周囲を見回したものの、誰も疑問を口にしないんだから私だけなんだろうね。
そしてきっとまたそのジバシリとやらは、見た目通りのネーミングなんだろうなとも思うものの、得られた情報からは不穏さしか感じない。いったいどんな虫なんだろう……?
「すまん、それはオレ達もここにくる途中のことだったから分からない。取りあえずジバシリのことだけ教えなければと思って急いでいたせいで、その後のことは知らんのだ」
「そうか、分かった。今のうちのメンバーじゃ手に余る相手だ。アンタ達が早めに教えてくれて助かった。とはいえ……どうするアカネ。様子を見に行くか?」
思わぬハプニングで選択肢が一つ増えてしまった。普通に考えてみればここにいる冒険者の中ではうちが最も弱い。取り残された冒険者達を助けに行くだなんて大それた仕事は無理だろう。
けれどあの規模の爆発ともなれば、結構な数の怪我人が出ていそうな感じもする。傷口を洗ったり包帯を巻く程度のことなら役に立てるかもしれないし、追い返されたらそのときはここに戻ってきたらいいかな。
「そうですね。もしかしたら怪我人とかで猫の手も借りたいかもしれないですし、行ってみましょうか」
私のふわっとした提案に「じゃあ決まりね」とイドニアさんが微笑み、ガーランドさんが「治癒の心得があるからには、役立とう」と頷いてくれる。ウルリックさんは「だろうと思ったぜ、お人好しめ」とニヤリ、皮肉混じりにそう言った。
***
ギルドの入口は案の定、怪我人と野次馬と他のギルドの職員さん達で大変混雑していた。
ひとまず手分けして情報を聞き出してから、私達の役に立てそうな場所を探そうということになったので、ウルリックさんとガーランドさんはダンジョンの一層付近まで別々に情報収集へ向かい、私とイドニアさんとシュテンはギルド内での情報収集に当たることに。
私達は怪我の度合いが軽そうで比較的元気な冒険者集団に近づき、さっきの爆発についての話を訊ねたのだけれど……。
「プライドのお高い金剛石のパーティー二組が口論になって、頭に血が上ったお互いのパーティーの魔導師達が、火の魔法と水の魔法を同時に放ったんだ。あれはただの水蒸気爆発だよ。問題はその場所が良くなかったことだ」
――という、子供もびっくりな内容だった。
内心そんなことで? とは思いつつ、一応やらかしてしまった人達にも言い分があるのだろうからと黙っていたら、素直なイドニアさんが「空気の逃げ場のないダンジョン内でそんな真似をするなんて……度し難い馬鹿ですわね。それで当人達はどうなりましたの?」と容赦ない突っ込みを入れる。
明け透けな物言いをする美女に口笛を飛ばす男性冒険者達。その気持ちは分かるけど、お連れの女性陣がすごい顔でこっちを睨んでますよ? あとで違う爆発事件が起きそうで冷や冷やする。
「それがねー、呆れたことに当人達のメンバーは、全員お金にものを言わせた装備で無傷だったの。ここにいる怪我人は、あおりを食らって怪我したその他の格下メンバーだよ」
イドニアさんの問いに答えてくれたのは、大きなイタチを連れた獣使いの女性だ。この人は同じ宿に泊まっているのと、獣使いという同職種なので何回か喋ったことがある。ここのパーティーはなんと全員女性なのだ。
男性だけのパーティーは珍しくないけれど、女性だけというのはかなり珍しい。当然皆とっても強い高ランカーだ。
そこで気休め程度だけれど、甘いもので和んでもらおうと手持ちの飴を渡したら「あ、これ美味しいからみんな好きなの。ありがとね」と喜んでもらえた。最近自分が飴を持ち歩くおばさま化しているなぁと思うけど、そこには目を瞑ろう。
複雑な心境の私の隣では、大イタチとシュテンが鼻をくっつけあって無事を喜んでいる。見た目じゃ分かりにくいけど、イタチって犬科なんだよね。
彼女は早速自分のパーティーメンバーにいた女性回復術師に飴を渡し、範囲効果のある回復魔法をかけてもらっていた。回復術師の女性は「この飴を舐めると、いつもより効果が上がるの」と言ってくれるけど、単に偽薬効果だと思われます。
今更だけどここのダンジョンは少し面白い造りをしていて、ギルドの奥から繋がっているダンジョンは深度五層までは時々外が見える。ちょうどスポンジっぽい穴だらけの岩盤から落ちてくる光を明かり代わりに使えるくらいだ。
ギルドの外から見ても岩肌が山のように地面から突き出している。そもそもギルドが白亜の岩場の端に突き出すように建っていて、そこから緩やかに地面に潜るようにダンジョンが構成されているのだ。
けど六層からは違っていて、完全に地下に潜ってしまう。日の光の恩恵は地上五層までで、六層からはその日最初に潜ったパーティーが明かりの魔法をかけていく決まりになっていた。
とはいえ、ダンジョンの中には前世にもあった光苔のような苔が生えていて、この苔にとても微弱な魔力を伝えるだけで歩くのに困らない光量を生み出してくれる。大昔に誰かが持ち込んだ外来生物らしいんだけど、便利なのでそのまま利用してるんだって。
「理由が人災なのは分かったわ。それで被害状況はどうなっているの?」
呆れた様子のイドニアさんがそう尋ねると、訊かれた男性冒険者は肩をすくめて「さぁ……結構な数のパーティーが潜っていたからな。負傷者もだが、表の商工ギルドの連中を見ただろう? 当然だけど恐ろしく怒ってる。賠償金が凄まじい金額になりそうだ」と言う。
難しい顔をしているイドニアさんに「そう言えば、さっき宿で耳にしたジバシリってどんな姿なんですか?」と尋ねると、彼女は「ああ、そういえばアカネは深部まで行ったことがなかったわね」と急激に陰鬱な表情になって、心底気乗りしなさそうに説明を始めてくれた。
彼女の説明によれば、ジバシリというのはこのカクタスでも一番深層部に棲んでる魔獣だそうで、見た目はヤスデかムカデが近いそうだ。大きさや力はもとより、他の魔獣と違ってそこそこ知恵があるらしい。
だからコロニーを作って共同生活をするのだそうだけれど……うじゃうじゃと蠢く巨大ムカデ。虫が大丈夫な人でも絶対無理そうな地獄絵図だ。
想像しただけでもお腹の底がヒヤッとする状況だったのが、本当に事態が悪化したのはその僅か三十分後。
ダンジョンから戻ってきたウルリックさんに「あー、アカネ。オマエにはちょっと気の毒なことになった」と前置かれ、次いでガーランドさんに「中に取り残された冒険者達の救出にシュテンの鼻がいる。マスターであるアカネにも協力要請が出た。無事な冒険者達と一緒に潜る準備を整えるぞ」と告げられた。
それだけでも充分以上に無理難題だというのに、さらに追い討ちをかけるように「戻ってきた冒険者達から聞いた話だと、ダンジョンの底から怒り狂ったジバシリの団体さんが地上に向かってきてるぞ」だなんて……。
いくらなんでも最下位石炭にそんな任務は重すぎませんか?




