表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
◆食いしん坊転生者が食卓の聖女と呼ばれるまで◆  作者: ナユタ
◆熟練度・後期◆

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

51/86

*7* 困りごとは大抵重なる。


 四人と一匹が囲む中心には、綺麗な封筒が一枚。封蝋は未だ開けられた痕跡もなくピッタリと閉ざされている。それを暗緑色の瞳で見下ろした進行役のウルリックさんが「開けるぞ?」とかけた声に、その場の全員が頷く。


 心情的に開けたくないけれど開けるしかない。パンドラの箱を開ける気分とでも言おうか、とにかく面倒ごとの匂いに疎い私でも感じるくらいだから、ウルリックさんはもっと開けたくないだろう。


【拝啓アカネ・ホンジョウ様。突然このような不躾な手紙をお送りさせて頂きます無礼をお許し下さい。このたび方々の町の冒険者様や、行商人様、商工ギルド様方によって当ギルドにホンジョウ様の情報をご提供、また雇い入れのご希望などを寄せられることが――、】


 封筒を開けて広げた便せんにびっしりと書き出された、前世の勧誘広告やビジネス定型文のようなまるで興味を惹かれない文面が、爽やかな朝食後の余韻に攻め込んでくる。つまるところ視線が滑るの一言に尽きた。


【つきましてはこちらからカクタスまでギルド職員を出向かせて頂き、直接お話などを伺わせて――、】


 妙に持って回った間怠っこしい文面で書かれていたけれど、要約すれば“何か一部ですごい噂になってて気になるから、一回見に行くわ”的な内容が書かれていた。こちらが拒否するということは端から考えられていない内容だなと思う。


 しかも来られたところでそこにいるのが私のようなパッとしない人間では、骨折り損なうえにがっかりどころではすまないのではないだろうか? 今から労いの言葉を考えておいた方がいいのかと悩んでしまう。


 でもそんなどうでもいいことを考えていたのは私だけだったようで、ウルリックさんとガーランドさんは真剣に封筒を日に翳したり、封蝋の模様を確認したりと検分に取り組んでくれていた。


 そんな姿を見ていたらだんだんと不安になってきて、テーブルの上で組んだ自分の手に視線を落としていたら、向かい側に座っていたイドニアさんが手を伸ばして包み込んでくれる。


 視線を上げて彼女の方を見れば、イドニアさんは「大丈夫よアカネ。それに本物だとしたら、世間が貴女の価値に気づいたということだわ。実家で雇い入れたメイドの中でも、家政ギルドからきた子達の扱いは別格なのよ」と青紫色の瞳を和らげて微笑む。


 しばらくすると「妙な細工の跡はねぇな」「術の気配もない」と、男性陣からひとまずの安全宣言が出される。


 なかなか席を立たない私達を見て、一部の顔見知りの冒険者達が「今日は潜らないの?」「わかるわかる、たまには休みもいるよな」と、言葉をかけて去っていく姿に何とか笑顔を作って手を振った。


 食堂に誰も人がいなくなった途端、私の隣にシュテンがのそりと上がってきて、自分もパーティーの一員だと言わんばかりに鼻を鳴らす。ついでにイドニアさんの手の上に自分の手を載せるものだから、一気に重たくなったせいで前のめりになる。


 イドニアさんと一緒に声を立てて笑うと、シュテンも尻尾を大きく振ってご機嫌に「ウォンッ!」と鳴く。緊張感の漂っていた場が幾分和んだところで「そろそろ話に戻るぞ」と、ウルリックさんが手を叩いた。


「本物ならこの申し出はアカネにとって悪くない。リンベルンの家政ギルドは、自分達のギルドに登録している人間の身柄保護に熱心だ。無理に契約を迫る連中には絶対に派遣しない。雇い主が終身雇用をしたいと申し出ても、かなり厳しい審査をするくらいだからな」


「えぇと、じゃあもしも無理矢理攫われたり、拉致監禁されて逃げようと試みて殺された場合はどうなります?」


「それが想像できるうちは危ねぇって言っただろ。ま、その場合も相手が王族でもない限りは、家政ギルドが雇ってる上級冒険者から報復を受けるな。あのギルドは元々雇用主に虐げられた家政魔導師達が逃げ出して、それが寄り集まって立ち上げた一派だ。何も知らない奴からしたら過激に見えるだろうが、妥当だろ」


 前世ならそこまでいったら自己防衛よりも過剰防衛だと言う人の方が多いだろうに、そう言って納得してくれるウルリックさんは優しいと思う。彼の説明にふむふむと頷いていたら、一緒に聞いていたイドニアさん達の表情が微妙にひきつる。


 その反応に「何か気になる点があるなら、どんどん言っちゃって下さいね?」と言うと、二人は処置なしとばかりに首を横に振った。


「ギルドの報復についてはその通りだが、ウルリックとアカネの仮定話はだいぶ偏っているというか、殺伐としているな」


「そうね。ウルリックはいつものことだからいいとして、アカネは時々とんでもないことを言い出すわよね」


 さすが付き合いの長い婚約者同士。ほぼ同じような気になる点を挙げてくれる姿に感心する。


 けれどウルリックさんは苦虫を噛み潰したような渋面になり、私の方へと顎をしゃくって「外野が喧しい。コイツは面倒ごとを吸い寄せる体質なんだよ。オマエ等もその自覚があるだろうが」と言った。双方共に自覚しかないので言い返す気すら起こらない……。


 ともあれ、何だか私の知ってるメイドさんとはだいぶ違うことは確かだ。勝手な思い込みだとは分かっていても、メイドさんは有能な美人でないと務まらないイメージがある。さもなければ“ごめん下さいませ~”と声をかける可愛らしいおば様だから、意外にダーティーな世界なんだなぁという感じだ。


 一気にこちらのメイドさん達のバックについているのが、難波の○融伝の人達みたいな世界観になってしまった。ある意味一般人に馴染みのない世界だから、あれも異世界といえば異世界かな?


「もしも家政ギルドの方の厳しいお眼鏡に適って、それでいざ登録する流れになったとして……副業に角打ちってできますかね?」


 聞き馴染みのない単語に、イドニアさん達が声をそろえて「「カクウチ?」」と聞き返してくる姿が微笑ましい。説明しようと口を開きかけると、横からウルリックさんが「小規模の酒場みたいなもんだよな?」と尋ねてきてくれる。


 その言葉にしっかりと頷きつつ、まだ少ししか将来持ちたいお店の話をしていないのに、ポイントを押さえてくれていることが無性に嬉しかった。


「ギルドに登録していても、仕事がない期間中の副業は認められてたはずだ。基本的に昼間に就ける業種で、呼び出しがあったときには後腐れなくすっぱり辞められるやつだけだがな。確か風紀の問題で夜間の仕事は駄目だった気がするぞ」


「えぇ? それって認めるとは言いつつ、実際はほぼ単発のアルバイトしかしちゃ駄目ってことじゃないですか。おまけに職業に思いっきり貴賤(きせん)をつけてますよ」


 私の不満に珍しくガーランドさんが「それは少し違う」と否定を口にし、ゆっくりと首を横に振った。


「アカネの言いたいことは分かるが、屋敷に雇い入れる側からしてみると職業遍歴というのは一定の目安になる。貴族の中にはとんだ下衆もいる。付け入られる弱味はないにこしたことはない。ギルドにいる人間を守る目的もあるんだろう」


 彼の口から“下衆”という言葉が出たことにも驚いたし、何より普段穏やかな彼から一瞬でも殺気のようなものを感じたことが怖かった。


 そしてそう言われてから、初めて自分の発言も押しつけがましかったことに気づく。恥ずかしくなって「ごめんなさい」と小さく謝罪すると、ガーランドさんは「いや、こちらも感情的になってすまなかった」と謝られてしまった。


 ギクシャクしそうになった私の頭を、ウルリックさんの手がポンと叩く。そのせいで髪飾りが振り子のように視界で揺れて、一瞬強ばっていた肩から力が抜ける。


「ま、オマエは巻き込まれただけなんだ。言い分も筋が通ってる。落ち込むことはないだろ。それよりも傍迷惑なのは勝手にコイツの噂を吹聴してる連中だな。そいつらのせいでまたアカネを捜す連中が動き出すかもしれん」


「そうなると困るわね。だけどこの手紙、こちらに訪ねてくる日時についての記載がないのよ。ここで待っているだけだと、アカネを追っている人間に気づかれたりしないかしら?」


「家政ギルド側はまだ噂に半信半疑なのだろう。それにあのギルドは常に人手不足だと聞く。こちらに割く人間の選定にも時間がかかるのは致し方ないにしても、確かに待っているだけというのも……」


 目の前で交わされる私のことを考えてくれる人達の優しい言葉に、自分だけだったらまごつくだけで何もできなかったに違いないと思っていたら、ふと論じ合っていた三人の視線が一斉にこっちを向いて。


 口を開きかけたイドニアさんとガーランドさんがすんでのところで口を噤めば、巻き込まれ代表のウルリックさんが「アカネ、オマエはどうしたい?」と。暗緑色の瞳がジッと私を見据えて進む道を選ばせてくれようとしたその時。


 冒険者ギルドのある方角から爆発音がして、何事かと驚く私達のいる食堂へ慌ただしく「まだ残ってる冒険者はいるか!?」と、負傷した数名の冒険者が飛び込んできたのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] あれですね、家電が壊れるときはかなりの確率で他のも立て続けに壊れるみたいな……(違う) 波乱の予感ですわ! トラブル大好物!! あ、お風呂で女子トークも大好物でしたw それにしてもシュテ…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ