*6* 料理は見た目が九割?
一日のダンジョン疲れを癒やす場所と言えば、前世から変わることがないのがお風呂。ギルドが提携している大人数用の宿だから、普通の宿屋にはない大浴場がついているのもここの魅力だ。
夕飯の支度の前にこのお風呂で英気を養うのが毎日の日課である。
それにアーデでも一日中ダンジョンに潜っていれば埃と汗塗れになるので、日に一度のお風呂はかかせない。こっちの世界ではお風呂の環境も前世とさほど変わらないので温かい湯船に浸かれるし、最高です。
ふにゃふにゃになってお湯に浸かる私の隣では、まだ裸のまま入ることに慣れていないイドニアさんが恥ずかしそうにお湯に浸かっている。同性であっても育ち方で多少の違いはあるもんね。
なので入浴中は極力イドニアさんの方を向かないように注意して入るのだけれど、今日は珍しく「ねぇアカネ。少しだけわたしの質問に答えてもらっても良いかしら?」と、イドニアさんが声をかけてきた。
今まであまりなかったことなので、何となく嬉しくなって「あはは、どうしたんですか急に。もちろん良いに決まってますよ。何でしょう?」と一も二もなくそう返事をすれば、イドニアさんも「それじゃあ遠慮なく訊くわね?」と、どこか楽しげに言う。
その声に目蓋を閉じたまま「どうぞー」と軽く返事をしたのだけれど、直後に「貴女とウルリックは将来結婚するの?」という、とんでもな内容の発言が投下されたせいで、のんびりと首まで浸かっていた私は驚きでお尻を滑らせ、頭のてっぺんまで湯船に沈んだ。
「ゴフッ……え、ゲホッ……ちょっと聞き間違えたっぽいので、もう一回、ゴホッ、質問してもらっても良いです?」
聞き間違えだとしたら恐れ多くて洒落にならない。あと、鼻と耳が大変なことになってしまったじゃないですか。彼女はそんな私を見て「驚かせたかしら、ごめんなさいね」と目を丸くしたものの、すぐに気を取り直して。
「わたし達のせいで貴女達の旅がずいぶん遅れてしまっているけれど、紫玉の数もおかげさまで百の大台に乗れたから、そろそろここを出立しても良い頃合いだとガーランドと相談していたの。それで旅の目的地のリンベルンについたら、ウルリックと結婚するのかしらと気になったのよ」
むしろさっきよりも具体的になった内容を曇りのない眼で問うてきた。待て待て、彼女の頭の中ではいったい何がおこっているのかな?
それにいつの間にかワニの群みたいに、私達を取り囲むように他のパーティーの女性冒険者達が集まってきている。恋愛話の気配に寄ってくる様が獲物を狙うワニとは……皆さん恋愛力がお高い。
「いやいや、いや! 私とウルリックさんはそういう間柄じゃないです。断じて。ウルリックさんに聞かれたら怒られちゃいますよ」
「あら、そうなの。髪飾りをもらったと言っていたし、魔法戦士の彼が街を出るとき貴女についてきて欲しいって言ったのを断っていたから、てっきりそういう間柄なんだと思っていたわ」
またもいきなりな暴露。壁に耳あり障子に目あり。とはいえ大所帯の合宿所のような場所では無理もないのか。周囲の恋愛ワニさん達がキャーと、小さく黄色い悲鳴を上げる。
居たたまれなさすぎるものの、それを聞いてやっと合点がいった。私に一番最初にエビ擬きをねだって討伐を手伝ってくれるようになった彼が、数日前にこの街を離れる際に声をかけてくれたところを見られていたようだ。
誤解されていた内容が分かって多少落ち着きを取り戻せたので、穏やかな気持ちで「ああ、あれは食事担当としてついてきて欲しいって話です。勘違いしたら失礼ですよ」と答えることができた。
けれどイドニアさんの「はぁ……彼、可哀想ね」の一言に、周囲で無言の同意が広がる。理解してもらえたのだと胸をなで下ろして「そうですよ。あの歳であんなにしっかりした人が私なんか相手にしません」と言ったら、周囲も納得したようで私達から離れていった。
「も……もういいわ。貴女が鈍いのはもう分かったから。でもウルリックとそういう間柄じゃないのなら、リンベルンに到着したあとは彼とは別れるのよね?」
周囲に人がいなくなったことと誤解が解けたことで、再び緊張が薄れた私は湯船に首まで浸かりながら「はい。リンベルンまでの護衛費用と、これまでの旅費と、食費と、衣料費と、迷惑料とかの諸々の借金返済がありますけど、それの返済が済めばそうなります」と指折り答えた。
その答えに「ふぅん、そうなのね」と、つまらなさそうな表情を浮かべるイドニアさんの横顔に苦笑しつつ、少しだけ痛んだ気のする胸を押さえて頭を振る。
気を取り直したらしい彼女が「そのお金の工面はもう考えてあるの?」と、可愛らしく小首を傾げる姿を湯気ごしに見つめて頷く。
「ええ、それは最初に話し合いましたから。リンベルンに到着したらどこかのお店で住み込みで雇ってもらうか、家政ギルドに登録してみるのも手だって。でもひとまずは貯め込んでいる調味料を全部売ってから、残りの差額分の計算と、これまでお世話になった分の上乗せ金額を計算してからですね」
***
夕食を終えて四人で食後のお酒を楽しんでいたのだけど、誕生日を期にお酒の味に目覚めたイドニアさんは弱いのに好きという体質で。今夜も一番最初に眠ってしまったから、少し前にガーランドさんがお姫様抱っこで部屋に運んでいってしまった。まだ数人残っていた冒険者達からも冷やかされていたけど仕方ない。
あれからさらに人の姿が減った食堂の炊事場で、ウルリックさんとダンジョンで採取してきた白子っぽい……いや、誤魔化さずに言えば脳みそっぽい木の実の下拵えをしていた。イドニアさんには見せられない食材なので、今の今まで待っていたのである。
ちなみに生の状態だと私の手から元気いっぱいに逃げ惑うことから、毒持ち食材のご様子。それをお酢に浸したり、お酒に浸したり、直火で炙ったりと色々毒の飛びそうな方法を試してみたところ、塩と山椒の実を入れたお湯で煮込んだら逃げなくなった。理由は不明だけどね。
その代わり干からびた系の脳みそ感から、生々しい系の脳みそ感になってしまったのでかなり見た目がよろしくない。でも味はなんとカニカマ風味という面白い木の実である。
もう一度お湯で煮て山椒の香りを飛ばしたものを、食堂のベンチで寝そべってこちらを見ているシュテンにご馳走した。
残りの分はまだ飲み足りない私達用のオツマミにしようとニンマリしていたら、隣でそんな私の手許を覗き込んでいたウルリックさんが、苦々しい表情で「とことん普通に食えなさそうな物ばっかり拾う奴だな」と、木の実を手に言う。
「いつものことなんですからそろそろ慣れましょうよ。大丈夫ですって、ちゃんと美味しくなりますから」
◆◇◆
★使用する材料★
脳みそ感のある木の実 (※カニカマ)
水溶き片栗粉
鳥節 (※和風顆粒だし)
水
塩、胡椒(※粗挽きじゃないやつ)、山椒
◆◇◆
鳥節で出汁を少量作り、そこへ脳みそっぽい木の実を投入。塩胡椒で味を整えて少し煮たら途中で火から下ろし、水溶き片栗粉を加えて再びとろみがつくまで火にかける。仕上げに山椒の実を散らせば完成。
まったく期待も信用もしていなかったことがはっきり分かる彼の前に、見た目はとろみのついた出汁に覆われただけの脳みそ擬きを提供する。山椒の実の香りが、鳥節で取った出汁と木の実を引き立てているはずだ。
合わせるのはやや酸っぱい白ワイン。甘い白ワインは高級品らしいから、これで我慢といったところかな。ウルリックさんがスプーンで自分のお皿に取り分けた料理を一口食べて、納得いかないという表情で「旨い」と言ってくれた。
私も一つ掬って口に運んでみたけれど、食感は少しお高いはんぺん。ふわふわの中に優しい甘みがある。
「美味しいならちゃんと美味しい顔をして言って下さいよ。まるで一服盛られたと思ったのに、毒がなかったことが意外みたいな表情じゃないですか」
「そう思うなら最初から食べられる見た目のやつを持ってこいって、いつも言ってるだろ。まんまその通りの気分で口に入れる俺の身にもなれ」
「ちゃんと美味しくするって言ったじゃないですか。心配性ですね」
「普通に旨いって言える見た目のものを出せ」
ふてくされたような表情で不満を言うウルリックさんに、軽い調子で「料理は見た目じゃないですって」と言ったら「じゃあ何だよ?」と返されて。咄嗟に“もちろん愛情ですよ!”と口にしようと思ったら、どうしてだろう。喉に張り付いて出てこなかった。
それに二人きりになってしまったからか、今更になってやけにお風呂でのイドニアさんの言葉を意識してしまう。軽口の途中で急に黙り込んだから不審に感じたのか、ウルリックさんが「おい?」と訝しそうに声をかけてくる。
どう答えようかと困っていたら、ちょうど良いところへギルドから宿の管理を任されているおばさんが食堂に現れて、私達の姿を発見するや「大きな狼の従魔を連れてる冒険者ってのはアンタだね?」と人懐っこく笑いながら近づいてきた。
いま他にここに泊まっている獣使いはイタチと山猫だったから、狼だと私に間違いないだろう。
何だろうとかと顔を見合わせた私とウルリックさんに向かい、エプロンのポケットから綺麗な封筒を取り出した彼女は「夕方に届いてたんだけど渡すのを忘れてたんだよ。リンベルンの家政ギルドからだから、明日お酒が抜けたら読みなさい」と。
“だったら朝に持ってきてくれればいいのでは?”とは、言いたいけれど言えなかった。
今回のは溶き卵を入れるとさらに美味。
その場合は味がボケるので醤油を少し足してみて(*´ω`*)
アレンジ別で中華スープの素とゴマ油、
溶き卵にネギを加えれば一気に中華風になります。こっちもお勧め。




