*10* 冒険者もどき。
謎の人物が気まぐれに出した捜索届から念のために身を隠し、森での手探り魔獣育成を試みてから二週間と一日。
前回慌ただしく出発したラブロの次に訪れる予定のオーリエの町は、ラブロより規模の狭い町で、取り立てて見て回るような場所もないというのがウルリックさんの談である。
けれどそんな町に向かう道すがら、ウルリックさんが急に「町についたらオマエの冒険者登録をしに行くぞ」と言い出した。直前まで町についたらまず何の食べ歩きをしようと話していたので、思わず自分の聞き間違いを疑って「私が冒険者登録ですか?」と、聞き返してしまう。
するとウルリックさんは呆れ顔で「だからそう言ってるだろ?」と言うけど、急に話を変える人は自分の会話に脈絡がないのが分からないみたいだ。
「ま、冒険者登録と言ってもそれで仕事を請けるわけじゃないから安心しろ。シュテンが予想よりだいぶ早く成長してるからな」
「でもいくら可愛くて賢くても、この子は魔獣ですよ。窓口の人や他の冒険者の方達に怒られたりしませんか?」
「それなら心配ない。冒険者の中にはオマエと同じく魔獣を使役する奴もいる。そういう奴等が使い魔として使役する魔獣を【従魔】と呼ぶんだが、従魔になるのは親から引き剥がされたり、親が討伐された幼体が多い。それどころかわざわざ巣を狙って攫ったりする冒険者もいるぞ」
サラリとそう説明され、思わず足許をついてくるシュテンに視線を向けてしまう。もしかしてこの子もそうなのだろうかと思ったら、この世界でも人間がただ襲われるだけの生き物ではないのだなと感じる。
相応しくない形容かもしれないが、やられっぱなしでないところや、盗人猛々しいところにちょっと感心した。それに彼の言葉を簡単に整理すれば、少なくとも従魔を従えている人は、絶対に自分で戦える人でなくともいいということだろう。
「せっかく躾たのに攫われるのも業腹だし、何よりも宿屋に泊まるときにコソコソ鞄に隠さなくても済むだろ。名前は偽名でも本名でも良い。オマエの場合は隠さないと駄目なのは錬成と食事への魔力付与の能力だからな」
「分かりました。それじゃあシュテンのためにも取っておきます」
そんなやり取りをしていた私達の足許で、自分の名前が出たことに尻尾を振っているシュテンの頭を二人して、代わる代わるにクシャリと撫でた。
その後無事にオーリエの町に到着し、お腹の虫のために屋台の串焼き肉を平らげ、物心をついてから初めての町にはしゃぐシュテンとウルリックさんと並んで、彼が見どころがないと言った町を楽しみながら冒険者ギルドに向かう。
先にウルリックさんが魔石を換金しに窓口に行き、彼がカウンターに魔石の入った袋を置いて、その中身を確認した窓口のお姉さんが、営業用の笑顔で「奥へどうぞ」とウルリックさんを連れて行ってしまった。
窓口近くにいた冒険者の人達がボソボソと《紫玉級かよ……》、《あんなデカさの魔石を狩人が?》、《きっとその時に組んでた相手が凄腕だったんでしょ》などなど。嫉妬と驚嘆の声はすぐに人に伝播するから面白い。外の世界にはドラマがあるなぁと思わせてくれる。
私はギルド内のベンチに気配を潜めて人間観察をしながら、膝に顎を載せて甘えてくるシュテンを鼻先から尻尾の先まで撫でて、連れて行かれたウルリックさんが戻るのを待つ。
しばらくたって戻ってきたウルリックさんの顔を見て「高く買ってもらえました?」と聞くと、彼は手にしていた皮袋を私の手に置いて「これの五倍くらいの重さになった」と、耳許で囁く。きっと今持っているのは本当に一部で、あとのお金は全部鞄の中にしまっているのだろう。
ウルリックさんは、周囲の視線すらお構いなしに壁に貼られた依頼書を眺め、視線を壁から私に戻すと「冷却期間は無駄じゃなかったな」と笑った。
お許しが出たことが嬉しくて「それじゃあ、この町ではレシピが売れますね」とこっそり言うと、見下ろしてくる彼に「先に何をするんだった?」と返され、慌てて受付窓口に向かう。
窓口で登録書類を受け取り、ウルリックさんに教わりながら書類の項目を埋めていく。私の冒険者としての肩書きは【獣使い】になるらしい。従魔の名前の欄にシュテンの名を書き込み、ウルリックさんにシュテンを預けて窓口へと書類を提出に向かった。
「はい、それでは確かにアカネ・ホンジョウ様の冒険者登録を完了しました。職業は獣使い、ランクは【石炭】からですね。ランクは依頼をこなすごとに内容に応じて上がりますので、頑張って下さい」
拍子抜けするくらいあっさりと登録をして、身分証明用の手形をくれた受付のお姉さんが笑顔でそう言ってくれた直後、隣接していた窓口に並んでいた冒険者達からさざめくような嗤いがあがった。
そこで窓口の脇に張り出されている冒険者ランクを見てみると、私がもらった称号は断トツの最下位。石炭から始まって、最終的に金剛石まで上がるとは……異世界っぽくて格好良い。ランクを上げる必要がなくても、称号名を見ているだけでワクワクする。
きっと周囲の反応は“最下位格好悪い”といったところだろうけれど、競う気もないと全く気にならない。たぶん他の人達にしてみたら、ウルリックさんへの嫉妬から連れの私を貶めたいだけなんだと思う。
ただそう考えたらウルリックさんに申し訳ない気がして、浮ついていた気持ちが萎む。早く彼の待っているベンチに戻ろうと振り返ったら、真後ろにシュテンを抱えたウルリックさんが立っていた。
驚いて彼を見上げたものの、周囲からの視線に気まずくなって視線を下げてしまう。だけどそんな私の耳に「グルルル」と恐ろしげな音が届き、視線を上げた先には牙を剥き出して周囲を威嚇するシュテンと、それを愉快そうに眺める彼の姿。そして――。
「誰だって最初は石炭からだ。それにオマエの職種だと強さは従魔の格で決まる。獣使いにとって従魔がナイフで飼い主はただの鞘だ。ここにいる冒険者共より、オマエの従魔は強くなるぜ」
そんなとんでもない発言にこちらが“そもそも競わない”と言うより早く、最高に人の悪い笑みで言い切った彼に手を引かれ、呆気にとられる冒険者の皆さんの間をすり抜けてギルドを出た。
そのまま表通りに出ても繋ぎっぱなしの手に戸惑いを感じる一方で、それを上回る安心感から握る指へと力を込めれば、前を向いて歩いていたウルリックさんが立ち止まる。
そしてこちらを振り返って「まだまだ体当たりはできそうにねぇな」と低く笑い、抱き上げたままだったシュテンを地面に下ろした。さっきまでの形相が嘘のように、地面に下ろしてもらったシュテンはくるくると私達の周囲を走り回る。
ウルリックさんから投げかけられた言葉に一度は首を傾げ、次いで記憶の底からうっすらと最初のベナンで自分が彼に切った啖呵が浮かび上がった。
『嫌です。ウルリックさんは悪いことをしてないのに、あんなことされて納得できるわけがありません。次に私がいる時に誰かに同じことをされたら、私が仕返ししますからね』
確かにあの時私はそう言った。でもあれは恩人に向かっての言葉であって、自分のために使った言葉じゃない。それを分かっていながら引き合いに出してきた彼に「まだ取っておくんですよ」と嘯けば、ウルリックさんは「それじゃあシュテンに敵を討ってもらうか?」とからかってくる。
本気でないにしろ物騒な発言に苦笑していると、自分の名前が呼ばれたことに気づいたシュテンが尻尾をフリフリやってきて、足許で得意気にお座りをしたまま「アオン」と鳴いた。




