*8* 久々の青空クッキング。
怪しげな情報提供を呼びかける張り紙を目にしたあと、下手にコソコソするとかえって余計に目立つだろうというウルリックさんの発言に同調し、取りあえずは約束の時間になるまで場所で時間を潰した。
けれどただ無為に時間を潰したのではなく、ウルリックさんが単独で聞き込みと調査をしてくれた結果、冒険者ギルドに張り出されていた紙は、商業ギルドや職人ギルドの方には張り出されていなかったらしい。
ということは少なくとも張り紙を受付窓口に頼んだ人物は、他のギルドに伝手がないか、本来あまりギルドの世話になることがない職の人物像が浮かび上がった。
それをさらに詳しく確認しようと、約束の時間に合流したアドルフさんに頼んで、冒険者ギルドに張り紙をするように依頼した人物の風体を訊ねてきてもらったところ、相手は初老の紳士だったという。
ギルドの受付窓口の女性が言うには恐らく依頼主本人ではなく、その家に雇われている使用人だろうとのことだった。でもどちらにせよ分かるのは、私達の知らないところで噂が一人歩きをしているということだ。
一番最初にファルダンの町を出た森で襲われて以来、ここまで特に誰かにつけられていただとか、襲われるようなことをしでかした記憶はない。いずれにせよ今回の紙が今後訪れる他の町の冒険者ギルドにあるかは未知数だ。
幸い人相も描かれていなければ、外観的特徴の情報も少ないので、そこまで脅威になるような代物でもない。
暇を持て余した金持ちの道楽者が、おかしな兄弟の噂を偶然耳にして会ってみたくなっただけだろうと結論づけ、様子見のためにこの町でのレシピ販売は見送り、調味料だけ売ることになった。
懐に毛玉を隠し持っての食事もそこそこに、町で一泊せずにその足でラウラさんの待つご自宅へ帰ると言うアドルフさんを見送りに、町の入口までついて行く。懐でご機嫌に鼻をひくつかせている毛玉は、今が夏場でなければ最高にありがたいカイロになれただろう。
鼻先に指を持っていくと舐めたり甘噛みしたりと普通の子犬のようだ。町の入口が近付くにつれ、二人への相槌がおざなりになる。
だけど張り紙のこともあるのだし、ここはやっぱり引き取ってもらった方が良いかと自分を納得させていたら、横から「この毛玉、俺達の旅に連れて行くわ」と、ウルリックさんが何でもないことのように軽くアドルフさんに告げて。
アドルフさんもさも当然のように「だろうな。チビ助、可愛がってもらえよ。それとお前さんたちも、何か危ないと感じたらうちに引き返してこい。ラウラと一緒に撃退してやるからよ」と笑った。
大きく手を振りながら、夕方とはいえまだ明るい夏の森にアドルフさんが消えていく。ジルツの太陽みたいな笑顔のアドルフさんを見送り、二人と一匹だけになった町の入口に佇む。
隣に立っているウルリックさんに「良いんでしょうか」と、ウトウトと眠り始めた毛玉に視線を落として訊ねると、彼は呆れたように苦笑した。
「心配しなくてもこれだけ小さいうちなら人間を襲うこともない。その辺の野良犬の子供と変わらないだろ。粗食にも耐えるし、何より今から躾れば人にも懐く。魔獣は普通の動物よりも成長が早いから、色々仕込めば便利かもしれねぇぞ」
「えぇ? そんな風にはとても見えませんけど」
「それは飼い主の腕の見せどころだろ。オマエがコイツを野営の番ができるように躾て、俺に楽をさせてくれ」
ウルリックさんの発言に懐で眠る毛玉を見下ろすけれど、とてもではないがそんな大仕事が務まるようには見えない。ただひたすらに可愛いだけだ。初めて飼うのが魔獣で、私には動物の飼育経験は皆無。
この子がどこまで大きくなるのか分からないけれど、今更ながらに素人が土佐犬を飼うくらい危険なことなのではないかと思えてきた。だけど、それでもフニャフニャと柔らかくて温かい身体を抱いていると、思わず笑みが浮かんでしまう。
「欲しいもんは素直に欲しがりゃ良いんだ。その代わりオマエが名前つけて、世話してやれよ」
そう言ってグシャリと不器用に頭を撫でてくれる彼のおかげで、また一つ前世での夢が叶う。叶えてもらって嬉しいやら、叶えてもらってばかりで申し訳ないやら、何と言ったらいいのか分からず、けれどこれしか言える言葉も思いつかずに。
勝手に笑みが零れる口で「美味しいものを作りますからね」と彼を仰ぎ見れば、すぐに「ま、ほどほどに期待してる」とつれない返事で笑う。
その日はそのまま眠る毛玉をウルリックさんの鞄に忍ばせて宿に泊まり、翌日から作り溜めていた調味料を小分けにして売り払って、三日の滞在期間を待たずにラブロの町を出た。
――出発から四時間。
今のところ誰かが追ってくるような気配はなく、道中懐で暴れ始めた毛玉を地面に下ろしてのんびりと久々の旅路を楽しむ。考えてみればウルリックさんの腰で跳ねる弓筒の矢が触れ合って、カチャカチャと音を立てるのを耳にするのも、隣に並んで歩くのも久し振りだ。
そんな単純なことに気づいただけでも何だか楽しくて、ついついヘラリと笑ってしまう。緊張感のなさすぎる私にウルリックさんが「暢気なのが二匹に増えたな」と、足許に纏わりつくようについてくる毛玉を指した。
特別先を急ぐ旅でもないので、太陽が真上にきた辺りで一度食事休憩を取ることにして荷物を下ろす。実は朝から鞄の中にあるものを一刻も早く使ってみたくてウズウズしていたのだ。
昨夜はその最初のレシピを考えていたせいで、あまり眠れていなかったりする。
鼻歌混じりに材料を取り出して小鍋の準備を始めた私の隣では、毛玉が興味津々とばかりに並べられる材料を見つめていたから、その中からタマネギを遠ざけ、代わりに一番最初に削った鶏節を一枚、小さな鼻先まで持っていってあげた。
大喜びで鶏節を口に入れる毛玉を微笑ましく眺めたら、いざ、久々の青空調理開始といきますか。
◆◇◆
★使用する材料★
鶏節
ミプカ (※山芋)
タマネギ
イツクミ茸 (※椎茸)
水
水溶き片栗粉
塩、砂糖、胡椒少々
◆◇◆
イツクミ茸は空焼きしてからタマネギと一緒にスライスし、ミプカの種は皮を剥いて叩き、さらにナイフで細かくしてすりおろしたような状態にする。
次に別の小鍋で少量の水とスライスした鶏節でスープを取り、そこにタマネギとイツクミ茸を入れて煮込む。一旦火から離してトロロ状になったミプカの種を入れ、水溶き片栗粉を加えて塩と砂糖で味を整える。
再び火にかけてとろみがついたら胡椒をまぶして完成。本当はここに溶き卵を回し入れて醤油を少しと、ちぎった海苔と刻みネギが欲しいけど……さらに言えば具として冷やご飯を洗って、水切りしたものを入れたい。
でも何だかんだと色々思ったところで、久し振りの出汁を使った料理を前にすれば自然と口許が緩んだ。暑い季節こそ暑気あたりに勝てるように温かいものを食べないと。
なんて尤もらしいことを考えられるのは、この世界の夏が湿気がなくて木陰に入れば涼しいからだけどね?
ウルリックさんに「先に食べていて下さいね」と告げてお皿を渡してから、自分のお腹の虫が奇っ怪な鳴き声を上げるのを無視し、毛玉にはスープを取ったあとの鶏節を具に、最初に少しだけ残しておいた玉ねぎを加える前の鳥節のスープを小さな器に取り分ける。
それから心持ち厳しい声で“お座り”と“待て”を言って焦らしてから、優しく“よし”と声をかけて目の前に器を置いてやった。
嬉しそうにがっつく毛玉の躾の仕方はこれから模索しようと苦笑しつつ、もう冷めてしまったであろう自分のお皿に向き直ると、そこにはまだ一口も食べていないウルリックさんが座って待っていて。
恐る恐る「もしかして、スープから苦手な匂いとかしましたか?」と訊ねると、彼は「あれだけこだわってたオマエを差し置いて、俺だけ先には食えるかよ。それにどうせなら二人で一緒に食った方が旨いだろ?」と呆れたように笑う。
その発想はなかったけれど、そう言われた時に何だか胸の奥がキュウッと苦しくなった気がして“んっ?”となる。でもここはひとまず彼の手からお皿を取り返して「温め直しますね」と言葉にした。
まだ小さく熾っている火にスープを戻した小鍋を翳す私の背中に、ウルリックさんが「別にそのままでも良いぞ?」と声をかけてくれるものの、どういうわけだか振り返るには顔が熱い……というか、絶対に赤い。
だからここは冷めたスープが温まって、私の熱が冷めるまで、お昼ご飯はお預けです。
作中にあるように醤油を加えた溶き卵を回し入れて、
具として冷やご飯を洗って水切りしたものを加えてから、
ちぎった海苔と刻みネギがを散らした上から一味をかけると美味しいです(*´ω`*)
体調の悪い時にもお腹に優しい一品。
鶏節の代わりに中華スープの素を使ってラー油を加えると中華風に変身します。




