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◆食いしん坊転生者が食卓の聖女と呼ばれるまで◆  作者: ナユタ
◆熟練度・中期◆

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33/86

*6★ それぞれの先生。

今回は前半がアカネ、

後半がウルリックの視点でお送りします(´ω`*)


 お伽話を切り取ったような優しいこの場所への滞在期間は、すでに半月目に入っていた。朝の畑の手入れが終わったら簡単な薬草の授業を受けて、それがすんだら調味料錬成をする。


 お爺さんは芝刈りに、お婆さんは川へ洗濯に――とは、昔話の有名な導入部分だけれど。本日はアドルフさんとウルリックさんは森へ魔獣狩りに、ラウラさんと私は町へ売りに行く香油の精製にと忙しい。


 最近は暑いので、二日おきに塩を少量入れた飴を作ってウルリックさん達に持たせ、どこでも塩分補給をしてもらえるようにした。アドルフさんが特に気に入ってくれて、次に町に行くときに売ってみてはどうかと言われたので、その分もちょこちょこと作り溜めている。


 敷地内にある薬草畑のほど近い木陰に建てられた、四畳程しかない小さなラウラさんの香油工房。その限られた室内に連日椅子を二脚並べての作業は、ちょっぴり狭いけど楽しい。


「アカネちゃん、次はこれをお願いできるかしら?」


 白金の髪に滑り落ちる陽の光と、ただ唇から零れるだけで歌のような余韻を残す声を持ったラウラさん。そんな彼女の隣で作業するのは未だにドキドキしてしまうけれど、助手として、また弟子として貴重な薬草の知識を得られる機会を無駄にしてなるものか。


 髪に使う香油の材料が書かれたメモをラウラさんから受け取り、目を通した内容に「それならもう作ってありますよ」と答え、作業台の隅を指さすと、彼女は嬉しそうに夕陽色の目を細めた。


「ふふ、飲み込みが早くて助かるわ。アルはこういうことを頼んだらやってはくれるんだけど、憶えられないから毎回一から説明しなきゃならないの。その点アカネちゃんはとっても頼りになるわ。もうずっとここに居て欲しいくらいよ」


「いえ、そんなに褒められるほどのことでは……。私にはアドルフさんみたいに燻製を作ったり魔獣の退治なんてできませんし、むしろこれくらいはお役に立てないと。ウルリックさんにはいつもとろくさいって呆れられてますよ」


 今日の服はラウラさんが一から仕立ててくれた若草色のノースリーブ型のワンピースに、淡いクリーム色のエプロンだ。少し立ち上がった襟には木苺の刺繍が施されている。


 私の髪は滞在中にこれまでの人生で一番の艶を持ち、毎日黒々とした濡れ羽色をラウラさんが褒めちぎりながら、お手製の香油を馴染ませて熱心に梳いてくれるのは、恥ずかしいけどつい心地好くて甘えてしまう。


 そしてそんなラウラさんを見てアドルフさんが愛おしそうに目を細め、ウルリックさんが呆れた風に肩を竦める。こんな穏やかな毎日だと、次に旅に戻ったときにまた一から慣れないといけない気がして心配だ。


 でもこんな半分日常になりかけた日々も、あと二日で終わる。それというのもあれから手を加え続けていたら、何とか鰹節の代用品である鹿節があと一歩のところまで、その副産物である鳥節に至ってはほぼ完全な形で完成したからだ。


 特に鳥節はカビがつかなくてもできるものだったらしく、かなり完成度が高かった。代わりにウサギはあまり出汁に向かないことが分かったので断念。


 鹿節は天日に干す時間と燻す時間の調整で手間取っているけれど、近い内に安定した質のものができるとアドルフさんは請け負ってくれた。


「本当にリックは昔から親しい人間にも、そうでない人間にも偉そうなんだから。ここにいる間にいじめられたら、いつでも私かアルに言いなさい。現行犯で捕まえて懲らしめてやるわ」


 そう言って彼女がパチンと指を鳴らすと、炎の粒子が宙に舞った。キラキラと光るそれは手元の乳鉢に降り注ぐことなく一点に留まり、小さな火の鳥になって飛び去ってしまう。


「ありがとうございます。でも出逢ってから今までで、ウルリックさんを偉そうと思ったことはないですね。だいたい私がポンコツなのを心配して怒ってくれるだけなので」


「あら、それは違うわ。アカネちゃんが優しいからそう思えるだけで、リックはひねくれ者の癇癪持ちよ」


「ひねくれ者なのは否定しませんけど、癇癪持ちではないですよ。ウルリックさんはいつも根気強く私の話を聞いてくれますし、とっても頼りになります。あんまりお世話になりすぎて、どうやったら恩返しができるのかずっと考えてるくらいですから」


 会話を続けながら乳鉢の中身を擦り潰し、香油になる前のやや青臭い植物特有の匂いが鼻をつく。これが今使っている桜の花弁に似た香りの香油になるとは到底思えない。


 すると私の鼻の頭に皺でも寄っていたのか、ラウラさんが笑いながら乳鉢の中に何かの抽出液を一垂らし入れてくれた。その瞬間青臭さがマシになり、完成品の香油を想像しやすい香りになる。


 今潰しているのは椿の花に似たメトゥリアの種の核。この種はそれはもう恐ろしく固い。どれくらい固いかというと、並の金鎚なんて凹むくらいだ。だから核を取り出すのは力持ちなアドルフさんの仕事。


 私はその核を乳鉢で擦り潰し、目の細かい布と荒い布の二重になっている袋に入れて、万力を使って油を絞り出すのが仕事。それにラウラさんが秘伝の……とはいっても、私はすでに憶えてしまった薬草を調合してしまう。


 香りが良くなったことでホッと息をついたら、それを見たラウラさんはまたニッコリと華やかな微笑みを浮かべてくれ、見惚れる私に「貴女の魔力は貴女を強くしたり守るものではないけれど、代わりにリックを癒やして守ってくれているわ」と言った。


***


 今日は朝から昨日魔獣の足跡を見つけた辺りを重点的に張り込んでいたのだが、それらしい個体は現れず、代わりに何故か狼タイプの魔獣の幼体を発見した。


 放っておいても自然淘汰されて死ぬだけの存在で、いつもならそのまま捨て置くか、むしろ慈悲の気持ちでその場で射殺すだけの存在なんだが――。


「周囲に親の気配はないようだが……後々のことを考えれば、可哀想だがここで殺しておくべきだろうなぁ。そいつが発している魔力の様子から、すでに魔獣の親から産まれた可能性が高い。デカくなると討伐しづらくなるだろう」


 アドルフの言葉に「そうだな」と相槌をうちつつも、足許に纏わりついて靴を舐め回す馬鹿っぽい子狼。その何の疑いもなくじゃれついてくる無防備さが、ここにはいない奴の存在を感じさせてどうにも俺の判断を鈍らせる。


 爪先で軽くあしらうとあっさりと腹を見せて転がり、起き上がれずにもがく姿はこれから先驚異になる気配が微塵も感じられない。見ていられなくなって爪先でもう一度起こしてやると、親指ほどの長さしかない尻尾をブンブン振ってまた纏わりついてくる。


 それを何度か繰り返していたら、ヌッと俺の陰の上からよりデカいアドルフの陰が被さってきた。こちらを見下ろしてくる厳つい顔面に「何だよ、気色悪ぃ」と毒づけば、小突かれると同時に「変わったなぁ、お前」としみじみ呟かれる。


 その如何にも“理解者”的な声音に苛立って舌打ちをすると、アドルフは「おいおい、褒めたんだぞ」と苦笑して、俺の足許でじゃれていた子狼をつまみ上げた。


 一瞬仕留めるつもりなのかと思って身構えたら、気配を察したアドルフが「いつもなら率先して始末しようとするお前がしないんだ、オレが始末するはずがないだろう」と笑う。


 戦場では見なかったような腑抜けた表情に、目尻に浮かんだ皺に、敵を震え上がらせたその声の穏やかさに。どっちが変わったんだかと言ってやりたかったが、何となく興がそがれた。


「こいつは雄だが、何だかじゃれつき方がアカネちゃんに似ているな。お前もそう思ったんだろう?」


 掌に収まる子狼を裏返して腹を撫でながらそう言うアドルフの脛を無言で蹴るが、腹の立つことに自分の足の方にしか痛みがないことは、涼しいその表情で知れる。思わず再び舌打ちをしたら、アドルフの掌で遊ばれていた子狼がウトウトと船を漕ぎだした。


 悔しいがアドルフの言うように、野生が完全に死んでるところまであの馬鹿に似ていやがる。下手をしたら今日中にでも死にそうだ。しかし俺達がこの森を出て行くまであと二日程度しか時間がない。


 その二日でコイツを無事に親に返すことができなければ、この駄狼はここで野垂れ死ぬだろう。俺が拾わなかったら、たぶんアイツも初めて会ったあの森でそうなっていたはずだ。


「まぁ、ここで悩んでいても暑いだけで時間の無駄だろう。一度家に持って帰ってからラウラとアカネちゃんに見せて、その反応を見てから処分の仕方を考えてみても良いじゃないか」


「それで親が家にまで来たらどうするつもりだ。俺達はもう明後日には発つから良いが、アドルフは町まで一緒に同行するんだろ? 家にラウラしかいない状態で魔獣の相手をさせるつもりか?」


「家の周辺にはラウラが張った結界がある。おまけに彼女はお前や、下手をすればオレより強い魔女様だ。そうなったら命知らずな魔獣に同情するがね」


 そうデカい図体をした男が肩を竦める姿はおぞましかったが、無理矢理押しつけられた子狼の身体は温かくて、安心感のせいか弛緩しきっている。仕方なく懐に子狼をしまい込む俺を見たアドルフが、喉を鳴らして笑いやがった。

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